53・血路
必殺を狙った対消滅弾は、空振りと言って良いレベルの戦果しか上げられなかった。
……切り札を凌がれたか。
船長は声に出さず呟く。
アスタロスに積まれていた対消滅弾頭は、あれで全てだ。そもそも、量産された物ではなく試作品なのだ。元から数は多くない。
上手く行けば、艦隊を半壊状態に持って行ける……そう思ったが、アルテミス級二隻を犠牲に凌がれてしまった。
だが、情報は得られた。
電加砲の砲弾は、破壊兵器であると同時に無人偵察機でもある。
弾頭に組み込まれたカメラやセンサーで情報を収集。弾頭同士で情報の遣り取りもし、母艦へと伝達もする。
対消滅弾頭は、破壊兵器として十分な役目は果たせなかったが、偵察機としては働いてくれたわけだ。
状況は良くない。
サイレン艦を剣、クルフス艦を盾と言った布陣で、艦の特性と性能差、かつてサイレンに煮え湯を飲まされた第八艦隊の者達の心情も踏まえ手堅く固めている。
ブラス准将は連携が下手。これは過去の評価だと考えるべきかも知れない。
「親父殿の打ち手を先読みして『空蝉の術』を使ってきた……」
「そりゃ、俺、お抱えの艦隊だったんだ。俺の手の内も知ってるしな……無敵級を沈黙させ、砲撃に耐え、取り巻きが居ない。これだけカードが出揃えば、このアスタロスの正体にも気付くだろ」
対消滅炉搭載艦。
対クルフス用の決戦兵器として計画されており、当初はパラス・アテネと同じマルス級を原型として計画されていたのだ。
親衛艦隊の者なら、噂程度になら聞いた事があるはずだ。そして核爆発を目眩ましに、と言った戦術を船長は時折使っていた。
場に出揃ったカードから、対消滅弾の使用を予想する事も十分可能だっただろう。
……こりゃ拙いか?
そうは思えど、態度には出さない……いや、出せないが正しい。立場が問題なのではなく、体質的な問題である。
驚き、怯え、狼狽。そう言った感情は、意図し演技しないと表情や態度に出ないのだ。これは血筋的な物だろう。父も祖父も、その手の感情を顔や態度に表す事は皆無だったのだ。
「船長。何を考えていらっしゃいます?」
副長の言葉に、船長が現実に引き戻される。
「今日の晩飯はカレーだったな……付け合わせは辣韮か福神漬けか、どちらにした物かと苦慮していた」
真面目な口調で答えてやるが、無論、大嘘である。
「僭越ながら……福神漬けが宜しいかと」
「アタシは辣韮」
副長は福神漬け、イリヤは辣韮を推した。
まさか食いついてくるとは思わなかった。故に、船長は絶句する……だが、傍目には熟慮してるようにしか見えない。
どう返した物かと思っている内に、敵艦隊に動きがあった。
「親衛艦隊が動いたか」
パラス・アテネを最後尾に据えた、V字の陣……鶴翼の陣形に艦隊を組み替えつつ加速を開始した。
……気に入らない。
声を出さず呟く。
船長が危惧した最悪の事態。それがパラス・アテネとアウスタンドの共闘である。それを避けられた為、勝機が見えてきた。それが一番気に入らない。
こちらの手札は、八割方、場に出してしまった。
ここまで手札を晒せば、確実に勝つ為、どのカードを切れば良いかなど、ブラス准将には読めているはずなのだ。
記憶ではプライドが邪魔してか、他の指揮官との共闘は下手だった。だが馬鹿ではない。
それに共闘が下手というのも過去の話だ。将官にまでなった今も、当時の問題を引きずっているなどとは考え難い。
その証拠に、今までの打ち手は裏を欠かれないよう、意識している気配があった。
が、盾たるクルフス艦を後方に置いたまま、サイレン艦を前方へと出してきた。つまり剣と盾、その連携を捨てたわけだ。
剣だけでアスタロスを始末できる?
