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虚空の支配者  作者: あさま勲


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18・無敵級

 船長席に座り、副長は大きく溜め息をつく。

 あのナルミを船長席に座らせたのは、自分を船長席に座らせるための布石だったのだと、つい今し方、実感させられた。

 船長席は神聖にして不可侵。その認識を、船長は昨日ナルミを使って引き下げたのだ。

 おかげで、今まで頑として座る事を拒んできた船長席に、副長は座らざるを得なくなったわけだ。

 副長席でも、船長席同様に指揮は執れるのだ。だが、船長席の方が船橋の様子を一望できる分、指揮を執る上では都合が良い。

 昨日、ナルミが座っていた時は、船長席は船橋内に埋没していたが、今は船橋全体を俯瞰できる高さまで持ち上げられている。

 通称、お昼寝モードから戦闘形態へと切り替わったわけである。

 船長は現在、司令室でシミュレーター上の敵艦の指揮を執っているはずだ。

 状況設定は船長が決めている。偶発的な遭遇戦とは聞かされているが、どんな敵艦をぶつけてくるかは船長しか知らない。

 今までは操船訓練ばかりで、副長にとっては、これが初めてのアスタロスでの模擬戦である。

 船橋には副長の他、砲術長のイリヤとオペレーターのヒメ。この三人で模擬戦に当たれと、早朝に船橋へと呼び出された。この三人にアスタロスの中枢電脳であるユーリを加えて模擬戦に臨むわけだ。

 あくまで訓練だ。敵艦の登場まで、さほど待たされる事はないだろう。

 副長が、そう思った矢先、空間波紋の検出が通知される。

「十光秒先に空間波紋確認。推定質量……じゅっ十億トンっ!?」

 オペレータのヒメが悲鳴混じりにデータを読み上げるが、船長席にも同時にデータは表示されている。

 こんな化け物じみた質量を持つ艦は、人類圏全体でも数えるほどしか存在しない。

 アスタロスの持つデータから察し、クルフス艦で間違いないはずだ。そして、クルフス艦だとしても、こんな質量を持つ艦なると一艦種しかない。

「無敵級をぶつけてくるなんて……親父殿の鬼っ!」

 イリヤは愚痴りつつもアスタロスの火器管制システムを起動させる。

 無敵級……クルフス星間共和国の戦闘艦であり、人類圏最強を謳う巨大戦艦だ。その全長は一万メートルにも達する。

 クルフスの呼び方に倣うのであれば、インビンシブル級。インビンシブルとは無敵の意である。

 アスタロス……イシュタル級は単艦で、あの無敵級に勝ちうる艦として作られたらしいが、副長自身、このアスタロスで無敵級に真っ向勝負で勝利できるとは思っていない。

「まだ十光秒以上もの距離がある……砲戦開始には、まだ早い」

 十光秒……光の速さを持ってしても十秒もかかる距離だ。並の艦なら、打ち合いを始められる距離ではない。

 副長は、そう判断し、砲術長であるイリヤに釘を刺す。

「アタシとしては、射程に収め次第、船首光子砲による砲撃で勝負をかけたい」

 イリヤの言葉に副長は考える。

 アスタロスの最大砲である船首光子砲。元は要塞砲だった物を無理矢理アスタロスに転用した砲であり、直撃ならば無敵級をも一撃で撃沈できる威力がある。

 距離が十光秒以内であれば、当てる事も不可能では無い。

「回避された場合は?」

 光子砲から撃ち出されるのは圧縮光子……物質化するまで圧縮された光である。圧縮により光の性質が変化するため光速の九十パーセントほどまで速度が落ちるのだ。鈍重な無敵級とは言え、発射の兆候を察する事での回避も不可能では無い。

 そして船の全エネルギーを投入する巨大な砲であるため、連射が全く利かない。初撃を凌がれた場合、次が撃てる可能性は、まず無い。

「船を冷却しつつ間合いを詰め、機動戦を挑む。アスタロスが無敵級に勝っているのは、最大砲の射程と威力、そして機動性だけ。初撃で仕留められないなら機動戦に賭けるしか無い」

