2・天道中継点
宇宙港の大通りは船乗りたちで、ごった返していた。
大通りと言っても、ここを出入りするのは主に人だ。船への貨物や物資の積み卸しは専用の通路が別にあった。
通路の両脇には、様々な船乗り向けの広告が投影されている。
船員の募集から、船で使う雑貨の広告。そして港にある様々な店の宣伝。
ここの雑然とした雰囲気が、ナルミは好きだった。
大きすぎるので袖を幾重にも折り返したスペースジャケット。黄色と黒という警戒色のような色使いは、スペースジャケットでは定番の色使いだ。
その格好だけを見れば、ナルミは船乗りの子供に見えるが、生まれも育ちも天道中継点の市街地だ。
歳は十三になったばかり。黒い髪は、短めに切りそろえた。女性の船乗りは、髪を、あまり伸ばさないという話を聞いて真似てみたのだ。
ひたすら知識を詰め込むばかりの生活に疲れ、時々こうやって、息抜きに港へ足を運んでいた。いや、最近は、ほぼ毎日だった。
今、着ているスペースジャケットも、港に溶け込むための小道具の一つ。
これは去年、知り合いになった船乗りから譲ってもらったものである。
自前でジャケット買ったは良いが、雇用先で支給されたので不要になったのだとか。航術長という好待遇だそうで、職場は恒星間貨客船で遊馬という船だった。
このジャケット、馬鹿みたいに重いが、その分、恐ろしく丈夫でもある。
船乗りたちは、船外作業をする際も宇宙服の上に、このジャケットを着るのだそうだ。目立つ配色も、船から投げ出された際に、見つけやすくするための配慮なのだとか。
貰ったときは重さが気になったが、もう慣れてしまった。今では、すっかりお気に入りだ。
「船長、今日もいるかなぁ……」
走りながらナルミは呟く。
船長とは数日前から波止場近くの公園に居着いた風変わりな船乗りのことだ。
実際に船長なのかは判らないが、船乗りであることだけは間違いない。
今まで多くの船乗りを見てきた経験から、ナルミは、そう確信していた。
自称、宇宙海賊で、海賊船の船長なのだとか。
海賊行為はやった事あるのかと聞いたら『まだ無い』との返答だった。
ただ、いずれ、すごい宝を手に入れると嬉しそうに言っていた。その宝とは『銀河』だとか。
銀河の名を冠した宝物かと思ったが、欲しいのは、文字通りの銀河……つまり銀河征服を目論んでいるそうだ。
「銀河征服なんて、どうやってやるんだか……」
ナルミは、足を緩めながら呟く。
宇宙へと踏み出した人類は、版図を拡大していくにつれ、いくつもの国家に分裂していった。
当然、それらを統一するような機関など無い。
何より、人類の版図が広がっているとはいえ、それら全てを併せたところで銀河の三分の一にも届かないのだ。
そもそも、あの船長に権力欲や支配欲のような物は感じられなかった。
「まあ、ホラ話なんだろうなぁ……」
あのときの船長は、夢を語る子供のようだった。ホラ話と切り捨てるには引っかかるが、そう考えないと納得できない。
そんなことを呟きながら、ナルミは公園へと向かう。
公園は、人の多い宇宙港の中では穴場のような場所だった。
地上にある小さな公園を再現しており、ナルミはお気に入りの場所だったが、船乗りたちは寄り付かない。
先日、船長が船乗りが寄り付かない理由を話してくれた。
ほとんどの船乗りは、人生の大半を船旅で過ごす。狭い船内の生活に慣れてしまった結果、大半が開けた場所に苦手意識を持つようになるのだとか。
その話を聞いて、船長は生まれついての船乗りではないことを悟った。
ナルミと同じ宇宙都市で生まれ育ったのか、もしくは地上で生まれたのか。
何となく、地上の生まれだとナルミは思っていた。
大通りを外れ狭い通路を抜け、公園に入ると周囲の景色が一変する。
