35・賀東大将
木刀の切っ先を船長に向ける。
船長の両手は空だが、腰の拳銃以外にも武器は身につけているはずだ。
コートに隠れているが、両腕に何か仕込んでいる。
もし、銃なら厄介だ……いや、その時は負ければいい。船長に付き合う気がないのなら無理強いはできない。
……だから、まずは船長の対応を見る。
副長は、木刀を右手に持って踏み込んだ。
天井に当たらないよう、木刀を斜めに振りかぶる。船長に付き合ってくれる気がなければ、ここで自分は負ける。それで構わない。
間合いに捉えたつもりだったが、そう錯覚させられていただけだ。技を放つ直前になって、船長が間合いの外にいる事に気づいた。
だが、今更、動作は止められない。
全身を覆うボディスーツ。その繊維が解け、木刀の柄頭に絡みついているはずだ。だから躊躇無く手を放した。
右手と木刀は、一メートル強の糸で繋がっている。その糸に左肘を当て木刀の動きを誘導、左手で掴むと同時に、船長へ向かって強烈な突きを繰り出した。
左手で木刀を掴むと同時に、繊維は木刀から離れボディスーツへと編み込まれる。そうなるよう、プログラムを組んだのだ。
変移抜刀『虚』……先日、船長に食らった技である。
副長の放った渾身の突きを、船長は左の人差し指と中指、その二本で挟んで止めて見せた……ただし傍目には、である。
副長の左腕は伸びきっている。これ以上、前にも踏み込めない。つまり、木刀は船長に届かないのだ。そして腕が伸びきるタイミングに合わせ、船長は指で木刀を挟んで見せたと。
船長に当たらない事は判っていた。だから遠慮無く、船長へ向けて放ったわけだ。
「八十点……初見なら、俺も食らってた」
その言葉に、副長は木刀を手放す。木刀は一本しか携帯していないが、伸縮式の特殊警棒を予備に持っている。だいぶ軽いが、これが代わりに使えるのだ。
二本の指で木刀を支えられるわけもなく、船長は木刀を掴み直す。そして副長へ投げて返した。
「剣では、お付き合い願えないのですか?」
木刀を返した。つまり、そういう事だと判断したのだ。
「こんな重い木刀を振り回したら、明日は筋肉痛確定だ……いや、木刀関係なしでか?」
楽しげに言うと、船長は両腕を振る。
コートの袖に仕込んであったのだろう。特殊警棒が飛び出し、両手に収まると一メートル程にまで伸びた。
二刀流というわけである。
深呼吸すると、木刀を正眼に構える。
「新古流武術・筆頭師範、下坂葵が養女にして直弟子。下坂青江……養父から新古流剣術の免許皆伝を頂いております」
船長は付き合ってくれる気らしい。だから名乗りを上げた。
「新古流武術・二代目当主。賀東大将……初代当主、降宮一八より給わりし二つ名は『左道』……爺さん。孫に、なんて二つ名をくれたんだか」
左道とは邪道の意である。
「お母様がオルミヤの家の者だったので?」
船長が初代当主の孫である事は知っていた。が、姓が違う事が予てより引っかかっていたのだ。
「いや、爺さんに娘は居なかった。親父がオルミヤだよ……俺も旧姓はオルミヤ。婿養子で名字が変わったの」
新古流武術は、当初オルミヤの名を冠しオルミヤ新古流の看板を掲げていた。帝国スメラで興ったオルミヤ流合気柔術……それを総合武術として発展させた物で、初代当主もオルミヤ姓であったためである。
だが二代目当主である船長がオルミヤ姓では無かった事から、オルミヤの名を降ろし、単に新古流と改めた……それは知っていたのだが、その理由は予想外すぎた。
「船長……ご兄弟は?」
「一人っ子だ」
オルミヤは帝国スメラ皇室の分家にして当主は大公爵である。そして帝国スメラの分派であるサイレンに置いても、オルミヤは名門中の名門なのだ。付け加えるなら、新古流当主の家系は、オルミヤの直系である。
もし、サイレン本星が破壊されなかったら、船長の婿入りは後世までの語り草になっただろう。
「揉めませんでした?」
「爺さんとは大いに揉めた……が、折れてくれたよ。さて、遊んでやる……始めるぞ?」
言葉と同時に船長は動く。
二刀流ではあるが、二本の刀を平行に連ね、あたかも一振りの刀のように振るう。
『連刃』……左右の手に一振りずつ持った刀。それを平行に連ね、あたかも一振りの刀のように扱う剣術である。
が、奇を衒った一発芸に過ぎない。事前に知っていれば戸惑う事もない。
振るわれる二本の特殊警棒、それをまとめて迎え撃つかの如く受け止める。
予想通り衝撃は軽い。
両手で一振りの刀を振るうのとは訳が違うのだ。力も入れ難く体重だって乗せ辛い。
そして、単に受け止めたのではなく迎え撃った。
連刃は後の先を取る技だ。一刀で相手の剣を封じ、もう一刀で相手の身体を狙う。だから、二刀とも封じるべく、一刀では防ぎきれない重い一撃で迎え撃ったわけだ。
「船長の手の内なら、伝聞ですが知っています」
間合いを取り直した船長へ言ってやる。
船長は笑う。
あくまで見せ技であり、これで勝負を付ける気は無かったのだろう。
『遊んでやる』……船長は、そう言った。
だから、まずは、その言葉を後悔させてやる。
二刀流が一刀流に勝るとは限らない。二本の刀を有効に使うには、それに見合う腕力が必要になる上、両手で振るった場合より一撃も軽くなる。
