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虚空の支配者  作者: あさま勲


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21/71

21・手合わせ

 あの船長は本当の船長ではない。

 あの副長は本当の副長ではない。

 食堂の壁面に投影される映像を見て、ナルミは思った。

 どちらも紛れもなく本人である。だが、本人らしくないのだ。

 副長は身体を張って船長を守った。それも、つい最近である。なのに何故、こうも、あからさまに船長と対立するのだろう?

 そして、あからさまに苛立たしげな船長にも違和感を憶える。

 ナルミが中継点で見てきた船長は、常に飄々(ひょうひょう)と構えている印象で、怒りや不快感など表に出しそうには見えなかったのだ。

 映像として見ているだけに、なにやら作り物めいて感じられる。

 何より、この船のツートップが、こうもあからさまに対立しているのに、厨房長は楽しげに映像を眺めている。

 ……つまり、こういう事だろう。

「これって、演技?」

「そう。閣下と副長で口裏合わせして対立して見せ、コイツらアテにできない。そう中継点の連中に思わせるのが狙いね……知らずに付き合わされてる海兵隊連中は大変だ」

 苦笑いしつつ厨房長は、壁の時計に視線を向ける。

 今、厨房で小豆を煮ている。その合間に、食堂まで出て厨房長は中継される映像を見ているのだ。

「半殺しか皆殺しか決まったら、教えてちょうだい?」

 そう言い、厨房長は立ち去ろうとする。

『副長には礼をしないとな……半殺しか皆殺しか?』

『そうですね……半殺しが七、皆殺しが三で、お願いします』

 厨房長の言葉に応えるかのように、船長と副長の言葉が中継された。

 副長の言葉に、食堂で映像を見ていた娘達が歓声を上げ、厨房長は苦笑いする。

「どっちかに統一してくれた方が楽なんだけどねぇ……」

 餅米の粒が無くなり、完全に餅になってしまった物が皆殺し。米の粒が残った物が半殺し……先程、厨房で聞かされた話だ。餡も同様に漉し餡は皆殺し、粒餡は半殺しと呼ぶらしい。

 つまり副長は、ぼた餅を七、土用餅……漉し餡と餅で作った餡ころ餅を三の割合で作れ、そう要求したわけである。

 全てに納得した事で、身体から力が抜ける。

 映像の中、中継点の者達が退場してからは、船長はナルミが見慣れた船長で……副長は、確信はないが、凄く怒っている気配がある。

 いや、凄くでは表現が足りないぐらいに怒っている。


『ぷっつん』


 そんな音をナルミは聞いたように感じた。

 耳で聞いたわけではない。心で聞いたのだ。

「アオエさん……凄く怒ってるわね」

 厨房長の言葉に、自分の判断は間違ってないと実感する。

 副長は大きく溜め息を吐いた。

『船長……もう、二度と、こんな頼みは御免ですからねっ!』

『いや、また、お願いするわ~』

 押し殺した怒り、それが籠もった副長の言葉。対し船長は気抜けするような口調……

 つまり、副長は船長の指示通り、踊って見せただけだった。

 そのネタ晴らしまで、副長は完璧に、こなしてみせたワケである。



 ……餡ころ餅だけじゃ、穴埋め出来ね~だろうなぁ。

 副長の様子を見ながら、船長は内心ぼやく。

 表情に全く感情は出ていない。だが、何故か激怒している事が空気から伝わってくる。

 ……養父のシモサカも、顔には出さないが、怒ってる事は空気で判ったんだよな。石頭も含め、血は繋がってないのに親父とそっくりだ……

 ぼやきつつ、船長は副長の評価を改める。

 素で最後の締めを演じて見せたあたり、副長は絶対に自分を裏切らない……そう確信できてしまったわけだ。

 ……この首、欲しければ手土産に持って行ってくれて構わないんだが。

 そうは思うが、その可能性はない。そんな確証なんて欲しくはなかった。だが反面、嬉しくもある。

 思わず溜め息が出る。

「この手の無理を頼める相手ってのは、副長しか居ないんだ」

 だから、最後の殺し文句を口にした。

「ならば、わたしの要求も呑んでください」

 副長の言葉に、船長は大きく溜め息を吐く。あっさり陥落はしてくれない。交換条件を副長は出してきたわけだ。

「出来る事なら、まあ呑むしかないわな……」

「では、生身での手合わせを」

 その言葉に、船長は、しばし考える。

「ベッドの上? ……俺は妻子持ちで身持ちは堅いんだが?」

 あえてズレた返事を返すと、海兵隊連中の空気が変わった。

 副長は美人で優秀で腕も立ち部下を無駄死にさせない……故に、海兵隊連中の一部には女神の如く崇められている。そんな副長を下ネタでからかったのだ。崇めてる連中は正気ではいられないだろう。

