表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/71

5・襲撃

 ナルミが気が付くと、狭く薄汚い小部屋の中だった。

 蹴られた腹が痛い以外、体には異常はない。ただ、殴られたわけでもないのに頭痛がした。

 部屋に伝わる振動から、どうやら航行中の船の中のようだ。つまり、正規の手続きなど無しで船に連れ込まれたのだ。

 空気が臭い……浄化の行き届かない淀んだ空気だ。

 携帯端末を取り出してみるが、どこにも繋がりそうにない。表示される時間を見ると、既に六時間が経過していた。

「帰らなきゃいけないのに……」

 もう、寮の門限を過ぎてしまっている。明日は学校もある。だが、ここが海賊波止場で見た輸送船の中であるなら、帰るどころか自分の命すら危ない。

 頭の中で何かが切れた。

「出してっ! ねぇっ、ここから出してっ!!」

 泣きながら扉を叩くが、気密性の高い分厚い扉だ。音は響けどビクともしない。そして、扉の向こうにから返事もない。

 突然、船が揺れた。

 反動推進の振動とは異なる揺れだった。直後に爆音が響いた。

「……何?」

 事故だろうか? 規模によっては救助が来て、自分を見つけてくれるかも知れない。

 そう思い、扉の向こうに耳を澄ますと破裂音が聞こえてきた。短い爆音だが、それが何度も聞こえてくるのだ。

「銃声?」

 断定できないが、ナルミには、そう思えた。そして分厚い扉越しに、男たちの罵声も聞こえる。

 恐らく、この船に何かがあったのだ。

 一瞬、躊躇した後、ナルミは扉を叩き始めた。

 間もなく、扉の向こう側からのノックに、ナルミは手を止め扉から離れる。

 扉が開くが、目に付くところには誰もいない。不審に思いつつも部屋を出ると銃を突きつけらられた。

 全身黒ずくめの宇宙服を着た人物だ。体に密着するタイプで恐らく軍用だろう。宇宙服の上に黒いスペースジャケットを着ている。その左胸には、髑髏を抱いた女神をあしらった紋章にAstarothの文字。ヘルメットを被っているので顔は見えない。

