表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空の支配者  作者: あさま勲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/71

41・迷宮の悪魔

 サイレン艦は、装飾もなく質実剛健な艦が多い。だが、あの艦は艦首を覆うように巨大な女神像が取り付けてあった。

 女神の胸に抱かれるのは髑髏……髑髏を抱いた女神像である。

「追加装甲の類か?」

 ルーク少佐は呟く。(なま)りはすれど決して愚鈍ではない頭から、あの女神像の正体を推察したのだ。

 サイレン艦は時折、艦首に氷塊を取り付ける事があった。氷は実弾や破片を防ぐ盾としてのみならず、光子砲などのエネルギー兵器にも有効である。

 高熱により蒸発、気化した水は、エネルギー兵器に対する攪乱幕として機能するのだ。空気や水が光を屈折、減衰させるのと同じ理屈である。

 遊び心のある者もいたようで、氷塊に簡単な絵を描くこともあった。あの女神像は、その派生だろう。

 女神像の上部から光が吹き出したかと思うと、巨大な旗の形になる。船首部分から放出させた微粒子に映像を投影しているのだ。

 旗には船首像を図案化したらしい髑髏を抱いた女神の姿。そして艦の名前だろうAstarothの文字。

 自らの存在をアピールすると同時に、相手を威嚇する……いわば示威行動である。

『少佐……ありゃサイレン艦だ!』

「見れば判る」

 慌てたような部下からの通信。だが、ルーク少佐は慌てない。

 クルフス艦より強力な動力炉を持つサイレン艦。そのサイレン艦でも持て余すだろう巨大な砲。あの砲は、複数の僚艦からエネルギー供給を受けることが大前提の兵器だ。

 そして僚艦はおらず、クルフス・サイレン戦争はクルフス側の勝利に終わった。

 ……連中は、我らと同じ、はぐれ者だ。

 少佐は声に出さず呟く。僚艦の補助が必要不可欠な砲艦。それが単艦で行動していることから察し、はぐれ者だと断定できる。

 だとすれば、住処が欲しいのだろう。ならば、砲撃戦はない。

 極めて大口径な二門の砲はともかく、艦の上下に据えられた計四門の砲は使えるはずだ。砲と艦の規模を考えれば、まともに扱えるのは一門のみだろうが、それでも十分すぎる脅威となる。打ち合いになったら、このフォートレス級では歯が立たない……例え完調であってもだ。

 クルフス艦の砲は、同規模のサイレン艦に対し決定打とは成り得ない。複数の艦で集中砲火を浴びせ、ようやく決定打となるといった有様である。

 一対一の現状では、このフォートレス・シックステクエイトでは到底、歯は立たないのだ。

『こちらは、海賊船アスタロス号だ。降伏すれば命までは取らんよ……家捜しして、金目の物は頂くけどな』

 アスタロスからの通信である。自動翻訳装置が、そのニュアンスまで正確にクルフスの公用語へと翻訳する。どこか(とぼ)けた男の声だった。

 声紋の照合が始まり、すぐに声の主は特定できた。

 天道中継点に出張っているサンダークラップ級輸送艦。それから取り込んだ新しいデータに寄れば、この声の主は『海魔の王』にしてサイレン三元帥が第二位。『百戦無敗』の異名を持つT・ガトー元帥である。

 ……本人か?

 ルーク少佐は思わず自問する。

 名将ハミルトン元帥の片腕を務め、ハミルトン元帥の戦死後、出世を続け当人も元帥へと昇格した。

 正攻法と奇策。双方で戦果を上げる凄腕の艦隊司令だ。

 スターネットから拾った情報や、クルフス艦から傍受した断片的な情報では、ガトー元帥の捕縛や戦死は確認されてはいない。

 不確かな情報ではあるが、元帥に影武者は居ないはずだ。もし居るとすれば、元帥の側近中の側近である。例え影武者であったとしても捕らえられれば、クルフス本星に帰る際、罪状を打ち消す功績にできるだろう。

