47・虚空の支配者
元親衛艦隊と第八艦隊所属艦艇との混合艦隊は、アスタロスと対面する形で着宙した。そして、アスタロスの側面を突く形で第十三艦隊旗艦のアウスタンド。
戦闘に突入するには距離がありすぎるが、それでも互いを確認できている。
状況把握と時間稼ぎの為、加速は停止した。相手方も、状況把握の為に時間が欲しいはずだ。両者の利害は一致している。
脅威となる艦は三隻。
最大の脅威は無敵級・三番艦のアウスタンド。次いで戦神級・二番艦のパラス・アテネ。最後に不敵級・一番艦のフィアレス。
聖闘士級やアルテミス級は、このアスタロスにとって脅威ではない。よほど肉薄されなければ、決定打を打ち込まれる事はない。
着宙時の陣形から察し極めて練度は高いようだ。それを考えると親衛艦隊の乗員は、ほとんど変わっていないはずだ。
対し、遅れて着宙した第八艦隊所属艦艇の練度は並といった所だ。親衛艦隊の後方に着宙した所から察し、元サイレンの将兵を信用していないのだろう。
「親父殿。親衛艦隊……親父殿が呼びかければ、味方に付いてくれる」
イリヤの言葉に、船長は溜め息を吐く。
「連中はクルフスの軍門に降った。あの親衛艦隊が降るならば……そう思いクルフスに降った者達も多数いる。そういった連中の立場を致命的に悪くするぞ?」
「だとしても、親父殿は、この場を切り抜け生き残る事ができる」
……俺は、もう余生のつもりで生きてるんだけどな。
イリヤの言葉に、船長は内心呟く。
余生だからこそ、多数の部下を抱える船長という立場は、下手に死ぬ事もできない為、居心地が悪いのだ。
「俺に、その気は無い……この条件下で出会した以上、かつての部下だろうと敵だ。文句のある者は?」
船長の問いに最初に答えたのは副長だった。
「ありません」
「親父殿の決定なら文句はない」
次いでイリヤ。
『闘るんだね!? アマツ宇宙軍・航空隊一同。戦闘の機会に飢えてたよ……始まるのが待ち遠しい!』
『戦闘データは、祖国へノ良い手土産ニなる……『百戦無敗』の采配。とくと拝見。アイゼル宇宙軍航空隊一同も同意見だ』
ミカサ、カーフェン両航空隊長も、異存はないらしい。
「あのイカレ頭の戦闘狂ども……っ!」
船長は呻くように呟く。
ミカサは度重なる戦闘で神経をやられている。死と隣り合わせの戦場。その中に身を置く者は、恐怖を緩和する為に大量の脳内麻薬が分泌させる。ミカサは、その脳内麻薬の中毒者なのだ。
治療は受け、日常生活に支障はないが、それでも常に命の遣り取りに飢えている。これはカーフェンも似たり寄ったりだ。
『厨房長率いる『おさんどん隊』……閣下の決定には従うよ。元々、好きでアスタロスに残ったんだ。こんな状況は、初めから覚悟の上!』
『ジンナイです。海兵隊一同、副長の決定に従うそうです……いや、ハミルトンは閣下の決定に従うと言ってますが』
アスタロス各部署の、主立った者達が意見をまとめて報告してくる。総意として、全面対決に異存はないらしい。
「この船には、馬鹿しか居ないのか?」
「お馬鹿の頭領が、親父殿だ」
船長の言葉にイリヤが茶化す。
「ジーン・オルファン……奴を殺す為にも、この場を何としても切り抜ける必要がありますね」
楽しげな副長の言葉に、船長は大きく溜め息を吐いた。
「副長には失望したよ……皆を生かすべく、俺を手土産にクルフスに降るぐらいの事はやってくれると思ったんだが」
「皆を生かすのは船長の大切な勤めです。その勤めを取り上げるわけにはいきません……船長も姓は変われどオルミヤです。本物のオルミヤは、追い込まれた時こそ真価を発揮する。既に崖っぷち……後は巻き返すだけ」
「直系なだけに、そのオルミヤの名が重かったんだけどな……針路を変えろ。クルフス艦隊とアスタロスを結ぶ直線。その延長上から中継点を外せ」
まだ、敵艦隊との距離は数十光秒はある。撃ち合うには遠すぎるのだ。
だから砲戦が始まる前に、流れ弾が中継点へ向かわないよう戦闘宙域を選ぶ余裕もある。
『クルフス艦隊、戦艦フィアレスより超光速通信です』
「繋いでくれ……アウスタンドにも中継してやれ」
船長の言葉に、船橋正面に映像が投影される。
黒髪で彫りの深い顔立ち……戦闘の最初期、何度か通信で言葉を交わした相手だ。
「久しいな、ブラス中佐『殿』」
知っているクルフス軍人だ。だからあえて、かつての階級で呼びかけてやる。
優秀ではあるがプライドが高く、指揮下の戦力のみで対処したがる悪癖があった……つまり、共闘が苦手な指揮官と認識している。
