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虚空の支配者  作者: あさま勲


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29・死屍累々

 撃たれたときは殺られたかと思ったが、幸い弾は当たらなかったようだ。

 今の連射、素人には一つの銃声に聞こえただろうが、ハミルトンには連続した六つの銃声だと認識できた。

 船内の射撃場で、時々ミカサがやってみせるリボルバーによる連射芸だ。

 ミカサなら、この連射芸でも十メートル先にある直径三十センチの的に全弾を当てる事ができたはずだ。が、今回は誰にも弾は当たっていない。

 振り返り着弾の痕跡を見ると、やはりミカサが撃ったにしては弾が散らばりすぎている。

「弱装弾で勝手が違うためか……」

 ハミルトンは呟く。

 ミカサが連射を行う際は、馬賊撃ちという射撃方法を用いている。腕を振るう勢いで射撃の反動を相殺するのである。

 腕を振るう勢いに対し反動が弱すぎたため、力が相殺されず射撃が散らばったのだ。

 今回は命拾いしたが次は当ててくる。反動が強すぎたのではなく弱すぎたのだから補正は可能だ。ミカサには、それができるだけの腕はあるのだ。

 通路の向こう側。咄嗟に引っ込んだ副長が、手榴弾から安全ピンを抜き、無造作にミカサの居る通路へと投げる。

 投げられた手榴弾が通路を跳ねる音。そして、それより更に大きな音……手榴弾を蹴り飛ばした音だ。

 目も前を手榴弾が通り過ぎ、そして爆発。

 青い霧状の塗料が舞い散った。

 副長の後ろに控える海兵隊員が、コーナー・ショットと呼ばれる銃を取り出す。

 形状としてはアサルト・ライフルのように見えるが、銃床の先端に拳銃を取り付けた物である。拳銃を取り付ける箇所は可動式で、最大で九十度以上にまで折れ曲がる。L字に曲げられる銃床。その先端に拳銃が付いていると言えば判りやすいだろうか。

