56・燃える宇宙2
対空レーザーを半分潰したと言っても油断はできない。
パラス・アテネは、その動力炉の圧倒的出力でレーザー光線を曲げる程度の事なら当たり前にやってのける。つまり、死角ができたわけではない。
そして、艦を守る障壁も、未だ健在だ。
ドラグーンがパラス・アテネに有効打を与えるには肉薄する必要があるが、肉薄すれば、それだけ濃密な対空砲火に晒される。
そして、ドラグーンには、対空砲火を防げるほどの障壁は張れない。何より、ドラグーン十機程度の攻撃では、良くても有効打だ。巨艦パラス・アテネに対して決定打には至らない。
素早く状況を整理し、ミカサは決断する。
「全ドラグーンに告ぐ。防空圏内に入る前に、全弾をバラ撒いて離脱せよ!」
ミカサは、先行するドラグーンに向け指示を飛ばす。
ドラグーンの張った弾幕を目眩ましに使い、ミカサのブラックホークで決定打を叩き込む。これが一番、確実だと判断したのだ。
ドラグーンを指揮するのは、『ファイブカード』と呼ばれる部隊に所属していたアカギ中尉である。
S&WのM66が、Aのファイブカードを正面から撃ち抜く図、これが『ファイブカード』という部隊名の由来だ。
かつてミカサが所属していた『赤いハイエナ』に告ぐ知名度を持つ戦闘機隊……つまり精鋭部隊である。当然アカギ自身の腕も確かだ。
アカギは優秀だが命根性は汚い……生に対する執着が強いのだ。そして仲間の死も嫌がる。だからミカサの指示には従ってくれるだろう。
ミカサの指示を受け、まずは先行機が加速し、それに続く形で本隊も加速を始める。
『了解。ミカサ中佐、無事帰還できたらベッドの上で、お付き合い願えますかい?』
「空戦シミュレーターなら付き合ってあげる」
アカギの言葉にミカサは応える。通信機からは、押し殺したようなアカギの笑い声。別に本気ではなかったのだろう。
まずはアカギの機体がパラス・アテネに突っ込んでゆく。アカギの機体は全弾を放っち終わっても、なかなか離脱しない。
僚機への攻撃を減らす為、あえて的になって攻撃を引きつけているのだ。
デゴイにより、対空砲火は逸らせているが完全ではない。
直撃こそ避けている物の、対空レーザーは機体を捉えている。既にアカギの機体は満身創痍だ。
パラス・アテネを射程に捉えた後続機が、ようやく攻撃に転じた。
加速しつつ電加砲で核分裂弾を放ち、そして最後に慣性誘導弾を切り離し離脱する。
それを見届け、ようやくアカギ機が離脱する。
被弾した主翼が高機動の応力に耐えきれず破断する。が、アカギ機を追撃する余力はパラス・アテネにはない。放たれた核分裂弾と慣性誘導弾の迎撃で、手一杯なのだ。
核分裂弾の何発かが、迎撃を潜り抜けパラス・アテネを捉える。
核分裂による爆発が起こるが、巨艦パラス・アテネは揺るがない。着弾箇所にあった対空迎撃用のレーザー投射機は、先のブラックホークに破壊されている。
もう、命中箇所に壊されて困る物など無い。艦として、追撃で更なる損害を受けたわけではないのだ。
「流石、浮沈艦パラス・アテネね……ま、アカギのドラグーンがボロボロにされたけど、墜とされた機体はない。上出来でしょ」
呟きつつ、ミカサはドラグーンの放った慣性誘導弾を遠隔操作で起爆する。
核爆発を目眩ましに使い、ミカサのブラックホークが本命の攻撃を仕掛けるのだ。
パラス・アテネは、内懐へと潜り込んだ敵に対し迎撃が難しくなる。
対空レーザーは、完全に固定されている。ここから投射されるレーザー光線を、光子制御の力場で曲げ標的を迎撃するわけだ。
が、この力場が曲者で、光を曲げる為、艦からの観測を阻害する。距離があれば問題ないが、艦の近くほど観測が難しくなる。
対策として、艦の周囲に無人探測機を配置し、周辺の艦からも情報を得るなどの方法を取っていたが、先の対消滅弾で無人観測機は一掃され、周囲を固めていたアルテミス級も目を潰された。
