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虚空の支配者  作者: あさま勲


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50・海魔の王

 アスタロスの周囲に、攪乱幕を散布し、デゴイ風船を展開した。

 その上で、混成艦隊へと向け、電加砲による砲撃を開始する。

 砲身長一千二百メートル。折りたたまれていた船首部分の砲身を展開した為、その砲身長はアスタロスの全長に匹敵する。

 その長大な砲身の中を、直径数メートルもの巨大な砲弾が駆け抜け、巨大な反動で船を振動させる。

 射出直後、アスタロスが展開した重力砲身により、その弾道を曲げパラス・アテネ、フィアレス率いる艦隊へと向かって突っ込んでいった。

 着弾まで、およそ五分ほど時間がある。

 周囲に散布した攪乱幕は、光学観測を妨げる事が目的だ。微細なガラスや金属の粒子が光を反射屈折させる為、アスタロスの詳細な姿が捉えられなくなるのだ。

 そしてデゴイ風船は、砲撃の反動でアスタロスが減速した事を悟られぬよう目隠しの意味もある。

「さて、砲撃を何処まで誤魔化せるかね……」

 船長は呟く。

 光の速度を以てしても、まだ十数秒はかかる距離がある。周辺にバラ撒いた攪乱幕とデゴイで、ある程度、欺瞞はできていると思いたい。

「アスタロスからの直接観測じゃ、敵艦の詳細な姿が捉えられない……だから、相手からもアスタロスの詳細な姿は捉えられないはず」

 イリヤの言葉に、船長は無人偵察機からのデータを確認する。

 無敵級、並びに混成艦隊は、力押しで行けると思っているのだろう。つまり、アスタロス一隻のみであると考えているわけだ。

「潜宙追尾弾を、ありったけバラ撒いてやれ。核融合弾を先行させ、対消滅弾頭は最後に放つ……核融合弾は対消滅弾を当てる為の煙幕代わりだ」

 十分ほど前に出撃した航空隊を追い抜き、この電加砲の砲弾が先に混成艦隊へと辿り着く。

「もう、後は徹甲弾と徹甲炸裂弾ぐらいしか残らない」

 イリヤは呟く。

 徹甲弾は硬さと速さで装甲に穴を穿つ砲弾。

 徹甲炸裂弾は、炸薬代わりに氷を積めた徹甲弾である。装甲を貫く際に発生した熱で、炸薬代わりの氷が気化。一気に体積が増える事で爆発が起こるのだ。

 核弾頭と比べれば威力は劣るが、それでも当たりさえすれば、よほどの巨艦でもない限り必殺となり得る威力を持つ。

「負けたら後はないんだ。出し惜しみなんかする必要は無い」

 電加砲による砲撃。アスタロスの全長にも匹敵する長大な砲身。その中を、砲弾が駆け抜けてゆく轟音を聞きつつ船長は呟く。

 弾を惜しんでいては、この場を切り抜ける事はできない。

 生き残った後も、船の修理や武器弾薬の補給など問題は山積みだ。身売り以外に問題の解決策も無いが、クルフスに睨まれた今、買い手が付くかも妖しい。

 そして、この銀河征服を実行した事により、クルフスを本気で怒らせた。

 ……これが終わったら、乗員達を船から降ろすか。

 この場を切り抜けた所で展望はない。そして公言していた目的も果たせた。ならば、ここらが落としどころだろう。

 船長は決断する。

 終わりが見えた事で気が楽になったのだ。

