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虚空の支配者  作者: あさま勲


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17・忘れられた中継点へ

 海賊船アスタロスは、天道中継点や、その周辺船舶に捕捉された状態で空間跳躍を行った。

 跳躍後の着宙先は船の進行方向上であり、星図を付き合わせれば大まかな見当は付く。つまり、アスタロスの跳躍先は、天道中継点からであれば割り出せるわけである。

 記録上では、何も無いはずの星系に、あえて着宙したのだ。当然、興味を持つ者も居るはずだ。

 ここに着宙した意味を船乗りならば考える。そして、それが船長の狙いなのだ。

「船長。『忘れられた中継点』より、通信が入っています」

 空間波紋からアスタロスの着宙を知り、向こうから呼びかけてきたらしい。

 アスタロスは総重量が二百万トンにも達する巨大な船だ。着宙時に発生する空間波紋も、同様に巨大である。中継点からでも、アスタロスの着宙は確認できたのだろう。

 目的地の中継点は、巨大な環を持つガス惑星、その軌道上を回っている。

「繋いでくれ……元気そうですね、御老体」

 正面モニターに白髪の老人の姿が投影される。長く伸びた髪と髭、何本も抜けた歯。だが、顔色は悪くない。比較的、健康そうである。

 この老人が、中継点の長老だ。

『ああ、ガトー船長のおかげで、何とか我らは生きている……十年ぶりだな。もう来てはくれぬのかと思っていたよ』

 ……正直なところ、来たくは無かったんだがね。

 内心、そうは思うが、口にしない程度の分別は船長にもあった。

「天道中継点に、そちらの存在を伝えた……いずれ、船が来て判断を迫られる事になる」

 中継点を放棄し保護されるか、保護を断り中継点に残るか。その判断である。

 この『忘れられた中継点』の事は、コサカ女史にも伝えた上、あえて中継点や周辺船舶に着宙先を教える形で跳躍を行ったのだ。

 ここまでしたのだ。さすがに調査の手が伸びるはずだ。

『我らは二百年、ここで生きてきた。今更、余所へ行く気はない』

 長老の言葉に、船長は内心、溜め息を吐く。

 意固地になってはいるが、単に外の世界が怖いだけなのだ。二百年も狭い中継点に、情報を立たれたまま閉じ籠もっていたのだ。無理もないとは、船長も思う。

 元々は、新航路の開設。それを見越しての中継点の建造だったらしい。

 この星系はN3と呼称される星系で、正式な命名はされていない。

 恒星を回るのはガス惑星ばかりで、地殻を持つ天体はガス惑星の衛星ぐらいだ。地球化が望める天体もなく、無価値な星系と判断されたのである。

 だが、このN3星系は、膨大な人口を抱える二つの星系、その中間地点にあった。このN3に中継点を設ければ、二つの星系を結ぶ最短航路が拓かれる。そう言った思惑を持っての建造だった。

 思惑どおりに事が運べば、この中継点は交通の要衝として巨万の富も築ける。空振りした際の損失も膨大だが、ディアスの宇宙屋は、こういった博打を好む傾向があるのだ。

 ウラシマ効果で、惑星や宇宙都市などに留まる元達とは異なる時間を生きる。それが、大博打を打たせる一因とも言われているが定かではない。

 あの中継点の住人達。元は自分の恒星船を持つ船乗りの一族だったが、船を手放し中継点の建造費用に回したそうだ。

 船長の見立てでは、船乗りを辞め一カ所に留まる生活がしたかったが、一族だけで構成される船内生活に慣れきっていたため、中継点で他の者達と上手くやっていける自信がなかったのだろう。