船長が伝えたパラス・アテネの弱点、そこを的確に突くべく航空隊は動いている。
パラス・アテネの巨体ならドラグーンの攻撃には耐えるだろう。が、反物質兵器を用いるブラックホークの攻撃にまでは耐えられない。
よしんば耐えられたとしても、後ろに控えている、このアスタロスに勝てるだけの余力は残せないだろう。
船長は、そう状況を判断した。
「パラス・アテネを沈めたら、脅威はフィアレスだけだ。聖闘士級は敵じゃない」
船長は方針を告げる。もう、細かな指示は必要ない。
パラス・アテネは、もはや敵ではない。排除すべき単なる障害物に過ぎない。向こうが退いてくれるなら、排除する必要は無い。が、退く事はないだろう。
艦長のスワ。その性格は、よく知っていた。優秀ではあるが、自身の死を軽く考えている男だった。
船長の胃が、ズシリと重くなる。
モニターに拡大投影される敵艦、パラス・アテネの艦体に幾つもの爆発が瞬く……ドラグーンの放った核分裂弾が命中したのだ。
船長は溜め息をつく。
「フィアレスのブラス准将と話をしたい。繋がるか?」
「繋がりました」
数秒ほどで、オペレーターのヒメが繋いでくれる。
『そちらから通信とは……降伏の宣言ですか?』
補助モニターに投影させる映像を見て、船長は不審に思う。ブラス准将ではない。階級章によれば大佐……だが、知らない相手だった。
だから、あえて小馬鹿にしたように問うてやる。
「誰?」
無礼は承知の発言である。この言葉の反応で相手を見極める……いわば探りを入れているわけだ。
『ブラス准将より、指揮権を引き継ぎましたエスティーノ大佐です』
指揮権を引き継いだ……この状況下で指揮権の引き継ぎが行われるなど、船長には理解しがたい。
が、クルフス軍が、サイレンとは全く異なる思考で動いている事は知っていた。自らの常識で測れる組織ではない。
「どおりで……手札の確認は終えたはずなのに、悪手ばっか打ってるからおかしいと思ったんだ。俺の知るブラス中佐殿が、こんな馬鹿な手を打つはずがない。で、中佐殿は急病かね?」
探りを入れる為の挑発ではあるが、この言葉は船長の本心でもある。信頼できると判断した仲間は全面的に信頼する。かつて戦場で相見えた際のブラス准将に対する印象だった。
その言葉に、エスティーノ大佐が不快げに顔を蹙めるのを船長は見逃さなかった。そして、割り込むようにブラス准将が介入してくる。
『ガトー閣下が単艦で動いている……その状況を罠と疑い、探りを入れるべく消極的な手ばかり打ったおかげで指揮権を凍結された。急造艦隊で、司令部も寄せ集め……逃亡兵の懲罰という貧乏籤の使いっ走りと腐り、部下の掌握を怠った私の失態だ』
「成る程。俺の首を狙ったにしては、お粗末な艦隊だと思ってたんだ……さて、続けた場合、どちらが勝つにしろ無事じゃ済まない。痛み分けって事で、ここでお開きにできないか?」
その言葉の直後に、パラス・アテネ至近で立て続けに閃光が瞬く。そしてパラス・アテネの艦首近くで大規模な爆発が起こった。
ミカサが反物質弾を叩き込んだのだろう。パラス・アテネの艦首部分が大きく損壊していた。
アスタロス同様、パラス・アテネの艦首部分には居住区画が割り振られている。戦闘時は無人となる区画を空間装甲として利用しているわけだが、被害は艦首のみに留まらない。あの損傷具合から、艦の基本構造にも影響が出ているだろう。
『パラス・アテネは今し方、その戦闘力の大半を失った。フィアレスと二隻で挑めば確実に勝てただろうが、現状では厳しいな……が、引くわけにも行くまい?』
挑発するかのようにブラス准将は問う。相手は船長ではなく、艦隊指揮権を引き継いだエスティーノ大佐である。
ブラス准将は引く気はないらしい。が、決定権はエスティーノ大佐にある。
『何がサイレン最強艦だ……羽虫ごときに封殺されるとは!』
