表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空の支配者  作者: あさま勲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/71

43・裸の王様

 ルーク少佐の言葉に従いエレベーターへと入る。貨物用だろうが、かなり大きなエレベーターだった。

 着用している宇宙服兼用のボディースーツには、アスタロスの内部同様に無線給電が行われていた。

 副長は、自身の手の甲をハミルトンの手の甲と、そっと重ねる。

『ボス。踏み込んじまって良いのか?』

 意図を察したらしいハミルトンが口を開く。

「あの艦長をアスタロスに立ち入らせたくない。だから出向く」

 接触による個人間の会話。属に『お肌の触れ合い』通信などと呼ばれる有線……接触交信である。

 ハミルトンとしては、アスタロスにルーク少佐を呼び込みたかったのだろう。

 アスタロスの持つ圧倒的な火力を持って脅せば、相手は屈服せざるを得ない。だから、あえて危険を冒す必要など無い。それがハミルトンの考えなのだ。

 だが、副長は、あのルーク少佐をアスタロスに招くのが嫌なのだ。

 何か臭うのだ。ルーク少佐からは、魂の腐臭とでも呼ぶべき臭いがする。そんな腐った人間をアスタロスに招きたくはない。

 あの輸送船の乗員たちからも魂の腐臭は感じられた。が、あのルーク少佐に腐臭は別格だった。何より、船長に近づけたくはない。

 エレベーターは、動いているのか止まっているのか見当も付かない。

 重力や慣性を制御する技術もある。それを利用し、中を完全な静止状態に保つこともできるが、アスタロスのエレベーターや弾丸リニアは、あえて移動の感覚を残してある。移動の感覚まで消してしまうと、完全に方向を見失ってしまうのだ。

 これに関しては、クルフスも基本的には同じ考えのはずだ。

 ……と、すれば罠か。

 副長は、声に出さず呟く。

 罠の目的は、自分たちを捕らえることだ。そして、船長を演じる自分が、連中の最大の標的であるはずだ。

 形状はエレベーターのようだが、艦内移動用の設備なのだろう。単純な上下移動にしては、扉が閉じてから時間が経ちすぎている。

 これに関しては、ユーリが把握していると思いたい。それとは別に、こちらとしても露骨にならない範囲で探りは入れている。これは、ケントの役目だ。

『妙な振動を拾った。結構な重量物が動いてるっぽいな……安普請に感謝だ』

 視線から察したらしい。ケントの言葉がレーザー通信で伝えられる。

 装甲服の足に装備されたセンサーで、このエレベータの動きや周囲の様子を振動から探っていたのだ。

「扉が開いたら状況を把握するまで、各自は自らの身を守ることに徹しろ。船長を捕らえることが前提のはずだ。皆殺し前提の攻撃はないだろうが、いきなり仕掛けてくる事も覚悟しておけ」

