49・作戦名『クロスファイア』
船橋をヒメに任せ、アスタロスの主立った面々は会議室へと集まる。
この会議室に、掃除以外で人が立ち入るのは、アスタロスへ改名後は、これが初めての事である。
「作戦会議に時間は割けないんで、手短に行くぞ。敵は、混成艦隊と無敵級の二手に分かれている。まずは手始めに、このアスタロスへ十字砲火を浴びせてくるだろう。その砲火を散らすべく、暗幕とデゴイを駆使する事になる。俺としては殴られる前に、先手を取って、一発デカイのをくれてやるつもりだ」
空間表示された立体映像を横目に船長は言う。十字砲火を浴びる前に、二手に分かれた敵の片側へ、船首光子砲を撃ち込む……そう宣言したわけだ。
「射程だけならアスタロスの方が上だから片方だけなら先手は取れる……混成艦隊に、船首光子砲による掃射を浴びせ、半壊状態に追い込む。そうなれば、負傷者の救助等で艦隊は機能しなくなる。これなら、残った無敵級一隻のみに注力できるよ……何より、アスタロスは単艦で無敵級を屠れる艦として設計されている」
まずはイリヤが意見を発した。
今のアスタロスには、作戦に口出しできる者となるとイリヤぐらいしか居ない。副長は元海兵隊で門外漢。ミカサやカーフェンといった航空隊は、アスタロスは兎も角、混成艦隊を構成する艦の詳しい性能までは知らないのだ。
船長は会議室にいる全員を見回す。誰もイリヤの意見に異論はないようだ。
「俺の意見は違う。真に手強いのは無敵級だ……ミルズの爺様なら、暗幕やデゴイは一切無視し、アスタロスのみを狙ってくるだろう。対し、ブラス中佐は、アスタロスの光子砲の威力から、エネルギー供給する僚艦がいると疑って暗幕やデゴイに食いつくはずだ。だから、まずは無敵級を黙らせる」
船首光子砲は、砲撃の直後に船の防御がガラ空きになる。そこに集中砲火を喰らっては一溜まりもない。
何より、無敵級一隻の放つ一斉射撃の方が、混成艦隊全艦で放つ一斉射撃の倍以上もの威力を誇る。例え砲火が散らせなくとも、喰らうなら、どちらがマシかは明白だ。
「ミルズ大将って、どんな人?」
ミカサが船長の言葉に興味を示す。
「一言で言えば、手堅い博打打ち。多少の犠牲には目を瞑り、確実に痛い所を抉ってくれる……俺、あの爺様嫌い。さっきダンマリを決め込んでたのも、俺の出方を読もうとしてたんだろう」
博打打ちという点では、船長も同じだ。ただ、あのミルズ大将相手には、伸るか反るかの大博打を打てなかった……手札を知られていては大博打など打てない。
その結果、地力の差でサイレンは然るべくして負けたのだ。
「でも、大博打よね?」
「分は悪くない。まだ、アスタロスが対消滅炉搭載って情報は漏れてないはずだ。無敵級ならば砲撃に耐えられると読むだろう。だから、クロスファイアを確実に当てるべく機動しないはずだ」
クロスファイア……十字砲火の意でもあるが、この場合は無敵級の行う一斉射撃である。
桁外れの出力で、艦体を覆う数多の主砲。そこから放たれる圧縮光子の奔流をネジ曲げ一点へ向けての集中砲火とするのだ。
このクロスファイアをまともに食らっては、アスタロスですら一溜まりもない。
「アスタロスの光子砲は、無敵級に通用するノか?」
今度はカーフェンが問う。
「通用する。しなきゃ、俺たちは、ここで歴史から退場だ」
カーフェンはミカサと顔を見合わせた。
「おっけー。とりあえず無敵級を沈めたとしよう。パラス・アテネや不敵級も手強い。残った混成艦体に勝てるの?」
パラス・アテネとフィアレス。一対一ならまだしも、この超大型艦二隻を同時に相手するのはアスタロスでも厳しい。
「サイレン艦とクルフス艦を明確に分けている事から、ブラスは親衛艦隊を信用してない。だからパラス・アテネとの共闘は無い。あと、事前に混成艦隊には電加砲で潜宙弾頭を撃ち込んでおく。中距離砲戦の前に、取り巻きのアルテミス級や聖闘士級には、ある程度の打撃が与えられるはずだ。それと平行し、航空隊には、混成艦隊の側面を突いて貰う」
船長の隣に概念図が表示される。