『最強艦から牙を抜いたのは貴官……エスティーノ大佐ご自身だろう?』
エスティーノ大佐の呟きに、ブラス准将の揶揄。それが、そのまま通信で中継される。
二人の様子から、船長にも、ようやく事情が見えてきた。
エスティーノ大佐は、ブラス准将から手柄を横取りしようとしたのだろう。上手く横取りできれば、その過程での問題行動は有耶無耶にできる。が、失敗した場合、間違いなく突き上げを喰らう……懲罰は避けられないだろう。
……こりゃ拙いな。
船長は内心呟く。
ブラス准将は生粋の軍人だ。この状況から引く事はないだろう。
そしてエスティーノ大佐。
致命的な失敗を取り繕う為、相討ち覚悟の特攻を仕掛けてくる。あの動揺具合から察し、そう判断して良い。
船長は覚悟を決めた。
「ならば、戦闘続行か……屍の舗石に、クルフス軍人も加わるわけだ」
挑発するように言ってやる。
『こちら、パラス・アテネ艦長のスワだ。これよりイシュタルに向け体当たりを敢行する。当てられるかはさておき、攻撃を引きつける程度の事はできる……あとは任せた』
挑発に応えるかのように、パラス・アテネからの無指向性通信である。
ミカサは、パラス・アテネから戦闘力を奪う事を目的に、武装の集中する艦首部分を叩いた。が、足は封じなかった。
雇い主たる船長。その、かつての同胞であり部下だった者達だ。だから、逃げるという選択肢をパラス・アテネに残したのだろう。
それが裏目に出たわけだ。
加速を開始したパラス・アテネ。それに呼応するように、フィアレスを取り巻く聖闘士級の一隻が加速を開始。残りの四隻も、それに続く。
『セイント級ではイシュタルに歯が立たない。下がれっ!』
ブラス准将が叫ぶが、指揮権を持つエスティーノ大佐は止めない。
『セイント級は、そのまま前進。フィアレスも続け!』
……敵艦との相互通信が繋がっている状況で指示を出す。ブラス准将は意図してだろうが、あのエスティーノ大佐、相当テンパってるな。
船長は内心ぼやく。
筒抜けの会話から察し、聖闘士級は司令官の指示を仰がず加速を開始した。指揮官であるエスティーノ大佐を見限ったのだろう。
「まずはパラス・アテネに止めを。そして向かってくるセイント級を叩く。フィアレスに対しては防御に専念。有効射程に捉え次第、電加砲で反物質弾を叩き込んでやれ」
アスタロスの電加砲から撃ち出される反物質弾は、ブラックホークの反物質弾と桁違いの質量を持たせる事ができる。命中時に起こる対消滅反応も、規模からして桁違いだ。
直撃すれば、フィアレスどころか無敵級であっても一溜まりもない。
「親父殿の言う通り、どうやら勝てたみたいね……」
イリヤが呟く。
アスタロスの障壁ならば、フィアレスの砲撃にも耐えられる。一斉射撃には耐えられないが、それをさせない戦い方をすれば良いのだ。そして取り巻きの聖闘士級は敵ではない。
……この状況から察し、親衛艦隊の連中は全滅か。
パラス・アテネは、決して退かないだろう。独断で動いた事から察し、聖闘士級も覚悟を決めたと見て良い。
アルテミス級から脱出した者達も、回収してくれる僚艦が居なければ、そのまま宇宙の迷子となる。
「もう、戦争は終わったハズなんだが……」
思わずぼやく。
勝ちは見えたが、この勝利は喜べない。もう、屍の山を作るのは御免だった。
何より、船の修理や武器弾薬、そして反物質燃料のアテが全くないのだ。例え勝っても、このアスタロスの維持はできない。
「と言っても、退くわけにも行きませんね……」
副長の言葉に、船長は溜め息で答える。
唐突に警報が鳴った。
『アウスタンド周辺で、光の屈折を確認……砲撃の準備行動と思われます』
ユーリの報告。
直後に、アウスタンドから砲撃が放たれた。
放たれた圧縮光子の奔流は、アスタロスの遙か前方を通り過ぎてゆく。
戦艦アウスタンドは、まだ生きているのだ。




