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虚空の支配者  作者: あさま勲


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38・懊悩(おうのう)

 船長室へ入ると、まずは執務室である。

 執務室と銘打たれてはいるが、船長が、ここで執務を行うことは滅多に無い。その執務室の奥が、船長の寝室になっていた。

 船長の寝室とは言え、さして広いわけではない。

 その寝室の、三分の一近い面積を占めるベッド。その上で、イリヤは船長に跨り身体を上下させていた。

 イリヤが身につけているのは、身体に密着するボディスーツのみ。その動きに合わせ、船長の口から呻き声が漏れる。

 薄暗い部屋の中、イリヤの体を覆うボディスーツを汗が透過し、うっすらと輝いて見える。

「親父殿。気持ちいい?」

「はっきり言って痛い……もう止めてくれ」

 船長は俯せで、その背中をイリヤが指圧しているのだ。

 イリヤは大きく溜め息を吐き、そして嫌がらせか指で船長の背中を力一杯、突いた。

 直後に、苦しげに船長が呻き声を漏らす。が、文句は言わない。

『筋肉痛に指圧は逆効果です。無理のでない範囲でストレッチを行った方が、筋肉痛の回復には効果的ですね』

「いや、それは始める前に言ってくれよ……」

 船長は愚痴るが、ユーリが黙っていた理由には心当たりがあった。ユーリなりに気を使ったのだろう。

 イリヤは船長の娘……そのクローンなのだ。

 娘は左利きでイリヤは右利き……利き腕は違うし性格も違う。だが、身に纏わせている気配……もしくは匂いのような物が、娘によく似ているのだ。

 ……エドは、顔以外は全くの別人だけどな。

 船長は内心、呟く。

 エド。エドワード・ハミルトン……昔、ハミルトンに船長が使っていた愛称である。

 かつての上官だったハミルトン元帥。その息子のクローンで、オリジナルも、よく知っている。

 オリジナルは真面目で几帳面な男だったが、そのクローンであるハミルトンは砕けた性格で、いい加減なところがある人間に育った。性格だけで見れば、全くの別人レベルだ。

 ……俺が育て方を間違えたんだろうな。

 多忙な元帥に代わり、船長が幼かったハミルトンを預かり育てたのだ。が、船長自身も多忙だった事もあり、そこまで面倒を見る事はできなかった。

 イリヤが背中の上から退いたので、船長は大きく息を吐いた。

 筋肉や骨の密度が高い強化人間であるため、小柄な体躯に似合わずイリヤは重いのだ。

「あたしのマッサージ……これって凝りを解すマッサージだったわね」

 思い出したようにイリヤも呟く。

「なら、肩が凝ったときは、お願いするよ」

 イリヤが退いたので、船長はベッドから降り軽く前屈を始める。

 まだ、体のあちこちが痛む。しばらくは、この傷みと付き合う事になるだろう。

『船長。宜しいでしょうか?』

 ユーリの言葉に、イリヤへと視線を向ける。

 恐らく、ユーリは船長のみに情報を伝えたいのだ。察したのか、イリヤは頷くと寝室から出て行く。

 それを見届け、溜め息で合図を送るとユーリが言葉を続けた。

『ジーンから提供されたデータに、正体不明の隠しファイルがありました』

「スパイ・ソフトかウィルスの類か?」

 その手の仕込みはあって当然。そう思っていたが、それらしいソフトは今まで見つかっていなかった。だから、ようやく見つかってくれたと、半ば安堵する。

『いえ、容量から察しソフトウェアではありません。一分ほどの音声メッセージ、もしくは既存ソフトに対する簡単な指示だと思われます。仮にスパイソフトだとしても、この容量ならば、私にとって脅威ではありませんね』

「中身は確認できたのか?」

『強固なプロテクトに守られ、中が覗けません。現在、プロテクトの解除を試みていますが、しばらく時間が掛かるかと……半月から一ヶ月ほど時間が必要かと』

 最低でも半月……ユーリですら手こずるようなプロテクトだ。そんな物を仕込めば、相当な容量になりそうな物である。

「プロテクト自体で、結構な容量にならないか?」

『解除手段がパスワードのみに限定されていますし、力技を使った場合、データが消失する仕込みもありました。単純である故に正攻法しか通用しません。現在、総当たりでパスワードを打ち込んでいます』