単純に力だけで見た場合、船長と副長は互角だろう。体格としては船長の方が一回り以上も大きいが、筋力強化をやっていない船長に対し副長はフルチェーンされた強化人間。
船長は重い防弾コートを船内でも普段着として着用する事で、身体を鍛えてはいる。だからなんとか互角に持って行けている。ジンナイのように普段は軽装だったなら、ここまでの筋力は維持しきれないだろう。
……なるほど。ミカサ中佐の言う通り、船長には燻ってる物があるわけですか。
だからジンナイも、ハミルトンや自分を嗾けた。
大きく息を吐くと、副長は構えを解く。
「賭をしませんか?」
「何を賭ける? ……物によっては不可とさせて貰う」
話は聞いてくれるようだ。ならば言える。
「私が勝ったら、船長の仰った銀河征服。その計画の全貌を教えて頂けませんか?」
この銀河征服。全貌を知っているのは船長と、アスタロスの中枢電脳たるユーリのみである。
肩書きのみとは言え、副長という立場にいるのだ。その自分が、船長の計画を全く知らない事には納得が行かない。
「いずれ解る。その時までのお楽しみだ」
以前、副長が考えている銀河征服と船長自身が考える銀河征服は別物だ。そう語っていた。それを考えると、船長の銀河征服には人手……軍事力は不要。そう考えて良いのかも知れない。
「では、楽しみにしています」
「時が来たら、呆れ返って俺を撃ち殺すかも知れんけどな……他に何を賭ける?」
呆れ返る……これは船長の言う銀河征服、その大きなヒントになるだろう。
やはり船長の考える銀河征服には、軍事力は不要なのだ。少なくとも船長自身が軍事の実権を握る必要は無いと考えられる。
だが、やはり見当が付かない。だから楽しみだ。その手段が、どのような物であったとしても。
「私は船長を決して裏切りません……では私が勝ったら新古流の指導を再開して頂けませんか?」
「惑星をも砕く戦艦が星の海を巡るこの時代、武術が何の役に立つ?」
「船長が立案した海兵隊は、然るべき成果を上げクルフスの持つ超光速通信技術とナノ・テクノロジーの獲得に貢献しました。その海兵隊の主役は、生身で戦う人間です」
クルフス艦を拿捕し、その技術をサイレンに取り込む。それこそが海兵隊の設立目的だった。
そして多大な犠牲の上で、クルフスの持つ超光速通信技術とナノ・テクノロジーの獲得に成功したのだ。
「その結果が、戦争の泥沼化と死体の山だ……副長も、一歩間違えば、その中に加わっていたぞ?」
「ですが、私は生きています……貴方に助けて頂けたため」
本当は乗っ取ったクルフス艦を枕に玉砕する気だった。
そうする事で、船長と、その指揮下にあった五隻のイシュタル級が逃げる時間を稼ぐつもりだったのだ。
だが船長は、イシュタル……現アスタロスを除く四隻を囮にし、副長たち海兵隊を回収した。
四隻のイシュタル級は、クルフス艦隊の足止めには成功するも碌な戦果も上げられず爆沈。無人で運用された艦だったとは言え、サイレンの最新鋭艦だ。その四隻を代償に救われた命なのだ。
だからこそ、副長は船長にとって最善と思える行動を取る。船長に救われた命だ。だから、船長のために使う。
「俺も生きてる……生きてる以上は楽しみたいよ。そして、楽しめる世界を作るための銀河征服だ」
……つまり、銀河征服は目的ではなく手段であると?
疑問は持てども、口にする隙は与えてくれなかった。連刃から構えを変え、船長が打ち込んで来たのだ。
先程とは違い、重い一撃だ。下手をしたら、両手で木刀を扱う副長の一撃より重いかも知れない。
単純に力だけなら、強化人間である副長の方が僅かに強いようだ。だが力の紡ぎ方は船長の方が上手だ。
……二代目当主の肩書きは、やはり七光で得た物じゃない。
内心、感心しつつ、鍔迫り合いでの力比べに入る。
船長は二本の警棒を用い、副長の木刀を押す。やはり片手では分が悪いのだ。
両手を用いても、船長は徐々に押されている。一旦、引いて仕切り直すかと思いきや、船長は引く素振りを見せない。
……ならば、このまま勝負を付ける。
そう思った途端、姿勢を崩し膝を着く。直後に木刀を蹴り飛ばされた。
「新古流・奥義『崩』」
『機』を乱し、文字通り相手の姿勢を崩す技である。
元は合気柔術の技を、剣術に応用した物だ。
「剣術勝負じゃ、楽しめないんだ……まともにやり合ったら、互いに手加減できない」
「なるほど。素手の勝負なら楽しめる……そう言う事ですか」
このまま勝負を付ける事もできた。が、そうはしなかった。
つまり船長は、まだ自分に付き合ってくれるらしい。その証拠に、船長も警棒を捨てたのだ。
やはり船長には燻っている物がある。だから、立ち回り次第では火を付ける事もできるだろう。そして、その気も副長にはあるのだ。
ウィル「賀東大将……船長の階級って大将だったの?」
ジンナイ「閣下は大将の地位に就いた事は一度もありません」
ハミルトン「大将昇進が嫌で、長いこと中将で足踏み……その後、一気に元帥に昇進。軍の最上位階級で、序列で言えば第二位……親父殿の前に、既に元帥が居たからな。親父殿の後に元帥になった人も居て、サイレンには三人の元帥が居たってワケだ」
ナルミ「T・ガトー、賀東T……大将って名前なの?」
ミカサ「自分の名前が嫌いなんだろうね。ウチの隊長もそうだったわ……」




