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虚空の支配者  作者: あさま勲


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34・タヌキ親父

 模擬戦用に割り振られた区画。船尾格納庫を入り口とするなら、最深部は船長室である。

 そして船長室の前に到るまで、なんの障害も無かった。

 罠を覚悟していた副長としては、拍子抜けである。が、これも船長の策かも知れない。

 恐らく、ここ船長室に船長が待ち構えているのだろう。それは構わないが、室内にある執務机は本物の木材で造られた高級品である。傷でも付いたら……そうは思うが、船長は気にしないだろう。

 ボルトには、表で待つようにと仕草で示しす。仮に罠だとしても、被害は自分一人で済む。そしてボルトなら、銃撃戦にしろ格闘戦にしろ力技で船長をネジ伏せられるのだ。

 ここで自分が退場しても、まだ十分勝機は残せる。

 覚悟を決めて扉を開ける……鍵は掛かっていなかった。

 右手に銃を構えつつ室内へと入る。腰のベルトには、木刀を差してある。

 船長室には、入り口を見据えるように大きなマボガニー製の執務机が扉に向かって据えられている。その奥には大きな背もたれを持つ椅子が背を向けて置かれていた。

 あの椅子に船長が座っているのだろうか?

 そう思うが、副長は違和感を感じる。

 椅子に座っていたとしたら、咄嗟の対応に遅れが出る。撃たれたら避けきれないのだ。

 船長は勝つための布石を打った。イリヤは、そう言った……つまり、本気で勝ちを狙っている。ならば、これは罠だ。

 副長は、そう断定する。

「イリヤは、一分の時間稼ぎをしてくれたようだな」

「ずいぶん温い条件でしたね」

 船長の言葉に答えつつ、声の出所を探る。

 ……やはり椅子に座っている?