 逃亡から数十年にわたる潜伏と隔絶で狂ったルーク少佐の心は、クルフス軍司令部に対する認識を、そんな甘い物へと作り替えていた。

 そして、ガトーを捕らえる段取りを考える。

 戦艦同士の撃ち合いでは勝ち目はない。だから、ガトーを艦へと誘い込み抑えるしかない。

 ガトーは海賊を名乗った。

 軍は法に縛られる。が、海賊は法に縛られない。そして逃亡軍人である自分たちも、法には縛られない。

 つまり、お互い騙し討ち上等と言えるわけだ。

「戦争初期のフォートレス級ではサイレン艦に勝ち目はない……降伏しよう。私が、この艦の艦長でルーク少佐だ。長旅で疲れているだろう。良ければ女でも宛がおうか? 上玉を用意ししてもてなそう」

 軍隊は男社会で女は少ない。このフォートレス・シックステクエイトの乗員も、ほぼ男だった。女は、中継点の住人ぐらいで圧倒的に数は少ない。

 そんな環境であるにも関わらず、女を相手に貸し出す……部下達は騒ぐだろうが、あの『海魔の王』を捕らえるためだ。なんなら、自分のお気に入りをくれてやっても惜しくはない。

 それまで音声だけだった通信に映像が入った。

 中央の男は、間違いなく『海魔の王』T・ガトー元帥その人である。個人識別のプログラムが、即座にそう判定したのだ。そして、左手に抱えられているのは、抜き身の刃物を思わせる黒髪の美女。

 この映像には、合成や加工と思しき痕跡はない。

 女は一瞬だけ、驚いたような表情を浮かべたが、妖艶に笑うと見せつけるようにガトーと唇を重ねる。

 ……軍を捨ててタガが外れたか?

 ルーク少佐は思った。自分も身に覚えはあるのだ。

『ごらんの通り女は間に合ってる……家捜しさせて貰うから、大人しくしてろ。抵抗すると死人が出るぜ?』

 そう言って、一方的に通信が切られる。

 ルーク少佐は溜め息を吐くと、操作盤に手を置いた。

 血液と共に体内を巡るマイクロマシン。そのマイクロマシンの構築するネットワークが、ルーク少佐の指示を操作盤を通じフォートレス・シックステクエイトの各所へと通達する。

『連中を船内に誘い込み『海魔の王』を捕らえろ。捕らえた者には、先の女をくれてやる』

 ルーク少佐はマイクロマシンを用い、思考をそのまま機械操作へと反映させることができるのだ。

 マイクロマシンを介したブレイン・マシン・インターフェイス……通称BMIである。

 ルーク少佐のBMI適正はSランク。BMIを介し、自らの身体以上に機械を操ることのできるBMI能力者に区分され、凄腕のハッカーでもある。

 このフォートレス・シックステクエイトは、ルーク少佐によって完全に掌握されている。この艦は、少佐にとって自身の身体とも言える状態なのだ。誘い込んでしまえば、後は如何様にもできる。

