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虚空の支配者  作者: あさま勲


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55・燃える宇宙

 宇宙には空気がない。

 熱によって膨張する空気が存在しないのだ。

 よって宇宙における爆発は、熱や光と言ったエネルギーが四方に撒き散らされるだけである。

 距離があるほど拡散し、その脅威度は下がってゆく。

「爆発近くにいた一隻が大破爆沈。二隻が大破沈黙。残りは中破、小破ってところかしらね」

 対消滅で発生した膨大な熱と光に炙られ、爆発の中心近くにいた一隻が耐えきれず爆発した。

 二隻は原型こそ保っている物の、戦艦としての機能は完全に失われているようだ。砲身は融解し完全に塞がっている。

 残った五隻も、戦闘力の大半は奪えた……そう考えて良いだろう。

 ならば、標的はパラス・アテネだ。

『対消滅弾が、もう一発アったらパラス・アテネも仕留めらレタな』

 先行してたカーフェン機が対消滅弾を放ったのだ。

 五発しかない電加砲用の対消滅弾。その内の一発を、切り札として与えられた。

 元は電加砲の弾頭であるが、慣性誘導弾としても使用可能だ。弾頭は直径数メートルと巨大だが、全長四十メートルを超えるブラックホークなら、なんとか運用できる。

 先の爆発で、この宙域にデブリを撒き散らせた為、対消滅弾を上手く隠し切れた。先の爆発がなければ、対消滅弾は発見され、早期に迎撃されていただろう。

「アタシ達、航空隊にとって怖いのは、戦艦フィアレスね。パラス・アテネは対艦戦闘に特化してるから、対空防御力は高くない」

 そのフィアレスは、後方に待機中だ。戦艦のような大きな標的なら狙えるが、小型機を狙い撃ちにできる距離ではない。

 多数の砲を用いた盲撃ちは脅威となるが、パラス・アテネを巻き込みかねない。

 あの艦隊の司令官は悪手を打ち続けているが、パラス・アテネ諸共、航空隊を攻撃するような愚は犯さないだろう。流石に、現状でパラス・アテネを失う意味ぐらい理解できるはずだ。

