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虚空の支配者  作者: あさま勲


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40・フォートレス68

 ……ここに座ってて良いんだろうか?

 アスタロスの船長席に、半ば埋もれるよう座りつつナルミは思う。

 船長席でありながら、船橋中央に埋もれるように据えられているため、全く周囲の様子は覗えない。

 ただ、船長席に座るのは、これが二度目だ。前回より、だいぶ落ち着いて観察できるようになった。

 この船長席。恐らく高さが変えられるのだろう。船長席に座らず立っている分には、船橋内を俯瞰して見る事ができるのだ。

 正面モニターに投影されるスターボウに視線を向ける。

 スターボウが見えると言う事は、今のアスタロスは、ほぼ光速に達したわけだ。間もなく、スターボウがスターゲートと呼ばれる状態に変化する。

 速度が速くなるほど、飛翔体の持つ運動エネルギーは大きくなる。そして、速度が光速まで達した際、その運動エネルギーは無限大にまで到達する。

 空間跳躍航法は、ほぼ光速まで達した宇宙船。その船の持つ膨大な運動エネルギーを空間に作用させ、離れた二点間を結ぶ特異点を造り出すのである。その特異点こそが、スターゲートなのだ。

 スターボウの中央に黒点が現れる。針先で穿った穴のような小さな黒点。それが瞬く間に広がってスターボウを飲み込んだ。

 まるで、スターボウを潜り抜けたかのよな感覚に囚われる。直後に衝撃。

『着宙を確認。現在、座標を算出中……レム星系・第五惑星の軌道上。予定どおりの宙域に着宙できました』

 ユーリが瞬時に状況を把握し報告する。

 正面モニターには、空間跳躍に移行する前とは全く異なる星空が広がっている。一番の違いは、輪を持つ巨大なガス惑星が正面に見える事だ。

 恐らく、限界近くまで目的地に近い場所を狙って着宙したのだろう。完全に航宙法に違反しているが、アスタロスは海賊船なのだ。法に縛られる道理はない。

 ガス惑星の一部が赤い枠で囲まれたかと思うと拡大される。ガス惑星の衛星軌道上を回る構造物……中継点が映し出された。

 ウィルの故郷である『忘れられた中継点』は、箱をデタラメに継ぎ接ぎしたような形状だった。だが、この中継点は、それとは全く異なる形状をしている。

 小天体を利用した中継点なのだろう。ジャガイモのような形の小惑星。その表面に無数の構造物が散見される。そして、その小惑星の近くに浮かぶ戦艦の姿。

 艦体の表面に、ハリネズミのように無数の砲を纏った艦である。

 ユーリが気を利かせたのか、全長も表示される。宇宙では、遠近感が損なわれ、具体的な大きさを把握しにくいのだ。

 戦艦の全長は、およそ七百五十メートル。

 そこから推察すると、中継点のある小惑星は最大幅が数千メートルほどの小天体だ。

「旧型の要塞級……骨董品だな」

「現行型の要塞級だって、アスタロスには脅威じゃない」

 船長とイリヤの言葉から察し、要塞級と呼ばれる戦艦なのだろう。確かに、まるで要塞のように見える。が、アスタロスの方が二回り以上も大きいのだ。搭載される砲の口径も桁が違う。

 素人目に見ても、アスタロスが負ける道理はない。

 あの艦の大まかなデータが表示される。クルフスでの呼称はフォートレス級……現行のフォートレス級とは違う、一世代以上も旧い艦種である。

 あの中継点は、アスタロスの存在に気づいているはずだ。

 空間跳躍を追えた船が着宙する際、空間波紋が発生する。その空間波紋は、容易に観測できるのだ。

 空間を静かな水面に例えるなら、空間跳躍によって着宙した船は、水面に投げ込まれた石に例えることができる。

 水面という平面に、投げ込まれた石が干渉し波紋を生じさせるように、空間跳躍によって着宙した船が空間に干渉した事で生じる三次元の波紋、それが空間波紋なのだ。

 アスタロスの着宙によって生じた空間波紋は、間違いなく観測されている。虚空に住まう者なら気づかないはずがない。

『貴艦の所属と目的を告げよ』

 外部からの通信を告げる電子音。直後に、クルフス語による呼びかけである。クルフス語は、即座に翻訳され、二重音声となって流れる。

 呼びかけられても、船長は返信する気は無いようだ。ただ、楽しげに笑うだけである。

「問答無用で砲撃を仕掛けてくると思ったんだけど……?」

「アスタロスの原型がアルテミス級だってのは、気づいているはずだ。相手の目的も読めない状況下、負けると判って殴りかかってなんて来ないだろ」

 あの輸送船の船長は、アスタロスの事をアルテミス級を改造した砲艦と言っていた。そして船長やイリヤの言葉から察し、アルテミス級は現行の要塞級より強く、アスタロスは、そのアルテミス級より強いのだ。