宇宙港は、細かな区画で区切られ閉塞感があるが、ここは開けた場所だ。
錆の浮いた黄色い鉄柵で囲まれた狭い公園。だが四方を囲む鉄柵の向こうは、地平線まで続く草原が広がっていた。
むろん本物の景色ではない。周囲の壁に映像を投影しているだけだ。
映像に埋もれて見ることはできないが、柵の向こうに手を伸ばすと壁に触れる事ができる。表面に緩衝材を張り付けた柔らかい壁だ。
公園には、鉄棒に滑り台。そして入り口に背を向け置かれたベンチと小さな花壇。
この公園を、ナルミは地平線公園と勝手に呼んでいた。
ベンチには、コートを被って誰かが寝ているようだった。
ベージュ色のコートで見覚えがある。船長が着ていたものだ。
船長と言っても自称船長で、どんな船に乗っているのかもわからない。
一週間ほど前から、この公園に居着いた船乗りだが、部下らしき人も見かけたこともない。
恐らく船長経験のある船乗りで、今は求職中なのだろうとナルミは思っている。
ナルミはクスクス笑い、そっとベンチへと近づき声をかける。
「せーんちょ……う?」
寝ていたのは、大きな狸の置物だった。
擬人化された大狸。材質は恐らく汎用セラミックだろう。
布団代わりか船長愛用のコートを首まで掛けてあった。
「なんで、こんな物が……」
脱力しながらもナルミはつぶやく。が、コレは船長がやりそうな事でもある。
出会ってから日は浅いが、この手の冗談が好きそうな気配は大いにあったのだ。
「おや、嬢ちゃんかい」
背後から声を掛けられナルミは振り向く。
船長がいた。
決して若くは見えないが、老けているようにも見えない年齢不詳の男。
派手派手なアロハシャツに短パン。そして安っぽいサングラスを掛けているが、顔には見覚えがある。確かに船長だった。
なぜか船長はタイヤキが大量に詰め込まれた紙袋を複数、両手で抱えていた。
「船長、何そのタイヤキ?」
「屋台で焼いてるのを見たら食べたくなったんだ。けど駄目だね、素人が焼いてたから見てられなくてね。手取り足取り指導した結果、こんな数が焼き上がっちまって……」
「つまり買わされた?」
「いんや、指導料の現物支給」
にぃっと笑って、船長は一匹のタイヤキを半分にちぎってよこす。……尻尾の方だった。
頭の方を食べてる船長を恨めしげに一瞥し、ナルミは尻尾を食べる。
焼きすぎで焦げて堅くなっている上、餡も少ない。
「あんまり美味しくない」
「だろ。今度は基本ができるようになってから焼いたタイヤキだ」
船長は再びタイヤキの尻尾を差し出すが、明らかに見た目が違った。
食べてみても柔らかいし、尻尾まで餡がしっかり入っている。
「こっちは、おいしい……」
同じタイヤキなのに、まるで別物だった。
「生地の配合とか、いろいろと教えたから、次から別なタイヤキだって焼けるだろ」
得意げに船長は言うと、ベンチに紙袋を置いた。
「でも、こんなにいっぱい貰っても困るんじゃない?」
「ウチは大所帯だし大食いの甘党もいる。だから全部食っちまえるよ」
「船長って、船に乗ってたんだ……」
船長の言葉に、ナルミは思わず呟いた。てっきり今は船に乗っていないと思いこんでいたのだ。
「おうよ。海賊船アスタロス号の船長だ」
特に気を悪くしたような様子もなく船長は言う。アスタロスという船名が、すぐに出てきたところから察し、以前から準備していた嘘なのだとナルミは判断した。
「どんな船なの?」
「船首に胸に髑髏を抱いた銀色の女神像を戴く船で元軍艦。全長千二百メートルで総重量がおよそ二百万トン。詳しい性能は秘密だ」
滞りなく言葉を紡ぐ船長に、ナルミは思わず感心する。
「船長って詐欺師?」