 正論ではあるが問題も多い。

 アスタロスの最大砲である船首光子砲。その威力は絶大だが、砲撃の際、船に膨大な熱が籠もる。元が要塞砲であったため、艦載には相当な無理が生じているのだ。

 使い捨ての冷却板を用いた緊急冷却装置はあるが、船の機動と冷却の両立はできない。あくまで緊急用、機動の際に発生する応力で容易に分解してしまう程度の強度しかないのだ。

 船に熱が籠もった状態では、様々な不具合が出る。光子砲を使用した場合、アスタロスは船体が冷えるまで、本来の性能を十分に発揮できなくなるのだ。

 対消滅炉によって動力炉の出力は同クラスの艦艇、その一桁以上も上を行くが、おかげで廃熱が追いつかないのである。

 サイレン初の対消滅炉搭載艦として作られたため、試験艦としての側面も強く、実は未だデータの収集も終わっていない。

 つまり設計どおりの性能を実戦で発揮できるかも判らないと言った、お寒い現状である。

「最初から機動戦を挑むのも手では?」

「無敵級は戦艦と言うより機動要塞。ハリネズミの如く全身に砲を纏っているし、周辺に機雷を撒いたりといった罠も使ってくる……あまり近づきたい相手じゃ無い。初撃を(しの)がれたら、どのみち勝機は薄い」

 副長の問いにイリヤが答える。

 戦艦乗りとしては、イリヤの方が数段上手だ。下手に自分が指揮を執るより、イリヤに任せた方が得策かも知れない。だが、船長は副長に指揮を執るよう命じたのだ。

「まずは砲戦に賭けるとしましょう……勝利を盤石にするために打つべき手は?」

 だから乞うた。必殺の一撃、その勝機を最大限にするための術を。

「暗幕を幾つも広げ、そのうちの一つに船を隠す。周辺には無人観測機を散開させ無敵級の挙動を見張り照準する」

 イリヤの言う暗幕とは、光も電波も反射しない、直径十キロにまで広がる巨大な幕の事である。

 もっとも光や電波を反射せず吸収するため、熱を帯びやすい特性があり探知自体は容易である。が、その暗幕の裏に何があるかを知るためには、暗幕を取り除くか裏に回り込むしか手段はない。

 この暗幕、使い方次第で自軍の数を多くも少なくも見せる事ができるのだ。が、単艦同士の遭遇戦では、そういった使い方は難しい。こちらの挙動を読ませない程度の使い道しかない。

 だが、砲撃の兆候を暗幕で覆い隠す事はできる。

「無敵級に断続的な減速を確認……砲撃による反動、とすれば電加砲です!」

 ヒメの報告に、副長は訝しむ。

 電加砲……電磁加速式複合砲の略称であり、電磁力で磁化した弾体を射出する砲、いわゆるレールガンである。

 射出された弾体の速度は、秒速一万キロ……光速の数パーセントにも達する。

 惑星上を基準とした場合は、とんでもない速さである。が、宇宙戦闘……こと長距離砲戦では使いづらい弾速だ。船長は事前に放った、この電加砲の弾幕に敵を誘い込むと言った戦術を多々用いたが、それを知っている副長やイリヤなら術中に填る事はない。

 光子砲は元より、粒子砲よりも速度が遙かに遅いため、アスタロスに着弾するまで五分以上も掛かるのだ。砲撃を認識できた以上、迎撃も可能だ。

 今は距離もあるため回避・迎撃自体は容易だ。だから攻撃ではない。

 この長距離で、あえて弾速の遅い電加砲を使う意味は?

 副長は考える。

 少なくとも、攻撃の意図ではないはずだ。そして、敵艦である無敵級を指揮するのは船長である。サイレン随一と言われた名将が、意味もなく砲撃などしてくるだろうか?