 レーザー通信で警告を飛ばす。

 船長を演じる以上、まずは自分を狙ってくる。が、生け捕りが大前提のはずだ。ならば殺されることはない。

 問題は部下達だ。

 はっきり言って、船長以外の者達には大した価値はない。あえて生け捕りにする必要は無いのだ。化けの皮が剥がされたら、副長自身も危ないだろう。

 ……だから、刃向かうのなら叩き潰す。

 この旧型要塞級に使われているだろう電脳なら、ユーリが乗っ取ることもできるはずだ。こちらが艦長のルーク少佐と対面したあたりで行動を起こす、そう考えている。

 もしくは、自分たちが窮地に陥った際か。

 ……そう言った事態は避けたいところだが、あえて虎穴に飛び込んだのだ。無事で済まそうというのは虫が良すぎる。

 ルーク少佐が、そもそも自分たちと対面する気がない……その可能性も考えられる。ならばユーリが行動を起こすだろう。

 万一、ユーリの目が欺かれていたら、その時は目一杯暴れ、アスタロスに、こちらの状況を伝えるまでだ。

 扉が開く。

 その正面に立つのは、三体の動甲冑……アスタロスにあるのと同じキュクロプスである。背後には、十人近い武装した男たち。手に持つ銃は、形状から察しレイガンだろう。

 先頭の一体の手には、大口径のグレネード・ランチャー。その銃口は、副長自身に向けられていた。

 視界の隅で、ハミルトンが行動していた。だから、副長は動かない。

 ハミルトンの状況判断能力は買っている。無論その腕も。だから、間違った行動は取らないはずだ。

 直後に、グレネード・ランチャーから捕縛用のネットが射出される。

 が、ネットは千々に切断され、副長を絡めるには到らなかった。ハミルトンが、高速振動鞭を振るい、ネットを切断したのである。

 ……一度に五本。ハミルトンが得意とする状況では、私も勝てない。

 勝てるとすれば、ハミルトンに振動鞭の扱いを仕込んだジンナイ大佐か、その二人の師匠に当たる船長ぐらいだ。

 ネットによる捕縛が失敗したと見るや、後ろに控えた二体と男たちが動いた。

 だが遅い。既に全員が状況を把握した。

 副長は、腰の刀……分子振動刃・震電に手を掛ける。

 指揮官たる自分が武器に手を掛ける。これは、部下達に対する攻撃許可の意思表示である。

 あえて動かなかった副長、その副長を守ったハミルトン。そして振動感知に徹し、情報収集していたケント。この三人を除く四人が行動を起こした。

 一人が、対レーザー用攪乱幕……通称『紙吹雪』を放つ。球状の炸裂弾で、爆圧によって紙吹雪をバラ撒くのだ。

 光を、ほぼ百パーセント反射する、薄い紙状の金属片である。

 この紙吹雪によってレーザーは乱反射し直進しなくなる。

 僅かに遅れて、キュクロプスの後ろに控える男たちがレイガンによる射撃を行う。

 紙吹雪によって乱反射したレーザーが、動甲冑の表面を焦がし、レイガンを撃った男たちの身体を焼く。

 副長の身体も、一瞬だがレーザーに炙られる。が、高い耐熱性と断熱性を併せ持つボディスーツを纏っているのだ。

 一点を一秒以上、レーザー照射されたならともかく、空中を舞う紙吹雪により焦点は常に動くのだ。これなら照射は一瞬で、軽い火傷で済む。

 後ろの男たちは統制の取れない素人のようで、レイガンによる射撃は、すぐに止んだ。乱反射したレーザーに身体を焼かれたのだ。

 対レーザー用の装備も身につけていなかった。紙吹雪による反射で拡散され弱まっているとは言え無事では済むはずがない。

 だが、動き出した動甲冑は止まらない。対人用レーザーごとき、直撃しようとも問題ないのだ。

 五秒以上、一点に照射され続ければ流石に装甲が溶けるが、動く動甲冑、その一点を照射し続けるなど不可能と言って良い。

 だから、副長たち海兵隊は、レーザーは照準や通信などでしか使っていない。個人用装備のレーザー兵器は、対装甲用としては使い物にならないためだ。

 そして対装甲用には、爆圧を一点に集中することで発生させた超高温の燃焼ガスで、装甲に穴を穿つ投擲地雷を用いる。

 地雷と銘打たれてはいるが、実態は大型の手榴弾である。

 三人が投げた投擲地雷。中央の一体は読んでいたようで、投げられた地雷を腕で弾いた。が、他の二体は、胴体に直撃した。

 命中した投擲地雷は、発生させた電磁力で装甲に張り付くと同時に起爆。一点に集中した燃焼ガスが高圧によって超高温となり動甲冑の装甲を融解させ穴を穿つ。

 キュクロプス……サイクロプスの名の元となった頭部の集合センサー。そこから燃焼ガスが勢いよく吹き出した。中の兵士は即死だろう。

 投擲地雷は重く、投擲の前後に大きな隙が生じる。そして、動甲冑は、まだ一体が無傷のまま襲いかかってくる。

 ケントは情報収集に徹するべく武器は減らしていた。ハミルトンは振動鞭を展開中だが、動甲冑には役に立たない。

 そして、動甲冑が狙うのは、船長を演じる自分以外の海兵隊員。

 だから副長は、ヘルメットを脱ぎ脱ぎ捨てた。

 火薬と肉の焦げる臭い……懐かしい戦場の匂いだ。

 髪を留めるヘアバンドを外すと、長い黒髪が流れる……これで、動甲冑にも、自分が船長ではないことが判っただろう。

 あの動甲冑の矛先を自分自身へ向け仲間を守る。

 これこそが、副長の狙いである。



 最初から、おかしいとは思っていた。

 あの『海魔の王』が、こんな小数の手勢でフォートレス級へと踏み込んできたこと自体が不自然なのだ。

 だが、ルーク少佐は疑問を持たなかった。だから異を唱えられなかった。

 あの『要塞の悪魔』の不興を買えば命の保証はない。だから従う。

 仲間に殺されるぐらいなら、まだ敵に殺された方がマシだ。

 つい今し方、部下が二人、殺られた。

 ……同情はしない。少佐に染め上げられ、クルフス軍人の誇りを無くした屑だ。同様に、自分も少佐に逆らえなかった屑だ。