 だから、当時も反乱を止めることもできたのだ。

 が、あえて情報を漏らし不安を煽って反乱を誘発させた。自らの意思ではなく、屈したという形にし、保身を図るためだった。

 あのまま艦隊と共に行動していれば、鈍足のフォートレス級は艦隊の殿を務めることになる。そうなったら、まず助からない。

 実際、第八艦隊のフォートレス級は、一隻たりともクルフス本国に帰還できなかったそうだ。

 ……部下を生かすのも艦長の勤めだ。

 ルーク少佐としては艦長としての勤めを果たしたつもりである。実際は、部下を利用し戦場から逃げ出す口実を作っただけではあるが。

 その上、その責任は反乱を起こした部下にある……と、責任転嫁までしていた。

 だが、そんな事は当人の頭からは抜け落ちている。記憶は自らに都合良く改竄されていた。

 自分は常に正しく、失敗や間違いは他者に起因する。だからルーク少佐は、自らの境遇は、他者に足を引っ張られたからだと思い込んでいるのだ。

 中継点に置ける部下達の横暴も、実際はルーク少佐が公認を与えたからである。

 それを正そうとした部下もいた。ルーク少佐を排除しようと動いた者も居た。が、このフォートレス・シックスティエイト艦内での行動は、全て少佐に筒抜けなのだ。

 正しいはずの自分の行動。それを咎める者は全て敵だ。だから排除した。

 この艦内に、少佐の敵はいない。

 室内の空気を抜くも、閉じ込めるも迷わせるも、機械を暴走させ始末するも、全てが少佐の意のままなのだ。

 それ故、少佐は、部下や中継点の住人達に『迷宮の悪魔』と恐れられていた。迷宮とは、このフォートレス・シックスティエイトである。

 今や『迷宮の悪魔』に逆らう者など、誰もいない。

 この迷宮に捕らえられれば『海魔の王』ですら逃れられないはずだ。



 唇を重ねた途端、船長から驚いたような気配が伝わってくる。一瞬だが、実を固くしたのだ。つまり、この口づけは不意打ちだったわけだ。

 こちらも不意打ちで驚かされたのだ。だからお互い様だ。

 小気味は良いが流石は船長だ。表情からは全く驚いたような気配は見られない。

「ごらんの通り女は間に合ってる……家捜しさせて貰うから、大人しくしてろ。抵抗すると死人が出るぜ?」

 そう言うと、船長は通信を打ち切り副長から離れた。

「俺、妻子持ちなんだけどな……」

 愚痴るように言うが、船長が妻子と死別していることは、ほとんどの物が知っているはずだ。

「先に手を出したのは船長ですよ?」

 揶揄するように言ってやる。

 船長に誘いをかけているわけだが、食いついてくれるだろうか?

 いや、食いつきはしないだろう。その気があれば、既に船長は行動を起こしている。様々な意味で、船長は今まで自分が見てきた男達とは違うのだ。

 副長から視線を逸らすと、船長は溜め息を吐く。

「ユーリ。要塞級と中継点にハッキングを仕掛けろ。副長は部下を率い、要塞級に入れ……あのルーク少佐、相当な悪党だ。油断するな、遠慮もするな。刃向かうようなら叩き潰せ」

 声は静かだが、船長が怒っているらしいことは察することができた。

 あのルーク少佐。女を宛がうと言っていた。

 旧型の要塞級は、サイレン・クルフス戦争の初期にしか確認されていない。そして戦争初期のクルフス艦は、乗員の、ほぼ全てが男である。

 戦いは男の仕事。ましてサイレンとの戦争は大遠征だ。女性を連れて行くなどと言う事は、極力避けるはずだ。

 そんな環境で、女を用意できるとなると、あの中継点の住人に手を出したと考えて間違いない。

 確かに、船長の言う通り相当な悪党だろう。

「船長。今回の作戦目的は?」

 明確な目的を聞いておく必要がある。忖度……船長の考えを推し量り行動し、見当違いのことをやってしまっては目も当てられない。

「まずは要塞級の掌握だ。副長率いる海兵隊は武力で、ユーリは電子面から要塞級を掌握しろ」

 武力と電子戦による二面作戦。副長の考えどおりだ。

 船長と同じ考えであったことに満足し、副長は敬礼する。

「承知しました。この命に代えても、要塞級を掌握して見せます」

 副長の言葉に、船長は溜め息を吐く。

「ずいぶん安い値を、その命に付けたモンだ。俺はイシュタル級四隻で、その命を買ったわけだが、それでも安い買い物だと思ってるんだがね。そして、あの要塞級にはイシュタル級四隻もの価値はない」

 似たような事を、以前、副長は船長から言われた。船長は、副長自身が思っているより、高い価値を、この命に見いだしてるのだと。

「では、部下共々、死なない程度に善処します」

「大怪我もするなよ?」

 船長の言葉に、副長は笑うと再度、敬礼して船橋から出る。

 先の船長の言葉。リップサービス……いわゆるお世辞だろうが、それでも副長は嬉しかったのだ。

ミカサ「アオちゃんの命にイシュタル級四隻……そのイシュタル級、艤装終わってたの?」

船長「いんや、まったく。進宙したばっかで空間跳躍もできない状況。だから敵艦隊に突っ込ませ、自爆させたんよ」

ミカサ「つまり、最初から使い捨てる気だったわけね?」

船長「そーだよ」


※艤装:艦船に種々の装置・設備を施し、航海や戦闘ができるような工事をすること。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