 拳銃の引き金は銃床部分で遠隔操作可能だ。照準用のカメラとモニターも装備されている……物陰から身を乗り出さずに射撃を行う、それを目的とした銃である。

 先端を折り曲げ、拳銃部分のみを通路へと突き出す。

 即座に、コーナー・ショットへとペイント弾が着弾した。

 破損の表示が空間投影される。コーナー・ショット破損の判定がユーリによって下されたわけだ。

 ……ここは俺が決めるか。

 ハミルトンが、そう思った矢先、向かいの通路へミカサが飛び込んできた。

 副長ら海兵隊主力に向け、銃声が一度かのように聞こえる五連射を行う。

 銃弾は、全て天井に着弾した。一瞬早く、副長がミカサの腕を蹴り上げたのだ。

 だがミカサは怯んだ気配はない。

 リボルバーを手放すと、副長の足を掴む。

 次の瞬間、副長の身体が宙に舞っていた。

 掴んだ足を身体に(まと)わり付かせるように身をひねり、そして投げたのだ。

 だが、同時に銃声も轟く。

 投げられつつも、副長はミカサのヘルメットにペイント弾を着弾させていた。そして、受け身も成功させると素早く身を起こす。

「お見事。乱戦に持ち込めば数人は道連れに……そう思ったけど、上手くは行かないわね」

「一歩間違えば、半数が殺られてましたよ……戦闘機乗りでありながら、何故ここまで対人戦闘ができるんですか?」

 問われたミカサは、ヘルメットを脱ぐ……現れたのは、晴れ晴れとした笑顔だった。

「空戦における先読みの技術は、対人戦にも応用可能……無論、逆も(しか)り」

 理屈としては理解できるが、それが実践できるかは別問題である。

「俺がミカサ中佐を抑えるつもりだったけど、出てたら殺られてたな……」

「勝てるかは運次第……私も同じだ」

 副長の言葉にハミルトンは気づく。

 今の勝利。副長も危ない橋を渡っていたのだと言う事に。



 ミカサが殺られた……つまり退場した。

 その一報を聞き、船長は苦笑する。

 引く時間は十分あったはずだが、引かず戦い、そして退場。

「ミカサさんなら、何人か道連れにできると思ったんだが……」

 それが可能な腕がある事は知っていた。

 あの状況なら、引かず戦闘に突入する事も想定内だった。だが、時間を稼いだ上、何人か道連れにしてくれる。そう期待していたが、見事に外れた。

『集団の中に飛び込んだあと、副長との近接戦闘になったようです』

 ……なるほどな。

 ユーリの言葉に、船長は声に出さず呟く。

 小柄な身体を活かし、状況を掻き回す。その狙いを読んで、副長がミカサを抑えに入ったわけだ。

『防御側……立て続けに退場者が出ています。銃撃戦で三人、跳躍型手榴弾で五人まとめて退場していますね』

 時間稼ぎを買って出た航空隊の者達だが、白兵戦の専門家である海兵隊。その相手は荷が重いようだ。

 跳躍型手榴弾は、表面を弾力のあるゴム状の素材で覆われた手榴弾である。よく跳ね、遠隔操作で任意のタイミングで起爆できる。

 恐らく壁に当て弾ませ、航空隊員達が潜む通路へと飛び込ませて爆発させたのだろう。

「そう言えば、航空隊の連中……海兵隊の装備を、よく知らないんじゃないか?」

 航空隊は機動兵器を扱う手前、宇宙空間や大気圏内など拓けた場所で戦う事が圧倒的に多い。狭い艦内や要塞内での戦闘など、完全に門外漢だろう。

『知識はあったようですが、咄嗟に対応できなかったようです』

 ……そりゃ、そうか。

 船長は内心呟く。だが、航空隊の連中は時間稼ぎという役目は果たしてくれたようだ。

 海兵隊の進む先に、ジンナイが罠を張って待ち構えている。これで、海兵隊の数を一度に減らせるはずだ。

 ジンナイの二つ名は『紫電の悪魔』

 高速振動鞭を用いたワイヤー・トラップの使い手である。作動中の高速振動便は、紫電を纏う事から『紫電の悪魔』の二つ名を冠されたわけだ。

 ただ、問題もある。海兵隊はジンナイの手の内を知っているのだ。

 ジンナイのワイヤー・トラップは、初見殺しの側面が強い。手の内を知られたら、効果は半減する。

 ……ジンナイが粘れなかったら、そのまま押し負けるな。

 溜め息を吐くと、船長は立ち上がった。

 防御側は、特に作戦もなく個人なり集団なりで好きに行動している。船長自身が、そう仕向けたのもあるが、このままでは確実に負ける……それでは面白くない。

 だから、自ら出張り、揺さぶりを掛けてみるつもりである。



 迎撃に出た航空隊員達は、既に半数が退場している。

 彼らの動き自体は、悪くない。

 戦闘機を用いた機動戦とは言え、数多の死線を潜り抜けてきた猛者達だ。連携も上手く取れている。

 が、やはり白兵戦となると海兵隊には遠く及んでいないのだ。

 戦闘技術や連携だけではない。装備でも致命的に劣っている。

 物陰に隠れての射撃、それに特化したコーナー・ショットが使える海兵隊に対し、航空隊は拳銃ぐらいしか武器はない。

「何か気持ち悪いな……」

 通路が交差する場所。その角からコーナー・ショットを用いて航空隊を牽制しつつ、ケントは呟く。

 ここアスタロス海兵隊の中では一番経験は浅いが、それでも幾つもの死線を潜り抜けている。

 仲間の死も、何度も目の当たりにした。

 その経験から『気持ち悪い』という言葉が出たのだ。

 航空隊は訓練の上での負け戦。そう割り切っているようだが、だからと言って投げやりにはなってない。にも関わらず、この圧倒的なまでの戦力差を理不尽と思っているような気配も無い。

 ジンナイの指揮で動いているわけでは無いだろう。こんな馬鹿な戦術、ジンナイが使うはずがない。

 恐らく、航空隊は独自の考えで、こんな馬鹿な戦い方を行っているのだ。

 その考えが全く読めない。だから気持ち悪い。

 ……さっさと終わらせてしまおう。

 先程まで先陣を切っていた海兵隊のツートップ、副長と隊長のハミルトンは今は後方に下がっている。

 好きに判断して動け……言外に、そう言っているのだ。

「楽しんで戦えとは言われたが……正直、楽しくはないな」

 ……ボスは、楽しんで戦ってたけどな。

 副長とミカサとの戦いを思い出して、内心愚痴る。

 口にした通り、楽しくはない。クルフスの小型戦闘機械の相手と大差はない。が、彼らは感情のある人間で、この理不尽な状況に腹も立てていない。

 連中の後ろにはジンナイが控えている。海兵隊の鬼教官と言われた男で、ケントも、その腕前はよく知っている。

 ……大佐殿への一番乗り。俺が貰うよ?