 彼は心の中で呟く。

 クルフス軍では、海兵隊の小隊長を務める士官だった。だが、今は士官としての誇りも無くしてしまった。

 でも、戦っているときは、自分が屑であることを忘れられる。

 だから、出撃を命じられたとき、喜んで従ったのだ。

 ……まずは投擲地雷を使った連中か。

 そう思った矢先、『海魔の王』そう目されていた人物が、ヘルメットを脱ぎ捨てたのだ。

 ……やはり別人か。

 予想通りだったのは『海魔の王』本人ではなかった事だけだ。

 まるで見せつけるかのように『海魔の王』と唇を重ねた、あの愛人が出張ってくるとは思わなかった。

 長い黒髪が流れるように広がる。抜き身の刃物を思わせる整った容姿。

 ……少佐は『海魔の王』を捕らえた者に、この女をくれてやる。そう言っていたが知った事か。

 女が挑発するように笑うのを見て、彼はそう思う。

 人は美醜に関わらず、死ねば等しく肉塊に変わる。

 先程、部下が二人、肉塊に変えられた。焼け焦げた醜い肉塊だ。

 ……だから、この女も血と臓物の醜い肉塊に変えてやる。

 そう思い、最初の獲物を女と決める。

 動甲冑であるサイクロプス・セブン。そのセンサーは、女の急接近を感知していたが、彼は自分の感覚を信じた。だから、センサーの誤作動だと気にしなかったのだ。

 彼は、女が立っているようにしか見えなかった。が、気が付いたとき、女は目の前にいたのだ。

 だから、女を捻り潰そうと動き、そして姿勢を崩した。

 女の手には紫電を帯びた一振りの剣。踏み出したはずの足が無くなった事に気づいたのは、転倒後である。

 恐ろしい勢いで身体が冷えていくのを感じる。足を切断されたことにより、出血と共に体温も失われているのだ。

 何が起こったか理解する前に、彼は心臓を貫かれ絶命した。



 転倒した動甲冑の背に、副長が刃を突き立てる。

 新古流奥義『縮地』……特殊な歩法で遠近感を狂わせ、接近を認識させない歩法である。が、機械までは騙せない。

 動甲冑に入った兵士。それがベテランであると読んだ上での副長の行動だろう。ベテランほど、自分の感覚に頼って戦うのだ。

 ……計器の情報を読み取らないならば、それだけ敵に集中できるが、ボスは、それを逆手に取ったか。

 ハミルトンは、そう判断するが、それだけではない。

 副長の手にある刀。あの刀の情報を持っていたなら、動甲冑は副長を侮らなかったはずだ。

 動甲冑の丈夫な足を容易く切断し、そして複合装甲をも容易に貫く。そんな武器、ハミルトンは存在すら知らなかったのだ。

「ボス……その剣は?」

「分子振動刃・震電……船長から頂いた刀だ」

 ヘルメットのバイザーは開けた。だから声による会話である。

「分子振動刃?」

 ハミルトンの知らない武器だ。が、動甲冑の分厚い装甲をも容易く切り裂いたことからも、どんな武器かは察することはできる。

 自分の使う高速振動鞭。それよりも遙かに強力な武器だ。刀身が帯電していることから、高速振動鞭を焼き切ることもできるだろう。

 ……また一つ、ボスに勝てない要素が増えたな。

 諦め気味に、ハミルトンは思う。

『影武者を立てるとは……謀ったなガトーよっ!』

『人のこと言えるのかよ馬鹿』

 憎々しげなルーク少佐とは対照的な、楽しげな船長の言葉である。

 アスタロスからの通信……と言うことは、ユーリが、この要塞級に介入できたわけだ。つまり、掌握に成功した、と。

 船長の声に、副長は不快気な様子だ。

 このルーク少佐は狂人の類だ。まともに関わっても碌な事にならないだろう。だから、船長とは関わらせたくないのだ。

「船長。要塞級の掌握は、我々とユーリに任せて頂ければ……」

『こちらから出張ってやる。ルーク少佐よ、艦長室で待っていろ』

 副長の言葉を断ち斬るように船長は言った。

 どうやら、船長自身はルーク少佐に興味があるようだ。

「ユーリ。要塞級のシステム掌握は完璧か?」

 副長は問う。

『完璧です。少なくとも、ルーク少佐ができた事は全てできます』

 船長が自ら出張る。そう宣言したため、副長は船長の安全確保へと方針を転換したようだ。

 ……でも、本意じゃない。だから怒っている。

 それが気配から伝わってくるのだ。

『連絡通路と、その周辺は押さえました。強化服と動甲冑を乗り込ませ、現在、牽制に当たらせています……ルーク少佐を守ろうという者は居ないようですね』

『おやおや……人望のない』

 ジンナイ、そして船長の言葉である。

 旧型兵器と最新兵器。そして相手方の手の内も、ある程度読めていた。

 戦う前から勝敗は決していたのだ。自分たちが出向いたのは、その勝敗を決定的な物と印象づけるためだ。

 ルーク少佐は電子面で、この要塞級を完璧に掌握していた。

 集中管制システムと自動化で乗員を減らす……これがクルフス艦の特色であり、ブレイン()マシン()インターフェイス()……脳と機械とを繋ぎ、自らの身体の如く機械を扱う技術が発達している。

 持って生まれた適正などが要求されるが、完全に艦と一体化できるレベルの者も存在するらしい。その、特に優れた適正を持つ者をBMI能力者と呼称するそうだ。

 そのBMI能力者が、あのルーク少佐である。

 確かに希有な能力を持っている。だが、機材と知識が古すぎた。

 こんな僻地に閉じ籠もり、そして技術や知識を磨く必要性も感じなかった。

 ルーク少佐の持つ技術や知識は、逃げ出した当時から止まったままだ。そして、この僻地という環境がル少佐を裸の王様にした。

 間もなく、その裸の王様へ裁きが下されるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