37・戦女神
艦の心臓である恒星型核融合炉。
その中に閉じ込められた人工の太陽。その輝きが徐々に強くなる。
目で見ることはできないが、炉の出力が増大してゆくことで、それを察することができるのだ。
斜め後方で睨みを利かせる不敵級。その不敵級の半分以下の質量しか無いが、質量・出力比では不敵級を大きく上回る。
戦い方次第では、倍以上の質量差を持つ不敵級一番艦、戦艦フィアレスをも屠る事も、このパラス・アテネには可能なのだ。
パラス・アテネ……戦女神の名は伊達では無い。
だからだろう。
まず、このパラス・アテネを先行させるのは。
「動力炉の出力が最大になり次第、亜光速推進を開始する。亜光速推進系は、出力七十五パーセントにて使用……このまま空間跳躍へと移行する」
艦長のスワは指示を飛ばす。
着宙のタイミングを後続のクルフス艦にあわせるべく、あえて時間を掛けて空間跳躍へと移行する。被るウラシマ効果は大きいが、足並みを揃えるためには仕方がない。
……閣下が。せめてユーリがいてくれたらな。
スワは内心、愚痴る。
艦内の将兵達は、今の扱いに不平を抱いている。
中枢電脳であるユーリが、まだ、このパラス・アテネに搭載されていたならば、その不平不満を聞き、対策を提示してくれたはずだ。
が、ユーリは新型艦のイシュタルへと移植された。
今パラス・アテネに積まれている中枢電脳は、ユーリのように融通も利かない……ユーリと同等の性能はあるが、自我には目覚めていないのだ。
「この物々しい感じ……本格的な戦闘があるかも知れませんね」
艦橋要員、その一人が呟く。
その気配は、スワ自身も感じている。が、口にはしない。
「脱走兵の懲罰だろ……艦隊ごと逃げたとは言え戦力的にも知れている。すぐに白旗を揚げるさ」
もう一人が言うが、あえて楽観的な見解を示しただけだ。本人も信じてはいないだろう。
が、今の自分たちは、クルフスに従うしか無いのだ。
クルフスに帰順した多数のサイレン将兵。
彼らが使い物になるかを見極めるための試金石……それが、この、元『元帥閣下の親衛艦隊』なのだ。
だから従う。理不尽な要求であっても。
『着宙日時を算出。宇宙暦一七一八年。十二月二十四日の二十三時前後になります』
「連中にとっちゃ、俺たちは迷惑なサンタクロースだろうな」
その言葉に、皆が笑いあう……現実から目を背けるべく、半ば無理矢理に。
その様子を眺めながら、スワ艦長は思う。
……帰順したサイレン将兵。自分たちがクルフスに認められることはあるのだろうか?
と。
あるとすれば、それは、ずいぶん遠い未来になるだろう。
現状から察し、スワ艦長には、そうとしか思えないのだ。
空間跳躍のため、加速を始めたパラス・アテネと、十隻のアルテミス級。その後を追うようにフィアレスと五隻のセイント級も加速を開始する。
サイレンの将兵は、不満は感じれども粛々と従っている。
当然だろう。
彼らの主だったガトー元帥が、戦争を終わらせる為に仲間割れを演じ、そして親衛艦隊にクルフスの軍門へと降るよう仕向けたのだ。
あの『元帥閣下の親衛艦隊』がクルフスの軍門に降った……この事実が、抵抗を続けるサイレン将兵達の士気を落とし徹底抗戦の意志を挫いたのだ。結果、多数のサイレン将兵がクルフスの軍門へと降る事となった。
当のガトー元帥は、身の危険を感じたのか、クルフスから距離を取ったようだ。
クルフス側はガトー元帥に散々、煮え湯を飲まされたのだ。クルフスに降れば、サイレン将兵を抑えるための人質として使われ飼い殺しにされる……場合によっては極刑すら有り得るのだ。
いかに稀代の名将とは言え、命は惜しいのだろう……距離を取るのも頷ける。
そして、クルフスの司令部が恐れている事がある。
全てが、ガトー元帥の策の内である可能性だ。
最悪の事態を考えた場合、親衛艦隊がガトー元帥の策の一環で、いわば『トロイの木馬』としての役目を担っている、そう考えたのだ。
だから、この懲罰艦隊は、元・親衛艦隊を警戒しているわけだ。
「元サイレン将兵は、我らに従順です……あまり警戒しすぎると、かえって反発を招きます」
懲罰艦隊・副司令のエスティーノ大佐は、司令官であるブラス准将に、そう意見する。
