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3・海賊波止場

 ここは天道中継点・宇宙港の、もっとも古い区画だった。

 施設も老朽化しており、滅多に使われる事の無い区画でもある。

 ただ、ガラの悪い船乗りや、素性の知れない船を受け入れる際は、ここが使われるのだ。

 それ故、宇宙港の関係者たちは、ここを海賊波止場などと呼んでいた。

 汚れた窓の向こう、波止場に停泊する小型船を前にし、黒髪の美女……副長は大きく溜め息をついた。

「船長。万一の事があっても困ります。単独行動は控えてください」

 長く真っ直ぐな黒髪。いまは黒眼鏡は外しており、その整った容貌を隠す物はない。

「こういう場所の歩き方は、戦前生まれの俺の方が慣れてるぞ?」

「仰る通りですが、それとこれとは話は別です」

「単独の方が情報集めは都合が良いんだが」

「親父殿に万一のことがあったら、俺たち路頭に迷っちまうよ。それに遊馬のサイレン騒ぎ……親父殿に即、一報入れたかったにも関わらず連絡つかねーし……」

 船長の言葉に、金髪の優男……ハミルトンが口を挟んだ。

 副長とハミルトンの手には、食べかけのタイヤキが握られている。

 詰まるところ、スペース・パトロール云々の下りは、船長のホラ話なのであった。

「あの対応、百点満点で評価するなら甘く見ても五十点だな。俺なら偽のデブリ情報で航路を逸らしたよ」

「百戦錬磨かつ情報戦にも長けた親父殿と、脳筋軍人に育っちまったイリヤ砲術長とじゃ、こういったトラブルに対する対応力が違って当然ですよ……」

 どこか咎めるような口調で言うハミルトンに船長は笑う。

「起こり得るトラブルを予想し、予め対策を立てておけとは事前に伝えた上、予想したトラブルに対し対策が思いつかないなんて事は無かったな? と船を出る前に確認取ったぞ」

 船長の言葉に、ハミルトンは大きく溜め息をつく。

「そんな風に言われたら、イリヤ砲術長は頷く以外できなくなりますよ。親父殿なら、それも当然、理解してたでしょうに……」

 ハミルトンのぼやきを聞いて、副長も溜め息をつく。

「船長に、そう言われたら、私も頷く以外できませんね……」

 副長の言葉に船長は笑う。

「じゃ、否定できるようになろうか……それができたら、一人前だ」

 楽しげに言う船長に、副長は大きな溜め息をつく。

「で、あの娘。船長の事、ずいぶん心配してましたが宜しいので?」

「即興で、あそこまで演技してくれるとは思いもしなかった。これは誤算だったな。とりあえず縮地を披露してやったし、その気になればトンズラできるってのは実演したし問題ないだろ」

 楽しげな船長の言葉に、副長は眉間にしわを寄せ大きく溜め息を吐いた。

「申し訳ありません。次があれば、拙い演技で応じましょう」

「いや、副長が役者だって事がわかったのは収穫だ。次があれば今回以上の演技で応えられるだろ。それ前提に話は振らせて貰おう」

 その言葉に、副長は大きく首を振った。

「次は事前に話を通してください」

「覚えておこう」

 二人の会話を聞きながら、ハミルトンは懐中時計で時間を確認する。

「ミカサ中佐、まだ戻りませんね……」

 ハミルトンの言葉に船長も時計を確認する。

「ミカサさんは、いい加減だけど時間だけは守る人なんだが……」

「何かあったのでは?」

「本当に何かがあったら、大騒動になってる。今のところ、そんな話は届いていない。あっても小さな騒動だ」

 ハミルトンの言葉を副長は否定する。

「ということは、小さな騒動が起こったか……戻ってきたら確認を……」

 言い掛けたところ、船長はこちらに向かってくる小柄な影に気がついた。

 視線に気づいたのか、ミカサは真っ直ぐ船長たちへ向かっていく。

 短めに切りそろえた赤毛に小柄な体。一見して少女に見えるが、見た目どおりの歳ではない上、舐めてかかると痛い目を見る。

 左の頬に、大きな痣ができていたが、本人は至って上機嫌だった。

 恐らく舐めてかかった馬鹿が痛い目を見たのだろう。

「旦那、青ちゃん、おまたせー」

 ミカサは、船長と副長に、気安い口調で挨拶をした。

 頬の痣を見て、船長は大きな溜め息をつく。

「ミカサさんが一発貰うって事は、一対一じゃないな。相手は何人で、どんな素性の相手だ?」

「相手は三人。まあ少しばかり痛い目を見て貰ったよ。お隣さんで今度の仕事の相手。旦那の言う通り、まともな船乗りじゃないわね」

 そう言いながらミカサは鎖に繋がれた大きな懐中時計を見せる。

 つまり懐中時計を武器として使ったというワケだ。

「まともじゃないと言うのは?」

 副長の問いにミカサは殴られた頬を撫でる。

「戦場でおかしくなった軍人、それと同じ匂いを感じた。ああ言った手合いは自制が利かない上、悪事に対して躊躇がない。こんな場所で戦場の気配を感じられるなんて思いもしなかったわね」

 楽しげに言うミカサに、船長は大きく溜め息をつく。

「その領域にミカサさんは足を突っ込んでるし、あたしゃ心配だよ」

「へぇ? 旦那、心配してくれてるんだ?」

 ミカサの言葉に船長は返事代わりの大きなため息をつく。

「親父殿。コサカ女史から特別回線でメールが入りました。注文のブツはここ……の、一文と時間点ごとの座標ですが、推進材は無理との事です」

 ハミルトンの言葉に副長は眉をひそめる。

「推進材は無理ですか……使えない女ですね」

「ウチの女神様の腹を満たせる量の推進材を秘密裏になんて、簡単に用意はできないだろうよ。まあ期待してなかった手前、他にもアテはあるさ」

「忘れられた中継点ですか?」

 ハミルトンの言葉に船長は頷く。

「近い内に新しく拓かれた航路の中継点になるらしいがね。その情報代が、今回の食料手配だそうな」

「安く買い叩かれた気がしなくもないですが……」

 副長は気に入らないようである。

「秘密裏に大量の食料の手配なんて、密閉環境の宇宙都市じゃ難しいさ。アスタロスの中で記録に残さず食料を手に入れる事の難しさを考えれば解るだろうに」

 楽しげに船長は言うと立ち上がって言葉を続ける。

「さて、機長のミカサさん。出港準備に入って貰おうか」

「了~解」

 軽い調子でミカサは応え、そして波止場を見下ろす通路に向かって短い敬礼をする副長に気づいた。視線の先には、敬礼されたことに驚いたらしく慌てたように通路の柵から離れる少女の姿。

「青ちゃん。あの子、知り合い?」

「船長の……ですね」

 どこか楽しげに言う副長を、ミカサは不思議に思うのだった。

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