24・『海魔』現る
全長四千八百メートル。重量一億トンに迫る巨艦『パラス・アテネ』の艦橋で、艦長のスワ中佐は不快気に溜め息を吐く。
あのクルフス第十三艦隊を震え上がらせた『元帥閣下の親衛艦隊』その旗艦が、今はクルフス艦に、無防備な横腹を晒しているのだ。
無防備な腹を晒しているのは、パラス・アテネだけでは無い。親衛艦隊の主力を務めた十隻のアルテミス級も、同様に無防備な横腹を晒していた。
アルテミス級は、全長一千メートル、重量百八十万トンの戦艦で、艦隊を組んでの一撃離脱戦法を得意とする典型的なサイレン艦である。
サイレン三元帥が第二位。『百戦無敗』の異名を持つT・ガトー元帥の乗艦であった、このパラス・アテネ。そして親衛艦隊も、今はクルフスの軍門に降り、今回、編成された懲罰艦隊の主力を担う事になる。
相手は、サイレン・クルフス戦争で逃亡し、場末の中継点を乗っ取り、犯罪行為に手を染めたクルフスの逃亡兵達だ。
所詮は逃亡兵であり、はっきり言って過剰な戦力と言える。
が、今回の任務は、クルフスに帰順し、その軍門に降ったサイレン軍人が信用に足るかの見極めが目的なのだろう。だから、過剰な戦力は納得できる。
問題は、状況から察し、明らかに連中は元サイレンの将兵を信用していない事である。
腹を晒させた上、レーダーや無人観測機を配置しての監視だけなら、まだ構わない。
旧親衛艦隊に睨みを利かせるクルフスの巨艦。戦艦フィアレスは、赤外線放射という形で膨大な熱を宇宙空間に放出している。他、フィアレスを取り巻く五隻のセイント級も同様に膨大な熱を放出していた。
対し、元サイレンの艦艇の放熱量は微々たる物だ。
軍艦の動力炉である核融合炉は、恐ろしく反応が悪い。それ故、戦闘時の出力調整など、できた物ではない。
だから、戦闘突入前に出力を最大にまで上げ、余剰エネルギーは廃棄するという形になる。そしてフィアレスは現在、赤外線放射という形で膨大な熱量を廃棄していた。
つまり、今のフィアレスは、臨戦態勢で元サイレンの艦艇を見張っているわけだ。
不審な行動を取れば、即、沈めてやる。言外に、そう言っているわけであり、クルフスは、軍門に降ったサイレン系の軍人を欠片も信用していないのである。
戦艦フィアレス……フィアレス級の一番艦、つまりネームシップである。
フィアレス。直訳すれば不敵、もしくは恐れ知らずとなり、サイレンや帝国スメラの呼び方に倣うのであれば『不敵級』となる。
サイレン・クルフス戦争の以前に作られた旧型艦ではあるが、当時、人類圏最強最大を謳っていた巨艦である……対サイレン戦争で、第八艦隊の旗艦を務めていたのだ。
無論、このパラス・アテネより大きく、全長六千五百メートル。その重量は二億トンを超えている。
全身無数の砲を纏った艦で、最大砲の威力だけならパラス・アテネが勝っている。だが、一対一での潰し合いを行った場合、このパラス・アテネですら押し負けるような化け物である。
だから、動力炉の出力を上げずとも、この場にフィアレスが居るだけで、十分、牽制という目的は果たせるはずなのだ。
フィアレスを取り巻くセイント級は、アルテミス級と同規模の艦だ。セイントとは聖闘士の意である。
クルフスの主力艦ではあるが、全身に砲を纏った浮き砲台的な特性を持つクルフス艦は、同規模のサイレン艦には火力面で大きく劣るため容易く蹂躙されてしまう。
だから、セイント級が警戒し、戦闘出力を維持したまま待機する事は、乗員の心情的に理解はできる……が、銃口を突きつけられている側の心情も考えて貰いたい。
何より、今は同じ艦隊に属するする味方なのだ。
「こちら、戦艦パラス・アテネ艦長のスワ中佐だ。フィアレスやセイント級の警戒態勢を解除して欲しい。おかげで、兵達の士気が大いに下がっている」
戦艦乗りは、馬鹿には勤まらない。