サイレン三元帥。その仲間割れも、示し合わせての芝居だった。
親衛艦隊、その旗艦の艦長を務めるスワ中佐。そして彼らの主であったガトー元帥の副官を務めたミドー大尉。この二人の口から、それらしい話は出ていたのだ。
三元帥は、サイレンが勝てないことには気づいていた。
そして、一度始まった戦争は、容易には止められない。
国家とは多数の意思や思想、そして打算が絡み合った巨大な怪物である。その方針の統一は容易ではない。
たとえトップが方針を定めても、末端まで正しく情報が伝わるわけでもない。
特にサイレン末端の、前線で戦う将兵達は、戦うためだけにクローン技術転用で産まれてきた生粋の戦士達だ。
サイレンの上層部が敗北を認め降伏をしたくとも、降伏を認めず反発が起こる。
実際、戦争のためのサラブレッドとして生まれた戦士が上層部にも多数いて、特に彼ら抗戦派が敗北を認めず反発したのだ。
そして抗戦派が御輿として担ぎ上げようと画策していたのが『百戦無敗』の異名で知られるガトー元帥だった。
だから、担ぎ上げられる前に失脚し、起こった混乱に乗じサイレンを分裂させた。
抗戦派に翻意させることは不可能。そう諦めたのだろう。
が、親衛艦隊は抗戦派に与していながらも、クルフスへと帰順した。
裏切る可能性は捨てきれないが、司令部が警戒している『トロイの木馬』としての役目は担っていない……実際、言葉を交わした感触では、そう思えたのだ。
分裂に伴いサイレンは取るに足らないほど弱体化した。クルフスに降った者達が反乱を起こしても、すぐに鎮圧されるだろう……反乱を恐れ、サイレン将兵はクルフス各地に分散させてある。
個々の戦力など、取るに足らない規模でしかない。
あの、ガトー元帥が、クルフスに降ったサイレン将兵が分散させられ、連携が不可能な状態に置かれることを考慮しないはずがない。
クルフスの軍門に降ったサイレン将兵、その扱いもガトー元帥の想定内と考えられる……つまり、許容範囲なのだ。
未だ抗戦の意志を捨てず、雌伏の時を過ごすサイレン残党も居るが、分裂前と比べれば取るに足らない戦力だ。
もう、クルフスにとっては脅威でも何でもない。
だから、もう、ガトー元帥にも抗戦の意志はないのだろう。
「あの『海魔の王』子飼いの部下達だ。信用はできない……統合司令部は、親衛艦隊を交渉材料にガトーを捕らえろと言ってきおった。人ごとだと思って、面倒ごとを押しつけてきおって」
クルフスの統合司令部が最も恐れる事態。それがガトー元帥が帝国スメラの軍門へ降ることである。
クルフスの手の内を知り尽くした軍人である。帝国の軍門に降られては厄介だ。
何より、抗戦派の信望も厚い。ガトーが帝国の軍門に降れば、身を潜めている抗戦派もガトーに続き帝国の軍門に降りかねない。
そうなっては、近々行われる帝国スメラへの侵攻。その大きな障害となって立ち塞がることになる。
だから、そうなる前に芽を摘んでおく。
統合司令部は、そのために、この懲罰艦隊、そして第十三艦隊からインビンシブル級三番艦のアウスタンドを差し向けるのだ。
「近隣の宙域から戦力を掻き集めての命令です……それだけ、統合司令部はガトーを恐れているわけですね」
懲罰艦隊だけではなく、第十三艦隊、最大の戦力であるインビンシブル級も出向かせるわけだ。本音は、十三艦隊全てを向かわせたいところだろうが、時間が掛かりすぎ逃げられてしまう。
だから、長距離の空間跳躍を行えるアウスタンドのみを向かわせたわけだ。
「あの『海魔の王』が単独行動を取っているとは思えん。まずは旧サイレン艦をぶつけ様子を見る」
無難な戦術だが、気に入らない。だが、異は唱えない。
ブラス准将は司令官であり、その意見はクルフスの将兵のほとんどと一致するのだ。
国家が巨大な怪物であるのと同様に、艦隊も巨大な怪物である。国家同様、艦隊にも様々な意思や思惑が入り乱れている。故に円滑に動くためにも最大公約数を見極め、どこかで妥協するしかないのだ。
アスタロス一行は、その目的地がクルフス側に漏れていることなど知る由もない。
船内にあるバー……その中央に陣取り、副長は一人考える。
……何故、全力が出せなかった?
