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虚空の支配者  作者: あさま勲


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46・泡立つ宇宙

 動甲冑であるキュクロプスⅦが五体、アスタロス船内へと回収された。現在、機体の確認中である。今後は、海兵隊の戦力として活用されるだろう。

 そして(きん)である。……あのルーク少佐が、中継点で造った麻薬を輸送艦で売って回って稼いだのだ。

 金は貴金属であると同時に常温超伝導体の触媒であり、恒星船の中核部品に欠かせない素材である。そして、人類は未だ金を造り出す(すべ)を持たない。

 つまり、金は人類圏全域で通用する万能資産と成り得るのだ。

 ……とは言え、臨終を少し伸ばす程度の収入にしかなってないけどな。

 内心ぼやき、そして船長は溜め息を吐く。

 気楽に宇宙を飛び回りたいのだが、アスタロスは大きすぎて、それもできない。動かすだけで、莫大なコストが掛かるのだ。

 乗員達も養わなければならない。だから、そろそろ身売りを考える必要がある。

 ……帝国スメラなら、確実に迎えてくれるだろうが。

 近々、クルフスとの戦争が始まる。自分を抱き込めば、軍門に降ったサイレン将兵が扱いやすくなる。公用語も同じ……元々、サイレンは帝国の流れを汲んでいる。住みにくい国ではないだろう。

 帝国の軍門に降れば相応のポストも用意してくれるだろうが、間違いなく戦争に駆り出される。それは御免被りたい。

『船長。クィン大尉が、船長に話があるそうです』

 クィン大尉……中継点に潜伏し、反抗の機会を窺っていた要塞級の乗員である。

 ルーク少佐に同調できず、中継点に隠れていただけかと思いきや、アスタロスが要塞級の制御を掌握すると同時に行動を起こした。

 何十年もの間、息を潜めた上ての行動である。並の軍人にできることではない。

 ……ルーク少佐という『敵』を作ることで正気を保ってきたのだろう。

 船長は、そう推察するが、だとしても大した物である。

 おかげで、大規模な戦闘も避けられ、短期間で目的も果たせたのだ。

「繋いでくれ」

 船長の言葉で、空間映像が投影される。

『元帥閣下。応じていただけ光栄です』

「ノダ大元帥とムラカミ元帥に煙たがられ地位を追われ、サイレン崩壊時は特務大佐なんてワケの判らない立場だよ……」

 サイレン三元帥の第一位がノダ大元帥。第二位が船長ことガトー元帥。第三位がムラカミ元帥となり、第一位と第三位が結託し、船長を追い落としたことになっている。が、アスタロス船内に、それを信じる者などいない。

 クィン大尉は、船長の言葉に笑う。

『もっとも尊敬すべき敵将。それが私の持つ閣下への認識です……貴方は一体、何をしようとしているのですか?』

 その言葉に、船長は暫し考える。

「銀河征服だ」

 正直な所、躊躇している。だから自らの尻を蹴飛ばすべく、その言葉を口にした。

 クィン大尉は、その言葉を聞いても驚いたような気配は見せない。無論、笑い飛ばしもしない。

『閣下なら、それもできるかも知れません』

 ……できるわけ、ねーだろ。

 船長は、そう内心呟く。

 崩壊前のサイレン。その全権を握っていたとしても、クルフス相手の戦争における敗北を先延ばしするだけで精一杯だ。

 クルフスには、どう足掻いても勝てない。そして勝てなければ、銀河征服など到底不可能なのだ。

 もっとも、軍事力による銀河征服を試みた場合だ。

 船長の考える銀河征服に軍事力は不要である。だが、それをクィン大尉は知らないはずだ。

「クィン大尉。何十年もルーク少佐から隠れていたわけだが、よく耐えられたな……コツでもあるのか?」

『クルフス本隊が、いずれは、この中継点にやってくる……そう信じていますからね。少佐の配下となった場合、クルフス本隊がやってきたら極刑は必至です……単に命が惜しかっただけですよ』

 その言葉に船長は笑う。

 全くの嘘ではないだろうが、事実でもない。船長は、そう判断したのだ。

『銀河を征服した暁には、閣下は如何するおつもりで?』

「遊ぶよ……銀河を俺の遊び場にする。が、少し広すぎるな……だから、狭くしてやる」

 銀河を狭くする。

 その言葉には、さすがのクィン大尉も表情を変えた。

『銀河を狭く?』

「物理的には無理だが、感覚的には狭くできる」

 船長の言葉に、クィン大尉は苦笑した。

『銀河を征服して狭くする……ですか。どうやるのか皆目、見当も付きませんね。お世辞で気を良くさせ、情報を引き出そうとしましたが、閣下の方が何枚も上手でしたね』

 本音を晒したクィン大尉に船長も笑う……が、ある意味、大尉は重要な情報は引き出している。

 もっとも、それが理解できるとすれば、船長が銀河征服を実行に移した後だろう。

 問題と言えは、実行を躊躇している事ぐらいだ。

「さて、推進剤の補給も終わった……そろそろ発たせて貰う。協力に感謝する……おかげで、手短に用を済ませられた。宣言どおり、超光速通信は三日ほど機能を凍結させる。三日を過ぎれば問題なく使える。それ以降なら、俺たちの事をクルフスに通報するなり好きにしろ」