自分たちの置かれた環境からも、全く信頼されていない事には気づいているだろう。これでは、士気など保てた物ではない。
『すまないが、艦隊司令であるブラス准将の命令だ。私も止めたが、聞き入れて貰えなかった』
副司令官であるエスティーノ大佐からの返信である。
てっきり黙殺されるかと思っていたスワ中佐は、謝罪つきの返信に少しばかり驚いてしまう。が、返信の有無に関わらず、こちらの要求は伝える前提だったのだ。
「では、動力炉の出力を上げさせて欲しい……間もなく出航のはずだ」
出航後、足並みを揃えて空間跳躍を行う。そのためには、膨大なエネルギーが要るのだ。その確保のため、動力炉の出力を戦闘出力まで上げる必要がある。
間もなく出航である。黙っていても動力炉の出力を上げるように命令されただろうが、その前に、こちらから先手を取って要求したのだ。元サイレンの将兵には、このパラス・アテネが司令部に要求を通したと映るだろう。
小手先の誤魔化しではあるが、そう見せかける事ができたならば部下達の不満の捌け口にできる。
『予定に変更が生じた。出航は十二時間ほど遅れる。動力炉の出力も、指示があるまで決して上げるな。不穏な動きを見せれば、即、撃沈する』
『ですが准将っ!』
一方的に通信が打ち切られるが、直前にエスティーノ大佐の発した静止の声が混じる。
「所詮は、寄せ集めの艦隊か……」
スワ中佐は、思わずぼやく。
副司令のエスティーノ大佐は、元サイレンの軍人に同情的なようだが、司令官のブラス准将は、当初サイレンと戦った第八艦隊の所属である……対サイレン戦にも加わっていたのだ。
元サイレン将兵に対する印象は最悪だろう。
第八艦隊がサイレン本星を破壊した事で、戦争を泥沼化させる原因を作ったわけだ。
そして、本星を失い、復讐に駆られたサイレン艦隊によって、第八艦隊は半壊状態になり撤退した。おかげでクルフス国内での評価も失墜している。
その泥沼化した戦争を、第八艦隊より引き継いだのが、汚れ仕事専門の艦隊である第十三艦隊だった。
第十三艦隊は、クルフスの辺境出身の軍人や、他の艦隊で疎まれ、はじき出された者達で構成された艦隊ではあったが、辺境出身者達の士気は高かった。
自分たちの戦いが、故郷の地位向上に繋がると信じ奮戦し、不完全ながらもサイレンを屈服させた。
おかげで第八艦隊は、その下がった評価を上げるため、こうやって本来は第十三艦隊が行う『宇宙の掃除』と言ったケチな仕事を請け負っているわけである。あげく、評価を下げる原因となった者達と、混成艦隊を組む事となった。
……それが、艦隊司令であるブラス准将には気に入らないのだろう。
付け加えるなら、その『掃除』の対象が、自分たち元親衛艦隊にも向けられそうな気配すらある。
あえて、元サイレンの軍人達を刺激し、反乱を誘発させる……流石に、それは無いだろうが、色々と難癖を付け評価を下げにくるだろう。
これに関しては、ブラス准将に意見したエスティーノ大佐に期待するしかない。が、期待薄だ。
良くない兆候である。
そう思い、スワ中佐は溜め息を吐いた。
クルフス側の艦隊司令部ですら、足並みが揃えられないのだ。戦力的に負けはないだろうが、色々と覚悟した方が良さそうである。
「ミドー大尉……フィアレスに乗ってますが、大丈夫でしょうか?」
艦橋要員の一人が呟く。
ミドー大尉は、かつてガトー元帥の副官を務めた女性士官である。他、何人もの人望のあったサイレン士官が戦艦フィアレスに乗っている……つまり、元親衛艦隊に対する人質と言うわけだ。
その人質を取って、なおかつ艦隊司令部はサイレンの将兵を信用していないのである。
「我らが大人しくしている限り問題ない……つまり、大丈夫だ」
クルフスの軍門に降ったのは、自分たちだけではない。多くの同胞達も、クルフスの軍門に降ったのだ。
迂闊な行動を取れば、その同胞達の立場を悪くする事になる。