いや、記憶では、かつてのブラス准将は慎重かつ臆病な指揮官だ。それ故、当時の第八艦隊に多く見られた猪突猛進型の指揮官を信頼できず、連携が上手く取れなかったという印象である。
だが、今まで散々、親衛艦隊を試したはずだ。ならば盾たるクルフス艦と連携を取らない方がおかしい。
何より、手札を晒しきった状態での戦力の逐次投入など、愚の骨頂と言える。
「親父殿……どうする?」
「両方出してくれ。その時の気分で、福神漬けか辣韮かを決める」
「いや……カレーじゃなくて、親衛艦隊に、どう対処する?」
親衛艦隊は、遠慮無くアスタロスに砲撃を浴びせてきた。
クルフスの軍門に降った以上、後には引けない。もし、引いてしまったら、同じくクルフスの軍門に降った同胞達の立場を、更に悪くしてしまう。
彼らには、背負っている物があるのだ。
……それに比べりゃ、俺の荷物はずいぶん軽いな。
背負った荷物が重すぎて、それ故、逃げ出したのだ。
船長は自虐気味に笑う。
だが今も、乗員の命という重荷を背負い続けている。その命に対する責任は果たさなければならない。
「立ち塞がる以上、それは敵だ。敵である以上、打ち倒せ。鶴翼の陣を取ったが、スワは何を考えてるんだか……アルテミス級じゃ、アスタロスの足止めは無理だ」
逆の立場なら、船長はパラス・アテネを先頭に長蛇……縦列の陣を組む。
アスタロスを超える出力の動力炉を持つパラス・アテネを盾として間合いを詰め、後ろに隠したアルテミス級を近接砲戦での伏兵とするのだ。
「まずは、アルテミス級を始末し、パラス・アテネを裸に剥く。それで良い?」
船長は答えない。が、イリヤは船長の癖を知っている。
この場合の沈黙は、肯定の意である。
「強制冷却で推進剤を使いすぎた。機動は極力控え、砲戦主体で挑め」
イリヤが、砲術席で、何やら設定を弄り始めたので釘を刺す。恐らく、高機動戦を挑むつもりなのだろうが、それでは推進剤を使いすぎ空間跳躍へと移行できなくなる。
高機動戦を挑めば、向かってくる親衛艦隊には、無傷で勝てるだろう。
が、後ろに控えるフィアレスと五隻のセイント級が守りに徹した場合、勝負が付く前に推進剤を使い切りアスタロスは動けなくなる。
そして、高機動戦を挑めば、敵はアスタロスの推進剤切れを狙って守りに徹する。
――玉砕上等。
それがイリヤの考えなのだろうが、船長は違う。
何とかして、この場を切り抜けるつもりなのだ。そのためにも、空間跳躍に移行できるだけの推進剤は確保しておかなければならない。
背負う国家はなくなったが、それでも船長は乗員達の命を背負っている。
自らの意思でついてきた者達とは言え、自分の自殺に付き合わせるわけには行かない。
溜め息をつき、船橋を俯瞰できる高さに持ち上げられた船長席から、イリヤへと視線を向ける。
……死にたがりが多すぎるぞ?
イリヤだけではない。副長然り、航空隊然り……特に航空隊連中は重傷である。何人生きて帰ってくるか、考えるだけで胃が痛くなる。
……晩飯のカレー、食えるんだろうか?
船長は、現実逃避に、そんな事を考えてみる。
撃沈されて命を落とす……結果、夕飯にありつけなくなるという意味ではなく、自身の体調や心理状態で、胃か食べ物を受け付けるのか?
そういった問題である。
混成艦隊の指揮権が、ブラス准将からエスティーノ大佐に移行した。
……良くない兆候だ。
元々、急ごしらえの艦隊だ。当然、司令部も急ごしらえである。
司令部の足並みが揃っていないのは感じていたが、エスティーノ大佐がブラス准将の指揮権を凍結させ指揮権を奪うなど、完全に想定外だ。
しかも親衛艦隊のみでイシュタルへの攻撃命令。
無敵級……アウスタンドを沈黙させた巨大な光子砲は先の砲撃で破損したようだが、艦の上下にある四門の主砲は健在である。
砲門の直径から察し、このパラス・アテネの主砲と同等の威力があると考えて良いだろう。だとすれば、アルテミス級では歯が立たない。
戦艦は、自艦の最大砲、その直撃にも耐えられる防御力が与えられる。流石に無敵級を沈黙させた巨大な光子砲には耐えられないだろうが、あのイシュタルは自艦の主砲には耐えてみせるだろう。
ならば、アルテミス級の砲は、あのイシュタルに通用しないと思って良い。にも関わらず、鶴翼の陣で挑むよう指示を出された。
取り逃がさないようにと言う配慮だろうが、艦の持つ戦闘力の差を全く考慮できていない。もしくは、混成艦隊の元サイレン将兵に死ねと命じたのか。
どちらであっても、多くの元サイレン将兵が死ぬだろう。
