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虚空の支配者  作者: あさま勲


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48/71

48・歴史への帰還

 それは、緊急回線を介した圧縮データだった。直後に、三者が介する映像中継へと切り替わる。

「さあ、始まった」

 クルフス方面に放たれた情報は、大半が止められてしまうだろう。それは予想済みだ。だが、ディアスの領域に飛び込んだ情報は、まず拡散を止められない。

 ディアス多星系連邦は、情報の公開と共有を国是としている。そして、それを可能とする人類圏一の超光速通信網……ディアス・ネットワークを持っているのだ。

 そのディアスに、情報を飛ばしたのは極めて有効な一手である。

 そして帝国スメラ。

 帝国も情報は止めない。覇権主義を掲げるクルフスの脅威。それを人類権全域へと知らしめクルフスの勢いを削ぎたい。そのためにも、この一件はクルフスの脅威を周囲に知らしめる意味で、極めて有効なカードになるのだ。

 ガトー船長は、帝国には何の期待もしていなかっただろうが、帝国は船長の掲げる銀河征服に手を貸してやったわけだ。

「もっとも、これで許してくれるなんて思ってないけどね……」

 ジーン・オルファンは呟く。

 そもそも、あんな場での銀河征服など、全く考えていなかっただろう。

 元々は、発信者が特定できない条件下での情報流出を画策していたはずだ。だが、そんな条件下での情報流出など、出所不明な情報とされ拡散は遅々として進まなかっただろう。

 だからこそ、伝説の宇宙海賊。そのデビュー戦を情報公開の場とできるようお膳立てしたわけだ。

『オルミヤ大佐。グスクベボラ近隣宙域で、帝国宇宙軍高速艦隊がクルフス第十三艦隊と相対したと報告がありました。遠からず戦闘が開始されます』

 帝国宇宙軍高速艦隊。オルトロス級のみで構成される艦隊で、このオルトロス級のデータは外部には知られていない。

 対し、クルフス第十三艦隊を構成する艦艇のデータは帝国は既に持っている。

 艦隊を構成するオルトロス級。そのオルトロス級を正面から圧倒できる艦など無敵級しか存在しない。その最大の脅威である無敵級は、アスタロス討伐の為、艦隊を離れている。

「帝国軍には快勝して貰わないとね……」

 単なる勝利では駄目なのだ。

 これから順次、増えていくだろうが、今の帝国にクルフス艦隊に対抗できる規模の艦隊など、グスクベボラに出向いた高速艦隊ぐらいな物だ。

 舐められたら、総力戦を挑まれ押し切られる。

 だから、帝国は本気を出さず第十三艦隊を一蹴した……そう誤解させる必要があるのだ。

 上手く誤解させられれば、クルフスは軍備増強の為、当面は帝国への侵攻は先送りされる。

 今の帝国には、まだ時間が必要なのだ。

『星々はくれてやる。恒星も惑星も好きにすればいい。だが、その間を隔てる広大な虚空は、この俺が支配する』

 映像の中、ガトー船長は何かを掴み取るような仕草を交え、そう宣言していた。

 ……役者だなぁ。

 自分には、こんな事はできない。そう感心しつつ映像に見入る。

「楽しそうね……ジーン・オルファン?」

 コサカ女史の声である。

 ジーンの船である韋駄天への出入りは許可してあった。個人識別も登録済みなので出入りは容易である。

 事実、気配には気付いていたが、あえて気づかない振りをしていたのだ。

「楽しいよ。歴史に残る一大イベントに、こうやって立ち会えたんだからさ」

 これでディアスは勢いづいて、高い空間跳躍能力を持つ恒星船の量産に入るだろう。

 サイレンの残党を受け入れ、その技術を獲得はしたものの、クルフスの顔色を窺い公にはできなかったのだ。だが、それを公にできる格好の口実ができたわけだ。

「アスタロスは対消滅炉搭載艦で、取り巻きのアルテミス級やセイント級なら相手にもならないほどの戦闘力がある。でも、インビンシブル級やマルス級、フィアレス級ともなると話は違ってくる」

 インビンシブル級……サイレンや帝国では無敵級などと呼ばれている。その質量は二百万トンのアスタロス、その五百倍……十億トンにも達する。アスタロスが核融合炉とは桁違いに出力の出せる対消滅炉を搭載しているとは言え、その出力差は数十倍はあるだろう。