 性別は……膨らんだ胸から察し女性だろうか。

 女は小首を傾げるような仕草をした後、銃を脇のホルスターにしまう。そして、ヘルメットに手を掛けると脱いだ。

 長い綺麗な黒髪が流れる。そして、その顔はナルミの知っている顔だった。船長を連行した一行、その中で隊長と呼ばれてた黒髪の女だった。

「妙な所で会うわね……」

 感情のこもらない声で黒髪の女は言った。

『ボス、一人そっちに逃げました。対処お願いします!』

 黒髪の女が両手で持ったヘルメットが、そう喋った。無線だろう。

 ナルミにヘルメットを押しつけると、黒髪の女は振り向いた。ナルミも視線を追うと一人の男が走りながら銃を構える姿が見えた。

「部屋に下がってなさい」

 黒髪の女は静かな口調で言うと、男に向き直る。だが、銃を抜く気配はない。

 直後に銃声。

 黒髪の女は無造作に、体の前で手を動かしただけだ。銃弾が体に当たった気配はない。続けて二発、そして三発。弾切れか四発目以降は、撃鉄が打ち下ろされる乾いた音だけだ。

 体の前で何かを握り込むように動かしていた手、それを下向きに開くと、三発の銃弾が床へと転がった。

 この黒髪の女は、自分に向かって放たれた銃弾を、手づかみしてみせたのだ。

「投降か暴力による鎮圧か……好きな方を選べ」

 感情のこもらない声で黒髪の女は言った。

 そして、銃を床に捨てたらしい乾いた音がナルミの耳に届く。男は、暴力より投降を選んだのだろう。

「こちらは片づいた。首尾はどうだ?」

『ボスの下に逃げた一人を含め、十二名。これで全員確保ですね』

 無線機越しの声に、ボスと呼ばれている黒髪の女はナルミに視線を向ける。

「十三人だ」

『はぁ?』

「十三人。名簿に載っていない、もう一人がいたらしい」

 そう言いながら、黒髪の女は携帯端末を取り出すと操作を始める。

「スペース……パトロール?」

 ナルミは恐る恐るたずねる。雰囲気から察し、正義の味方には見えない。だが、自分を拉致した連中よりは信用できそうだ。

「あれは船長の芝居にあわせただけ……残念ながら、私たちは宇宙海賊だ」

 黒髪の女の言葉に、ナルミはジャケットに書かれたAstarothの文字を再確認する。アスタロト……アスタロスとも読める。

「海賊船アスタロス号……?」

 それまで、無表情を貫いていた黒髪の女に、初めて表情らしい物が見えた。強いて言えば、驚きと呆れだろうか。

「船長から聞いたのね?」

 どこか諦めたような黒髪の女の問いに、ナルミは黙って頷いた。

 そして黒髪の女は無造作に拳を振るった。

 一度は投降した物の、隙だらけに見える黒髪の女の様子に男が襲いかかってきたのだ。だが、今の一撃で昏倒させられた。なにやら八つ当たり気味な一撃だった。

『全員を船橋に集めろと御大からの御命令です……どうやら気づいてくれなかった事が不満らしく、やり直しをするつもりのようですな。そちらのお嬢さんも、ご一緒してください』

 再びヘルメットが喋る。この声には聞き覚えがあった。この黒髪の女がボルトと呼んでいた傷顔の大男だ。

「先の一名、抵抗したので鎮圧した。回収を頼む」

 そう言うと、黒髪の女は男が捨てた銃を拾う。そしてナルミに視線を向けた。

 どうやら付いてこいと言いたいらしい。そう理解したので、ナルミは黒髪の女について行くと、途中、地平線公園で船長を捉えに来た金髪の優男と傷顔の大男……ボルトとすれ違った。この黒髪の女が昏倒させた男を回収に向かったのだろう。

 ブリッジらしき場所に着くと、この船の船員たちは皆、拘束されていた。そして、ここにいる海賊たちは、この黒髪の女を含め六名だ。

 海賊波止場で遠目に見た小柄な赤毛の女。そして船長を捕らえに来た大柄な男女。そして他に二人の男。

 赤毛の女だけ、何か場違いな感があった。

 赤いブカブカのスペースジャケット……その背中には、黒い縁取りで切り抜かれた丸い耳と鬣を持つ首が長い不格好な犬のシルエット。そして一『機』当千の四文字。ジャケットからして、他の者たちとは毛色が違った。

「その子が旦那の知り合いなんだ。変な所で縁が繋がるわねぇ……って、そろそろ始まるわよ?」

 そう言いつつ、赤毛の女は正面モニターを指さした。

 モニターに映っているのは巨大なガス惑星だ。そのガス惑星が、突然、欠け始めたのだ。

 黒い影が、ガス惑星を分断してゆく。

「ガス惑星の前に、何かがある……?」

 光を反射していないので見る事はできない。だが、そうとしか考えられない。

『御名答』

 スピーカー越しに、聞き憶えのある声。船長の声だった。

 影の後ろのガス惑星が、一瞬だけ歪むと、黒い宇宙船が、その姿を現した。

 周囲に比較対象がない宇宙空間だけに、その大きさは解らない。だが、それが戦闘艦である事は容易に理解できた。

 恒星船としては基本的な紡錘形。一風、目を引くのは、船首を覆うように取り付けられた胸に髑髏を抱いた女神像。その横に付きだした大きな大砲。今は右舷しか確認できないが、恐らく女神像を挟むよう左右に同じ砲が取り付けられているのだろう。

 そして船の上下には各二門の稼働砲。稼働砲だと解ったのは、その砲が、この船に向けられていた為だ。

「あれが、アスタロス号……」

 ナルミは思わず呟く。

 法螺話だと決めつけていたが、船長は本当の話をしていたのだ。

「旦那は外連味(ケレンミ)が強すぎるのよねぇ……」

 呆れ気味に赤毛の女は言う。

「で、船長。情報通りの積荷は、予想通りありませんでしたが、どうしますか?」

 黒髪の女の言葉に、この海賊たちが積荷を狙って、この船を襲ったという事はナルミにも理解できた。だが、積荷がないのは予想通り、とは、どういう事なのだろうか?

『今、ユーリに、その船のデータを解析させてる。情報からして胡散臭いとは思ってたが、麻薬組織の船を襲わせるとはね……まあ、想定の範囲内だ。さて、全員をアスタロスに招待してくれ』

 無線越しの船長は、公園であった時と同じ気楽な口調だった。だが本当に海賊なのだ。だから、どこまで信用して良いのかわからない。

 現状では、ナルミに選択権など無かった。ただ、流れに身を任せるしか術はないのだ。

 まだ、ナルミには、全く状況が解らないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