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虚空の支配者  作者: あさま勲


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42・三者

 アスタロスと要塞級が細い通路で繋がる。

 細い骨組みと、身につけるボディスーツと同じ素材で編み上げられた生地によって構成された連絡通路である。

 同時に、アスタロスと要塞級の情報連結が始まっているはずだ。

 ……降伏したのだ。無茶なことはしてこない。そう判断しての行動だと思ってくれたなら御の字だな。

 ハミルトンは内心呟きつつも、副長の前に立って通路を進む。

 動甲冑や強化服は持ち込まないが、ハミルトンや副長を筆頭に、海兵隊員は皆、武装しているのだ。

 装甲服の上にスペースジャケット。それ自体はともかく、更に気密使用のヘルメットまで被っている。相手の提供する空気、それを全く信用していないという意思表示である。

 だから、自分たちが全く信用されていないと言う事は、この出で立ちから十分察することができるだろう。

 要塞級の艦内に入るのは、ハミルトンと副長を含め七名。他はアスタロス艦内で、強化服や動甲冑を纏い待機中である。

 副長は、普段より分厚い装甲服を着たためか、胸の膨らみが判らなくなっている。それに肩幅も広く見えるようになった。ヘルメットの偏光バイザーを下ろしているため顔も判らない。だから男だと思われるだろう。

 そして腰には銃の他に、一振りの刀。模擬戦の後、船長から貰ったらしい。

 ……俺も、なんか欲しかったよ。

 そう思いつつ、副長に声をかける。

「ボス。声は変えておいた方が……」

「既に変えてある」

 船長の声である……と言うことは、船長の影武者を務める気なのだろう。

 副長の身長は、船長とほぼ同じ。分厚い装甲服で体型も似せた……あとは仕草と口調を真似れば船長を演じることもできる。

「親父殿の声は拙いんじゃないか?」

 サイレン三元帥の一人にして、第十三艦隊を筆頭にクルフスから最も恐れられた提督である。生け捕りにし、クルフス本国との交渉の材料に……などという可能性もあるのだ。いや、例え死体であっても船長には十分すぎる価値がある。

「お喋りは、ここまでだ。会話を聞かれるわけにはいかない」

 この会話は要塞級へと赴く七人の間のみの、糸電話と呼称されるレーザー通信である。音は一切漏れていない。ヘルメットを振動させ、会話の音が外に漏れないよう隠蔽しているのだ。

 つまり、会話の上にノイズを被せることで塗りつぶしているわけだ。

 例えバイザーを下ろしていても、空気がある以上、振動で音は伝わる。それを警戒しての対処である。

 まずはハミルトンが要塞級の中に入った。

 思ったよりも、要塞級の中は広かった。そして出迎えらしい十数人の男達……皆、拳銃を身につけている。

 ……俺の知ってる要塞級より中は広いな。

 拿捕された要塞級のデータは、新旧共に頭に叩き込んである。新型と旧型は要塞級と称されているだけで全く別の艦だが、いずれも量産化されており新旧の括りの中では内部構造も含め同じはずなのだ。

 ……外観は通常の要塞級と同じだった。とすれば、後から改造を加えたのだろう。

 ハミルトンは、そう判断しつつ口を開く。

「銃を持っての出迎えとは、どういうつもりだ?」

 ハミルトンの言葉が、翻訳機を介しクルフス公用語へと置き変わる。

『確かに、その通りだ。銃を外せ……部下の躾けもできぬ駄目な艦長で申し訳ない』

 ルーク少佐の言葉である。艦橋なり艦長室なりからの通信だろう。

 その言葉で、男達は渋々、腰から銃を外した。

 ……本気で抑える気なら、艦長自らで張ってくるのが筋だろうが。

 内心呟く。

 降伏を宣言したのに銃を持っている。ハミルトンは、この段階からして既におかしいことには気づいていた。

「ふざけるな。自ら降伏を宣言しておきながら寝言を言うな」

 船長の声だが、発したのは副長である。だが、交渉時の船長、その口調まで完璧に再現していた。

『サイレン三元帥が一人にして『海魔の王』『百戦無敗』の異名を持つガトー閣下です。煮え湯を飲まされた将兵も多く、私でも抑えきれません……艦長室に、お招きしましょう。ここなら安心して話もできます』

 ……バレバレの罠だな。あの出入り口には音声障壁が張られてる。アスタロスとの情報の遣り取りを意図的に制限しているワケだ。

 通路の中の音の反射具合から、音声障壁の存在には気づいていた。

 音声障壁……空気を膜状に振動させ、音の伝播を止める技術だ。

 アスタロスは、要塞級との通信以外でも、各自の持った通信機や、通路を介して伝わってくる音から情報を集めている。

 この音声障壁は、アスタロスが、通路を介して伝わる音から情報を集められないよう、遮断しているわけだ。

 そして個人の通信機も、要塞級の奥へと進めば使えなくなる。

 偽の遣り取りを上手く合成できれば、アスタロスには話が上手く進んでいるように見せかけつつ、自分たちを捕らえることもできるだろう。

 問題は、アスタロスを制御する電脳が、サイレン随一の電脳であるユーリだと言う事だ。ユーリは簡単に欺けない。ユーリを欺きたければ、事前に入念な情報収集をした上で同等の性能を持つ電脳、そのサポートが必要不可欠となる。

 ……とは言え、このまま進むのはリスクが高すぎるぞ?