 だから航路開拓の計画に乗った。成功すれば、自らの一族だけで、中継点を運営してゆけるのだ。

 だが、中継点の運営が軌道に乗る前に、七つの星系を周回する周回航路が開設された。その結果、最短航路は、ほとんど使われなかったのだ。

 空間跳躍へ移行するための亜光速航行、それに伴う長い時間とウラシマ効果が人々に恒星間の移動を躊躇させる。それ故、恒星間の移動は商売人でもある船乗り達の仕事だ。

 そして、二つの星系間の往復より、幾つもの星系を周回し、それぞれの星系で荷物の遣り取りをした方が商売として効率がよい……そう判断されたのである。

 同時期に、この周辺星系のディアス・ネットワークが更新され、より濃密な情報の遣り取りが可能となった。これにより、各星系における流通が活性化したのだ。

 思惑は外れ、中継点も放棄されるはずだった。だが、諦めきれない一部の者達が、そのまま中継点に留まり……そして忘れられた。

 超光速通信網ディアス・ネットワークへの中継衛星、そのメンテナンスに出向ける船を失った事が、大きな要因となった。

 結果、ディアス・ネットワークから断たれ、この中継点は完全に孤立してしまったのだ。

「船乗りにとって、客観時間の十年なんて瞬く間に過ぎていくよ。十二時間後に、そちらへ着く。推進剤を頼むよ。見返りの品は用意してある」

 物と金で推進剤を買う。そちらの要望を聞く気は無い……婉曲的に、そう伝えているわけだ。

『その話は、到着後にしようか。推進剤は今から準備しよう』

 そう答え、長老は後ろに控える者達に指示を飛ばしたようだ。

 推進剤の準備……小型船でガス惑星のリングを拾ってくるのだ。

 中継点が回るガス惑星。そのリングの主成分は氷である。溶かせば水……つまり推進剤となる。

 容易に推進剤を得られる場所として、このガス惑星軌道上が中継点の建造場所に選ばれたわけだ。

 彼らの使う小型船は、極めて簡易な構造である。太陽光を鏡とレンズで集め推進剤である水を加熱、沸騰させ噴射。そうやって推力を得ている。単にリングを拾ってくるだけなら、それで十分なのだ。

「船内時間じゃ、そろそろ夜だ。通信は、お開きとしようか」

 そう言い船長は一方的に通信を切る。つれない相手だと思ってくれたら儲け物だ……そう思っての行動である。実のところ、船内時間では、まだ午後六時。宵の口が始まったばかりである。

 通信を終えた船長は、安堵の溜め息を吐く。

 どうやら『忘れられた中継点』は上手く持ち直したようだ。以前、来た時は、本当に酷い有様だった。

 近々、天道中継点の者達も動き始める。後は投げてしまって構わないだろう。

「親父殿。いっそ中継点に寄らずに反対側に回って、自前で推進剤を集めちゃったら?」

 イリヤの言葉に船長は苦笑する。中継点に行きたくない、そんな船長の心情を察したのだろう。

 ガス惑星を挟み中継点の反対側にアスタロスを持って行き、後は自前でリングを拾い集め推進剤を補給する。そうすれば良いとイリヤは言っているのだ。

 船の機材では時間は掛かるが、中継点がらみのゴタゴタに関わらず済む。

「そりゃ泥棒だ。あのガス惑星は、連中の資産だ。手を付ける以上、承諾を得た上、対価も払わないとな」

「……あたし達は海賊」

 船長の言葉に、イリヤは不満そうに呟く。

「そう。俺たちは海賊で、俺は海賊船の船長だ。俺の決めた事に文句があるか?」

「……無い」

 船長に言われ、イリヤが渋々引き下がった。

 二人の遣り取りを聞く副長が、憂鬱そうに溜め息を吐く。その理由……船長には、しっかり心当たりがある。

「さて、俺は上がるよ……あとはシフトどおりに回してくれ。晩飯は一時間後だ」そう言い、船長はナルミに視線を向ける。「軽い食事ぐらいなら、すぐにでも作ってやれるが、どうする?」

 船長の問いかけに、まるで思い出したかのようにナルミの腹が鳴った。

「お願いします」

 あのチョコレートだけでは足りなかったのだろう。

 夕食に差し障りのない範囲で、軽い食事でも作ってやるか。

 そんな事を考えながら、ナルミに付いてこいと手招きし、船長は船橋を出る……船長、実は料理好きなのだ。



 アスタロス船内にあるバーで副長ことシモサカ・アオエは、目の前に置かれた善哉(ぜんざい)を眺めつつ考える。

 夕食前なのに、これを食べたら体重が……などと言う考え事ではない。

 戦闘用に調整された身体は筋肉と骨密度が高く、見た目以上に重い。その上、強化された身体のカロリー消費量も多いため、むしろ体重・体型を維持するために、あえて高カロリーの間食を取るよう意識しているのだ。