「無敵級が断続的に電加砲を撃ってきてる……弾は遠くて確認できないけど、状況から察し無人観測機ね。使い捨ての観測機を先行させ、詳細なデータを集めようって腹みたい」

 副長の疑問を察したかのようにイリヤが判断を口にする。おかげで、副長にも納得が行った。

 観測機がアスタロス後方に回り込むまで、まだ時間は十分ある。だから、その前に勝負を付ける。

「アスタロス正面、並びに周辺に暗幕を展開。広範囲に観測機を散開させ無敵級を見張る。船首光子砲による、超長距離砲撃で勝負をつける」

 中・近距離砲戦になったら、アスタロスの勝利は絶望的だ。一撃の威力だけならともかく、速射性と砲の数は圧倒的に無敵級の方が上なのだ。

 アスタロスの最大砲は、要塞砲を転用した二門の船首光子砲。アスタロスの全エネルギーを投入して(はな)つため、砲撃の前後は防御がガラ空きになる。

 主砲は単砲身の大口径砲が船の上下に二門ずつと計四門。イシュタル級より巨大な対消滅炉搭載艦、その主砲として作られた物を主砲として転用した。

 こちらは使用しても守りが疎かになる事はないが、無敵級と正面切って殴り合うには力不足である。威力はともかく、手数が圧倒的に足りない。

 だからこそ、もっとも勝機のある超長距離砲戦に賭ける。イリヤと同じ判断を副長も下したわけだ。

「暗幕……とりあえず五枚ほど展開。並びに無人観測機を散開」

 イリヤが、暗幕と観測機の展開を報告する。

 正面モニターが真っ暗になるが、間もなく無人観測機からの映像が届けられる。

 アスタロス自体の目は暗幕によって覆われたが、暗幕の外に展開した無数の観測機が目を代行しているのだ。

「暗幕も、さらに追加で散開中……どれに潜む?」

 イリヤが問うてくる。

 暗幕の影を伝い場所を移動したいが、どこに移動する? そうイリヤは問うているのだ。

 相手側からは、アスタロスが暗幕の影に潜んでいる事までは判っても、現段階では、どの暗幕の裏に潜んでいるのかまでは判らないのだ。

「このまま行く。手持ちの全暗幕を展開し、敵を欺瞞する。同時に動力炉のリミッターを解除、船首光子砲、砲撃準備に入れ!」

 移動する時間も惜しい。副長は、そう判断した。

『動力炉のリミッター解除、並びに船首光子砲の使用承認を、お願いします』

「承認する」

 ユーリの言葉に、副長は応える。

 この手続きは、船長であっても省略はできない。強大すぎる兵器を扱っている、その自覚を持てと言うサイレン宇宙軍の方針である。

「船首光子砲、エネルギー充填中……フルチャージまで、およそ二百秒」

 ……ギリギリね。

 副長は内心呟く。

 十光秒……三百万キロの彼方にいる無敵級。その無敵級の放った無人探査機がアスタロス後方に回り込むまで、射出された瞬間から数えて三百秒ほど。すでに射出から一分近くも浪費してしまっている。

 だが、先手は取れそうだ。

「無敵級、暗幕を展開っ!」

「ちょっと、無敵級が暗幕使うなんて聞いた事無いわよっ!?」

 オペレーターのヒメの報告に、狼狽気味なイリヤの言葉。

 滅多に感情を見せないイリヤが、珍しく取り乱している。つまり、完全に想定外な行動を、船長の指揮する無敵級は取ったわけだ。

 ……わたしに勝ち星をくれるって気は無い。そう考えて宜しいのですね、船長?

 副長は声に出さず呟いた。だが、表情は一切、変えない。

 船長は、明らかに副長を叩きのめすつもりで、この模擬戦に臨んでいる。手加減されても嬉しくはないが、だからと言って、百戦錬磨のイリヤすら悲鳴を上げるような手を使ってくるというのは頂けない。