 となると、後方のクルフス艦……戦艦フィアレスが前に出てくるだろう。

 ……だから、その前にパラス・アテネを叩く。

 本来、パラス・アテネには対空防御を担当する随伴艦、イージスとニケの二隻が従っていたそうだが、その二隻は過去の戦闘で失われている。

 パラス・アテネとのデータリンクにより、他の艦に対空防御を任せる事もできるが、取り巻きのアルテミス級は無力化できた。

 つまり、今のパラス・アテネは丸裸である。

 航空隊でパラス・アテネを仕留めれば、アスタロスはフィアレスに注力できる。そうすれば、勝機も見えてくるのだ。

「全ドラグーンに告ぐ。最大加速でパラス・アテネに突撃、抱えた弾、全てを叩き込んでやりなさいっ!」

『まズは先行機ダ。デゴイや攪乱幕を駆使し、本隊への攻撃を逸ラセ!』

 ミカサの指示に、カーフェンが付け加える。

 カーフェンの指示が出し終わる前に、暗幕を貫き二機の先行機が加速を開始した。

 加速しつつ、電加砲でレーダー上では航空機として認識されるデゴイを射出する。

 浴びたレーダー波を増幅発信し、レーダー上ではドラグーンとして認識されるわけだ。

 等速でしか進めないデゴイに、加速を開始した先行機は、すぐに追いつく。

 追いつくと同時に、ドラグーンに似せたデゴイ風船をバラ撒くように展開。直後に、抱えた攪乱幕を全て展開する。

 攪乱幕の展開を見届けた本隊が加速を開始する。

 が、ミカサとカーフェンが乗った二機のブラックホークは潜宙したまま、まだ動かない。先行したドラグーンが、パラス・アテネの防空圏内に入る直前まで待っているのだ。

「カーフェンには囮を任せる。ブラホなら、パラス・アテネの対空砲火にも耐えられる。ドラグーンに向けられる砲を、できるだけ減らしてちょうだい」

『承知!』

 巨大な対消滅弾を抱えていた為、カーフェンのブラックホークは軽装である。重い対消滅弾を放った後だ。ミカサ機より軽くなっており軽快に動けるのだ。

 ……できれば囮は、アタシがやりたかったんだけどね。

 囮は危険な任務であり生と死、そして正気と狂気の境界線上に身を置く事になる。それがミカサには、堪えられない刺激となるのだ。結果、刺激を求め、引き際を誤りかねない。

 それを危惧し、カーフェンが囮役も兼ねる対消滅弾の運搬役を買って出たのだ。

 カーフェンも、戦争で神経をやられてはいるが、ミカサと比べれば、だいぶマシだ。船長や、他の者達もそれを知っている。だから、ミカサに、お鉢が回る事はない。

「カーフェン。死んだら殺すわよ?」

 ミカサの言葉に対する返事は、楽しげな笑い声だった。



 パラス・アテネに向かって突っ込んでくる小型機の集団は、デゴイと攪乱幕を駆使し、狙いを絞らせない策を取ったようだ。

「レーザー・ファランクス始動。電加砲、三式弾用意!」

 スワ艦長は、指示を飛ばす。

 三式弾とは電加砲……レールガンによって撃ち出される一種の散弾である。射出後、標的を有効圏内に捉え次第、進行方向上に向け散弾を吐き出すのだ。

 広範囲に散らばる為、小型機にも有効だ。だが、有効射程は短い。距離があれば容易に察知され、散弾を吐き出す前に回避されてしまうのだ。

 だから引きつけて撃つ。

 対し、レーザー・ファランクスは、既に迎撃を開始している。レーザー光線であるが為、文字通り光速で標的を捉える。が、デゴイを捉えるばかりで、肝心の敵機は捉えられないでいた。

 ……デゴイが減らせるだけで上出来だ。

 内心呟きつつも、スワ艦長はイシュタルから目を離さない。

 あの規模の機体が十機程度なら、このパラス・アテネに決定打を与える事はできない。

 対消滅弾があるならば話は別だが、二発目を使ってこなかった事から察し、あれで打ち止めだろう。

 電加砲から撃ち出される核融合弾は、よほど肉薄され撃たれない限り障壁で逸らせる。そして、障壁で逸らせないほど接近される前に、対空砲で撃墜できる。

 目眩ましを兼ねて、至近で爆発させるぐらいはしてくるだろうが、多少喰らった所で、このパラス・アテネが致命傷を負う事はない。

「大型機が二機、更に潜んでいたようです!」

 その報告に、スワ艦長はモニターへ視線を向ける。

 長い光の尾引きつつ迫ってくる二つの機影。翼を持つ、いわゆる航空機である。小型機の集団より、ずいぶん近くに潜んでいたようだ。

 一機がパラス・アテネに向かって真っ直ぐ突っ込んできた。

 その翼には、赤黒い輝き……熱を帯びている。つまり、あの翼は、宇宙では放熱板として機能するのだろう。

「あれほどの熱量を持つ機体を、何故、これほど近づかれる前に発見できなかったっ!?」

 スワ艦長は怒鳴る。

 暗幕に隠れていたのなら、暗幕自体は発見できた。が、あの宙域には、暗幕など影も形もない。

 物陰のない宇宙において、あれだけの熱量は容易に隠せない。例え潜宙していたとしても、この距離なら見つけられない方がおかしい。

 加熱した機体から放出される膨大な赤外線をネジ曲げるのだ。結果、周辺の星空に歪みが生じる。その歪みまでは隠しきれない。

 だから、この距離ならば見つけられて当然のはずだ。

「ここ十秒ほどで、一気に熱を帯びたようです!」

 ……有り得ない。

 そう思いかけ、スワ艦長は気付く。

 核融合炉には、そこまで急激な出力調整はできないが、対消滅炉なら可能なのだ。

 そして先程、アルテミス級を一掃した対消滅弾。

 あれはイシュタルが、こちらの航路を先読みして放ったのではなく、あの二機の片割れが放ったのだと。

「本命は、あの二機だ!」

 艦長の言葉と同時に、対空迎撃用のレーザーが、突っ込んでくる大型機……スーパー・ブラックホークに集中する。が、回避機動も取らず直進するのみなのに、レーザーが機体を捉えた気配はない。

