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虚空の支配者  作者: あさま勲


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45/71

45・あわてんぼうのサンタクロース

 ボイド中尉が手配した狙撃手は、いとも容易く返り討ちにあった。

 ……監視網の穴を突いたはずだ。にも関わらず、ガトーは狙撃に気づき、護衛の女が狙撃手を仕留めた。

 ルーク少佐は考える。

 微妙な空気の流れ。その変化で兆候に気づいたそうだが、その程度の情報で気づけるなど信じ難い……が、ガトーは、実際に銃弾に気づいて回避行動を取った。

 そして、この状況。

 電脳から完全に切り離された。

 ルーク少佐は情報こそ拾えるが、自らの意思を艦へと反映できない。自分と同格以上のBMI能力を持つ者が、あのアスタロスには居るのだろう。

 艦に誘い込んでさえしまえば、後はどうとでもできる。そう思い罠を張ったが甘く見すぎていた。

 この期に及んで、ようやくルーク少佐は、勝てない相手に喧嘩を売ったのだと気づいたわけだ。

 艦長室。その机の引き出しの拳銃を取り出す。

 弾倉を抜き、薬室に装填された弾を抜くと弾倉に込め直す。そして拳銃に戻すと、自身のこめかみに当て引き金を引く。

 ダブルアクション……引き金に連動し撃鉄が引き起こされ、そして打ち下ろされた。……薬室には弾は装填されていない。だから引き金を引いたのだ。

 乾いた金属音を聞き、ルーク少佐は溜め息を吐いた。

 ……ここがボイドの捨て所か。

 ボイド中尉が独断で動いた。そう責任転嫁し保身を謀る。

 幸い、艦長室とボイド中尉の部屋には監視装置はない。だから先の指示は聞かれていないはずだ。

 ボイド中尉を信用していたわけではない。信用しているというポーズを取る為、中尉に監視装置のない部屋を与えたのだ。が、部屋への出入りは監視している。裏切るようなら、容赦なく切り捨てた。

 だが、ボイド中尉は裏切らなかった……第八艦隊から離れて以降、腹心と呼べる唯一の部下だったのだ。流石に、心は痛む。

 ルーク少佐は、大きく溜め息を吐くと、ボイド中尉のBMIに繋がる通話機を指で叩いた。

 モールス信号……二進法による情報伝達である。暗号による命令を、モールス信号で伝えたのだ。

 ……総攻撃を仕掛けろ。

 そう伝えた。返信はモールス信号で『R』……了解の意である。

 この命令で、ボイド中尉は動くだろう。

 まず勝てないはずだ。だが、ボイド中尉は、それを知らないのだ。

 が、背に腹は代えられない。そう、覚悟を決めガトーを待つ。

 今のルーク少佐には複数の対象を監視することは出来ない。だから、監視対象をガトーのみに絞った。

 ガトーは、周囲を見回している。が、警戒ではない。部下達の様子を確認しただけのようだ。何やら不快げに顔を蹙めてはいるが、困っているというわけでもないらしい。

 溜め息を吐くと、拳銃の薬室に装弾する。

 あとは知らぬ存ぜぬで通せばいい。

 真に重要なデータは、ハッキング不可能な場所……ルーク少佐の頭の中にしかない。こんな場所を覗ける者など、自分と同等以上のBMI能力者にも不可能だ。

 だから、しらばくれれば、何とでも誤魔化しは利くのだ。

 ガトーが艦長室を訪れるまで、一分も間がなかった。

 初めて対面する『海魔の王』……ガトー元帥は、どこか飄々とした印象を受けた中継映像とは違い、凄味を感じた。下手な誤魔化しは通用しないだろう。だが、完璧に演じきれば騙しきれる。

「部下の暴走を抑えきれなかったのは、私の失態だ」

 口にしたクルフス語が、サイレン、そして帝国の公用語でもある日本語に変換される。

「ボスを押さえれば何とでもできると思ったが、ちとアテがはずれたよ……」

 ガトーは、少佐の言葉をあっさり信じたようだ。が、何かが引っかかる。

 直後に銃声が響いた。

「ああ。ごらんの通りだ……」

 今のルーク少佐には、BMIを介した監視とガトーとの会話との並行作業はできない。だから、銃声をボイド中尉が動いたのだと判断したのだ。

 銃声を聞いても、ガトーは慌てない。

 そして、もう興味などないと言いたげに背を向けつつ言い放った。

「あとは好きにやらせて貰う。お前は審判を受け入れろ」

 唐突に艦の電脳と繋がる。艦の制御は奪われたままだが、電脳の補助が回復したのだ。おかげで、艦の状況が把握できるようになった。

 中継点の住人達が、このフォートレス・シックステクエイトの艦内に踏み込み、反乱を起こしていた。

 離反し中継点に身を隠していた、この艦の乗員や海兵隊が中継点の者達を率いている。ボイド中尉は既に捕らえられ……そして、今し方、銃殺されたようだ。

 BMIにより艦内を完全に把握することで、事前に反乱の芽を摘み、万一起こったとしても力で制圧できた。

 だが、艦への影響力が大幅に制限された現状では、この反乱は抑えきれない。

「待ってくれっ!」

 咄嗟に呼び止めるが、ガトーは、ルーク少佐を一瞥しただけで部屋を出て行こうとする。

 あの視線……かつて自分が、刃向かった者達を始末する際に向けた視線だ。相手を人間とは思っていない蔑ずんだ視線だった。

 ……侮辱された!