 総当たりが可能……つまり、パスワードを間違えてもデータは消失しない。その言葉から船長は察する。

「発見され、中を覗かれる事を前提にした隠しファイル?」

「そう考えるのが妥当だろうな……」

 イリヤの言葉に船長は同意する。恐らく、ユーリも同じ考えだろう。

 と、そこまで考え、船長は我に返る。

「何故、イリヤが、此処にいる?」

 先程、この寝室から出て行ったはずだ。

「出て行ったフリをして、扉の向こうで聞き耳立ててたの。で、親父殿。ジーンって誰?」

 船長室に監視装置はない。いや、一応あるが、基本、機能していないのだ。

 それ以前にアスタロス内の個室には、監視装置の類はないのだ。何処に誰が居るかなど、正確に把握などできない。

 ただ、戦闘中は別である。

 個人個人の持つ端末。そこから発せられる信号から、船内にいる限り、その所在はユーリによって把握されている。

 有事限定で、端末の発する信号を元に、乗員の所在を確認するのである……が、今は有事ではない。ユーリも、イリヤの所在は把握してなかっただろう。

「ジーン・オルファン……奴から受け取ったデータを元に、俺は銀河征服の算段を練ってる。一応は俺の協力者だよ」

 このジーン・オルファン。この男が自分の計画を知っているかどうかは不明である。得体の知れない、信用できない男ではあるが、船長がマフィアの拠点に殴り込みを掛ける事も、ジーンの予定の内だろう。

 だから、とりあえず思惑どおりに踊ってやる気だ。

 そうやってジーンの信用を勝ち取り、何とか近づけないか探っているのだ。

 恐らく、このジーン……サイレンとクルフスの戦争に一枚噛んでいる。それが、船長の見立てである。

「銀河征服……現状じゃ、そんな事できそうもないけど、仮にできたら、親父殿は何をしたいの?」

 イリヤの問いにしばし考え、そして船長は答える。

「銀河諸国を漫遊かな……?」

 人類が宇宙に踏み出し、世界は飛躍的に広がった。人の世も多種多様な形態になっている。

 それを自分の目で見てみたい……それが、船長が宇宙を目指し軍に入隊した理由である。かつてのサイレンで、他星系まで行ける可能性のある職種など軍隊しかなかったのだ。

 船長の言葉にイリヤは笑う、それも楽しげに。

「夜空に見える無数の星。その星々の大半が太陽で、その内の幾つかには人の住む惑星が回っている……あの星々の光の中には無数の世界がある。そういった世界を、この目で見て回りたいんだ……?」