だから揺さぶりを掛けてやる……戦いは既に始まっているのだ。
『今は准将だ。こうして再び相見える事ができて光栄だ……ガトー元帥』
割り込むように白髪、初老の男の映像が投影される。
『十数年ぶりだな……会いたかったよ、ガトー元帥』
……俺はミルズの爺様とは会いたくなかったけどな。
内心ぼやきつつも、船長はミルズ大将の言葉にブラス准将が、僅かだが顔を蹙めるのを見逃さなかった。
「ミルズ閣下にブラス中佐『殿』……当方に戦闘の意志はない。すぐに立ち去るので見逃して欲しい」
『そう言うわけにも行くまい……貴殿が、ここにやって来るとの不確かな情報で、帝国領トミグスク攻略に臨んでいた第十三艦隊から、旗艦であり最大の戦力でもあるアウスタンドを回したのだ。『海魔の王』……その首にはインビンシブル級を回すだけの価値がある。総司令部の判断だが、私も同感だ』
……だからと言って、アンタまで出張ってくる事は、ねーだろーがよ。
そう言いたくなるのを、船長は、ぐっと堪える。
戦場で一番、出会いたくない敵将。それがミルズ大将なのだ。
とは言え、第十三艦隊から派遣されたのは、無敵級であるアウスタンドのみである。
たった一隻で、サイレン・クルフスの混成艦隊以上の戦闘能力を持ってはいるが、ミルズ大将の指揮下にあるのはアウスタンドだけだ。
混成艦隊との連携は取らないだろう。いや、ブラス准将に提案ぐらいはするだろうが、准将が突っぱねるはずだ。
『ミルズ閣下。『海魔の王』討伐の任は我々に託され、閣下率いるインビンシブル級は、あくまで予備戦力です……出しゃばらないで頂きたい』
『承知……だが、砲戦には参戦させて貰う。逃げ延び、帝国の軍門に降られては厄介だ。降伏に応じぬならば殺せ……総司令部からの命令はブラス閣下も聞いているはずだ』
……帝国への身売りは考えていたがね。が、帝国は俺を殺したいらしい。ジーン・オルファンの独断かも知れないが、奴の立場を考えれば、帝国の決定と思って間違いない。
つまり、帝国の軍門に降るわけにも行かなくなった。
帝国がクルフスに勝てるとは思っていなかったが、一時的に身を寄せる程度になら使える……そう考えてはいたのだ。
「どうも、俺は人気者みたいだな……静かにのんびり、気楽に星の海を巡りたかったんだが」
船長はぼやくが、叶わぬ願いだ。
空間跳躍を行った場合、通常の船は推進剤の大半を使い切ってしまう。着宙場所の近くに補給基地でもなければ、そのまま宇宙の迷子になりかねない。
気楽に星の海を巡るとなると、今の状況ではアスタロス並みの性能が必要になる。
そして、アスタロスは大きすぎ、単に動かすだけでも膨大な費用が掛かる。この費用を、船長は捻出できないのだ。
『それができる立場ではないだろう……ガトー閣下よ。何を目論んでいた?』
ブラス准将に問いで、船長は吹っ切れた。
ジーン・オルファンから得た情報によれば、スターネットの中継衛星が、アスタロスの手が届く場所に一つある。実際、通信して本当にある事も確認済みだ。
……たった一つじゃ心許ないが、選り好みできる状況じゃ無い。
「何を目論んでる? ……俺が考えてる事はガキの頃から変わってないさ。銀河征服だ」
銀河征服。その言葉を聞き、ブラス准将は言葉を失ったようだ。
直後に、船長の前にアスタロスを中心にした、宙域図が投影された。
『ジーン・オルファンの仕込んだ隠しファイル。そのパスワードは『銀河征服』でした。中身は、この星系にあるスターネット中継衛星の所在です』
恐らく、ユーリが気まぐれでパスワード総当たりの実行中に『銀河征服』の一言をネジ込んだのだろう。それが大当たりしたというわけだ。
こんな僻地に、何故か十を超えるスターネットの中継衛星が設置されていた。
ユーリが、実際に情報の遣り取りをして、その存在を確認したようだ。宙域図に、赤い光点として中継衛星の所在が表示される。
「こんな僻地に、何故これほどの中継衛星がある?」
『信じ難いですが、大半が帝国製です……ジーン・オルファンには『予言者』の二つ名があるそうですが、あながち嘘ではないかも知れません。尚、この会話は、クルフス側には届かぬよう細工済みです』
帝国製だとすれば、秘密裏に設置したのだろう……帝国スメラの技術力なら不可能では無い。
「スターネットを用い、銀河を征服するのですね?」
「違う。スターネットは情報伝達の手段にすぎない」