「船首光子砲を使用する。動力炉、リミッター解除の承認を」

 船長は宣言する。

「承認します」

 副長の言葉で、アスタロスの動力炉、そのリミッターが解除される。

「船首光子砲。使用承認を」

「承認します」

 船長が要請し、副長が承認する。

 使い方次第では、岩石惑星……いわゆる地球型惑星をも破壊できる強力な砲である。充填に時間が掛かる為、咄嗟に使える物でも無い。

 故に、あえて使用に煩雑な手続きを踏むよう設定されていた。

「船首光子砲、充填開始。フルチャージまで百五十秒!」

 イリヤが宣言する。

 動力炉のリミッターを外した事で、より短期間で充填が終えられるのだ。

 最大出力を叩き出した動力炉。電力へと変換しきれなかったエネルギーが船体を加熱してゆく。

「アウスタンドに向け回頭し、放熱翅を展開。同時に、アスタロス周辺に放出したデゴイ風船で艦隊を演出しろ」

 放熱翅とは、昆虫の翅を模倣した使い捨ての放熱板である。その全長は一枚だけで五百メートルを超える。

 同サイズの核融合炉、その十倍以上もの出力を誇る対消滅炉。

 高すぎる出力ゆえに、発生させたエネルギー全てを電力へと変換できず、熱となって船体を危険なほど加熱するのだ。

 その対策としての緊急冷却装置である。

 攪乱幕により、対峙した無敵級にはアスタロスの鮮明な姿は捉えられないだろう。

 が、船首を覆う女神像、その背から昆虫を思わせる八枚の光る翅が広がっているのは確認できているはずだ。

「親父殿。放熱翅を展開したら、砲撃しますって宣言してるようなモノじゃないの?」

 通常の放熱が追いつかないほど、膨大なエネルギーを生み出している。それ故、巨大な放熱翅が八枚も必要になるのだ。

「連中は、アスタロスの手の内を知らない。そして、俺は戦場じゃブラフを多用する」

 暗幕を使い艦隊を隠す。デゴイ風船で偽の艦隊をでっち上げる。

 船長は、その神出鬼没な艦隊運用を最も巧みに行った艦隊司令である。

「親父殿は、ハッタリを噛ませたと相手が誤解する事を期待してる?」

「誤解してくれたら儲け物。何にせよ、する事は変わらない」

 射程自体はアスタロスの方が長い。つまり先手が打てる。だが、そのこと自体も、相手は知らないのだ。

 アスタロスの回頭に合わせ、事前に展開したデゴイ風船が移動する。そして回頭が終わると同時に、更にデゴイ風船が展開した。

 アスタロスを中核に据えた、張りぼての艦隊が出来上がったわけだ。

「アウスタンドの放熱量……変化無し」

 現在、互いに慣性航行中である。そして、必殺の一撃を放つ為、互いにエネルギーを充填中だ。

 放熱量に変化があれば、回避機動の兆候とも取れるが、今のところ変化はない。

 もっとも、互いの距離は十光秒……光の速度を以てしても十秒掛かるほどの距離だ。今、アスタロスが見ているアウスタンドは、十秒前の姿でしかない。

「正直に言うと、ミルズの爺様には死んで欲しくないんだけどね……」

 光子砲の充填を待つ。その沈黙に耐えかね、船長はポツリと言った。

「船長は、ミルズ大将が嫌いと言っておられましたが?」

 副長の問いに、船長は苦笑する。

「敵として出会すのは御免だな……こっちも無事じゃ済まない。毎回、痛い目を見てる。でも、ミルズの爺様が居たからこそ、俺はスワ達をクルフスの軍門に降るよう言ったんだ」