 もしくは、そこから声を発する事ができるよう仕込みをしたか、だ。

「せっかく仕込んだんだ。使いたくなるだろ?」

 楽しげな船長の言葉に嫌な予感がした。そして、椅子が回転し正面を向く。

 そこに鎮座する『物』を見ても、副長も副長は動じない。が、少しばかり困惑していた。

 ……船長は、わたしに、どんな反応を望んでいるのだろう? ……と。

 宇宙港で船長が手に入れた、あの狸の置物。それが、船長室の椅子に鎮座していたのだ。



 ユーリの配慮か、食堂に中継される映像は副長側の視点から撮影される物のみとなった。

 だから、船長が仕込んでいるのか観戦者としては解らなかったわけである。

 正面を向いた椅子。そこに、あの宇宙港で見た狸の置物が鎮座していたのを見て、ナルミの頭の中は真っ白になった。

 映像越しに見ているナルミですら、完全に意表を突かれたのだ。相対している副長は、それ以上に驚いている事だろう。

 現に、食堂で観戦している者達は、一様に絶句している。

「あのタヌキ親父……」

 最初に口を開いたのはミカサである。

「ウチのボス……固まっちまってるじゃないか」

 海兵隊のケントはぼやく。

「いえ、呆然としているわけではなく、警戒態勢は相変わらずです。見た目ほど副長は動じていませんね……」

 ジンナイは言うが、ナルミには微動だにしない副長は、頭が真っ白になって固まっているのか、気配を殺して船長の出方を窺っているのかの区別など付かない。

 現に副長は、銃を構えたまま身じろぎ一つしないのだ。

 船長室の壁に掛けられた時計。その秒針が、きっかり一回りした。

 痺れを切らしたのか、先に動いたのは船長のようである。

 ……ようである。断定できないのは、二人が同時に動いたためだ。

 机の影から船長が飛びだし発砲。対し副長は、発砲より早く回避を行う。

「音で旦那の場所を探ってたわね。旦那も音でアオちゃんの隙を探ってたけど、根負けして動いたっぽい」

 ミカサの言葉に、ようやくナルミは納得できた。

「副長……実は船長と剣で勝負したいんじゃないかな?」

 副長は腰のベルトに木刀を差している。

 咄嗟の動きで邪魔になるような物を、あえて身につけているのだ。剣で勝負したい、そう言う気持ちもあるのだろう。

 だが、船長には、その気は無いようである。

 手に握られた拳銃。そのグリップ下に長く飛び出す弾倉。その弾数に任せ、船長は全自動射撃による連射で弾をバラ撒く。

 副長も然る物だ。

 船長の得物を確認すると同時に、煙幕弾を使ったようだ。おかげで、中継される映像は真っ白に染まり、銃声しか伝わってこない。

 連続した銃声だけではない。散発的な銃声も混じる。

「ウチのボスも撃ってるな……たぶんヴァイパーを使ってる。ありゃ、ナンブ零式の銃声じゃない」

 ケントの言葉である。

 ヴァイパー……正式名称はビッグ・ヴァイパー。大きな毒蛇の意で、雑多な弾が扱える大型拳銃サイズの散弾銃だ。

 その散弾銃で、副長は散弾を撃っているようだ。煙幕の中、広範囲に広がる青い塗料が、一瞬だけ映し出されたのだ。

 ……では、船長は何処を撃っているのだろう?

 ナルミは疑問を感じる。船長の放った銃弾が、現在は銃声のみで全く映像からは確認できないのだ。

「御大……何処を撃ってるんだよ?」

 同じ疑問を持ったのだろう。ケントも呟く。

 煙幕の中でも、微かながら銃火は見える。だから副長の射撃位置は確認できるのだ。だが、船長の銃火はまったく見えない。煙幕を焚かれた直後は、船長の銃火も見えたのだが。

 壁面に映し出される船長室の映像。その隣に新たな映像が映し出される。船長室の出口であり、少し離れた場所で待機しているボルトの姿。

 直後に船長が通路へと飛びだしてきた。が、室内では未だ銃声が続いている。

 ……銃声で気配を消した?