「御大。あまり、こういう場で、そう言う事は……」

 咎めるような口調のボルトを遮り、副長が口を開く。

「ご希望とあらば寝所でも、お付き合いしますが……道場での手合わせを、お願いします」

 ……これ以上、下ネタを交えボケをかますと海兵隊連中に撃たれるな。

 また無理を頼む事になる。その時の布石としても、副長の要望に応えておくべきか。

 そう思い、船長は覚悟を決める。

「手っ取り早く、ここで済ませようか……」

 野次馬に囲まれながら……なんて御免被る。ここにも野次馬は多数いるが、日時を決めての手合わせとなると、船の、ほぼ全員が集まる事になる。

 ……身体、(なま)ってるんだけどなぁ。

 内心、愚痴りつつ、踵を浮かせ半身に構える。

 察するに副長は、憂さ晴らしに船長をボコりたいわけではないようだ。単純に、船長の腕前を見てみたい、それだけだろう。何より、副長は船長が何者か知っているのだ。

「親父殿っ、俺も相手して貰えませんかっ!?」

 血相を変えたハミルトンの言葉に、船長は浮かせた踵を床に下ろした。

 ……もう、十年以上もハミルトンに稽古は付けてなかったな。

 心の中で船長は呟く。

 ハミルトンに格闘技の基礎を教えたのは船長である。幼いハミルトンを、一時期、船長が預かり面倒を見ていた時期があった。おかげで未だ自分を慕っている。

 だから先程、ハミルトンは副長へと銃を向けた……自分を守ろうと動いたわけだ。

 船長は大きく溜め息を吐く。

「二人も相手したくない……どちらか勝った方の相手をしてやる」

 ハミルトンの腕は確かだ。とは言え、勝つのは副長だろう。それに関しては確証がある。

 ただ、副長の腕の見極めと、今のハミルトンの技量を知っておきたかったのだ。

「優先権は、わたしにある……ハミルトンは諦めろ」

「ならば、力ずくで行かせて頂きます」

 ハミルトンの言葉に、船長は二人から距離を取った。

 それに呼応するかのように、海兵隊員たちも二人から離れる……どうやら止める気はないらしい。

 この二人は海兵隊、屈指の腕利きである。その勝負を見てみたいのだろう。

 まず、ハミルトンが動いた。

 先手を取って放たれたミルトンの上段蹴りである。

 副長は蹴りを腕で受けると、即座に開かれた股間を蹴り上げた。

「なんて事を……」

 誰かが呟く。

 船長、並びに観戦する男達は、目を背けたり顔を蹙めたりと……ハミルトンには同情的である。

 倒れたハミルトンは、股間を押さえ動く事もできずにいた。

「挨拶と小手調べを兼ねた蹴りだろうが……相手が付き合ってくれなきゃ、本気出す前に畳まれるぞ?」半ば同情気味に船長は言い、そして副長に視線を向ける。「金的ってのは、男としては見てるだけで痛いんだ……って、女に理解しろってのは酷か」

「武術の達人には、金的は効かない……そう聞いたモノですので試してみようかと」

 達人でなくとも訓練次第では、意識して急所を体内に収納できるようにはなる。いわゆる恐怖でタマが縮み上がる、その状態を恐怖という引き金無しで出来るようになるわけだ。

 ただ、金的が効きにくくなると言うだけで、全く効かなくなるわけではない。

「一応、加減して蹴ったみたいだが……勝負あったな」

「いや……まだ負けてない。ボス……髪を縛っておけ」

 ハミルトンは苦しげに身体を起こした。

 加減された蹴り故に、立ち直りも早かったようだ。

 髪を縛る……その長い髪が、視界を遮ったり掴まれたりしないようにしておけ。ハミルトンはそう言っているのだ。

「必要ない」

 副長は腕組みをし、ハミルトンへと視線を向ける。

 そのような事をせずとも勝てる。そう言いたいのだろう。

「外弟子とは言え、新古流、二代目当主、直々の指導を受けた。外弟子筆頭、エドワード・ハミルトン。腕も内弟子連中に負けちゃいないぜ?」

 新古流に外弟子筆頭などと言う肩書きはない。

 ハミルトンの名乗りに、船長は、やれやれと溜め息を吐く。

「新古流剣術、筆頭師範。シモサカ・アオイが直弟子にして新古流剣術、免許皆伝。シモサカ・アオエ……受けて立とう」

 副長の名乗りに、ハミルトンは慌てたようだ。

「免許皆伝って……親父殿っ!?」

 ……故人とは言え、シモサカは有名人だろ。提督としてだけではなく、剣術家としても名前は知られていたぞ?