何より、あのガトー元帥は、この戦争を終わらせる為だと、そう言って特務大佐への降格を甘受したのだ。
ガトー元帥は、自分が徹底抗戦を主張するタカ派の御輿に担ぎ上げられていた事を自覚していた。だからこそ、降格を受け入れる事で自ら御輿から降りたのだ。
三元帥が仲間割れを演じる事でサイレンを分裂させ、そして戦争続行を不可能にした。そうガトー元帥本人から聞かされた。
だから、親衛艦隊はクルフスに投降し、そして帰順したのだ。
現在も抗戦派の残党が、必死になってガトー元帥を捜してはいるらしい。が、未だ見つかっていないようだ。間違いなく、元帥自身が自ら抗戦派と距離を取ったのだろう。
既に死んでいる可能性は一切、考えていない。
敗走するサイレン本隊とは、全く別方向に跳躍する戦艦イシュタル。その空間波紋を、このパラス・アテネで観測したのだ。
だから、ガトー元帥は生きている。そう、スワ中佐は確信していた。
元帥が合流しなければ、潜伏した抗戦派は象徴となる御輿を担げず、段階的に求心力を失って自然消滅するだろう。
元帥自ら距離を取っているのだ。抗戦派にしてみれば酷い裏切りではあるが、そうやって抗戦派を騙さなければ、まだ戦争は続いていたはずだ。
……戦争が終わったら、船乗りになるよ。星々を巡り、いろんな世界を見てみたいんだ。
パラス・アテネを降りる際、ガトー元帥は、そう自分に楽しげに語ったのを憶えている。
まだ火種は残っているが、サイレンの戦争は一応、終わったと言える状態になった。
……と言う事は、閣下は、どこかで船乗りをやっているのだろう。
スワ中佐は、かつての上官を思い、寂しげに笑う。
できれば、自分も元帥と同じ場所に居たかったのだ。
『海魔』現る。
その一報を聞き、エスティーノ大佐は、ブラス准将がパラス・アテネとの通信を一方的に打ち切った本当の理由を悟った。
歌声で、舟を暗礁へと誘う海の魔物セイレーン……その英語読みがサイレンである事から、サイレン艦は『海魔』などと、クルフス側から呼ばれていた。
潜宙しての待ち伏せ。これが戦争初期のサイレン艦の基本戦術であり、それ故にサイレン艦を『動く暗礁』などと呼んでいた事にも起因している。
この戦術により、当初サイレンと戦ったクルフス第八艦隊は半壊状態に陥り、第十三艦隊に対サイレン戦の任を奪われたのだ。
この戦術を多用した艦隊司令に対し、第八艦隊が冠した二つ名。それが『海魔』である……艦隊司令の二つ名が戦いを引き継いだ第十三艦隊の中で、サイレン艦の別称として定着したわけだ。故に、その司令官は『海魔の王』と二つ名が格上げされた。
その『海魔の王』が、サイレン三元帥が第二位。T・ガトー元帥である。
本人が乗っているかは不明だが、その最後の乗艦である戦艦イシュタル。そのイシュタルがディアス多星系連邦に属する天道中継点で確認されたと報告が入った。
もし、イシュタルにガトー元帥が乗っていたら、元サイレンの将兵達は浮き足立つだろう。いや、乗っていなくても、あのイシュタルが確認された、その事実だけで十分だ。
この懲罰艦隊の過半数が元サイレン艦、しかもガトー元帥の近辺を固めた艦で占められているのだ。
主立った者達は、ガトー元帥の子飼いの部下達だったのだ。条件次第では、反乱を起こしイシュタルと合流する可能性も考えられる。
だから、この事実は可能な限り、元サイレンの将兵達には伏せておく必要がある。
「逃走兵たちの使っていたサンダークラップ級を爆破か……」
イシュタルの姿を衆目に晒した上での行動らしい。
この一連の行動。自身の生存をアピールするためかも知れない。とすれば、潜伏中のサイレン残党が騒ぎはじめるだろう。クルフスに帰順した元サイレン将兵も同様だ。
……このまま退却か。
エスティーノ大佐は、内心ぼやく。