答えは、すぐに出た。船長にペースを乱されたのだ。
……では、船長は本気を出したのか?
これに関しては答えが出せない。
「次に旦那と勝負する機会があったら、アオちゃんは勝てるんじゃない?」
その言葉に視線を上げると正面にミカサがいた。
「同じ流れになれば勝機はありますが……」
まず、同じ流れにはならないだろう。
それに、船長に勝つ気はなかったように思えるのだ。
「もう、俺は勝負なんかしないぞ……身体がガッタガタだ」
船長の声で入り口へと視線を向ける。
普段着代わりの防弾コートが、今は派手派手なアロハシャツになっていた……コートが重くて筋肉痛の身には辛いのだろう。身体が痛むのか、時々、顔をしかめている。
そして右手には一振りの刀。反りの浅い刀だった。
「船長、その刀は?」
副長は問う。
あの刀で自分を手打ちにする……そんな考えが頭を過ぎったが、雰囲気から察し違うようだ。
「副長にやるよ……分子振動刃・震電。コスト高で試作が数本作られただけの白兵戦武器だ。刀身が触れた対象の固有振動数に合わせ振動する事で、分子レベルまで分解する事ができる。昔、帝国スメラに出向いたときに貰った技術で作った刀だ」
船長から差し出された刀を受け取る。
ゆっくりと鞘から抜き放つと、反りの浅い、切っ先から半ばに掛けて両刃になった刀身が現れる。
小烏丸造りと呼ばれる刀身である。
海兵隊の武器には高速振動刃と呼ばれる刀がある。が、狭い船内で刀を振り回すことは難しく、少数しか普及していない。
副長も何本か持っていたが、全て折れ戦場で放棄した。
銘は紫電……数少ない高速振動刃、その銘の大半が紫電なのだ。恐らく、船長も持っているだろう。
『紫電の悪魔』……ジンナイの二つ名であるが、それと同じ二つ名を冠された者が、もう一人居た。
ヴァナヘイム要塞を放棄する際の撤退戦。そこで船長は高速振動刃・紫電を振るい、獅子奮迅の戦いをしたそうだ。
数多の敵兵を切り倒したことから『百人斬り』そして愛刀は紫電……よって『紫電の悪魔』である。
ジンナイの方が有名ではあるが『紫電の悪魔』は、船長の二つ名でもあるのだ。
「これを私に?」
嬉しいかと問われれば嬉しいが、だが腑に落ちない。
確かに強力な武器ではあるが、間合いでは銃に劣る上、集団での使用にも向かない。故に紫電も、少数しか造られなかったのだ。
「ああ、あと、新古流武術・二代目当主として、副長を新古流剣術・師範に任ず……この刀は、剣術師範の証と思ってくれ」
船長が、自分を剣術師範に任じた……その意味を理解するのに、たっぷり十秒を要した。
「と言う事は……?」
「勝負はしないが、稽古は付けてやるし指導もするさ……あと、ハミルトンも内弟子昇進だな」
やはり、船長には燻っていた物があったのだ。
あれほどの使い手だ。きっぱり武術を諦める……そんな事ができるはずがない。
「一生を掛け、精進します!」
「副長は俺の予備だ……だから、俺の技は全部、継いで貰おうか」
船長の言葉の意味。
この時の副長は、全く理解してはいなかった。
ミカサ「旦那……アオちゃんにあげた刀、凄く使いにくそうなんだけど?」
船長「確かに反りが少ないから断ち斬る事には向いてないな……」
ミカサ「アオちゃんや旦那の剣術って、断ち斬る剣術っぽいけど?」
船長「断ち斬る、もしくはカチ割る剣術だな……刀は振り回してナンボって考えだ」
ミカサ「……使い難いからアオちゃんにあげた?」
船長「そだよ」




