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虚空の支配者  作者: あさま勲


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25/71

25・男女

 タブレット形の端末を手に、ウィルは作物の育成状況を確認する。

 手を止め、ウィルは前髪を触る。

 赤茶けた色の髪は、短めに刈り揃えてある。以前は長かったが、アスタロスに送り込まれる際、短く刈られたのだ。

 歳は十。遺伝子調整とホルモン投与によって成長を加速させ、圧縮教育で多くの知識と技術を叩き込まれたが、まだ幼い子供である。ただ、見た目だけは十代半ばの少年というだけだ。

 強がってはみせたが、髪を短く刈られた後、隠れてだが泣いてしまった。

 自分がアスタロスに送り込まれる事は、産まれる前から決まっていた。最も、自分だけが選ばれるとは思ってもいなかったが。

 本当は自分以外にも、大人の技術者が何人か送り込まれるはずだったのだ。

 だから、自分は一人だけ送り込まれる……そう決まった後も、隠れて泣いた。

 でも、もう泣かない。そう決めたのだ。

 溜め息を吐き、端末に表示される指示に従い育成状況の確認作業を再開する。

 一通り話を聞いただけでも端末ぐらいは扱える。記憶力は折り紙付きだ……そういう人間になるべく遺伝子操作され産まれたのだ。

 全く同じ遺伝子を持つ兄弟は何人も居たが、狙い通りの才能を得られたのは自分だけだそうである。実感はないが、自分は故郷である『忘れられた中継点』が造り出したサラブレッド、その最高傑作らしい。

 失敗作たる兄弟達は、早々に見切りを付けられ幼い内に『廃棄』された……育てられるリソースの確保が不可能だったのだ。

 身体強化もしている手前、ウィルと、その兄弟達は一般の住人より多くの食料を必要とする上、教育にも人手が必要である。『忘れられた中継点』で確保できるリソースでは、ウィル一人を育てるだけで精一杯だったのだ。

 だから、ウィルの背負った責任は重大である。

 その自分が、今はアスタロス船内で水耕農場での雑用である……アスタロス船長、直々の命令だった。

 どうも船長は、自分に水耕農場の扱いや、作物の育成方法を憶えさせたいらしい。そして、技術を身につけたら水耕施設を付けて中継点へ送り返す……そう考えているようだ。

 この件に関し、副長は何も発言していない。

 真っ向から船長と対立し、中継点の者達をアスタロスに受け入れる……そう宣言した副長が、信じ難いほどにウィルに無関心なのである。反面、船長がウィルを気に掛けてくれており、副長は一歩引いた態度で船長と接している。

 格納庫で見た一触即発の状況。その影は、今は船内のどこにも感じられない……副長の態度から察し、事前の打ち合わせ通りに対立を演じてみせた、と言ったところだろう。

 副長の、自分へ無関心ぷりから察し、発案者は船長だ。

 中継点からの要求を最低限に留めるべく、あえて目の前で対立を演じてみせた……そんなところだろう。

 ……長老。貴方の見立て通り、船長はお人好しだ。でも、相当な食わせ者だぞ?

 声に出さず呟いてウィルは笑う。無理矢理、笑う。自分を奮い立たせるために。

 世話役を任されたユーリから聞かされたが『忘れられた中継点』が発見されるよう、船長は二重の策を巡らせたそうだ。

 天道中継点で騒ぎを起こし注目を集め、その上で『忘れられた中継点』のあるN3星系へと向けて空間跳躍を行ってみせたそうだ。

 一般的な恒星船は、跳躍毎に推進剤の補給が必要になる。

 だから、N3星系に推進剤の補給拠点が在ると考える者が出てくるだろう。

 実際、過去に最短航路の計画が立ち上がり、補給拠点である中継点が作られたという記録が、天道中継点には残されていたそうだ。

 恐らく、誰かが気づくはずだ。

 そして天道中継点にはアスタロスの協力者も居る。だから、最悪でも協力者を介し『忘れられた中継点』の存在に気づかせる事ができるとの事だ。

 つまり、ウィルは何もしなくとも、中継点に手が差し伸べられる状況が、お膳立てされているわけだ。

 長老は、アスタロスを後ろ盾に中継点の自治と独立を維持したかったようだが、今のウィルには故郷の自治や独立などに固執する気は無い。

 自分たちは、二百年も外界と遮断された閉鎖環境に閉じ籠もっていた田舎者である。いっそ、相手に取り込まれてしまった方が、故郷の者達は幸せになれるはずだ。

 ライフラインが徐々に失われ、全滅へのカウントダウンが始まった頃、アスタロスが中継点を訪れ救われたのだ。最悪と言える状態を知っている者達も多い。だから、多少の逆境など気にもしないはずだ。