 クルフスは、無敵級に絶大な自信を持っている。そのため、無敵級で小細工を弄してきた例は無いはずだ。

 圧倒的な力で敵をネジ伏せる。

 それを目的として造られた艦が無敵級であり、それ故『無敵』の名を一番艦に冠したのだ。

 たった一隻が相手ならば、正面から粉砕するような力押しで来る。そう思っていたのに暗幕を使われた。だから、そう考えるしかない。

「ラプラス・システム起動。無敵級の現在位置を探れ!」

『データが絶対的に不足しています。予想の的中率は数パーセント以下です』

 副長の指示に、ユーリからの返答。

 ラプラス・システムとは西暦十八世紀の数学者ラプラス。そのラプラスが提唱したラプラスの悪魔を不完全ながらも再現した物である。

 砕けた説明をするならば、完璧な観測ができれば未来も過去同様に知る事ができる。その完璧な観測ができる存在、それを提唱者にちなみラプラスの悪魔と呼称したわけだ。

 そして、ラプラス・システムは観測によって未来を予測するためのシステムである。が、今はデータが圧倒的に不足している。全くアテにはできないのだ。

 無敵級は、既に幾つも暗幕を広げている。そして、どの暗幕の影に潜んでいるかを知る術は無い。

「船首光子砲、収束率を落として暗幕ごと薙ぎ払え。どう撃つかは砲術長に一任する」

 収束率を落として掃射する。そうすれば無敵級を捉えられる可能性は大幅に上がるはずだ。撃破は無理でも無敵級に痛手は与えられる。

 アスタロスの持つ四門の主砲でも、暗幕は取り除ける。が、それではアスタロスの位置情報を相手に知られてしまうのだ。

 そうなったら真っ向からの撃ち合いになるが、無敵級相手に真っ向勝負で勝てる性能はない。

 拡散させた掃射であっても船首光子砲ならば、無敵級の主砲群にも、かなりの損害を期待できるはずだ。掃射で火力を削る事ができたならば、近接砲戦でも勝機は出てくるのだ。

「了解……でも、親父殿はアタシの癖を知ってるわよ?」

 つまり、船長はイリヤが、どのように砲撃を仕掛けてくるのか読めるわけだ。

「代案は?」

「……無い」

 知られていようと、代案もない以上、賭けるしか無いのだ。

 兵は神速を尊ぶ……戦死した義父の言葉だ。切羽詰まった状況ならば、悩まず行動しろ。そう言う意味だと教えられた。

 そして今は、訓練とは言え切羽詰まった状況である。

「船首光子砲……充填完了。当てられないでも恨まないでね」

 そう言いつつ、イリヤは砲撃と操船を同期させる。

 アスタロスそのものを動かす事で、無数の暗幕を光子砲で薙ぎ払うわけである。

「負けたら、わたしの評価が下がるだけだ。だから問題ない」

 訓練とは言え指揮官である以上、結果は自身の評価に跳ね返る。だが甘受するしかない。

 イリヤも歴戦の猛者だ。副長の言葉で覚悟を決めたようだ。

「船首光子砲による掃射、しかと承った。成否の責任は、全てアタシが負う……とは言えないのが、悲しいわね」

 イリヤの言葉、その語尾は自嘲気味だった。

命中(あて)れば問題ない」

 副長の言葉に、イリヤは僅かだが吹き出したようだ。

 そしてイリヤは大きなヘッドセットを被り顔を覆うと、操船桿を両手で握る。

 アスタロス自体が、巨大な大砲となるのだ。照準や掃射には、船自体を動かす必要が出てくる。故に、砲術長であるイリヤは、操船も取り仕切る立場にもある。

 船が機動する振動が伝わる。実際に機動しているワケではない、シミュレーターで起動時の振動を再現しているだけだ。

「船首光子砲。フルチャージと同時に掃射を行う。フルチャージまで、三、二、一!」

 射撃の宣言は行わなかったが、ゼロのタイミングで船橋が振動する。

 機動に伴う推進炎に振動とは違った振動だった。だが、本当に船首光子砲を放った時の振動は、この程度ではないらしい。

 アスタロス正面に展開した暗幕は、光子砲による掃射で真っ二つに断ち切られ、今は視界を遮ってはいない。だから、アスタロスのセンサーで、砲撃の結果を知る事ができる。

「命中の形跡……無し」

 オペレーターのヒメが、呆然としたように報告する。

 散開した探査機から送られてくるデータからも、光子砲が無敵級を捉えた形跡はない。

『高熱源体接近……核弾頭と推察されます』

 (ほう)けてしまったヒメに代わり、ユーリが報告する。