 ハミルトンは副長を振り返る。

 一旦、引いて、それからルーク少佐をアスタロスに招く。これが一番、無難な手だろう。わざわざ、自ら敵の土俵へ出張りリスクを背負う必要は無い。

 だから、引き返そう。その意思表示のつもりで副長を振り返ったのだ。

「承知した。我ら七人、全員を艦長室へ迎え入れろ」

 だが、副長は、ルーク少佐の提案に乗った。

 この場の最高責任者は副長。しかも船長を演じている。

 ならば、異を唱えるのは悪手だ。

 そう判断し、ハミルトンは副長の言葉に従う。ただ、不満は伝える、言葉を発せずに。

 手に拳銃を持ち、撃鉄を起こし、そして戻す。それを数回繰り返しホルスターに戻したのだ。

「銃で遊ぶとツキが落ちるぞ?」

 ……遊んでねぇよ!

 出そうになった言葉をぐっと飲み込む。

 副長の言葉だが声は船長だ。

 だから、それが余計に、ハミルトンには癇に障るのだ。



 フォートレス・シックステクエイトの艦長室で、ルーク少佐は、ほくそ笑んだ。

 あの『海魔の王』が、あっさり釣れたのだ。

 アスタロスには偽の映像を合成し、それで欺いている。電脳の掌握も平行して進んでいる。

 サイレンは帝国スメラの分家。帝国のコンピューター技術は、クルフスに大きく劣る……それがルーク少佐の認識である。

 古い情報による認識ではある。が、その後、サイレン・クルフス戦争から逃げ出し、合流してきた者達の情報からは、その認識を覆す情報は無かったのだ。

 この艦も、単艦での運用には全く向かない砲艦だ。

 そんな艦、一隻しか『海魔の王』には残らなかったのだ。

「堕ちたモノだな……」

 ルーク少佐は呟く。

 だが、少佐自身は落ちぶれてなどいない。クルスク第八艦隊で艦長職に就いていた頃は、しがない中間管理職だった。が、今は小さいながらも自分の国を持つ王として振る舞える。

 少佐の記憶や認識は、常に都合良く改竄されていた。故に、自分は常に正しいと信じる事ができるのだ。

「ガトー以外は殺して構わん。海兵隊……サイクロプス・セブンを先回りさせろ」

 艦の破損により座標を外し、このレム星系へと着宙した揚陸艦。エンフォーサー級から収容した動甲冑が十体近くあった。動甲冑の数倍いた海兵隊員は、十数人しか残らなかったが数は足りるはずだ。

 ……ここのルールに従えば、死なずに済んだモノを。

 ルーク少佐は内心愚痴るが、殺された海兵隊員達こそ、本来あるべきクルフス軍人の姿である。

 クルフス辺境出身者が多数集まる第十三艦隊。

 自らの行動こそが故郷の地位向上に繋がると信じ、高い士気と規律を保っていた。だからこそルーク少佐を諫めようとしたのだ。

 結果、エンフォーサー級揚陸艦と諸共に艦長含め始末されたわけだ。

 このフォートレス・シックスティエイトは旧型とは言え戦艦である。現行艦とは言え、小型の揚陸艦に負ける道理はない。不意打ちならば、尚のことだ。

 残った海兵隊員も信用していないが、高い戦闘力を誇る動甲冑。その動甲冑を扱える者達である。皆殺しにしてしまうのは下策である。

 だから、上手く飼い慣らせないかと、少数は生かしておいたのだ。

 逆らえば殺される。それが判っているから命令には従う。その程度には、飼い慣らす事はできた。ならば十分だ。

 現行型の動甲冑だ。数体、あの集団に突っ込ませれば、すぐに片は付くだろう。

 連中装備は明らかに対人戦を前提としている。人型の戦車、そう呼称される動甲冑ならば脅威ではない。いわゆる蹂躙戦になる。

 ……血の雨が降るな。

 内心呟き、ルーク少佐は笑う。

 取り巻きを皆殺しにされたら、あの『海魔の王』と呼ばれたガトーは、どんな顔をするだろうか?