 マルス級はサイレン艦で、戦いと農耕の神マルスの名を戴く艦種だ。そしてクルフスの混成艦隊に加わっているのは、マルス級二番艦たるパラス・アテネ……戦いの女神である。その質量は一億トン近い。アスタロスの約五十倍というわけだ。

 フィアレス級……『不敵』の名を冠されたこの艦種の質量は二億トン。アスタロスの百倍である。旧型艦ではあるが、サイレンのマルス級と互角に渡り合える戦闘力があるのだ。

 いずれの艦種も、アスタロスを超える動力炉の出力を誇る。そして戦艦の戦闘力は、その動力炉の出力と直結する。

 この情報。ガトー船長がコサカ女史に売ったのだろう。

「ガトー閣下は、互いのカードをよく理解している。この場に置ける閣下、最大の優位は、相手の手札を知っているが、相手には手札を一切知られていないって事だ。そして、もう一つ。クルフス艦隊は連携を上手く取れない。身内に引き込んだサイレン軍人を信用してないんだ。サイレン艦の後方に着宙したってのは、そう言う事だね……つまり、あの混成艦隊は、本来の戦闘能力が発揮できない状態にある」

「つまり……勝てると?」

 ……勝つも地獄、負けるも地獄。

 コサカ女史の言葉にシーンは、そんな事を思う。

「勝利条件は曖昧だから何とも言えないけどね……とりあえず、僕の頭をブチ抜いたら、色々困った事が起こると思うし、銃を下ろして貰いたい」

 ジーンの脇にある真っ黒なモニターが、鏡となってコサカ女史を映していた。その手に握られたコイルガンが、ジーンの頭を至近から狙っている。

「結果を見届けてから考えるわ」

 コサカ女史の言葉に、ジーンは大きな溜め息でこたえる。

 自分が、あちこちで恨みを買っている事は知っている。恐らく、碌な死に方はできないだろう。

 ……それでも構わない。あの懐かしい未来に帰る事さえできるのならば。

 あの時、下した最初の決断で、そう決めたのだ。

 そのためならば、如何なる代償も厭わないとも。



 ……戦闘開始まで一時間程度か。

 モニターを眺めつつ、船長はぼんやり考える。

「暗幕とデゴイ風船をバラ撒け。状況に応じ展開。艦隊を偽装して、砲火を散らす」

 アスタロス周辺宙域を指定しつつ船長は指示を出した。

 光や電波を一切反射しない巨大な暗幕。アスタロスに似せた巨大な風船で囮となるデゴイ。

 暗幕は浴びた光や電波が熱に変換され赤外線を放つ為、見つける事はできる。だが、暗幕の向こう側までは見通せないのだ。

 そしてデゴイ風船。戦艦の姿形に膨らみ、艦の発熱も再現できる。

 風船故に戦闘能力は持たないが、砲戦が行われる距離ならば、実際に砲を当ててみるまで本物との判別はできない……ただし、展開する所を見られていなければ。

「後ろの中継点からならば、こちらの同行など丸見えです。通信機能を破壊しなかった事が悔やまれますね」

 副長の言葉。

 無論、それも考慮済みである。

 超光速通信こそ三日間限定で使用できない状態にしたが、通常通信ならは普通に使える。タイムラグはあるだろうが、その気になれば混成艦隊との交信は可能なのだ。

「連中は完全に無視する。何をしようとも一切、構わない方針でいく」

 それを策として誤解してくれれば、しめたものだ。

「パラス・アテネより、通信です」

「繋いでくれ」

 オペレーターであるヒメの言葉に、船長は答える。

『お久しぶりです……閣下』

「久しいな……パラス・アテネを降ろされた物かと思ってたよ、スワ艦長」

 かつての乗艦、その艦長と話をさせると言う事は、降伏に向けた交渉をさせる……そう言う事だろう。

 船長は計器を操作し、相対した混成艦隊の発熱量を確認する。

 パラス・アテネを筆頭に、旧親衛艦隊の放熱量は大きくない。対し、後方に控える第八艦隊所属艦艇は膨大な熱を発している……つまり戦闘出力で待機中である。

 この状況。旧親衛艦隊にしてみれば、背後から銃を突きつけられ交渉させられているようなものだ。

 親衛艦隊はサイレンの最精鋭だった。その最精鋭ですら、こんな扱いを受けている……この状況だけで、クルフスの軍門に降ったサイレン将兵の境遇を察する事はできる。

『元帥閣下。降伏してください』

「やなこったい。せっかく、ノダやムラカミに口出しされない状況をお膳立てし、銀河征服を実行に移したんだ……後は、好きにさせて貰うさ」