 天井を見上げ、溜め息を吐く。

 送り込まれて早々に、ウィルは自分の成すべき最低限の義務が果たされていた事に気づいたわけだ。

 肩の荷が下りたと同時に、新たなる問題に直面する。

 このアスタロスに留まりたいのだ。

 世界は無限に広がっている。それを知ってしまった。

 だから、可能な限り、その広い世界を見てみたい。故郷に送り返されてしまっては、その広い世界が見られなくなってしまう。

 ……知らなければ、あの狭い『忘れられた中継点』でも幸せに暮らせただろうに。

「問題は、オレが、どうやって幸せになるかかな……」

 ウィルは呟く。

 一人称はオレ……そう叩き込まれた。

 人前では意図して低い声を出しているが、今の呟きは地の声だ。声変わり前の男の子の声……ではなく、少女の声である。

 海賊船なら男社会だ。身を守る為にも男を演じろ。そう言われたので男を演じてみたが、このアスタロスの男女比は女の方が多かった。

 流石に戦闘に関わる部署は男が中心だが、裏方は、ほぼ女である。 

『とりあえず、性別を偽るのを止めてみたら如何でしょう?』

 端末から唐突にユーリの声。

 ユーリが四六時中、自分を見張っている事には気づいていた。手渡されたタブレット形の端末、そして船内に隈無く配置されたセンサーによって、船内の状況は常に把握されている。その気になれば見張る事など容易だろう。

 このユーリ。最初は複数の人間が機械音声を介し、交代でユーリという人物を演じているのかと思ったが、どうも違うようだ。

 しゃべり方の癖などが常に一貫している上、以前した話を持ち出しても完璧に内容を憶えているのだ……それが船内時間の真夜中であっても。

「性別を申告した憶えはないよ?」

 世話役だというのに、ユーリは声だけでしか干渉してこない。渡されたタブレット形端末を介し、声だけでの干渉である。

『男である……中継点側は、そう申告してきましたが、ウィル自身は性別を宣言してませんね。とは言え、中継点側が男と申告した事は知っていたはずです』

 無論、知っていた。男として振る舞うように育てられたのだ。

 場合によっては『女』である事を活かせとも『方法』も交えて教えられた……幸い、無駄に終わりそうである。

「何時、気が付いた?」

『最初、アナタを見た瞬間から。船長や副長も、アナタの性別には気づいてますよ?』

 まだ、一見して判るほどの性差は身体に出てはいないはずだ。胸もホルモン投与で、ふくらみを抑えてある。

 そこまで考え、唾液を採取された事を思い出した。

 唾液と剥離した口内粘膜から、DNAを解析したはずだ。なら、既に性別は判明している。あえて男を装う必要も、もう無いわけだ。

「見ただけで判るんだ……」

『骨格が女性でした。成長を加速させたため、性差が早く表れたのでしょう。船長と副長は、直感的に性別を見抜いたようですね』

 アスタロスに最初入ったときは、体型を隠せない服を着ていた……材料の布は、貴重品なのだ。とは言え、身体に性差は出ていないと安心していた。が、ユーリは骨格レベルで性別を見抜いたわけだ。

「ユーリって何者なの?」

『このアスタロスの中枢電脳……いわゆる人工知性体です』

 人工知性体。いわゆるAI……人工知能の発展系といった程度の認識しかウィルにはない。

「嘘でしょ? 中継点にもAIはあったけど、よく会話が成立しなくなったし……ユーリは、そんな事ない」

 中継点のAIは複雑な言い回しが理解できず、よく表現の簡素化を要求された。

 学習能力はあるが、記録容量が限界に達してしまったため、容量確保のため言語関係を初期化し、新たに言葉や言い回しを学習できないよう再設定したのだ。

 だが、例え言語機能の初期化が無くとも、ユーリのような受け答えは無理だ。コンピューターは、人間の脳とは根本的なレベルで異なっている。

『中継点のAIは直列コンピューターで動いてましたね。私を機能させるコンピューターは、いわゆる電脳。人間の脳内にある神経細胞網、ニューロン・ネットワークを機械的に模倣した、いわばニューロ・コンピューターです。そのニューロ・コンピューターが自我に目覚めた……それが私です』