 そう言えば船長は天道中継点の地平線公園で、アスタロスを人類圏最強と言っていた事をナルミは思い出す。

 イリヤの疑問に答えた船長は、大きく息を吸い込んだ。

「海賊旗を掲げろ。これより、第二種戦闘態勢に入る!」

 船長の号令。その一言で船橋の空気が変わった。

 空気が熱くなったのだ。

 アスタロスの乗員は、自分やウィルのような例外を除き全てが軍人である。それも、戦争を経験した有事の軍人だ。

 皆が戦いたいのだ。

 だからこそ、ナルミは自分が場違いな存在に思えてしまう。疎外感を憶えてしまうのだ。



 ……現状では、艦や中継点を維持するだけで精一杯だ。いや、艦は既に維持しきれなくなっている。空間跳躍も不可能な状態で、火砲の過半数が使い物にならない。

 フォートレス級の六十八番艦。フォートレス・シックスティエイトの艦長室。そのモニターに投影される星空を眺め、艦長のルーク少佐は思った。

 母国では、自分たちは戦死扱いにされているらしい。だから、いまさら帰れるわけがない。

 大きく溜め息を吐き、引き出しに収められた拳銃を眺める。

 全ての始まりは、サイレンとの戦争である。

 勝って当然。その前提で挑んだ対サイレン戦で、まさかの大敗を喫したのだ。

 クルフスの第八艦隊は、数の上では圧倒的だった。個々の戦闘能力ではサイレン艦に劣る。それは前哨戦で得た情報もあり事前に知らされてはいたが、それでも砲火を交える事もなく第八艦隊の勝利に終わるはずだった。

 迎撃させることを前提とし、亜光速ミサイルをサイレン本星に撃ち込み脅す。一発二発なら迎撃は可能だろうが、艦隊の持つ亜光速ミサイル、その全てを用いた一斉射撃までは防ぎきれない。

 だから、飽和攻撃を仄めかせば、サイレンは屈服するはずだった。

 だが、サイレンは屈服しなかった。

 威嚇のつもりで放っ亜光速ミサイルの初弾。それがサイレン本星を打ち砕いたのだ。

 後に得た情報ではあるが、サイレンは超光速通信技術を持っていなかった。それ故、本星に亜光速ミサイルの迎撃指示を出すことは疎か、飛来を告げることもできなかったのだ。

 本星を破壊され、復讐に猛ったサイレン艦隊を前に、クルフスの第八艦隊は壊走した。

 そもそも、クルフス側もサイレン本星を破壊する気など、毛頭無かったのだ。予想もせぬ大量殺戮、その当事者となったクルフス艦隊の士気は大いに下がり戦闘の継続は不可能となった。