今回の任務は、来る帝国スメラとの戦争に向けて元サイレンの将兵が使い物になるのか。その見極めの意味も込めた予行演習だったのだ。
が『海魔』が現れたのなら、このまま作戦を続行というわけにも行かない。ただの『海魔』なら続行しただろうが、あの『海魔』には『海魔の王』が乗り込んでいる可能性もあるのだ。
『海魔』の現れた天道中継点。そこでの報道も記録、圧縮され超光速通信で転送されてきている。
乗員を全員逃がした上で、船を爆破したと天道中継点のマスコミは報じていた。そして、乗員が使った脱出カプセルからは大量の麻薬が見つかったとも。
表向きにはレアメタルの運搬船を名乗っていたので、その積み荷を狙ったのでは? そのような憶測が述べられている。
ディアス多星系連邦の天道中継点。そこにあるクルフスの出先機関が、中継点の報道を丸ごと転送してきたのだ。
報道の中には、戦艦イシュタルの映像もある。
最後に確認した際にはなかった、艦首を覆う巨大な銀色の女神像があるが、それ以外の特徴はサイレン分解直後の記録と同じである。
あんな目立つ女神像を飾っての行動。あのガトー元帥が本格的に活動を再開する宣言なのだろう。
それにしても、腑に落ちない。
なぜ最新鋭艦であるイシュタルに、こんな無意味とも思える行動を取らせたのだろう?
サンダークラップ級は、既にクルフスでは数えるほどしか残っていない旧型輸送艦である。サイレン艦を扱う身としては、積み荷も含めて艦に価値を見出せなかったのだろう。だから、爆破した……それは解る。だが、こんな衆目の集まる場所での行動までは、完全に理解の範疇を超えていた。
溜め息を吐いて、エスティーノ大佐は全ての考えを振り払った。
自分は軍人……つまり将棋の駒である。差し手の思惑通り動けばよい。考えるのは差し手の仕事だ。
かつてのサイレンとの戦争も、差し手なりの思惑があって継続されたのだ。
サイレンとの戦争が始まって以降、鹵獲したサイレン艦を解析し技術を取り込む事で、クルフスの技術力は大幅に向上した。
第八艦隊がサイレンを帝国スメラと誤認したあげく、徹底抗戦の構えを取らせる切っ掛けを作ったわけだが、おかげでサイレンの持つ高い技術力をクルフスに取り込む事ができたわけだ。
サイレンと帝国スメラの技術力は、ほぼ同等。超光速粒子タキオンを利用した通信技術を持つ分、帝国スメラの方が進んでいるとも考えられた。
だから、本来の相手である帝国スメラと戦っていたら、クルフスは一方的に負けていたかも知れない。サイレンの技術力は帝国と同等かも知れないが、国力では帝国スメラはサイレンの遙か上を行くのだ。
帝国スメラは人類圏の四分の一に渡る広大な宙域を支配下に置く巨大な国家。対しサイレンは、一つの星系のみで構成される、いわば単星系国家。その国力差は比較する事すら馬鹿らしくなる。
結果的に、国力差でネジ伏せられるサイレンと、まず戦った事は、クルフスにとって幸いだったと言える。おかげで、サイレンの技術を取り込む事で帝国スメラとの技術格差を狭める事ができたのだ。
その結果、間もなく行われる帝国スメラへの大侵攻を、より有利に進められるわけだ。
「統合司令部は、この懲罰艦隊に、あの『海魔』を押さえろ……そう言ってきた」
「我々に……ですか?」
ブラス准将の言葉に、エスティーノ大佐は思わず問い返す。
ガトー元帥が乗っている可能性が極めて高い戦艦イシュタル。その捕獲に、ガトー元帥、子飼いだった将兵達を使うのだ。諸々の意味でリスクが高すぎる。
「サイレン艦は足が速い上、行き先も読めません。イシュタルはサイレンの最新鋭艦で足の速さは折り紙付き……追い切れませんよ?」
本音を避け、その上で追わずに済ませる方便を探す。
実際、クルフス第十三艦隊は、イシュタルを満足に追跡する事ができなかったのだ。この懲罰艦隊でも、追跡は無理だろう……捕捉できるかすらも怪しい物だ。