「バーで善哉……なんかシュールね」

 隣に座ったミカサが、どこか呆れたように呟く。手のグラスには、泡立つ透明な液体……ただの炭酸水である。

「バーに、これだけ人が集まっているのに、誰も酒を注文しないというのも相当ですよ?」

 カウンターに立つジンナイが、どこか楽しげに言う。

 このバーを取り仕切っているのが、ジンナイなのだ。だからか海兵隊連中も、よく(たむろ)している。

 が、船内時間で午後七時を過ぎないと飲酒禁止令が解かれないのだ。これはバーであっても同じである。夜勤明けなどでの例外はあるが、船長が特例を出さない限り、こういった場であっても時間外は酒を扱えない。

 船長の指示である手前、バーのマスターでもあるジンナイが、それを許さないというのもある。

 ここには、副長とミカサの他、十数人の海兵隊員が屯していた。

 船内時間では間もなく六時半、あと三十分ほどで酒が解禁される。

 とは言え、彼らは酒が解禁されるのをバーで待っているわけではない。かつての自分たちの隊長、副長の様子を見に集まっただけで、その事は副長自身も気づいている。

 溜め息をつき、副長は善哉の器を手に取る。そして一口。

 ……甘い。その甘さが堪えられない。頭の芯が痺れるような快楽を伴う味である。

 具が、餅や白玉ではなくカボチャであるのが少し悲しい。船内農場で餅米の収穫が始まったそうなので、近い内に餅入りの善哉も食べられるようになるだろう。

 そう思うと、自然と口元が緩んでくる。

「なんか悩んでたみたいだけど、甘い物を食べてる時は、ホントに幸せそうね……」

 ミカサに言われ、副長は表情を引き締めた。

 甘味を口にすると表情が緩むので、できれば一人で食べたかったのだ。だがミカサに捕まり、その後、何故か海兵隊連中まで付いてきたのだ。

「悩みですか……そろそろ、船長の考えに付いていけなくなって来ましたね」

 甘味を楽しむには不都合な場所だが、かつての部下達が自分の周りに集まっている……この状況は好都合だ。

 副長は即座に、そう判断して頭を切り換える。

 彼らは、未だ副長を自分たちのボスだと思っている。船長ではなく自分を……嘆かわしいと思う事もあったが、今回は、それが事を起こす上で好都合なのだ。

 ミカサの表情が変わる。浮かべていた笑みが、作り物の笑みに変わったと表現すれば適当だろうか。

 僅かな変化ではあるが、副長には、それが読み取れた。

 このミカサ。自国ではトップエースに名を連ねる百戦錬磨の猛者であり、階級は中佐。つまり指揮官でもある。

「あの旦那に、アオちゃんは何を言われたの?」

 普段の軽い態度からは察しにくいが、相当な食わせ者だ。

 雇われ者という立場上、総大将である船長側に付くだろう。もし自分に付くようなら、多少、付き合い方を考える必要がある。

 ジンナイは表情を一切、変えていないが、間違いなく船長に付く。問題は海兵隊連中だ。

 海兵隊の教官をやっていた手前、ジンナイに頭が上がらない海兵隊連中は多数いる。ジンナイに従う形で船長に与する者達も出てくるだろう。その見極めも肝心だ。

 今、この場にいる全員が、副長の言動に注目している。

 自分の言葉がバーの雰囲気を変えた事を意識しつつも、副長は再び善哉を口にする。

 甘い……だから美味しい。

 甘味を食べている時だけ、全てを忘れられるのだ。ただ、今は、味を楽しんでいられる状況でもない。

 やはり甘味は一人で楽しむべきね……

 副長は、心の中で、そう、ぼやくのだった。

ミカサ「アオちゃん……中継点や、船へ戻る間に旦那が持ってきたタイ焼きを大量に食べてたわよね?」

副長「大量……他の船員へのお土産分も考慮し自重しました。だから、たかが十匹ですよ?」

ミカサ「……それだけアンコ食べて今、善哉って飽きないの? つうか、胸焼けしないっ!?」

副長「いえ、全く」キッパリ。

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