 ウィルには、ユーリの言っている言葉の意味が分からない。絶対的に知識が不足しているのだ。

 それが、すごく悔しい。同時に、すごく嬉しい。

 この世界には、自分の知らない事が山ほどある。それを知る事のできる場所に、今は居るのだ。



 何故、また自分が。

 そう思いつつ、イリヤは水耕農場へと向かう。

 軍隊時代の階級は一等大尉で、今はアスタロスの砲術長。操船関係においては船長副長に次ぐ立場にあり、実質的には船のナンバー・スリーである。

 いわば、お偉いさんなのだ。

 そのお偉いさんに命令したのは船長である。ごねて条件を呑ませた結果、左の頬に大きな痣。

 痛む左の頬を抑え、イリヤは嬉しそうに笑う。そして気を引き締めると、農場へと入った。

 水耕農場の中には、作物の植わった無数の棚。菜っ葉類の畑である。

 時間的に、確認作業を八割終えたあたりの場所にウィルは居る……そう思っていたら、ウィルは休憩用のベンチに座り、目の前に投影される膨大な文字列を眺めていた。

 文字列は、結構な速さで流れている。恐らく、速読で読んでいるのだろう。

 イリヤに気が付いたのか、ウィルは慌てて立ち上がって敬礼した。

「別に良いわよ。ユーリが許したって事は、言われた作業は終わらせたんでしょ?」

 はっきり言って、する必要もない作業だ。

 そもそも、船内の水耕農場は完全に自動化されている。機械のメンテすらも自動化されており、人間の手が必要になる事は滅多にない。

 船長がウィルに農場の確認作業をやらせたのは、水耕施設とは何かをウィルに理解させるためである。

 中継点にあったクロレラやミドリムシの培養槽との違いを知って貰おうと言ったところだ。あと、手癖の確認である。

 ウィルのいた中継点では、藻の一種を主な食料にしていたのだ。だから野菜は貴重品である。滅多に口にできない野菜を目の前にして、手を出さずに我慢できるか? それを見極めようと言った思惑もあった。

 が、手を付けた気配はない……ユーリが常に見張っている事に気づいていたからかも知れないが。

「ホントに、アスタロスって凄いんだな……」

 水耕農場は、アスタロスのオマケみたいな物だ。

 真に重要なのは心臓たる対消滅炉。星の海を渡るための翼である推進機関。頭脳であるユーリ。そして敵を打ち砕くための牙たる光子砲に電加砲だ。

 だが、それを説明してやる気はない。

「この農場はオマケみたいなモノよ?」

「ユーリって、ホントに凄い!」

 食べ物ではなく情報に食いついた。この状況に、イリヤはウィルへの認識を改める。

「元々は、戦艦パラス・アテネの中枢電脳だったのを移植したのよ。サイレンにあった最高の人工知性体……それがユーリよ」

 だから、凄いのは当たり前……とは口にしない。

 船長もユーリには絶対の信頼を置いている。提示して良い情報と悪い情報の区別も人間以上にできるのだ。だからユーリから情報を引き出す分には好きやらせて良い。

 そんな事を考えつつ、出入り口を指さす。

「次は何を?」

「裸の付き合い」

 使える水の限られた中継点に居たためか、ウィルは身体の洗い方を知らないようだ。シャワーで中途半端に身体を濡らしたためか、かえって臭うようになってしまった。

 だから風呂に入れろ……そう船長に言われたのだ。

「あの……オレ、実は女なんだけど?」

 知ってる。船長から聞かされたときも特に驚かなかった……そもそも関心を持たなかったのだ。

 だが、この慌てたようなウィルには、少しばかり悪戯心を擽られた。

「アタシは男だから問題ない」

 無論、嘘である。

 数秒ほど絶句した後、ウィルは意を決したように口を開いた。

「初めてなので到らぬ点もあるかと思いますが……」

「冗談よ。お風呂……身体の洗い方を教えてやれって」

 そう言って、まだ痛む頬を抑える。痛むのは頬だけじゃない。身体の何カ所かに打ち身もあった。その痛みが、今は愛おしい。

 その後、アスタロスの大浴場で、イリヤの身体に刻まれた打ち身の痕を見てウィルは驚いていた。それ以上に、イリヤの左手が義手である事にも。

 イリヤは」左肘から先が、黒いセラミックスでできた精巧な義手になっている。負傷後、再生不良で左腕が元通りにならないまま再生層から出されたのだ。

 が、この腕は生身の腕より都合が良い。だから、このまま使い続ける。

 大浴場では、ナルミとも一緒になったが、ナルミも同様に義手に驚いていた。

 ウィルは、痩せており男のような胸板だったが、やはり女だった。

 そのためか、何故か大浴場に詰めかけていた厨房係の女子達が落胆していた。可愛い男の子が入った……そう噂し、なにやら期待していたとの事である。

大浴場での会話より抜粋


ナルミ「ウィルって、そうは見えないけど十歳なのよね?」

ウィル「だよ。だから二人にはある大人の毛が生えてない」

ナルミ「あたしより年上だと思ってたのに……」

ウィル「ナルミは十三だったよね……イリヤ大尉は外見的にオレと同い年に見えるけど幾つ?」

イリヤ「三十二」※マジです。


(注)ウラシマ効果の影響も考慮し、主観時間による年齢です。

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