 ミルズ大将は、サイレンへ向けての降伏勧告の際、サイレン将兵を第十三艦隊に迎えたい、そう言っていたのだ。

 敗走する第八艦隊は鈍足艦を切り捨てつつ壊走していったが、第十三艦隊は敗走時ですら規律を失わなかった。

 そして、第十三艦隊に所属する将兵は、クルフス辺境出身者達が大部分だ。自らの働きが故郷である辺境、その地位向上に繋がると信じ戦っている。

 この第十三艦隊ならば、サイレン将兵の受け皿になれると思ったのだ。

 アテは外れたが、今回の戦闘でサイレン将兵の評価が上がれば、まだ期待できる。

 だが、司令が替われば艦隊も変わるだろう。

 そう思いかけ、船長はその考えを否定する。第十三艦隊の士気の高さから察し、司令が入れ替わったところで大きな変化はないだろう。

「この距離じゃ、相手の戦闘能力だけ奪うってのは無理。まして相手は無敵級」

 無敵級の詳細なデータは、サイレンも持ち合わせてはいない。交戦により得たデータを元に、その能力を推察しただけにすぎないのだ。

 船首光子砲は、当たりさえすれば通用するだろうが、それでも、何処まで打撃が与えられるかは当ててみるまで判らない。

 こんな状況では、戦闘能力だけ奪う事など、できようはずもない。

「戦う以上、全力で相手を叩き潰せ」

 船長は宣言する。

 生き残れるかすら妖しい状況で、敵艦を沈めず戦闘能力を奪えなど、無理難題を突きつける気は無い。

 何より、人の心配より、まずは自分たちの心配である。

「どこかで乗員を降ろそうかと思ったが……降ろすに降ろせなくなったな」

 敗北が必至ならば降ろしたが、いざ蓋を開けてみたら分は悪くない。血路を開き、この場を切り抜けるのだ。下手に退船させては、回収できない。

 そして、銀河征服の実行で、クルフスの恨みも買った。クルフスとしても、アスタロス乗員達の口も塞いでおきたいだろう。

 下手に降ろせば、かえって危険な状況に置いてしまう。

「船長。貴方は、やはり大した人です」

「俺に惚れちゃいけないよ?」

 副長の言葉に、船長は、ふざけたような返事を返す。

「残念ながら、もう惚れてますよ?」

「オジサンを、からかうモンじゃない……」

 溜め息混じりに呟くと、船首光子砲のカウントダウンに注目する。

 フルチャージまで、既に六十秒を割っていた。



 周辺に攪乱幕を撒いたのだろう。おかげでイシュタルの姿がぼやけて見える。

 塵っぽい大気の中で見る、望遠映像と酷似したぼやけ方だ。

 レールガンを用い、無人偵察機を先行させたが、まだ攪乱幕まで達していない。捉えられる映像は、アウスタンドの物と大差はない。

「何か仕掛けてくる気だろうが……」

 モニターの望遠映像を眺めつつ、ミルズ大将は呟いた。

 サイレン艦は、艦首方向に武装を集中させる関係上、攻撃を仕掛ける対象に正面を向ける必要がある。だが、いずれの方向にも艦首は向けていない。

 艦首は、このアウスタンドと混成艦隊、その中間へと向けられているのだ。

 と、イシュタルの周辺に、同じ艦影が次々と現れた。

 ダミー・バルーン……サイレンはデゴイ風船と呼ぶ戦艦型の巨大風船である。

 あのガトーは、このダミー・バルーンを巧みに使い、偽の艦隊を造り出し囮とし、不意打ち可能な場所に本物の艦隊を忍ばせ……といった戦術を多用していた。

 おかげでサイレン艦は、歌で暗礁へと船を座礁させると言われる海の魔物、セイレーンになぞらえられた。奇しくもサイレンはセイレーンの英語読みである。

 それ故、クルフスに置けるサイレン艦の呼称は『海魔』。そして、囮と潜宙を駆使した戦術を多用するガトー元帥は『海魔の王』と呼ばれていた。

 その『海魔の王』が、こうも露骨に、ダミー・バルーンを展開して見せた。

「奴はブラフも多用します……悩めば術中に填りますよ?」

 艦長の言葉に、ミルズ大将は苦笑する。

 イシュタル周辺に、艦が潜宙している可能性は極めて低い。

 あの『海魔の王』たるガトー元帥が、サイレン再建を掲げ動いているならば大艦隊を率いているはずだ。

 そして、大艦隊を率いていたならば、例え潜宙していても何隻かは発見できるはず。だが、何も見つからない。

 つまり、この遭遇は、あのガトーにとって予想外の事である。ミルズ大将は、そう読んでいる。

「中継点やフォートレス級から、何かしたの通信はあるか?」

「ありませんね」

 ミルズ大将の言葉に答える。

「あの光は何だ?」

 サブモニターに映るフォートレス級。それを見たミルズ大将は問う。

 中継点に横付けされたフォートレス級。その艦体の一部が、同じパターンの発光を繰り返していた。

「レーザー光線を用いたモールス信号……S・O・S。ガトー一向に通信機器を封じられたか?」