 声に出さず呟くと、ケントはコーナーショットを壁際に置く。そして銃をアサルト・ショットガンに持ち替えた。

 アサルト・ショットガン……自動射撃できる散弾銃で、引き金を引き続ける限り散弾による連射が続く。

 込められた弾も、散弾を模したペイント弾だ。これで弾幕を張られたら、副長やジンナイのような達人であっても逃げ切れない。

 まずは、閃光手榴弾で目潰しを仕掛け反撃を封じる。その上で圧倒的火力で殲滅する。

 後ろに続く仲間に、閃光手榴弾を見せ作戦を伝える。

 副長とハミルトンは好きにしろと言わんばかりの態度だが、後ろに控える二人は黙って頷いた。

 静止を掛けない代わり、ボルトは静止を掛けようとする。が、二人の気配を読んでからの行動で遅い。だから、静止を掛けられる前に動く。

 ピンを抜いてから一秒で閃光を発するよう設定済みだ。

 通路へ投げ込むと、ほぼ同時に強烈な閃光が発せられる。

「迂闊に突っ込むなっ!」

 ボルトは叫ぶが、ケントは構わず突っ込んだ。同意した二人も一緒である。

 航空隊の半数は目が眩んで動けない状態だが、残りの半数は閃光弾の使用を読んでいたらしく仲間を置いて逃げ出すところだ。

 ……間違っちゃ事はやってないんだが。

 ケントは呟くが、その声は自らの放つ銃声で掻き消された。

 仲間を置いて逃げる……正しいが、同時に間違った行動だ。だから『気持ち悪い』という感情がつきまとう。ただ、何が『気持ち悪い』のかが説明できないのがもどかしい。

 まずは目が眩んだ航空隊員達に死亡判定をくれてやると、ケントは仲間と共に逃げた残りを追うべく駆け出す。

 撃たれた航空隊は、素直に倒れて死体を演じる。

 その事にケントは何ら疑問を抱かない。実戦ならば、撃たれた相手は死んで動かないのだ。

 だから訓練で撃たれ、死んでもいない者が素直に死体を演じる事にも一切、疑問は抱かない。

「罠だ、突っ込むなっ!」

 再びボルトが叫んだとき、ケント達は死体を演じる高空隊員達の身体を飛び越えていた。

 ……どんな罠があるってんだよ?

 疑問を持ちつつ着地。直後に足に何かが引っかかった感触。

 視線を落とすと細いワイヤーと、その先端には小さなピン。壁には粘着テープで固定された手榴弾……初歩的なブービー・トラップである。

「勝てない事は判ってたから、最初から相打ち前提だぜ?」

 死亡判定を受けた一人が身を起こして得意気に言う。

 直後に、手榴弾が爆発した。

「守る為なら死も(いと)わないか……」

 青い塗料に(まみ)れ、ケントは呟く。

 逆の条件だったら、自分も同じ事をやっただろう……例え実戦であってもだ。

 ……どおりで『気持ち悪い』ワケだ。

 張られた罠。そこに自分たちを誘い込むべく、航空隊は囮を演じた。

 それゆえ、航空隊の行動には違和感があったのだ。それをケントは『気持ち悪い』と感じていた。

 悔しくないと言えば嘘になるが、それでも腹は立たない。

 航空隊は自分たちの持つカードで、最大限の戦果を上げるべく策を弄した。彼らの方が、ケントら三人より上手(うわて)だった……それだけの事だ。

「警戒して(しか)るべきだったよ」

「ああ、全くだ」

 同行した二人が楽しげにぼやく。

御大(おんたい)……また、こういった戦闘訓練やってくれないかね?」

 ケントも楽しげに呟いた。

 ケント以下三名。死亡判定を受け戦線離脱である。

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