 船長は内心ぼやく。

 そのシモサカ・アオイの養女が、副長ことシモサカ・アオエなのだ。

 副長自身、それを口にした事はないが、新古流の使い手の間では知られた話のはずだ。

 そこまで考え、船長はハミルトンが外弟子でしかない事を思い出した。そもそも、流派内の事情は詳しく教えてはいないのだ。

 ハミルトンは副長を格上の相手と認識したようである。おかげで気合い負けしていた。

 だから船長は言ってやった。

「格上の相手との戦い方は、教えたはずだ。実践してみろ」

 その言葉に、副長は一瞬だけ船長に視線を向けた。そして、自ら開始の合図を出す。

「では、始めます」

 その言葉と同時に、副長が動いた。

 滑るような足運びでハミルトンとの間合いを詰める。

 特別、速い動きではなかったが、ハミルトンは接近に気づけなかったようだ。

 横から見ている分には、何が起こっていたか知る事は難しいだろう。だが、船長には判る。あの技、船長も使えるのだ。

 特殊な足運びで、相対した相手に接近を気づかせない歩法。新古流の奥義『縮地』である。ハミルトンには、副長が瞬間移動でもしたかのように見えたはずだ。

 間合いを詰めると同時に、副長は次の動作に移っていた。

 大きな動作から繰り出される、左手を用いての打撃である。

 予備動作はあるが、接近に気づけなかったハミルトンには、回避は厳しいだろう。

 副長が床を踏みしめる大きな足音が響く。次に繰り出された掌打……掌による打撃がハミルトンの身体を捉える、その直前にハミルトンは跳んだ。

 全身を用いて紡ぎ出した力を、最大効率で打撃に乗せる。奥義『二打不要』の衝撃を、ハミルトンは身体を浮かす事で逃がそうとしたわけだ。

 ……後ろに壁があるって事は、失念してたみたいだな。

 船長は心の中でぼやく。

 数メートル後ろの壁面で背中を強打したハミルトンは、酷く噎せ返っていた。

「勝負あったが……もう少し遊んでやっても良かったんじゃないか?」

 船長の言葉に、副長は溜め息を吐く。

「こと格闘戦ではハミルトンの方が芸達者です。下手に長引いたら、逆にやられますね……だから、短期決戦を挑みました」

 訓練で副長とハミルトンが、まともに手合わせした事はなかったはずだ。だが、格闘術の指導は主にハミルトンがやっていた……だから、手の内を知られていたのだろう。

 反面、ハミルトンは副長の手の内を十分に知らなかったわけだ。

 ……お互いの手の内を知っていれば、ハミルトンは良い勝負できたかもな。本腰入れて仕込んでやれば、副長にも勝てただろう。

 その考えを船長は振り払う。

 惑星をも砕く戦艦が、光より速く星の海を渡る。そんな時代に武術など大して役に立たない……だから、もう武術指南などしない。そう決めたのだ。

「では船長、剣術にて手合わせをお願いします。道場にてお待ちしますので」

 ……剣じゃ俺、勝てないぞ?

 副長を見送りつつ、声に出さずぼやいた。

 シモサカは剣だけなら自分より強かった。そのシモサカが、自分と同等の腕がある、そう評したのが副長なのだ。

 ハッキリ言って、試合形式の勝負では厳しい相手だ。

「親父殿……さっきのアドバイス。見事なまでに裏目に出たよ」

「そりゃ、オマエがヘボだからだ」

 愚痴るハミルトンを突き放してやる。

 ハミルトンは、副長の名乗りにあった免許皆伝の言葉に呑まれていた。それ故、相手を見極める目が曇ったのだ。つまり心理戦に負け、術中に填ったわけだ。

「親父殿が、ちゃんと新古流、教えてくれなかったから……」

「教わりたければジンナイに頼め」

 大佐殿ことジンナイは新古流格闘術の師範である。

 ハミルトンの言葉に応えながらも、船長は考えていた。

 副長の放った『二打不要』……動作が大きく動きに無駄も多い。恐らく我流で再現したのだろう。

 だから、然るべき指導を行えば、ハミルトン同様、もっと強くなる。

 そして船長は我に返る。

 もう、武術指南はしない……そう決めたのだ。

 副長との剣術勝負も、約束だからするだけだ。

 そう自分に言い聞かせつつ、船長は副長の後を追う。

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