『ええ、そうさせて貰います。クルフスに帰る以上、あなた方は敵ですからね……ご武運を』

 クルフス域の敬礼をするクィン大尉に、サイレン式の敬礼を返し通信は終わった。

「さて、ジーン・オルファン……お前の思惑どおり踊ってやったぞ?」

 天井を見上げ、船長は一人呟く。

 結果的にレアメタルである金も手に入れた。そして、ジーンは、奪ったレアメタルを買う、そう約束を交わしたのだ。

 まともな神経の持ち主なら、まず出てこないだろう。

 だが、ジーンは出てくる。そんな確信が船長にはあるのだ。



 マフィアのアジト。その襲撃は、驚くほどあっさり終わった。

 地力が違いすぎたのもあるだろうが、頭目であるルーク少佐に、驚くほど人望がなかったというのも大きかったようだ。

 アスタロス襲撃に便乗し、離反したクルフス軍人や中継点の住人がルーク少佐の打倒を掲げ蜂起したのだ。

 船長自身、この中継点を支配下に収める気は無かったようで、それを理解した中継点の者達は、さっさと立ち去ってくださいとばかりに協力的になった。

 おかげで、半日と待たずの撤収である。

「ここって、一応はクルフスの支配域なんだよね……サイレンは帝国の流れを汲んでるし、そりゃ居座って欲しくはないか」

 徐々に遠ざかってゆく中継点を眺めつつウィルが呟く。

 寝る間も惜しんで歴史情報を読み込んでいたので、歴史に関しては既にナルミより詳しい。船長が、ここを支配下に収め拠点としたら、いずれは戦場になるだろう。そんな事態が歓迎されるはずはない。

 だが、船長が要塞級を掌握した直後、ルーク少佐の部下達は、必要とあらば帰順する……船長の軍門に降ると宣言したのだ。

 ナルミは溜め息を吐く。

 船長がルーク少佐に替わり新たなる支配者になる……そうなっても、中継点から動けないという状況は変わらないのだ。

 そして、新たなる支配者は、クルフスに置いても、その名を知られた名将、ガトー元帥である。狂える暴君たるルーク少佐よりも、よほどマシだと思われても仕方ない。

 ユーリがまとめた資料を流し読みした程度だが、あそこまで酷い支配者は、そうは居ないだろう。

 BMIによる機械との一体化……高いBMI適正があったが故にできた事だが、その力に溺れ、自分を万能だと錯覚してしまった。

 資料では、ルーク少佐の暴走を、そう結論づけていた。

 ブレイン・マシン・インターフェイス……脳への端末の埋め込みや、BMI端末機能を持つナノマシンを体内に取り込む事で、脳と機械が直接の遣り取りを可能とする技術である。

 高い適性があれば、自身の身体以上に機械が操れ、コンピューターの持つ演算能力、検索能力や記録も単に思うだけで実行に移せる。

 あのルーク少佐は、要塞級を完全に制御下に置いていたそうだ。だから艦内を監視し、空調を制御し、刃向かう者が在れば、思うだけで隔離し殺す事もできた。

 そんな環境に身を置けば、人間、おかしくもなるだろう。

 実際、それで、おかしくなった人物の例は、天道中継点にもあるのだ。

 新しい例で言うと、女請負師リウケ……彼女に任せれば、どんな人材でも確保できる。そう言われた人材手配の達人だった。

 頭抜けたBMI適正を持ちながら、日雇い労働者の手配を生業にする変わり者だったらしい。いつ頃からか裏稼業の人材手配にも手を出し、そして、お尋ね者となり逃げ出したそうだ。

 数年前の出来事だったので、ナルミも憶えている。

 銃撃戦で死人まで出ており、しばらく、その話題で持ちきりだったのだ。そして、そのリウケは、未だ捕まっていない。

 BMIを用いれば人間の限界を容易く凌駕できる。優れた適正がある事が大前提ではあるが、適正が無くとも失うのは金だけだ。金額的にも知れている。

「BMIで要塞級を完全に制御下に置けたから、自分をカミサマだと誤解しちゃったのかな……」

 事実、高いBMI適正が在れば、人間の限界を容易に超えられるのだ。

「なんかBMIが欲しくなっちゃうな……」

 ナルミの言葉にウィルが答える。

 ウィルもユーリの資料に目と通していた為、ルーク少佐がやった事は知っているはずだ。

 にも関わらずそう言える。見た目に反しウィルが幼い為か、それとも根本的に考えが違う為か。

 そんなナルミの考えを、厨房長が断ち斬った。

「サイレンじゃBMIは、あんまり使わないわよ……基本電脳との共同作業。BMIは個人の素質に頼りすぎる部分があるから替えが利かないの。その個人が居なくなった途端、まともに機能しなくなるような物に命は預けられない……さてウィル。楽しい楽しいジャガイモの皮剥きよ!」 