まずは弾速の遅い電加砲を混成艦隊に向かって放ち、互いの距離が詰まるのを待ちつつ船首光子砲の充填を行う。同時に暗幕やデゴイで、周囲に艦隊があるよう偽装も行う。
無敵級を砲撃後、混成艦隊に向き直り、防御対策を講じ一斉射撃を凌ぎきる。
間もなく、事前に放った電加砲が混成艦隊に到達……艦隊に打撃を与える。
ミカサとカーフェンは、何やらデータを呼び出して二人で眺めている。そして納得が行ったらしく頷いた。
「確かに賭だケど、分は悪くナい。船首光子砲ナらば、無敵級の防御も貫けル」
カーフェンの言葉に船長は笑う。
「では、これで行く。異存はないな?」
船長の問いに、ミカサとカーフェンは、再度、小声で言葉を交わす。
「一つある」
立ち上がって宣言したミカサに、全員の視線が集まる。
「その異存とは?」
船長の問いにミカサは笑う。
「作戦名の決定を!」
「作戦名、クロスファイア」
ミカサの言葉に、船長は間髪入れず作戦名を決定した。
混成艦隊と無敵級の十字砲火。そして無敵級の放てる最大の攻撃であるクロスファイアを阻止できるか。
これが勝敗を決定するのだ。
立体映像で見る無敵級。
それは一言で言えば卵形のゴルフボールだった。
ゴルフボールを思わせる小さな無数の窪み。それら一つ一つが光子砲の砲門なのだそうだ。
『無敵級、最大の攻撃であるクロスファイア。これは、光子制御の技術で造り出した力場で、光子砲の弾道をネジ曲げる砲撃。これを全砲門で一点を狙って放つ際を指します』
ユーリの説明を聞きつつ、ナルミは資料に目を通す。
無敵級は、単艦で艦隊を蹴散らせる艦として造られたクルフス艦である。巨体に見合う桁外れの出力で、光子砲の弾道を自在に曲げて砲撃を行える。
それ故、死角もなく、多数の砲を持つ為、数で押し切るのも難しい相手だ。
多数の砲を持つ反面、一門当たりの出力は、さほど高くはない。親衛艦隊の旗艦を務めたパラス・アテネ。その主砲の数割程度の出力しかない。
戦艦の定義は、強力な砲と、その直撃にも耐えられる堅牢な防御力である。
無敵級は、複数の砲を用いた集中攻撃を前提としている為、自艦の持つ一割程度の砲を用いた集中砲火には耐えられるが、最大の攻撃である全砲門を用いたクロスファイアには耐えられない。
対しアスタロスは、船首光子砲。その直撃に『一応』は耐えられるらしい。
事前に、全ての防御対策を講じ、万全の状態ならば、一回だけなら耐えられる……これが『一応』の理由である。
そして、アスタロスの最大砲たる船首光子砲の威力は、フルチャージで無敵級、最大の攻撃であるクロスファイア、その二十パーセントほど。
それが二門である。
数字だけを見れば、無敵級にも通用しそうには思える……いや、船長やユーリが通用する、そう判断したのだ。ナルミとしては、それを信じるほか無い。
唐突に、轟音と共に船が断続的に振動する。
「何? 攻撃でも受けた?」
同じく資料に目を通していたウィルが、慌てたように口にする。
『電加砲で無人偵察機を射出しています。間もなく、航空隊も出撃するかと』
ユーリの言葉にナルミは実感する。
ここは、既に戦場なのだ。
アスタロスからのエネルギー供給を受け、航空隊の戦闘機、ドラグーンの動力炉が機動する。重力制御の技術で水素を圧縮し核融合を起こす……いわば人工の太陽である。
「装備は対艦で。レーザー機銃は撤去してレールガンに換装」
指示を飛ばしつつミカサは考える。
まずは無敵級を黙らせる。船長は、そう決定したが、その判断は正しい。
航空隊の装備では、無敵級は手に負えない。光子砲の弾道を自在に曲げての砲撃……これは小型機であるドラグーンは疎か、対消滅炉搭載のスーパー・ブラックホークでも耐えられない。
何より、イリヤの提案した光子砲の掃射では、混成艦隊を半壊状態に持ち込めるか妖しい。
あの混成艦隊はクルフス艦と旧サイレン艦を明確に分け、二つの艦隊として運用しているのだ。
これでは、船首光子砲で打撃を与えられるのは混成艦隊の片方だけになるだろう。つまり混成艦隊の片方と無敵級、その両方の相手をする事になる。
……単艦で無敵級を屠れる艦。イリヤは戦艦乗りだし、試してみたかったのかもね……でも、冥土の土産になっちゃうわよ?