 瞬くような発光が三回。一秒ほどの発光が三回。そして瞬くような発光が三回。この繰り返し。星暦以前より使われている救難信号、SOSである。

 指向性の高いレーザー光線ゆえ、ガトーの乗るイシュタルには信号は捉えられないだろう。

「ブラス閣下。あの中継点が救難信号を発しているが如何する?」

『まずはガトーだ。中継点とフォートレス級。共に大きな損傷は見受けられない』

 ブラス准将の言葉に、中継点の映像を確認する。中継点、フォートレス級共に、目に見える損傷はない。中の者達が、慌てて逃げ出している気配も見受けられない。

「まずは、ガトーか……」

 何かしら問題はあるのだろうが、クルフスにとって僻地の中継点や逃走兵より『海魔の王』たるガトーの方が重要なのだ。

『あのイシュタルに十字砲火を浴びせる。タイミングは、こちらで指示させて貰う……従ってくれるか?』

「承知。あくまで我らは増援。主力は貴殿ら混成艦隊だ」

 あえて事を荒立てる気は無い。

 とりあえず口では同調する意思を示しておくが、ブラス准将と足並みを揃えようという気はあまりない。

 恐らく、ガトーが何か仕込みをしているはずだ。小細工を使われる前に、先手を取って叩き潰す。

「イシュタルに動きあり、当艦へ向けて回頭。艦体より何かを展開中……あれは翼。いや、羽根か?」

 オペレーターの言葉に、ミルズ大将はモニターへと視線を戻す。

 攪乱幕の影響で、ぼやけ鮮明ではないが、それでも違いは明確に見て取れた。

 イシュタルの船首を覆う女神像。その背中から、輝く八枚の羽根のようなものが広がっていた。

 順当に考えれば放熱板だが、サイレン艦のエネルギー効率はクルフス艦をも上回る。エネルギーのロスが極めて少ないのだ。

 だから、あんな巨大な放熱板など不要なはずだ。

「ガトー、お得意のブラフか?」

 確かにブラフを多用する艦隊司令ではある。だが、簡単に見破られるようなブラフを仕掛けるような馬鹿ではない。

「そう考えさせる事こそが、『海魔の王』の狙いかも知れません」

 確かに、そうかも知れない。だが、ミルズ大将は、指揮官として全ての可能性を考える必要がある。

「クロスファイアの準備に入れ。目標はイシュタル一隻のみ。どうせダミーだ。取り巻きは無視し、射程に収め次第、砲撃しろ」

「混成艦隊より、先に砲撃を仕掛ける事となりますが……」

「構わん、撃て。射撃の直前に回避機動を取れ……あの砲が本物なら、このアウスタンドと、ほぼ同時に砲撃してくるはずだ」

 ミルズ大将は決断する。

 もし、放熱板がブラフではなかった場合、あの大口径の砲の直撃を受ける事になる。口径どおりの威力を発揮されたら、如何に巨艦アウスタンドとは言え無事では済まない。

 仮に、あの羽根がブラフであっても問題ない。

 クロスファイアの直撃を受ければ、イシュタルは一溜まりもないだろう。手柄を奪われたとブラス准将は怒るだろうが、知った事ではない。

 そして外しても、混成艦隊が砲撃を仕掛ける。

 後で突き上げを喰らうだろうが、少なくとも『海魔の王』たるガトー元帥を取り逃がすという事態だけは避けられる。

 あのガトーの行った銀河征服。そして、その後の演説は、スターネットを介し人類圏全域に広がってゆくだろう。

 そうなれば、潜伏中のサイレン残党が、あのガトーの元に集結する。

 それだけならまだ良いが、アマツやアイゼルなど、反クルフスの意思を明確にしている国家も、あのガトーに同調しかねない。取り逃がせば、後々、大きな障害となって立ち塞がるだろう。

 そうさせない為にも、何としても、この場でガトーを仕留めておく必要があるのだ。

フォートレス・シックスティエイト艦内にて


通信兵「クィン大尉。通信機ブッ壊しちまって大丈夫なんですか?」

クィン大尉「通信機が使える状態だと、後で突き上げを喰らう。『何故、連中の情報を回さなかったんだ?』ってな」

通信兵「回しても、問題ないのでは?」

クィン大尉「連中は、俺たちを助けてくれた……恩を仇で返すような真似はしたくない。それに、この状況……どのみち連中は助からない」

通信兵「もし、連中が生きて逃げ延びたら?」

クィン大尉「その時は、その時さ……言い逃れの為にも、モールスでSOS信号をクルフス艦隊に送っておけ」

通信兵「今壊しちまった、艦載の通信機でもなきゃ電波が届きませんよ?」

クィン大尉「レーザー砲の出力を落として使え。通信に使えるほどの情報は乗せられないが、モールス信号ぐらいなら問題なく送れる」

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