「ああ、なるほど……替えの利かないレベルのBMI適正が出せるのって、何人に一人ぐらいなの?」

「お仕事を終えたら自分で調べなさい。それまでユーリもアナタの質問に答えないわよ」

「じゃあ、さっさと終わらよう……幾つ剥くの?」

「たった五十個よ……あとニンジン三十本にタマネギ五十個を刻む。カレー完成まで、お仕事いっぱいよ?」

「タマネギ刻むのは嫌~っ!」

 ウィルが悲鳴を上げる。

 体質の問題もあるだろうが、タマネギを刻むと涙が止まらなくなるらしい。

 実際、嫌なのだろうが、それでもウィルは厨房長についてゆく……小規模な中継点で育ったのだ。だから組織の上下関係は絶対、そう叩き込まれている。逆らえるわけがない。

 ナルミはウィルを見送る……お客様扱いなのか、ウィルと違って仕事は振られないのだ。

「アスタロスに自動調理器って無いの?」

 天井を見上げナルミは問う。ユーリへの質問である。

『ありますが、厨房長の方針ですね。機械任せだと技術は身につかない……人間は不便ですね』

 ユーリの言葉に、ナルミは思わず言い返す。

「機械が目指す究極の形は生物である……学校で先生が言ってたわよ?」

『そして、自律機械の究極の形は人間ですね……だから私は人間が羨ましい』

 ナルミは苦笑した。ユーリなりに皮肉を言いたかったのだろう。

 獲得できるエネルギーが限られた状況で生まれ、そして環境に合わせ進化してきた生物。対し、お膳立てされた環境で生み出されたニューロ・コンピューターたるユーリ。

 所詮は人間によって造られた機械であり、その発展は人間に依存する。

 人間に依存する……この一点で、機械は人間を超えられないのだ。

「あたしも、ウィルや厨房の手伝いに行ってくる」

 言えば、簡単な手伝いぐらいさせて貰えるだろう。

 中継点から回収した動甲冑の点検に空間跳躍の準備。そして夕食の準備と、今、アスタロスに暇な者などほとんど居ない。

 だから、一人何もしないで居るのは居心地が悪いのだ。

 ナルミが立ち上がった途端、船内に警報が鳴り響いた。

『空間波紋検出……質量九八〇〇万トン!』

 検出した空間波紋の規模から、ユーリか質量を算出する。このアスタロスの二十倍近い巨体である。

 無意識の内にナルミは状況を考える。

 こんな僻地に、民間の船がやってくる事など考えにくい。となると、間違いなく軍艦である。

 頭の中が、真っ白になった。



 億に迫る質量で作られた巨大な空間波紋を検出。

 その周囲に、泡立つよう小さな空間波紋が検出される。その質量は一八〇万トン……二〇〇万トンのアスタロスに迫る大質量である。

『識別信号確認……戦艦パラス・アテネ。他、セレーネⅢ、アルテミスⅨなどアルテミス級十隻です』

 あまりの事に、呆然とし、動けなくなったオペレーターのピメに替わりユーリが報告する。

「親父殿の……『元帥閣下の親衛艦隊』っ!」

 呻くようにイリヤが言う。

 船長の意思を汲み『親衛艦隊』は、クルフスの軍門に降ったのだ。その『親衛艦隊』とクルフスの支配域で出会すとなると、敵味方の関係としか考えられない。

『空間波紋……更に確認。質量二億トン……不敵級一番艦、戦艦フィアレス。他、質量一五〇万トンの空間波紋を五つ確認。聖闘士級と思われます!』

 ようやく我に返ったヒメが、続いて着宙したデータを読み上げる。

「こりゃ、いまさら針路を変えても逃げられんな……」

 船長は、他人事のように呟いた。

 旧サイレン艦隊。そして不敵級が居る事から察し、第八艦隊の混成である。着宙の仕方から察し、示し合わせての空間跳躍だろう。

 ……つまり、古巣の『親衛艦隊』は『敵』ってワケだ。

 内心呟きつつ、船長はある疑念を持つ。

「空間波紋、更に確認……質量十億トンっ!?」

 ヒメの言葉は悲鳴に近い。

 別方向から着宙したらしい、大質量の空間波紋。状況から察し、戦艦以外は考えられない。そして、こんな大質量の戦艦など、人類圏広しと言え、一艦種しか有り得ない。

「無敵級っ!」

 イリヤが叫ぶ。

 消去法で行けば、それ以外、有り得ないのだ。

『無敵級三番艦。アウスタンドです』

 ユーリが艦名を報告する。

 サイレンと鎬を削ったクルフスの第十三艦隊。その旗艦であり、乗員の実戦経験も踏まえると無敵級、最強の艦である。

「成る程……ジーン・オルファン。コレがお前の狙いか」

 船長は小さな声で呟く。

 如何にアスタロスが高性能でも、多勢に無勢である。まともに戦って勝てる相手ではない。

 ……顔を合わせた時が、お前の命日だ。

 船長は、ジーン・オルファンに対し、確かな殺意を憶えていた。

 そのジーンを殺す為、船長は、この場を切り抜ける方法を考える。

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