「あのジーン・オルファンが、目的地は我らと同じだと情報を回してきたそうだ。帝国スメラにとっても『海魔の王』は邪魔者らしい」
ジーン・オルファン……孤児ジーン。その名は知っている。クルフスの上層部では知られた名前で、腕利きの諜報員である。
帝国出身だが、クルフスの出先機関に雇われ工作員をやっていた男だ。だが実態は、帝国の二重スパイだったと思われる。
断定できないのは、帝国が諜報戦を苦手とする国で、他にスパイらしい者を確認できていないためだ。
一度は帝国を売ったが、翻意した可能性もある……が、どちらにしても同じだ。
ジーン・オルファンは、クルフスにとって許し難い裏切り者であると言う事実は変わりはない。
「信じるのですか?」
「統合司令部は信じた。その上で、我らに、その任を与えたわけだ」
空振りならば、それで構わない……そう言う事なのだろうが、もし本当に、イシュタルと遭遇した場合、帰順したサイレン将兵が過半数を占める、この艦隊では、リスクが高すぎる。
「この懲罰艦隊の主力は、元サイレン艦……しかも『海魔の王』ガトー元帥お抱えの親衛艦隊です。イシュタルに、あのガトーが乗っていた場合、寝返る可能性もありますが……元サイレンの将兵に、この件を通達し、戦うか否かの決断をさせましょう」
大半が、戦闘参加を拒否するだろう。だが、それでも構わない。相手は一隻だ、残されたクルフス艦だけでも十分に対処できる。
帰順したサイレン軍人は、真面目で任務には忠実だ。が、かつての上官と意図せず戦場で相まみえた場合、その場で寝返る事も考えなければならない。
だから事前に情報を開示し、戦いに参加させない方針で行くべきだと判断したのだ。
「このまま行けと。第十三艦隊からアウスタンドを回すから、現地で合流して共闘しろとな……馬鹿にしおって」
ブラス准将の不機嫌な言葉に、エスティーノ大佐は統合司令部は元サイレン将兵達が寝返る事を期待している、そう感じた。
恐らく、帰順した元サイレン軍人達の力を削ぎ隔離する、その口実にしたいのだろう。
ガトー元帥に対する人質の意味もあるかも知れないが、それにしてもリスクが高すぎる……だからアウスタンドと合流させるのか。
エスティーノ大佐は大きく溜め息を吐く。
アウスタンドは第十三艦隊旗艦を務めるインビンシブル級の三番艦だ。対サイレン戦で、数多の戦果を挙げた勲功艦でもある。乗員の練度を考えると、インビンシブル級、最強の艦と言っても過言ではない。
現在、帝国スメラの植民地惑星、トミグスク奪取のため第十三艦隊が集結中だ。そこから戦力を割いたのだろう。
インビンシブル級は、巨体故に小回りは利かない。が、一度の空間跳躍で長距離を飛び越えられる、つまり足の速い艦だ。アウスタンドだけなら、大した遅れもなく懲罰艦隊と合流できるのだ。
「旗艦であるアウスタンドを回すとなると、艦隊司令であるミルズ大将も出張ってきますね……」
ミルズ大将は、ガトー元帥とは浅からぬ因縁がある。まず出張ってくるだろう。
トミグスクに駐屯する帝国艦隊などは、たかが知れている。司令官の乗ったインビンシブル級が居なくとも、問題なく制圧できるはずだ。
「ああ、喜んで出しゃばってくる。末席である十三艦隊に、第八艦隊の一翼を担う我らが指揮下に入るとは……」
同じ艦隊司令であっても、ミルズ大将は第十三艦隊の総司令官。対しブラス准将は、小規模な懲罰艦隊の司令官。階級には大きな開きがある。
それが准将には面白くないのだろう。
だが、本当に『海魔の王』が居た場合、取り逃がすという事態だけはなんとしても避けたい。それが統合司令部の本音だろう。
サイレン軍人達がガトー元帥に冠した『百戦無敗』の二つ名。これは伊達では無いのだ。
未だ潜伏を続けるサイレン残党。彼らの抗戦の意志を挫くためにも、あの『百戦無敗』を屈服させる必要がある。