 それを思うと楽しくて堪らないのだ。

 机の引き出しから拳銃を取りだし、そして薬室に装弾する。

 ……ガトーが来たら、この銃を突きつけ、命乞いをさせてやる。

 栄光あるクルフスの第八艦隊。それを壊走させたサイレン軍。当時、ガトーが、どのような立場にいたかは知らないが、最終的には元帥まで上り詰めた。

 その元帥に命乞いをさせる……これは、ルーク少佐の復讐でもあるのだ。


 音が拾えなくなった時点で、船長は罠に気づいていた。

 だが、副長に全てを一任したのだ。

「親父殿。罠って気づいてるのに何も手は打たないの?」

「副長は俺の予備だ……この程度の事は、自分で解決して貰うさ」

 イリヤの問いに、そう答えはするが、船長自身そこまで副長を突き放してはいない。

 ユーリによる要塞級の掌握も進んでいる。

 所詮は骨董品。

 この要塞級は、戦争初期の物でアップデートは行われていない。航行能力や空間跳躍能力も失われ、文字通りの要塞に成り果てている。

 ユーリによれば、艦長のルーク少佐は、BMIにより艦の電脳と、ほぼ一体化できるようだ。だが、それでも知識や機材が古すぎる。

 現に、ユーリによる要塞級の掌握が進んでいるにも関わらず、当のルーク少佐は、このアスタロスを逆に掌握しつつあると思っているのだ。

 ユーリが下位の補助コンピューターをメインコンピューターに偽装し囮にしたわけだが、それに食いついた。逆に罠に嵌っている事に気づいていないのだ。

 ……手玉に取ったと思っている相手に、逆に手玉に取られる。前線から離れると、こうも腑抜けちまうのかね?

 船長は、ルーク少佐に未来の自分を重ねる。あるいは、ルーク少佐の姿は未来の自分なのかも知れない。そんな事を考えてしまう。

「ナノマシンでの共食い整備かな……艦の基本構造がスカスカになってる」

 オペレーターのヒメが、あの要塞級の内部構造図を見て呟いた。

 資材不足のため、強度的に余裕のある部分を削り、破損箇所の補修に当てたのだ。

 補修資材が手に入らない中、ナノマシンによる共食い整備で装甲のみならず艦体強度も大きく低下している。こんな状況で戦闘機動を行ったら、あの要塞級は自壊するだろう。

「艦の内部構造が、思いっ切り削られてるぞ?」

 自分の知る旧型の要塞級、その内部構造とは大きく掛け離れていた。隔壁を削り、支柱を抜いて広い空間を確保している。

 居住空間や快適性の追求。それと資材確保の両立だろうが、この加工にはナノマシンが使われた可能性がある……いや、間違いなく使われているはずだ。

 クルフス軍には整備兵が少ない。

 帝国スメラにディアス多星系連邦。そしてクルフス星間共和国。この三大国の中で随一と呼ばれるナノマシン技術を持っており、ナノマシンに整備や修復の大半を丸投げしているのだ。

 そしてナノマシンは、大きく二通りに分類させる。生体用……人間など生物に使うナノマシンと無生物用のナノマシンである。

 生体用のナノマシンは人体などの発する微弱な電流、もしくは生物に害のでない微弱なエネルギー波で活動するが、補修用のナノマシンは外部から照射される極めて強力なエネルギー波で活動する。

 ナノマシンで金属を加工するには、熱で金属を溶かすのと同等のエネルギーをナノマシンに照射してやる必要があるのだ。

 このエネルギー波。強力であるが故に、生物に有害なのだ。電子レンジで使われるマイクロ波より遙かに強力で、人体を一瞬で焼く事も可能である。

 そして、居住スペースをナノマシンで加工したと言う事は、ナノマシン活動のためのエネルギー波を居住スペースにも照射できると考えられるわけだ。

『ナノマシンの制御や、エネルギーの照射装置は抑えました。要塞級の主要部分は、掌握できています。後は副長たち次第ですね……つい今し方、キュクロプスが三体、副長たちの元へと差し向けられたようです』

 ユーリは要塞級を、ほぼ掌握した。

 その言葉に船長は安堵する。

 あの要塞級の艦内は確かに広く作り替えられているが、それでも動甲冑が暴れるにはいささか狭い。対装甲用の装備も揃えた副長たちなら十分対処できるはずだ。

「艦内で待機する動甲冑、並びに強化服組は警戒を緩めるな。ジンナイも、動けるようスタンバっておけ……あと、要塞級を掌握したら俺も出張る。一応、互いの親玉同士、顔合わせはやっておかないとな」

 副長が出ているのだ。全て副長の判断に任せるべきだろう。だが、船長はルーク少佐に興味を持ったのだ。

 ……いずれは自分も、ああなってしまう。

 そう思ってしまったから。

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