副長の問いに答えつつ、通信を再開しろとユーリに合図を送る。
ユーリが映像を加工してくれたおかげで、通信が中断していた事は悟られた気配はない。
『銀河征服か……気が触れたか?』
ブラス准将の言葉に、船長の腹も据わった。
「国家という枷から解き放たれ、俺は一匹の海賊になれた。だからこそ、銀河征服の野望を実行に移せるってワケだ」
この状況だからこそ、船長は銀河征服の野望を実行すると決断した。
この後、起こる戦い。勝つ為の策は、既に幾つか弄している。その上で、生き残れるか分からない。だからこそ、歴史に名を刻んでやる……その思いで決断したのだ。
『解せぬな……権力の座が束縛であるというのは認めるが、権力の座から降りては力は振るえぬ。国も軍も動かせぬのだぞ?』
ミルズ大将の言葉は正しい。だが、国家という枷は、船長の考える銀河征服には邪魔にしかならない。
「俺が欲しいのは、箱庭じゃない。雑然として賑やかな世界だ。力で支配したら、それは単に大きな箱庭ってだけで終わってしまう。それじゃツマラナイだろ?」
そう言い、船長は、今日がクリスマスイヴである事を思い出した。
『ガトー閣下。戯れ言は、降伏後、このフィアレス艦内で聞きましょう』
「降伏する気など、サラサラ無いさ。ちょうど今日はクリスマスイヴだ。海賊船に乗ったサンタクロースが、人類社会全域にプレゼントを贈るとしよう」
船長の言葉を、ユーリは銀座征服実行の命令と認識。そして、事前に練られた計画に従い実行した。
サイレンの持つ恒星型核融合炉と亜光速推進器の設計図と、空間跳躍の理論そして概念図。これらのデータを圧縮し、超光速粒子タキオンに乗せ、スターネットを介し、人類圏全域にバラ撒いたのだ。
それと同時に、ユーリは独断で船長、そしてブラス准将とミルズ大将。その三人の会話もスターネットへと流している。
『このデータ……貴様、何をやったのか、判っているのかっ!?』
データを受け取ったからと行って、即、同じ物が作れるようになるわけではない。試行錯誤を繰り返す必要がある。が、ディアス多星系連邦あたりなら、早々に技術を獲得できるだろう。
ディアスは船乗りの国だ。船乗りを介し、技術は拡散していくはずだ。
今現在に置いて、帝国スメラの持つ優れた空間跳躍技術。これと同等の技術を持つ国は、クルフス星間共和国のみである。
帝国の分家であるサイレンを滅ぼし、一部を取り込む事で、その技術を得たわけだ。
まずは邪魔者である帝国スメラを屈服させ、そして人類圏全域へと支配域を広げよう……そう考えていたはずだ。
だが、帝国スメラ以外の国までも、帝国と同等の空間跳躍技術を得た場合、話は変わってくる。
この技術は、そのまま軍事に転用可能なのだ。故に大きな障害となる事だろう。
『成る程……これがガトー閣下の言う銀河征服か』
驚き、狼狽するブラス准将とは対照的にミルズ大将は落ち着いていた。
「そう。これが俺の銀河征服だ。銀河を俺のポケットに収める気なんか、最初から無いさ。今の銀河は広すぎる……いや、星々との距離に対し、使われてる恒星船がお粗末すぎる。だからサイレンの技術をくれてやるわけだ。星々の距離が縮まるまで、まだ時間は掛かるだろうが、こうでもしないと銀河征服なんて遅々として進まない」
『人類による銀河征服……そう言う事か』
苦虫を噛みつぶしたような顔でブラス准将は言う。
クルフスは共和国を名乗りはすれども覇権主義的な国家だ。周辺の国々を飲み込み拡大を続けている。
そんな事が出来るのも、クルフスが大国で、かつ進んだ技術があればこそだが、対抗できる技術を持つ国々が増えれば、それも難しくなる。
「ああ、その通りだ。星々はくれてやる。恒星も惑星も好きにすればいい。だが、その間を隔てる広大な虚空は、この俺が支配する」
船長達が交わした会話。それはスターネットを介し、人類圏全域へと拡散されている。
人類圏全域まで拡散するのに、数ヶ月を要したわけだが、発信日が宇宙暦に置けるクリスマスイヴだったことは記録されていた。
多くの国々で、恒星船の性能が劇的に向上する切っ掛けとなったのである。これは、人類の宇宙史に置ける一つの革命だった。
後の歴史では『クリスマス革命』として語られる事となる。
そして立役者たる船長は、虚空の支配、その宣言によって『虚空の支配者』の名と共に、歴史に刻まれる事となった。
もっとも、船長自身は、そのような事は欠片も望んではいなかったが。