 ナルミは、咄嗟にそう思う。

 副長は音で船長の居場所を探っていた。ミカサは、そう言っていた。ならば銃声で音を上書きしてしまえば、音で挙動を読めなくする事もできる。

 船長とボルト。二人は互いを確認すると同時に発砲した。

 船長は単射、ボルトは三連射……三つの空薬莢が排出されたのが見えたのだ。

 互いの初弾はかち合い宙で弾け塗料を散らす。そしてボルトの放った残りの二発が船長の拳銃へと着弾した。

「すげぇ……」

 ウィルが呟く。

 ボルトが船長に合わせたのだ。でなければ、船長の身体に弾を当てていただろう。

 一瞬遅れ、副長が船長室から飛び出すと、手に持った手榴弾をボルトの遙か後方へと投げ飛ばす。

 船長の置き土産だろうが、副長に見抜かれていたようだ。

『船長室の掃除、その手間も考えてあげてください』

 弾け、手榴弾が塗料を撒き散らしたのを確認し、副長は咎めるように言う。

 ボルトと副長。船長は、その二人に挟まれている。もう、勝ち目はないだろう。

『どちらか一人は仕留められると思ったんだが……状況的に詰んだな。と言うかボルト。オマエあえて銃を狙っただろ?』

『はい。御大に逃げられた場合、次に一対一の条件を揃えた者に権利が移行すると話でしたので……そんなわけでボス、手出しは遠慮願いたい』

 海兵隊の中で、船長との対戦に関する事柄について何か取り決めがあったのだろう。

『ハミルトンとの取り決めのつもりだったが……承知した』

 仕留められる状況でありながらボルトは、あえて船長を仕留めなかった。だから承諾するしかない……そう言う事だ。

『俺に死ねと……?』

 船長はボルトを指さしてぼやくように言う。

「御大って神経加速はやってるが、筋力強化はやってないんだよな」

 映像を見ていたケントは呟く。

 だとすれば、船長は見た目どおりの体重だ。比較的筋肉質な体つきではあるが、ボルトには遠く及んではいない。重く見積もっても、船長の体重は八十キロもないはずだ。

 船長の身長は百七十センチ台半ば。対しボルトは身長二メートルを優に超える。筋肉質の身体と強化人間である事を考えると、その体重差は三倍近くあるだろう。

『ご心配なく……殺さず倒します』

 そう言うと、ボルトは銃をホルスターに収めると、ガンベルトごと腰の銃を全て外す。

 格闘戦で船長と勝負したい……そう言う事だろう。

 溜め息を吐くと、船長は銃を壁際の床に置く。そして、確認を取るかのように、青い塗料で濡れた左手を動かした。

 左手に持っていた銃、そこに銃弾を当てられたのだ。左手は使って良いのかという確認だろう。

『手には着弾していません。銃は損傷しましたが、左手は無傷とします』

 ユーリの言葉で、船長はボルトと対峙する。その間合いは五メートルほど。

 準備運動か、軽快に数度跳ねると船長は動いた。

 滑るような動きでボルトとの間合いを詰め、そして唐突に止まる。

 船長を捕らえようとしたボルトの腕が空を掻いた……船長との距離を見誤ったのだ。

 直後に船長が動きを再開する。

 船長の踏み込みで空気が震えた。

 中継される音声であっても、その音は正確に再現されていた……耳だけではなく、身体で空気の震えを感じたのだ。

 船長の繰り出した掌打が、ボルトの胸を捉えている。

「『縮地』で間合いを詰めての『真・二打不要(にのうちいらず)』……打撃技でボルトを倒すには、それしかありませんね」

 感心したようにジンナイは呟く。

 副長がハミルトンを倒した技が『二打不要』。対し今し方、船長が使った技は『真・二打不要』……一見して同じ技に見える。違いと言えば、ハミルトンは後方に大きく飛ばされたのに対し、ボルトは、その場から微動だにしていない点である。

『大佐殿が、御大を『間合いの支配者』と……教えてくれたが、見事に術中に填ったよ』

 呻くようにボルトは言い、そして膝を着いた。

 額に脂汗を浮かべ苦しげだ……もう、まともに動けそうには見えない。

 ボルトの身体状況のデータが表示される……心臓の鼓動が、大きく乱れていた。脈が一定ではないのだ。

 苦しげに深呼吸を繰り返している。

 呼吸と鼓動は連動している。だから呼吸を制御する事で、鼓動を制御下に置こうとしているわけだ。

 ボルトに退場の判定が下された。

『ジンナイ……オマエは俺の敵だったのか?』

 船長のぼやきにナルミはジンナイに視線を向ける。ジンナイは笑っていた。

 ジンナイは、船長が負けるとは思っていなかったのだ。

「海兵隊の中には、閣下を侮る者も居ますからね……ですが、ボルトを倒せば、もう侮られる事はないでしょう」

「今の技って、たぶん旦那の強敵用の切り札よ? ……できれば使いたくなかったんじゃない?」

「閣下が白兵戦に参加する段階で、既に詰みです……だから閣下には、格闘戦の切り札など不要」

 ジンナイとミカサの会話。

 確かにそうかも知れないが、ジンナイには別の考えもあるだろう。

 恐らく、船長と副長を戦わせたいのだ。

「大佐殿や厨房長とかは船長を閣下って呼ぶけど、船長の階級って特務大佐って聞いてる。閣下って将官の敬称だよね……でも船長は『特務』と付くけど佐官」

 ナルミの思考を断ち切るように、ウィルがジンナイに問う。

「元は将官です。派閥争いに負け降格された……表向きには、そうなってますが話すと長くなりますね」

 ジンナイとしては、船長と副長の対戦に集中したいようである。

 映像の中の二人は、ボルトを巻き込まないよう場所を移す。

 船長は素手。副長は左手に木刀。だが、二人とも銃は身につけている。船長の腰には、まだ銃の収まったホルスターが見えるのだ。

 だから、この二人の勝負は、銃も交えた『何でもあり』の勝負になる。

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