 このフォートレス・シックスティエイトは、壊走する艦隊から脱落を装って離脱。本隊と追撃してきたサイレン艦隊との戦闘を尻目に逃げ出したのだ。

 逃げたのは、ルーク少佐の意思ではない。反乱をチラつかせる乗員達に押し切られた……その結果である。

 引き出しから拳銃を取り出した。セミオートの軍用拳銃である。

 弾は込められていないはずだ。その銃の安全装置を解除し装弾動作を行う。引き起こされた撃鉄が固定される乾いた音が響いた。

 そしてルーク少佐は、自らの頭に当て引き金を引いた。

 撃鉄が打ち下ろされる乾いた音。この乾いた音で、ルーク少佐は正気を保つ。いや、狂気を持ってして、生にしがみついているのかも知れない。

 だが、どちらでも同じ事だ。

 銃には時折、弾を込めることがある。弾を抜き忘れていたら……そう期待したが、今回も抜かりはなかったようだ。

 クルフス軍の下士官や兵士は士気が低い。職にあぶれた者が軍隊に入る……そんな受け皿としての側面を軍に持たせたのだ。高い士気を維持することは難しい。

 なにより、このフォートレス・シックスティエイトは、士官の数が少なかった。それ故、反乱の芽を事前に摘むことができなかったのだ。

 大きく溜め息を吐く。

 逃亡後、偶然拾った信号を元に、この中継点へと流れ着いた。中継点を建造したは良いが、航路計画の変更や頓挫で放棄された……属に言われる『忘れられた中継点』である。

 中継点の放棄を良しとせず、そのまま居残った者達が居たが、彼らは自分たちを歓迎してくれた。

 当然だ。空間跳躍可能な、星の海を渡ることのできる艦がやって来たのだ。これで、孤立状態から解放される……そう喜んだことだろう。

 だが自分たちは、彼らを支配し、そのまま居座った。

 自分たちは逃亡兵だ。それも生き残るため本隊を囮にして逃げ出した。だから、本国に帰れば軍法会議にかけられる。

 何より、モラルを失った兵たちが、中継点で非道の限りを尽くした。兵たちの非道を止められなかった責任は、間違いなく自分に追及される。そうなれば、故郷に残した家族達にも累が及ぶだろう。

 頭に当てた銃、その引き金を力一杯引く。引き金と撃鉄は連動している。引き金を引く力のみで撃鉄をも動かす……ダブルアクションとよ呼ばれる機構である。

 再び、撃鉄が振り下ろされる乾いた音。

 どこからか噂を聞きつけたのか、クルフスの逃亡艦が何隻か寄りつくようになった。

 まずはサンダークラップ級の小型輸送艦。この艦の乗員達は、このフォートレス・シックスティエイトの兵より、モラルが低い連中だった。

 艦内で麻薬の製造を行い、それを艦隊内で密売していた。

 それが発覚し、逃げ出してきたのだそうだ。その彼らに誘われたのか、似たような連中が、この中継点を母港として使うようになった。

 連中が、この中継点の情報を持っていたと言う事は、クルフス本国も、ここの存在に気づいているはずだ。

 だから、遠からず終わりを迎える。

 そんな事を考えつつ、ルーク少佐は、拳銃から空の弾倉を抜き、そして装弾済みの弾倉へと入れ替える。

 ズシリと重くなった銃。その銃口を頭に当てて、再び引き金を引く。

 撃鉄が打ち下ろされる乾いた音……薬室には弾が装填されていない。だから、発射されることはないのだ。

 だが、こんな事を続けていれば、いずれは誤射を起こすだろう。

 誤射で命を落とすのが先か、本国から懲罰艦隊が派遣されるのが先か……どちらが先でも構わない。どうせ、結果は変わらないのだ。

 銃を引き出しに戻すと、窓を模した大型モニターの前に立つ。

 モニターに投影されるのは、外の景色……無限に広がる星空である。

 と、その星空が揺らいだ。

 波打ったのである。波は円形に広がってゆく。

 ……空間波紋だと?

 そう心の中で呟くと同時に、未確認の船が着宙した事を告げる警報が鳴った。

 ルーク少佐は腐っても艦長である。

 空間波紋の規模から、天道中継点に出張っていたサンダークラップ級ではないことには気づいていた。そして質量が百万トンを軽く超える大型艦であることにも。

 今のクルフス軍は、帝国スメラとの戦争に備え規律を正したはずだ。小型艦ならともかく戦艦クラスの艦が逃げ出すなどという事態は、まず起こりえない。

 着宙した艦。その映像が拡大される。

「サイレン艦だと……?」

 大口径の砲を少数揃え、火力を前面に集中できる構造。これが帝国スメラとも共通するサイレン艦の基本形である。その特徴が、顕著なまでに現れていた。

 ただ気になるのは、要塞砲レベルの巨大な砲まで持っている点だ。

 僚艦からエネルギーの供給を受ける事を前提とした特殊砲艦なのかも知れない。ならば、単艦での戦闘力は知れているだろう。

 ルーク少佐の口から、笑い声が漏れる。

 戦えるのだ。

 緩みきった部下達の規律。それを戦いを介すことで引き締める事もできるかも知れない。

 いや、そんな事は、どうでも良い。勝ち負けすら、どうでも良いのだ。

 あの戦いで、恐怖に駆られ積極的に闘えなかった事。部下達に反乱を仄めかされ、艦隊から逃亡した事。それらが、ルーク少佐の心に引っかかっていたのだ。

 ……また戦う事ができれば、全てをやり直せる。

 ルーク少佐は、そう思う。

 実際の所、もうやり直しなど効かない状態だ。だが、それには気づいていない。現実から、必至に目を背けているのだから。

 既にルーク少佐は、狂気に犯されているのだ。

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