 そう気付いた途端、ルーク少佐は自分を抑えきれなくなった。

 引き出しから拳銃を取りだし、そしてガトーへと向ける。

 銃声が響いた。だが、撃ったのはルーク少佐ではない。

 ガトーに付き従う女。

 その女が、大口径の銃で少佐の右腕諸共、拳銃を吹き飛ばしたのだ。

 真っ赤な血か艦長室の壁を染める。

 床に倒れ、苦痛に喘ぐ。

 無くした右腕を押さえつつ何とか起き上がると、二人とも、既に部屋には居なかった。そして入れ違いで中継点の者達が押し入ってくる。

 手に握られるのは、鈍器となり得る重い工具……

「待ってくれっ!」

 ルーク少佐は、再び叫んだ。

 部屋を出て行った二人を呼び止める為に。そして押し入ってきた中継点の者達を思い留まらせる為に。

 だが、その言葉が、聞き入れられることはなかった。



 くたびれた軍服を着た男たちが敬礼する。

 脇を大きく開くクルフス式の敬礼である。対し、船長は脇を締めるサイレン式の敬礼を返した。

「ガトー元帥閣下。我々は、貴殿らに全面降伏します……必要とあらば、帰順の要求も受け入れましょう」

 帰順の要求も受け入れる……あのルーク少佐より、自分たちの方がマシ。そう思われたのだろう。何より、戦った所で勝てないことを知っているのだ。

 翻訳機を介したその言葉に、船長は内心安堵する。

 規律を保った軍人も居たのだ。

 ならば、このまま放置しても、即、この中継点が崩壊するという事はない。

「今の俺は特務大佐だ……その肩書きも、もはや大した意味はない。動甲冑を何体かと、格納庫にあるらしい(きん)を頂こうか……見返りに幾らかの食料と生産設備を置いていく」

 ユーリが、この要塞級のデータを一通り当たった所、アスタロスに役立ちそうな物は、その程度しかなかったのだ。

 それに、持ち去った所で、この中継点の崩壊の原因になることもない。

 何より、この要塞級の超光速通信装置は生きている。だから、ルーク少佐が居なくなった今なら、外部と交信もできるのだ。

「置いてゆく……?」

 怪訝そうに問い返される。

 ここが、サイレンの拠点にされると思っていたのだろう。だが、船長に、その気は無いのだ。

「ここに留まる気は無い。貰う物を貰ったら、早々に退散するさ。超光速通信は三日ほど凍結させて貰う。あとは好きにしろ」

 その言葉に、隊長らしき男は、呆気に取られたようだ。

「クルフス本国に、連絡を取っても良いので……?」

「連絡が取れるようになるのは、俺たちが発って三日後だ。それまでの間、機能を凍結させる……無理に使うと壊れるように細工させて貰うぞ?」

 三日もあれば、追跡不可能な場所まで余裕を持って逃げ切れる。あとはクルフスに連絡が行こうとも問題ないのだ。

「助けが呼べる……国に帰れるんだっ!」

 一人が呟き、そして膝を着いた。

 それが切っ掛けとなったのだろう。皆が互いの肩を叩き、泣きながら喜びを分かち合っている。

 もう、機械による言語翻訳も追いつかない。

 その光景を見て、船長は溜め息を吐く。

 故郷は既に失われ、帰るべき家もない……そして、その状況を造った連中。その一味が、目の前で帰郷の目処が立ったことを喜んでいる。

 連中の生殺与奪の権限は、自分の手にあるのだ。そして、連中の中には、サイレン本星が爆散した戦闘に参加した者も居るだろう。

 そんな思いが頭を過ぎる。

 ……連中を殺しても、妻も娘も帰っては来ない。

 船長は、そう思い直す。

 もう十分すぎるほどクルフス軍人を殺したのだ。だから、これ以上殺す必要は無い。負の連鎖は、断ち斬らなければならない。

『ルーク少佐ですが……ずいぶん恨まれていたようですね』

「だろうな……」

 ユーリの言葉に、船長は同意する。

 鈍器で頭を砕かれる音。それが、はっきり聞こえたのだ。

 音から察し、一切の躊躇もなく頭を砕いたようだ。よほど明確な殺意がなければ、あんな事はできない。

『親父殿……確かに金はあるけど、大した量じゃないな。ま、今回の足代ぐらいにはなると思うが』

 ……足代が稼げれば十分だ。

 ハミルトンからの通信に、船長は思う。

 アスタロスは、とんだ金食い虫だ。単に飛ばすだけなら兎も角、戦闘でもやろう物なら、国家規模のスポンサーにでも付いて貰わなければ話にならない。

 だから、こんな船で海賊をやろう……などと言う事が、端から間違っているのだ。

「海賊なんてのは、ワリに合わない稼業……って事か」

 最初から判っていたことだが、あえてそれを口にする。

「それを承知で、海賊になったのでしょう?」

 傍らの副長が、どこか楽しげに、そして揶揄するかのように問う。

 当然、解決策も考慮済み……そう思っているのかも知れないが、海賊を名乗ってみたことに深い考えなど無かったのだ。

 不機嫌に溜め息を吐くと、船長はアスタロスへと向かう。

 中継点の者達も、ルーク少佐に従わず中継点に身を隠していた元クルフス軍人達も協力的だ。

 何より、その行動をユーリか監視している。

 万一のことがあっても、先手を取れるはずだ。だから、問題はない。

「サンタクロースが、一日、早く来てくれた」

 翻訳機が、そんな言葉を拾ったようだ。

 その言葉で、今日が、ディアスやクルフスが使う宇宙暦。その十二月二十三日であることを思い出した。

 つまり、明日がクリスマス・イブである。

「海賊がサンタなんて、笑えねーよ……」

 船長は、そう呟くと苦笑いした。

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