 新しく映像が一つ追加される。かつて船長の副官を務めた女性士官……ミドー大尉である。フィアレスからの発信だった。

『お久しぶりです、ガトー提督……何を企んでいるんです?』

「先も宣言した通り、銀河征服だ」

『その後の展望が、何も見えません……降伏してください』

 ……ここが命の使い時か。   

 船長は内心、呟く。

 使うのは、この宙域にいる全ての元サイレン将兵だ。無論、自分達も例外ではない。

「アスタロス一同、覚悟は決めたな?」

 そう問いつつ、副長にメモを渡す。

『非戦闘員。優先的にナルミやウィルを逃がしてやれ』

 メモには、そう書いた。

 恐らく激戦になる。クルフス側も、回収まで手が回らなくなる可能性も考えられる。だから、あのルーク少佐に掌握されていた『忘れられた中継点』が頼みの綱だ。

「当然です!」

『この船に残った段階で覚悟は決めてましたよ』

 先程、覚悟の宣言をしなかったヒメが声を上げた。そして、非戦闘員達を代表して厨房長。

 船長は大きく息を吐いた。

 戦うからには最善の結果を目指す。

 その最善が、この船に乗る者達の最善ではない事など百も承知だ。

 船長席から立ち上がる。これから口にする事は、映像を交えて人類圏全域に広がってゆくだろう。

 無論、それが狙いである。

「我らの祖国、サイレンはクルフスの手によって歴史から追われた。元からして、帝国スメラでクーデターに失敗し、逃げ出した連中が作った作った国だ。最初から歴史の裏側にあったわけだが、表に出る事もなくクルフス艦隊の放った亜光速ミサイルによって、本星諸共、吹き飛ばされた。本星を失い、復讐に猛った我らは、百年の長きにわたり戦い続け、ついに力尽きたわけだ」

 映像にノイズが混じる。が、一瞬だけだ。

「クルフス側が妨害を行っています!」

 強烈なタキオンの奔流を浴びせ、タキオンによる超光速通信を塗りつぶそうとしたのだろう。

『ですが問題ありません。中継機は多数あります……全ての中継に妨害を仕掛ける事は現状ではできません』

 ヒメの言葉をユーリが補足する。

 亜光速ミサイルによる一方的な惑星破壊。クルフスとしては、決して公にしたくない事柄だろう。だが、知った事か。

「クルフスに降りし同胞達。そして汚れ仕事を背負わされ、歴史の表舞台に出る事の適わぬアウスタンド乗員ら第十三艦隊の諸君。最後に、サイレンとの戦火を開いた第八艦隊の諸君らも、舞台裏に追われたようだな?」

 船長は問いかける。それも楽しげに。

『ガトーよ。何が言いたい?』

 ブラス准将が憎々しげに問う。

 船長の掲げる銀河征服を実行されただけならまだしも、スターネットで演説を中継されたのは大失態だ。止める術など無かっただろうが、間違いなく咎を受ける。

「いや、この場に居合わせた者達にとって、格好の機会って事を利用させて貰うだけだ……」

 そして船長は大きな声で宣言した。

「この一戦を以て、我々は歴史に帰還する!」

 歴史に帰還するのは、アスタロス一行のみではない。

 クルフスの軍門に降ったサイレン将兵。汚れ仕事全般を背負わされるクルフス第十三艦隊。そしてサイレンによって敗走の憂き目を見たクルフス第八艦隊も含まれる。

 自分たちアスタロス一行だけなら、歴史の表舞台に出る必要などない。

 だが、クルフスの軍門に降り、信用すらされず冷や飯を食わされている同胞達を歴史の表舞台へと引き出す意味はある。

 サイレン軍人は、偽りなく優秀なのだ。

 そんな者達を、後ろから銃を向け従わせるやり方は間違っている。だから、まずはサイレン将兵がクルフスの『仲間』足る事を知らしめてやるまでだ。

「ガトー閣下。降伏に応じぬ……その覚悟は解りました。我らも全力で粉砕に向かいます」

 かつての部下達が、公の場で自分と戦えば、サイレン将兵は裏切らない証明にもなる。

 だから、決意を告げたスワ艦長に向かい、挑発するように笑ってやった。

 決意を告げた所でブラス准将は信じないだろう。

 つまり、混成艦隊は本来の戦闘力が発揮できないのだ。そこに付け込み勝機を見いだす。

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