「人を騙して、その気にさせたりとかしたし、自分すら信じてないことを人に信じさせたりとかはしたがね……ま、詐欺師と言われても否定はできないか」
ナルミの問いに、船長は寂しそうに言うと、大きく溜め息を吐いた。
どこか気落ちしたような様子の船長に、ナルミは思わず慌ててしまう。
「あんまり上手な嘘だったから、感心しちゃって……」
取り繕おうとしたのだが、かえって傷を広げそうな事を言ってしまい、ナルミも落ち込みたくなる。
「あたしゃ、嘘は吐きたくないし、吐かないように気を使ってるんだが……仕事が絡んでくると難しいよ。一応、退職したんだが足は洗えてない」
そんなナルミを知ってか船長は、どこか楽しげに言う。
「船長って軍人崩れなの?」
何となく、話の流れからナルミは、そう思ったのだ。
「単なる死に損ないさ。退職金代わりにアスタロスを貰ったんだ」
船長の返事は肯定。その言葉が事実なら、アスタロス号は、かなり大きな軍艦だ。
ナルミがいる天道中継点。ここが属するのはディアス多星系連邦。
このディアスが所有する軍艦で最大級の物ですら千メートルに届かないのである。
ただ、他の国には、さらに大きな艦があるらしい。名前が知られているのは、クルフス星間共和国のインビンシブル級。人類圏最強を詠う巨大戦艦で全長十キロにも達するそうだ。
クルフスは、人類圏を代表する三大国の一つだった。
他は皇帝を戴く帝国スメラに、ナルミのいる天道中継点が属するディアス多星系連邦。
いずれも多数の星系によって成り立つ巨大国家である。
「そのアスタロスを使って銀河を征服するんだ?」
船長の言葉が事実だとしても到底無理だ。そう思いながらナルミは問う。
すると船長は考え込んでしまった。
「銀河征服に、必ずしもアスタロスは必要ないんだが……いや、手元に置いておく方が色々と便利か」
船長は呟きながら真剣に考えているようである。
演技だとすれば、船長はかなりの役者だろう。そんなことを考えながら、ナルミは悪戯っぽく船長に問う。
「どうやって銀河を征服するの?」
「ヒミツ。スペースパトロールに知られたら問題だ。でも数年以内に実行に移すから、それまでのお楽しみだ」
「そんなに待てないよ……」
上手く誤魔化された。そう思いながらもナルミは笑って返す。
船長がどんな船に乗っている船乗りかはわからないが、定期便の船員で無いことだけはナルミにもわかる。
あるいは、船長の言葉が事実で、本当なのかも知ればい。
そう思いかけて、ナルミは、その考えを否定した。どう考えても、現実味がないのだ。
船長の口調と仕草に半ば乗せられてしまった。
「さて、そろそろ、お別れだ。海賊に攫われるかもしれんし、お家に帰りな」
また船長のホラ話だ。そう思いながら、ナルミはこたえる。
「攫ってみる?」
「人は育てるのが大変なんだ。ウチで欲しい人材となると船乗りの中でも限られてくる。立派に育ったら、スカウトに来るよ」
そう言い、船長はベンチに寝ている狸の上にタイヤキの袋を置いた。
「攫って売るとかしないんだ……」
船長には言っていないが、ナルミは俗にサラブレッドと呼ばれる遺伝子改造を施された人間だった。
効率的に優秀な人間を作るために始まった人工授精による試験管ベビー。当初は選ばれた優秀な遺伝子を組み合わせるだけだったが、効率を求め受精卵の段階で、徹底した遺伝子改造が行われるようになった。
ナルミは、その最新の技術が使われ作られたサラブレッドだ。
効率的な教育を施すため、生まれたときから施設で育てられている。だから遺伝子提供者はいても両親と言える者はいない。
「その手の事はしたくないな。ペットショップで犬猫見てると良い飼い主に巡り会えるかとか考えて心が痛むんだ」
「したくないって事は……」