内心呟きつつも、イリヤの狙いは、それかも知れない……などと思いもする。
イリヤは、パラス・アテネの主任砲術士だったのだ。
そして、船長へ、元親衛艦隊へと謀反するよう呼びかけるよう促した……古巣であり、かつての同胞と戦う事が嫌だったのだろう。
もし戦うのであれば、共に地獄へ……そう考えていたのかも知れない。
だが、船長に死ぬ気はないらしい。
相討ち上等。そんなイリヤの案を退け、博打とは言え、勝って生き残れる作戦を打ち立てたのだ。
……ま、アタシとしても死にたくないからね。
そう心の中で呟くと、ミカサはスーパー・ブラックホークへと乗り込む。
ナルミを浚った輸送船。その襲撃に使った機体である。
アスタロスから提供された技術を用い作られた、対消滅炉搭載の大型戦闘攻撃機。単機で空間跳躍までこなす化け物だ。
今のところ、空間跳躍能力を持つ宇宙機の中では人類圏最小。そして、この規模の兵器としては破格とも言える火力を誇る。
アイゼルとの戦争末期に同様のコンセプトで開発されたスーパー・レッドホーク。核融合炉ゆえの出力不足で空間跳躍には至る事ができなかったが、そのデータを元に作られたのだ。
『ミカサさん。場合によっては負傷者の回収と、天道中継点までの移送を頼む事になる。無茶はしないように』
船長の言葉にミカサは笑う。
コックピットを覆う十数センチの装甲板。その向こうは、真空の宇宙空間という環境で戦う戦闘機乗りなのだ。戦いに赴く事自体が無茶そのものである。
「無茶はやっても無理はしない……隊長からの受け売りだけど、これがアタシの信条だ」
ミカサの言う隊長とは、かつての上官にして伝説的な戦闘機乗り『神速の魔術師』の事だ。
アイゼルとの戦争末期、ブラックホークの原型となったレッドホークで強行偵察に出撃。交戦データを本隊に送信するも帰還できなかった。
だが、終戦後、亜光速に伴う小規模な空間波紋の観測と、亜光速の推進炎による痕跡が確認されていたとアイゼルから情報提供があったのだ。
……今のアタシにとって、十年は長い時間じゃない。
度重なる空間跳躍。それに伴うウラシマ効果で、祖国の時間との乖離は広がっている。客観時間で数年以内に『神速の魔術師』は帰ってくるだろう。
だから帰って来たら、会いに行くつもりだ。
船長も、欲しがっていた戦闘機乗りだ。そのままアスタロスに引き込んでやる。
『先行して、ブラックホークを射出します』
船橋にいるヒメからの通信でミカサは我に返る。
ドラグーンと比べ、桁違いに重い為、重力カタパルトでは十分な速度まで加速できないのだ。だから早めに射出し、距離を稼いでおく必要がある。
『ミカサ。先に行カせて貰ウぞ?』
通信と同時に、カーフェンの乗るブラックホークが、開け放たれたハッチから虚空へと躍り出た。
「力場を張って空気の流出を防いでいるって言っても、人のいる空間と宇宙が繋がってるってのは落ち着かないわね」
万一に備え宇宙服は着ているが、格納庫内は与圧されているのだ。力場が消えたら、空気諸共、中の者達も虚空へと投げ出されてしまうだろう。
『そのための命綱だ』
船長の言葉で確認すると、作業員や誘導係は安全帯を身につけている。安全帯を最寄りのパイプと繋げ、命綱としているのだ。
「自分たちの技術を、そこまで信用してないって事かしら?」
そう問いつつ、ミカサは重力制御で機体を動かし、宇宙へと躍り出た。
『被弾して穴開けられた時の対策だよ。日常レベルで対策を取ってないと、いざというとき役に立たない』
船長の言葉に、成る程と頷きつつ、アスタロスが造り出した重力カタパルトへと機体を乗せる。
重力制御による防御障壁の転用である。不可視の力場ではあるが、モニター上には映像として表示されている。
電磁カタパルトに比べ格段に加速は劣るが、それでも推進剤を用いず加速できるというのは有り難い。
「軸線上に暗幕を三枚、アタシの指示どおり先行させて。必要に応じて、こっちで展開するわ」
『了解。展開のキーは、二人に渡しておく。上手く使ってくれ』
暗幕は囮だ。
ブラックホークは、アスタロス同様、潜宙が可能な機体である。一切、機動はできなくなるが、ドラグーンも潜宙可能だ。
暗幕の影に隠れ機体を加速させ先行。後続のドラグーンが到着する前に敵艦隊へ打撃を与える。
暗幕は、推進炎を隠す為の小細工である。
光や電波を受け熱を帯びるが、探知される前に潜宙状態で暗幕の影から抜け出せば明確な所在は掴めない。
そして、探知されるほど暗幕が熱を帯びるまで猶予もある。展開時は直径十キロにまで広がる暗幕だ。相手に見えぬよう推進炎を覆い隠す事も不可能では無い。
この暗幕を用い、敵艦隊との間合いを詰め奇襲を仕掛けるのだ。
「旦那……手加減しないよ? 逃げる敵は追わないが、立ち塞がるなら容赦はしない」
船長の、かつての部下達を手に掛ける事になる。だから告げた。
『手加減はするな。そんな事したら、クルフスに降ったサイレン軍人の立場が悪くなる。それに、連中は俺が仕込んだ最精鋭だ……破法を送った。目を通しておくように』
その言葉に、ミカサは船長が元親衛艦隊の懐柔を行わなかった本当の理由を悟った。船長は、より多くのサイレン将兵を救う為、あの親衛艦隊を利用するつもりなのだ。
元帥閣下の親衛艦隊。
その一部ではあるが、旗艦を務めたパラス・アテネが居る。間違いなくサイレンの最精鋭だろう。
だが、その手の内を知り尽くした船長が指揮官であり、相手には自分たちの手の内を知られてはいない。
数では劣るが、勝機はあるのだ。
手の内を知られていないが故の、一度きりの機会ではある。
だが、それで十分。賭けてみるだけの価値はある。




