57・鎮火
艦の遙か前方を横切る圧縮光子の奔流。
「こりゃ、あえて外したな……」
船長は呟く。
たった数門の砲による砲撃だった。これなら直撃であっても、アスタロスの障壁で十分防げた。
先の砲撃で、アウスタンドはかなりの被害を被っただろう。
だが、砲の半数は生きているはずだ。動力炉の出力が半減していたとしても、数十門の砲を用いた砲撃程度なら可能なはずだ。
だから、たった数門の砲による砲撃など腑に落ちない。
兆候を察した途端の砲撃だった所から、反撃を警戒していたのかもしれない。
時間を掛けず砲撃する為、砲の数を絞り充填時間を短縮。その上で外して撃った……ならば、この砲撃は、攻撃以外の別の意図を持って放たれたわけだ。
『こちら、アウスタンドのミルズ大将だ。ガトー閣下の提案を受け入れよう。このままでは、数多くの勇士達を見殺にする事となる』
アウスタンドからの無指向性通信。そのミルズ大将の言葉を聞き、船長は大きく息を吐いた。
『インビンシブル級とフィアレス級の二隻が居るのだぞ? この状況で、あの『海魔の王』を見逃せとっ!?』
『そうだ。王座を降りた『海魔の王』より、同胞となった『海魔』達の方が価値が大きい。だから、可能な限り救いたい。ブラス准将の御意見は如何かな?』
問われたブラス准将は、暫し考えるような仕草を見せ、そして口を開く。
『悔しいがミルズ閣下に同感だ。アウスタンドが息を吹き返したとは言え、状況は良くない。勝っても、我らが被害は甚大だ。それに、重要な情報も得られた』
アウスタンドは、アスタロスの最大砲たる船首光子砲の直撃を受け大破している。本来の戦闘力が発揮できる状態ではない。確かに、状況は良くないだろう。
そして、重要な情報……『海魔の王』が王座から降りた。
そもそも王座に就いた憶えなどないが、残党達を集め艦隊の再編やサイレン復興などを考えていないというのは紛れもない事実だ。
船長が僅かな部下しか連れず、たった一隻で行動している。その事実からサイレン再興の意思はない……ミルズ大将とブラス准将は、そう判断したのだ。
『さて、混成艦隊の幹部諸君。もう一度、自分たちの司令官を考え直してみては如何かな?』
ミルズ大将が問う。
このアスタロスが、スターネットを介し遣り取りを中継している。それを知っての発言だろう。
寄せ集めの急造艦隊で幹部の意思統一もできていない。ならば、内輪で話を付けるより公開した方が拗れにくい、そう判断したわけだ。
『ブラス准将は気に入らないが、それ以上にエスティーノ大佐が気に入らない。なお、パラス・アテネは停戦に応じない。イシュタルに特攻を仕掛ける』
スワ艦長からの通信。そして、パラス・アテネは今なおアスタロスへ向けて加速中だ。
「今のパラス・アテネじゃ勝てんぞ……死ぬ気か?」
『無論』
船長は問い、そしてスワ艦長の返答に大きく息を吐く。
「生きてりゃ、また闘り合う機会ぐらい作れるさ……もっとマシな司令、もっとマシな条件でな」
『次があるとは、考え難い』
突っ込んでくるパラス・アテネから、小型艇が離れてゆく。乗員に退艦指示を出したのだろう。スワ艦長は、部下を付き合わせる気は無いらしい。
『機会は私が作ろう。停戦に応じてくれ』
ミルズ大将が呼びかける。が、パラス・アテネ加速を止めない。
『閣下……いや、親父殿。俺は親父殿の側に立ちたかった』
その言葉に船長は苦笑する。
「その辺は巡り合わせだな……あと、俺は身軽になりたかったんだ。親衛艦隊は、今の俺には重すぎる」
……このアスタロスですら、俺には重たいよ。
内心、そう付け足す。
『親父殿は、俺たちを捨てたわけか……』
スワ艦長の言葉に、船長は苦笑した。
「独り立ちした立派な大人が何を言っている? で、このまま続けたら、そのクソ親父をブン殴る機会を永久に失うわけだが?」
モニター越しに、二人は睨み合う。
『親子……師弟の会話に水を差して悪いが、パラス・アテネに玉砕されては困る。先の戦闘データを回収したい……が、データの隠滅が目的なら好きにしろ』
ブラス准将が口を挟んだ。どこか突き放すような口調だった。
小型機相手の戦闘は、クルフス側としても経験は少ない。今後の課題を洗い出す上でも、今回の戦闘データは回収したい所だろう。
その言葉に、スワ艦長は苦笑いした。