 熱を関知できたのは、弾道補正の推進炎を捉えたためだ。まだ距離はあるが、ここで弾道を補正しないとアスタロスを捉えきれないのだろう。

「レーザー・ファランクス起動。射程に収め次第、迎撃しろ」

 レーザー・ファランクスとは、レーザー光線を用いた対空防御システムの事である。飛来する砲弾やミサイルを、レーザー光線で迎撃するのだ。

 星暦初期のイージス艦。その防御システムであるバルカン・ファランクスをレーザーに置き換えた物と言えば判りやすいだろうか。

 ユーリの言葉に、副長は指示を出す。

 先程の砲撃で、無人探査機と核融合弾を混ぜて撃ち出したのだろう。電加砲……レールガンの砲弾には、弾道修正機能があり、標的の動きに合わせ弾道を常に補正してくる。

 光子砲を撃ち、船体に熱が籠もった現状では機動は極力したくない。だから迎撃の指示を出した。

 船体が帯びた熱は、機動そのものには影響は出ない。だが、船の冷却が進まないのだ。無敵級との殴り合いに備え、できる限り船を冷却しておきたかった。

 だから、強制冷却装置を使用した。

 放熱板ではなく、推進剤……水を気化させる事で船を冷却するのだ。推進剤に余裕のある時しかできないが、この訓練では十分な余裕がある。

 放熱板は、悪い意味で目立ちすぎるのだ。

 そして一分後、レーザー・ファランクスが飛来する砲弾を全て迎撃。直後に、それまで隠れていた無敵級が、暗幕の影から姿を現した。

 そして、正面からの撃ち合いとなった。長距離砲戦である。

 シミュレーター上とは言え、アスタロスは無敵級相手に三分ほど持ちこたえた。が、最後は力負けし、障壁を貫かれ爆散。

 いかに対消滅炉搭載艦とは言え、無敵級の総質量はアスタロスの五百倍にも達する。動力炉の出力差も三十倍はあるだろう。

 無敵級と比較して小さな船体故に、防御面積も狭くなるため強固な障壁を張れるのだ。おかげで三分間耐え抜いた。だが、防御にエネルギーを食われ、無敵級に対し、まともな反撃できぬまま押し切られた。

 副長が事前に予想した通りの結果である。

『百点満点で採点して五十点。オレの予想どおりで笑っちまったよ』

 通信機越しに、どこか楽しげな船長の言葉。

 五十点も貰えるとは、思ってもいなかった。

「その内訳は?」

 だから副長は問うていた。

『船首光子砲による掃射までは五十点満点で満点を付けよう。が、打ち損じた後、無敵級と戦おうとするのは頂けない。鈍重な無敵級だ。アスタロスの快速なら、楽に逃げられた……ちと、脳筋が過ぎるな。ちなみに砲撃無しでトンズラが最適解だ』

 船長の、どこか楽しげな口調に、副長は内心、胸をなで下ろす。

 どうやら、今回の訓練では、船長を落胆させるという事態は避けられたようだ。

「逃げる……ですか。訓練においても、逃走という選択肢が必要、そう言う事ですね」

 確かに単なる遭遇戦で敵を撃破する必要は無い。敵は倒さなければならない……そういった固定観念に囚われていたのだ。

 副長は、イリヤが落ち込んだように俯いた事に気づく。イリヤも逃げるという選択肢が思い浮かばなかったのだろう。

 イリヤは『元帥閣下の親衛艦隊』に所属していた。

 逃げるという選択肢は、主たる『元帥閣下』に命じられない限り選ぶ事はない。そういった者達ばかりの艦隊だ。故に、自分の意志で逃げるという選択は取らない。

 ……成る程、勉強になった。

 副長は内心呟く。

 自身も、選択肢に逃走の二文字はなかったのだ。

 イリヤや副長が逃走を考えない脳筋である事を知って、船長は今回のシミュレーションを仕組んだのだろう。

 勝利より敗北の方が学ぶべき事は多い。かつて義父から教えられた。

 副長自身も海兵隊の出身だ。

 サイレンにおける海兵隊は、敵艦に殴り込みを掛け鹵獲する事を目的に設立された。クルフスの持つ超光速通信技術や、ナノマシン技術の解析のため、できるだけ多くのサンプルが必要だったためだ。

 敵艦に、生身で殴り込みを掛けるのだ。兵員の損耗率も高く、設立当初の海兵隊は死体袋軍団(ボディバッグ・レギオン)などと呼ばれていた。

 逃げられない状況が圧倒的に多い。故に生き残るためにも戦うしかない。そんな環境に身を置いていた。

 でも、今は違うのだ。

 死体袋軍団、その隊長ではなく、海賊船アスタロスの副長……

 その意味を、副長は考える。

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