「艦隊司令部、パラス・アテネを先頭とする縦列へと陣形を組み替えたい」
動力炉の出力なら、このパラス・アテネはイシュタルを凌駕するはずだ。
核融合炉搭載艦ではある物の、イシュタルの五十倍近い質量があるのだ。その巨体に見合う巨大かつ高出力の核融合炉を積んでいる。
先程の攻防から察し、イシュタルの動力炉出力はパラス・アテネの半分以下。
単純に出力だけなら、パラス・アテネが勝っている。
だが、イシュタルの利点は、出力に見合わない極めて小さな艦体という点にある。パラス・アテネと比べ、防御面積が狭い為、より強固な障壁が張れるのだ
パラス・アテネの高火力に、イシュタルは耐えうる可能性がある。そして、アルテミス級の火力では、イシュタルを守る障壁を、まず貫けない。
『イシュタルを取り逃がすリスクが高すぎる。容認できない。囲い込み仕留めろ』
「アルテミス級では歯が立たない。相対している以上、逃げるのはまず無理だ。何より後ろにはフィアレスが控えている」
万一取り逃がしても、後ろにはパラス・アテネをも凌駕する巨艦、フィアレスが控えているのだ。
『混成艦隊、その司令としての命令だ』
エスティーノ大佐は、一方的に伝えると通信を終えた。
……つまり、死ねと言う事か。
スワ艦長は、大きく溜め息をつくと、スターネット中継衛星の状況を確認する。
あのイシュタルは、未だスターネットを介し情報を発信中だ。どうやら、この戦闘を中継する気のようだ。
先の銀河征服の一件もあり、ガトー元帥の名は勝敗に関わらず歴史に刻まれるだろう。スターネットを利用し、元帥は歴史上の人物となったわけだ。
そして、このスターネットは、自分たち元サイレン軍人としても使える。自分たちの勝利には繋がらないが、クルフスの軍門へと降った同胞達を救う、決定的な武器とできるのだ。
……恐らく、元帥閣下は、これを望んでいるのだろう。
大きく深呼吸すると、スワ艦長は圧縮通信の指示を出しマイクを手に取る。
圧縮通信。
事前に録音した映像音声を、圧縮情報として一瞬で伝達する為の通信手段である。
「聞け、クルフスの軍門に降った同胞達よ。命に代えても、ガトー元帥を討ち取れ。そう、我ら親衛艦隊に大命が下された。これより、指示された陣形にて勝負に臨む……我らが命で血路を拓き、我らの屍を以て舗石とする。命を賭けて切り拓いた道を、決して無駄にはしてくれるな!」この圧縮通信が、イシュタルを介しスターネットへ中継されている事を確認し、スワ艦長は最後の一言を通常通信で宣言する。「ここが命の捨て時だ。全艦、機動砲戦準備!」
機動砲戦。
防御機動を取りつつの砲戦であり、推進剤を大食いする戦闘方法である。
本来ならば随伴補給艦が必須の戦術だ。今回、随伴補給艦は居ないため、実質、艦を使い捨てるようなものである。
アルテミス級の砲撃は、あくまで牽制。どうせ効きはしない。
そして、アルテミス級がイシュタルの攻撃に対し行える有効な防御など、回避以外に無いのだ。元より捨て身で挑むしかない。
あのイシュタルは、かなり消耗している。暗幕やデゴイ風船は、あまり残されていないだろう。対し、こちらは暗幕やデゴイ風船は、ほとんど使っていない。
無事では済まないだろうが、近距離砲戦の間合いまで持ち込めば勝機はあるのだ。
そして、親衛艦隊が、かつての主と命懸けで戦った事がクルフス本国に伝われば、軍門に降ったサイレン将兵が信用に足るという証拠とできる。その情報が、クルフス本国へと伝えられるだけの、お膳立てもできている。
文字通り、ここが命の捨て時だった。
ここで命を賭けなければ、同胞達の未来は勝ち取れないのだ。
ウィル「アスタロスとパラス・アテネ……動力炉の出力で二倍三倍の開きがあるけど勝てるの?」
サリバン少佐「質量はパラス・アテネの五十分の一ほどです。桁一つどころではないほど小型ですから、防御面積も絞れ、より強固な防御障壁が張れます。勝機は十分ありますね」
ウィル「えっと……見た事ない人だけど誰?」
サリバン少佐「アスタロスの設計主任のサリバン二等少佐です。技術士官にして医務室の主という設定でしたが、出番がないまま忘れられてました。……たぶん、アスタロスには乗ってない事になってます」
ウィル「佐理伴って書くのね……船長の賀東と言い、外人っぽく聞こえる名字の人が多いね」
サリバン少佐「ナルミとウィルの身体検査をやる予定だったんですけどね。あとはアスタロスの技術解説要員……」
ウィル「サクッと省略されてたよね……技術解説はユーリがいるしさ」