脱出した乗員が戦闘データを持ち出しはしたが、高性能な電脳を持つパラス・アテネを直接解析した方が、より詳しいデータが得られるのだ。
そしてブラス准将は、婉曲的に特攻は利敵行為である、そう釘を刺したわけだ。利敵行為を行えば、命を賭して拓いた血路を、自らの手で閉じる事にもなりかねない。
だから、折れるしかないだろう。
『これより艦を反転させ、減速に転ずる……』
スワ艦長は,船長から目を逸らし宣言する。そして通信を打ち切った。
パラス・アテネが加速を停止し、ゆっくり艦体を反転させた。そして減速の為、メインスラスターを噴射する。
戦いが避けられた事で、船橋内に、しばしの沈黙が訪れる。
気まずい沈黙だった。
「スワ艦長……ホントに親父殿の敵に回ったよ?」
沈黙を破り、イリヤが呟く。
パラス・アテネの主任砲術士だったのだ。艦長であるスワの性格は、よく知っている。無論、船長もだ。
間違いなく、スワ艦長は敵に回った。機会さえあれば、躊躇無く船長の命を狙ってくるだろう。
「屍の舗石ができなかっただけでも上出来だ」
船長は、溜め息混じりに呟いた。
この場を切り抜けられただけでも、御の字とすべきだろう。
『聖闘士級、並びにフィアレスも反転。減速に転じました。脱出した親衛艦隊の乗員、その回収準備に移ったようです』
「安全圏に出るまで警戒は怠るな」
船長は釘を刺すが、まず大丈夫だろう。
問題は、アスタロスが次の大規模戦闘に耐えられない事だ。
最大砲たる船首光子砲は砲身が破損し撃てない状態。電加砲も破損し、半分以下の砲身長でしか砲撃が行えない……何より弾が殆ど無い。
船を守る盾でとなる女神像や船首居住区画も失われた。
生き残る事ができたが、問題は山積みのままだ。
ブラス准将の指揮権。その凍結が解除され、代わりにエスティーノ大佐の指揮権が凍結される。
騒がしかったエスティーノ大佐は、自分の声に誰も耳を貸さない事に絶望したのか静かになった。
「敗戦処理だ。だが、艦隊が機能不全に陥るほどの大負けでもない……これなら誰でもできるだろう?」
准将は呟く。
実際、直接、指示を出さねばならない事など無いのだ。
「敗戦ではなく引き分けです。何より准将が止めていなければ、スワ艦長は玉砕していました」
ミドー少尉の言葉で、ブラス准将は不機嫌に溜め息をつく。
「『海魔の王』を逃がせて嬉しいか?」
ミドー少尉は、あのガトー元帥の副官を務めていた。
副官の業務を簡単に説明すると、役職の代理も務める専属秘書と言った所である。だから、腹心とも言える立場にあったのだ。
「そうですね。嬉しい反面、悔しくもあります……閣下は、私たち親衛艦隊から完全に手を引いた、そう宣言しました。見捨てられたとは思いませんが、もう閣下は私たちに関わる気はないようです」
あのガトーは、腹心たる親衛艦隊幹部にクルフスの軍門に降るよう進言しておきながら、本人は少数の手勢を率い海賊などと名乗っている。
そして、先程行った銀河征服の実行でクルフスを完全に敵に回した。
もうクルフスに降る事もできないだろう。
そんな事を考えつつ、ブラス准将は周辺宙域のデータを見る。
この星系に設置されたスターネットの中継衛星。その大部分が帝国製と言う事から察し、今回の一件に帝国スメラが一枚噛んでいるのは間違いない。が、その狙いが読めない。
「ガトーも我らも、帝国の思惑で踊らされていた……?」
ブラス准将は呟き、そして心当たりに気付く。
ジーン・オルファン。
あの『海魔の王』が、この星系を訪れると情報を漏らした男である。
その情報どおり『海魔の王』は現れた。
帝国が敷設したスターネット中継衛星が、ガトーの銀河征服に一役買ったのは事実だ。だが、帝国は、それ以上の手助けをしなかった。
それどころか、ジーン・オルファンを介しクルフスに、ガトーの居場所を漏らし始末しようとした気配すらある。
「帝国スメラにとって、ガトー閣下は邪魔者のようですね……」
ブラス准将がデータの閲覧許可を出した為、ミドー少尉も状況を把握したようだ。
「邪魔者ならば、何故、奴の銀河征服。その片棒を担いだ?」
帝国スメラにとって、こんな場所にスターネット中継衛星を設置するメリットなど無い。
それに、手を貸すふりをし、自国内に招いた方が確実にガトーを始末できたはずだ。
クルフスの手を用いガトーを始末したければ、第十三艦隊を直接、嗾ければ確実だっただろう。
そこまで考え、ブラス准将は気付いた。