「レーザーが曲げられて……あの機体、障壁を張っています!」

 大型機とは言っても、全長五十メートルにも満たない。本来ならば、あの規模の機体に戦艦の対空レーザーを防げるほどの障壁が張れるはずがない。

 その事実から、スワ艦長は推察する。

 サイレンが滅ぼされ、静止時間で既に二十年近くも経過している。

 そしてガトー元帥は、対消滅炉搭載艦たるイシュタルで、反クルフス系の国々を巡っていたらしい。

 つまり、サイレンの反物質関連の技術が、元帥によって他国に売られたとも考えられる。ならば、あの機体が対消滅炉を搭載していても不思議ではない。

 ブラックホークに呼応するかのように、小型機の集団も加速を開始する。

「電加砲を……いや、回頭し、主砲を使え!」

 電加砲の三式弾による迎撃が頭を過ぎるが、まだ距離がある。何より、あの機体を守る障壁を、散弾である三式弾で破れるかにも疑問が残る。

 イシュタルに対し、後手に回る事になる。だが、手の内が読めない隠し球を野放しにしておくのは下策。

 即座に、そう判断したのだ。

 先行する一機は、レールガンによる砲撃を仕掛けてくる。

 撃ち出された弾頭の発する熱量からして核分裂弾だろう。だが、迎撃は可能だ。

 パラス・アテネのレーザーファランクスが作動し、即座に迎撃される。

 高エネルギーのレーザー光線で炙られ、核分裂弾が爆発する。が、この距離ならば、目眩まし程度の効果しか上げられない。

 回頭を終えたパラス・アテネが主砲による砲撃を始めるが、捉えきれない。

 戦艦より遙かに小さく、そして軽快に機動できるのだ。何より、回頭する事で意図を知られてしまった。

「防御に徹し、やり過ごせ!」

 あの機体は、加速を続けている。至近から必殺の一撃を繰り出してくるだろうが、それさえやり過ごせば、後は彼方へと去ってゆくだけだ。

 無理に撃墜する必要は無い。

「電加砲、三式弾を使います!」

 艦長の言葉に、副長が呼応する。

 主砲では捉えきれない。対空用レーザーは通用しない。そして彼我の距離は、十分すぎるほど詰まっている。

 重力砲身により、自在に弾道を曲げられる電加砲なら、あの機体も捉えられるはずだ。撃墜は無理でも、牽制程度の事は十分できる。

 パラス・アテネが振動する。電加砲の砲身内を弾頭か駆け抜けていったのだ。

 射出された三式弾が、有効範囲に敵機を捉えた事で散弾を吐き出す。

 その散弾へ向け、敵機は粒子砲を放った。

 粒子砲の奔流と散弾が交わる……直後に大規模な爆発が起こった。

 散弾は硬い特殊鋼である。爆薬でもなければ核分裂物質でもない。

 高エネルギーのレーザーなどで炙られれば、一気にに蒸発、気化する事も有り得るが、あのような爆発が起こる事は有り得ない。

 ――粒子砲で炙られた散弾、一粒一粒が、まるで核分裂弾のように爆発したのだ。

「反粒子砲だとっ!?」

 スワ艦長は思わず叫ぶ。

 信じ難いが、そうとしか考えられない。

 反物質の微細粒子。それを収束させて撃ち出す粒子砲。これが反粒子砲である。

 正物質と触れ合う事で、反応した質量全てをエネルギーへと転化させる対消滅反応。それが、あの散弾で起こったのだ。

 あの機体は、反粒子砲で散弾を吹き飛ばし安全宙域を確保したわけだ。

「防御障壁、最大出力で展開しますっ!」

 オペレーターの一人が叫ぶ。

 彼我の距離は、既に目と鼻の先だ。細かな指示を出す余裕など無い。

 防御に徹し、やり過ごす。その指示の元、各自が最善の判断を行い行動するのみだ。

 電加砲より、次々と三式弾が放たれる。大半は敵機を守る障壁に阻まれるが、完全には防げない。散弾が敵機を捉え損傷させる。

 だが、止められない。

 敵機は、再度、反粒子砲を放ってくる。今度の標的は、このパラス・アテネである。先の射撃は拡散させての物だったが、今度は収束させての射撃である。

 パラス・アテネを守る障壁は、反粒子の奔流、その大部分を逸らした。が、一部が艦体を捉え、対消滅反応が起こる。

 その対消滅反応が、パラス・アテネを守る障壁を乱した。

(ふね)が……艦が燃える?」

 誰かが呟く。

 確かに、艦が燃えていた。

 パラス・アテネの装甲が白熱し、対空防除用のレーザー投射機が次々と壊れてゆく。

 敵機が飛び去った後、パラス・アテネの対空防御能力は半減していた。

 この機体と同格の機体が、もう一機。そして十機ほどの小型機の編隊が、まだ控えている。

 既に絶望的な状況だ。

 だが、引くわけにはいかない。『我らが命で血路を拓き、我らの屍を以て舗石とする』そう宣言したのだ。

 ……ここでクルフスに降ったサイレン軍人の覚悟も見せずしてどうする?

 命に代えても意地を示す必要がある。

 あのイシュタルを介し、この戦闘はスターネットで中継されている。ガトー元帥が憎まれ役を買って出てまで、この状況を、お膳立てしてくれたのだ。

 勝敗に関わらず、これでクルフスへ降った同胞達の立場は見直されるだろう。

 文字通り、ここが命の捨て時なのだ。

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