した事がある。そう尋ねようとする前に、船長は驚きの表情を浮かべる。
「スペース・パトロール……どうしてここが?」
船長の視線の先、公園の出入り口には黒服の集団が立っていた。
合わせて五人。男が三人、女が二人。揃いの黒服に黒眼鏡。先頭の女と二番手の優男は、美男美女という以外に特筆すべき点はない。だが、その後ろに控える三人の男女は、その大きな体躯で一際目を引いた。
「スペース?……おやじど」
二番手の優男が怪訝そうに言おうとするのを一番手の女が制する。男は金髪で女は黒髪。雰囲気から察し、上司部下の関係だとナルミは察した。
「A級指名手配犯、宇宙海賊・T・ガトー。法と秩序の名の下に、その身柄を拘束する」
前半は船長に向かって、後半は仲間たちに言い聞かせるように女は言った。
「まったく御大は、ウチのボスを困らせて……」
とりわけ大きな体躯の一人が、まるで愚痴るかのように呟く。
「黙れボルト。早急にガトーの身柄を拘束せよ」
凄みを利かせた女の声に、四人が戸惑ったように船長を取り囲んだ。
船長には、抵抗する気は無いようだ。おとなしく囲まれ、連れて行かれようと……と、唐突に船長は足を止めナルミを振り返った。
「おっと、忘れモン忘れモン……」
どこか人を小馬鹿にしたような口調で言うと、一瞬でナルミの前に戻ってきた。
「えっ!?」
何があったか理解できなかったのは、ナルミだけではない。ほとんどの者が、船長の動きを追いきれなかったのである。
リーダー格の女以外、一様に驚いた表情を浮かべていた。
「船長! お戯れも程々に!」
そう言いつつ、女は懐から拳銃を取り出した。銃身を握り込み、銃柄を船長に向ける。その手は心なしか震えていた。
「この狸に情報が隠してある。一緒に持って行ってくれ。あと、このタイヤキは、待遇改善の為の賄賂だ」
女は部下たちに目で合図し、船長の腕を掴んだ。
「待遇に関しては、今後、色々と考える必要がありますね」
そう言う女に、船長はタイヤキを差し出す。女は戸惑ったようにタイヤキを受け取り、そして大きな溜め息を吐いた。
「ガトーを連行せよ」
船長は足を止めてナルミに視線を向ける。
「いま、柄の宜しくない船乗りが海賊波止場をうろついてる。嬢ちゃんも、しばらく近づかない方が良い」
まったく緊張感のない声で船長は言うと、男たちに連れて行かれた。
「船長を、どうするつもりなの?」
「私は、船長に付き合い話を合わせただけ。スペース・パトロールが存在しないことぐらい知ってるでしょ?」
女の素っ気ない答えにナルミは言葉に詰まる。船長なら、やりそうなことでもあるのだ。だが、あの一瞬で、どうやって話を合わせたのか見当も付かない。
「そう言えば……船長と呼びかけるときは敬語で話してた……」
ガトーと呼ぶときは言葉が堅かったが、船長と呼んだときは、慌てた咎めるような口調だった。
「さあ、もう帰りなさい。船長の言葉じゃないけど柄の悪い船乗りたちが波止場にいる。あと、私が船長の冗談をバラしたことは内密にね?」
口に人差し指を当てながら女は、そう言い踵を返すと船長たちを追っていった。
ナルミがこっそり女の行き先を伺ってみると、女は途中で足を止め、幸せそうにタイヤキをパクついていたのだった。
まったくワケが解らないとばかり、ナルミは首を振る。
女の姿が見えなくなったのを確認し、ナルミは状況を考えてみる事にした。
あのスペース・パトロールが船長の一味であった可能性と、船長を捕らえるためにやってきた組織である可能性を秤に掛ける。
困ったことに、どちらも考えられるのだ。
可能性としては船長の一味であったと考えるのが妥当だろうが、万一の可能性を捨てきれない。
しばし悩んだ後、ナルミは船長の後を追うことに決めた。