「ミルズ大将。帝国領グスクベボラ攻略に向かった第十三艦隊はどうなった?」
『帝国の新型艦に圧され敗走中だそうだ……このアウスタンドが艦隊に留まっていたら状況も違っていただろうが』
第十三艦隊は、所属軍人の士気と練度は高いものの、配備された兵器は大半が旧型だ。
成り立ちからして、辺境出身の軍人を中央出身の軍人と分ける為に作られたのだ。サイレンとの戦争も終わった今、第十三艦隊に新型艦が配備される可能性は低い。
「オルトロス級か……アルテミス級より小型だが、性能ではアルテミス級を大きく上回るな」
交戦データから推測される帝国艦の性能を見て、ブラス准将は呻く。
オルトロス級高速戦艦……これが帝国スメラでの呼称らしい。
グスクベボラ防衛に向かった帝国艦隊は、このオルトロス級のみで構成された艦隊で、その総数は百隻近い。
この高速艦隊に、第十三艦隊の中核を担うセイント級や現行型フォートレス級は歯が立たなかったのだ。
対抗できたのは、数千万トンを超える大型艦ぐらいな物だが、その大型艦自体も数は多くない。
押し寄せるオルトロス級を抑えきれず、艦隊の中核となるセイント級やフォートレス級が一方的に蹂躙された。
敗色濃厚と判断し、被害が拡大する前に、第十三艦隊は撤退を決めたようだ。
被害は第十三艦隊の方が圧倒的に大きかったが、全く戦果が上げられなかったわけではない。十隻ほど、このオルトロス級を撃破している。
撃破時に爆散する艦もあったが、爆発の規模や観測データから対消滅反応は観測されていない。そして、その爆発は、核反応とは異なる膨大な光と熱を放っていた。
核融合炉に替わる、帝国の新技術だろう。
が、このオルトロス級は、対消滅炉搭載艦であるイシュタルには遠く及ばない。動力炉の出力も、多く見積もっても、アルテミス級の数倍程度だ。
インビンシブル級なら、束になって掛かられても勝てたはずだ。
戦闘データから推測される火力や射程から察し、インビンシブル級なら十分耐えられる範囲だ。そしてインビンシブル級の火力なら、楽にオルトロス級の障壁を破れる。
『ジーン・オルファンは、第十三艦隊からアウスタンドを排除したかった……その為の餌に、あのガトーを使ったようだ』
ミルズ大将の言葉に、ブラス准将も納得する。
インビンシブル級たるアウスタンドは、たった一隻で、第十三艦隊を構成する他全ての艦を相手に戦い勝利できる化け物である。アウスタンドが抜けた事で、第十三艦隊の戦力は半減以下にまで減少していたわけだ。
帝国領トミグスク攻略も、アウスタンドを前面に出し帝国軍を恫喝し、降伏もしくは撤退させる事を目的としていた。
トミグスクを防衛する高速艦隊、その最初の相手がアウスタンドとなるはずだったが、艦隊を構成するオルトロス級では、アウスタンドに有効打を与えられたかは妖しい。
「思えばイシュタルは、対インビンシブル級に特化していたな……」
ブラス准将は呟く。
要塞砲にも匹敵する二門の巨大な光子砲。これを用い、超長距離から力任せにアウスタンドの障壁を貫いたのだ。
インビンシブル級は、単艦で敵艦隊を蹂躙可能な超巨大戦艦として造られた。自艦より遙かに小さな艦を蹴散らす事を前提にしている為、百万トン級の艦と同等スケールまで縮小した場合、砲の数は多い物の、装甲火力では大きく劣る事になる。
対しアスタロスは、一撃必殺に特化した巨砲を持っている。対消滅炉を以てしても充填に時間が掛かる上、廃熱にも大きな問題を抱えている欠陥兵器である。
だが、当たりさえすればインビンシブル級さえ撃破可能な必殺兵器だ。
そして、あのイシュタルは、インビンシブル級の十分な情報を持っていたのに対し、この混成艦隊はイシュタル級の情報を、ほとんど持っていなかった。
ガトーは、この情報面の利を最大限に有効活用し、無敵級を沈黙させたわけだ。
……だが、次はない。
ブラス准将は声に出さず呟く。
あのイシュタルの情報は、十分に得られた。
もし、次があれば、混成艦隊の戦力だけでもイシュタルを仕留められる。
ただ、問題は次があるかだ。
溜め息をつきブラス准将は、膝を着き、虚ろな目で呟きを漏らし続けるエスティーノ大佐に視線を向ける。
「互いに覚悟を決めた方が良さそうだな。降格の上、左遷で済めば御の字か……」
ブラス准将の言葉は、エスティーノ大佐には届いていないようだ。