 船長の言葉に、イリヤは問いかけるようにそう言うと、部屋から出て行った。

 先の件もあって、イリヤの気配を意識するが、今度は完全に船長室から出て行ったようだ。

『イリヤ大尉は、産まれたときから軍人になる事を宿命づけられた、生粋のサラブレッドのはずですが……』

 イリヤはサイレン本星消失後、激減した人口を補うべくクローン技術を用いて量産された人間の一人だ。生まれも育ちも宇宙にある居住施設である。

 夜空など映像でしか知らないはずだ。

 そんな生粋の宇宙人育ちであるイリヤが、夜空の星を語るのは不自然である。ユーリは、そう言いたいのだろう。

 サイレンは人材不足を補うためにクローン技術を利用した。が、クローンと言っても遺伝子情報が同じだけで、記憶経験までは複製できない。

 同じ材料、同じ設計図を用いて壊れたコンピューターを再度作り直しても、作っただけでは中身までは同じにできない。それと同じである。

 要は、歳の離れた一卵性双生児を造り出したにすぎないわけだ。

 だが、そんなクローン人間の中、ごく希に断片的ながらオリジナルとなった人間の記憶を持つ者が居たらしい。

 眉唾物の話だ……船長は、そう思っていた。

 同じ遺伝子から造られたとは言え、利き腕が違う。その上、容姿はともかく性格に共通点も少ない。だが、時々、イリヤは船長の娘と被って見える事があった。

 同じ遺伝子から作られたクローンだから……そう思っていたが、先のイリヤの言葉。昔、幼い娘を抱き上げ、夜空を見上げながら語った言葉だった。

 あんな事を言ったのは、後にも先にも一度だけ……だから、イリヤが知っているはずなど無い。

「なあユーリ。『魂』って、存在すると思うか?」

 船長自身は存在を認めていない。無論、神も悪魔も死後の世界も。

『魂の概念は理解していますが……存在するかと問われると返答に窮します。根本はコレと同じでしょう。(ゼロ)は存在するのか?』

 定義は説明できても、存在は証明できない。ユーリは、そう言いたいのだ。

 船長は、大きく息を吐く。

 元から、まともな回答は期待していなかったのだ。

「全員に通達しろ。訓練の後始末が終わり次第、空間跳躍に移行する」

『副長の手配により、二時間後に空間跳躍へ移行するよう段取りが組んであります。必要とあらば前倒しも可能ですが、如何致しますか?』

 ユーリの言葉で、副長に大まかな方針を伝えていた事を思い出した。その方針を元に、副長が段取りを組んだのだろう。

「いや、なら、そのまま行こう」

 細かな指示は出していなかった……が、おおむね、船長が望んだ方向に段取りを組んでいてくれる。

 ……ミドー並みに気が回るな。

 将官時代の副官を思い出し、船長は内心呟く。

 ミドー大尉……女性士官で、抜群の記憶力を持つよう先天レベルで調整されたサラブレッドである。

 パラス・アテネを旗艦とする親衛艦隊と共に、クルフスに帰順したはずだ。

 あの『元帥閣下の親衛艦隊』が、クルフスの軍門に降った。この事実で、抗戦派の戦闘継続を断念させる。そんな狙いがあったが、思惑どおりに事は進んでいない。

『船長。何か気がかりでも?』

「今の俺は、気がかりの山に埋もれてる状況だよ」

 クルフスの軍門に降った、かつての部下や同胞達。未だクルフスに対し、抗戦の意志を捨てていないサイレン残党達。

 近々、帝国スメラとクルフスの戦争が始まるが、帝国に降ったサイレン残党も居る。そうなると、かつての同胞達が敵味方に分かれ砲火を交える事になるだろう。

 断片的な情報しか得られていないが、クルフスに降ったサイレン残党は、どうも冷や飯を食わされているらしい。

 この様子だと、戦争が始まれば、真っ先に捨て駒として使い潰されるだろう。この点は、帝国スメラに降った者達も似たり寄ったりだ。

 想定内ではあるが、あまり宜しくない状況である。

 ……とは言え、今の俺に、できる事もない。

 船長は、内心呟く。

 クルフスとスメラ。この二国が戦争を始めれば、状況は変わるだろう。

 スメラの軍門に降った者達までは把握できていないが、クルフスの軍門に降った者達は、よく知っている。

 サイレンの最精鋭と言える者達だ。臆病者など居ない。

 自分たちの優秀さを示すため、率先して死地へと向かうだろう。そうする事でしか、クルフスに降った同胞達を守れないのだ。

 溜め息を吐き、執務室の椅子に座る……胃が、ズシリと重い。

 銀河征服の行く末を眺めつつ諸国を漫遊……そんな事ができるような状況ではないのだ。

「とりあえず、当初の予定どおりマフィアの拠点を襲撃してみるよ……金目の物があるかは期待薄だけどな」

 天井を見上げ呟く。

 襲撃したサンダー・クラップ級……あの麻薬運搬船の、お寒い管理状況から察し、本拠を襲っても、大した実入りは期待できないだろう。

 だが、この船の乗員達に、何か仕事を与えてやらなければならない。でなければ、あの輸送船の連中同様、いずれ腐ってしまう。

 それに、連中の支配下にある中継点……そこを開放してやりたい。あんなモラルもない連中に支配されているのだ。ウィルの故郷である『忘れられた中継点』同様、酷い環境だろう。だから、襲撃し、重石を取り除いてやる。

 船長以外誰もいない船長室、そこで返事を待つ。相手はユーリである。

『相手から察し我々が負ける事など、まずありませんが……状況次第では、船長が歴史の表舞台に出ますよ?』

「その時は、その時だ」

 半分それを恐れていながら、半分それを期待している。

 自分の生存が大々的に知られれば、クルフスや帝国スメラ、そしてサイレン残党たちが何らかの行動を取るはずだ。

 そうなれば必然的に追い込まれ、選択の幅は劇的に少なくなる……もう悩まないで済むのだ。

 元帥時代同様、目の前の問題に対処してゆくだけで精一杯の状況に戻るだろう。だから悩んでいる暇など無い。そうなれば、自然と選択肢は搾られてゆく。

 船長は今、無数の選択肢を前にして、行動を決めかねているのだ。

 自分の決断が、アスタロス一行のみならず銀河の各地に散ったサイレン残党に与える影響、その大きさを自覚しているから……

 視界の隅に空間表示が現れる。副長が空間跳躍の予定を最終決定したようだ。

 視線を向けると、船長の目の前で画像が展開した。跳躍移行のための加速開始時間と跳躍突入時間。そして着宙時間が船内時間並びに星暦と宇宙暦で平面表示される。

 着宙日時は、星暦一七一九年。六月二十日の十時頃。宇宙暦一七一八年。十二月二十二日の十八時頃。船内時間に置いては、およそ三日後である。

 星暦と宇宙暦のズレ。これは、地球と袂を別った時期によって生じた物である。

 人類が初めて宇宙に到達した西暦一九六一年が元年。一日は二十四時間。一年は三百六十五日。これは星暦も宇宙暦も同じである。が、地球と袂を別った際、閏年の類を数えなくなったのだ。

 帝国スメラは、クルフス星間共和国やディアス多星系連邦より早く地球と袂を別った。それゆえ、星暦の方が宇宙暦より暦が進む結果となったのである。

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