表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空の支配者  作者: あさま勲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/71

16・オルトロス

 高速貨物船『韋駄天』の動力炉が唐突に起動する。

 既に波止場から離れ、電力の供給など受けられない状況であるのに、だ。

 故に、コサカ女史は問う。

「ジーン。動力炉が起動したけど、緊急起動用に反物質でも持ってたの?」

 重力制御により水素を圧縮し核融合を誘発させる恒星型核融合炉。その起動には膨大な電力を必要とする。

 核融合が起こるほど水素を圧縮する、その重力制御に必要な電力は、船に積めるバッテリーでは補いきれないのだ。

 非常用に反物質でも積んであったのであれば、核融合炉の緊急起動もできる。核反応とは違い、正物質と反物質が接触するだけで起こる対消滅反応には、膨大なエネルギーを必要とする準備は不要なのだ。その上、発生するエネルギーは同質量の核融合、その二桁上を行く。

 帝国スメラの技術力なら、反物質の安定生産も不可能では無いはずだ。

「光子バッテリーだよ。帝国、脅威の技術力ってね」

 楽しげに呟くと、ジーンは監視システムを起動する。

 光子バッテリー……コサカ女史の知らないバッテリーだ。恐らくサイレンにも存在しない。

 が、帝国スメラはサイレンの本家筋だ。サイレンの技術体系を学んだ者なら、その呼称から、ある程度の推察はできる。

 恐らく物質化した光を閉じ込める事で、エネルギーを保持しているのだろう。光子砲と根本は同じ技術と考えられる。

 この韋駄天、外見こそ旧型貨物船だが中身は帝国の最新技術か、それに近い技術が使われている。特に操船系は徹底的なレベルで効率化が図られていた。

 ディアス製の船なら、出港には何人もの乗員が連携して操船を行うか、タグボートで開けた宙域まで引っ張り出すなどの方法で波止場から離れるのが基本だ。だが、この韋駄天はジーン一人の操船だけで波止場から離れているのだ。

「囲まれつつあるわね……逃げられる?」

 ジーンが立ち上げたレーダー。その三次元映像には、何隻かの船影が韋駄天を包囲するかのように動いている。

 このままジーンに連れて行かれたら……そんな考えがコサカ女史の頭に浮かぶ。だが、それでも構わないなどと思っていた。

「いや、推進剤が、ほとんど無いから無理だね」

 緊張感のないジーンの言葉に、女史は拍子抜けした。

 もし、本当なら絶体絶命だ。重力制御による機動は、反動推進に遠く及ばないのだ。これでは逃げる事などできるはずがない。

 だが、ジーンは慌てていない。そして嘘を吐く必然性もない。

 恐らく、ジーンは自分が捕まらないと確信しているのだろう。

「さすがにアスタロスは速いな」

 周辺船舶からの観測データ、それを眺めつつジーンは呟く。

 中継点の監視網に捕捉されたアスタロスが、数分前に亜光速推進を開始した。

 海賊船アスタロスは、すさまじい勢いで加速してゆく。従来型の恒星船では何十分かけて到達する速度に僅か数分で辿り着いているのだ。

 船長であるガトーから得た情報では、客観時間において一週間ほどで、アスタロスは空間跳躍を行えるそうである。ディアスの船では、跳躍まで一ヶ月以上を要する……恒星船の技術者としては馬鹿らしくなるほどの性能差があるのだ。

 だが、今、問題となるのはアスタロスではない。自分たちなのだ。

 波止場から離れたとは言え、区画一つを爆破などと言う力技を使ってくる相手だ。単に宇宙に出ただけでは、臨終を延ばす程度の意味しかないのだ。

 推進剤が十分あれば逃げる事も可能だろうが、ジーンは推進剤が、ほとんど無いと口にしたのだ。

「ジーン……アナタの余裕の根拠は何?」

「助けが来る事を知ってるからね……帝国から船が来るって情報は上がってるはずだよ?」

 間もなく帝国から高速船が来る。その情報は数ヶ月も前から上がっていた。だが、どんな船が来るかという情報はもたらされていない上、着宙場所は中継点から離れている。

 例え戦闘艦であっても、この韋駄天を助けに駆けつけられるとは思えない。

「間に合うわけ無いわよ……」

 コサカ女史が言うと同時に、大きな空間波紋が検出された。

 空間波紋とは、空間上、三次元に広がる波紋の事である。

 空間を平面である水面に例えるのであれば、空間跳躍を終え着宙した船は、水面に投げ込まれた小石のような物だ。小石が水面に干渉し波紋を起こすように、空間跳躍を終え着宙した船が、周囲の空間に干渉した結果、空間波紋が生じるわけである。

 投げ込まれる石が大きくなれば水面の波紋が大きくなるのと同様、着宙する船、その質量が大きくなれば発生する空間波紋も、それに比例し大きくなる。故に、空間波紋の規模から、着宙した船の質量が割り出せるわけだ。

 韋駄天のモニター、その表示を信じるのであれば推定質量は八十五万トン。アスタロスの半分以下だが、それでも巨大な船である事には変わらない。

 着宙した船が、周囲に船籍を発信する。跳躍を終えた船が行う挨拶である。

 帝国スメラ宇宙軍所属の、高速戦艦オルトロス。この艦のデータは、ディアス多星系連邦には、まだ無いはずだ。

 つまり、帝国スメラの最新鋭艦である可能性が高い。

 少し遅れて周辺船舶からの映像が、ネットを介して流れてくる。

 アスタロスの方と比べれば小さいが、全長一千メートルに迫る大型艦である。船首方向に付けられた巨大な砲が二門。そして幾つもの稼働砲……あからさまな戦闘艦だ。

 相手に対し正面を向けた時、全ての兵器が敵に向けられる……サイレンの艦とも共通する、帝国艦の基本形である。

 ディアス多星系連邦において、戦闘艦の寄港は無届けであっても違法ではない。ただ、その情報は、ディアス・ネットワークを通じ、瞬く間にディアス全域に共有される。

 万一、武力行使など行った場合は、その国は無法者国家としてディアスのみならず、スターネットを介し、人類圏全域に、その悪名を轟かせる事となる。

 そうなれば、以後、ディアスのみならず他国との国交、交易にも影響が出てくる。

 積極的な情報共有。これこそが、ディアス多星系連邦の自衛手段なのだ。

 故にクルフスも、ディアスへの侵攻を躊躇し、その矛先を内に閉じ籠もっている帝国スメラへと向けたわけだ。

『戦艦オルトロス艦長、コシバ少佐です。『鬼札』ジーンことオルミヤ大佐、お迎えに上がりました』

 韋駄天へ向けての通信である。だが、無指向性で暗号化はされていない。近隣船舶なら、その通信は容易に拾えたはずだ。

 つまり、韋駄天の船長が帝国の重要人物であると宣言する事で、手出しを躊躇させる、そう言う魂胆なのだ。

「まだ、しばらく中継点に留まるつもりだ。滞在中は、近くで睨みを利かせてくれればいい」

 唐突に名指しされても、ジーンは慌てた気配はない。さも当然の如く、受け答えしている。

 コサカ女史は、この異常な事態を分析する。

 亜光速航行に突入したアスタロスには、中継点に帝国艦がやって来た事を知る術は無い。その速度と、亜光速の推進炎が通信や探知を阻害するのだ。

 それを見越しての着宙だろうが、アスタロスの動向を知る術など、オルトロスにも不可能なはずだ。

 着宙前のオルトロスとアスタロスの距離は、光の速さを持ってしても年単位の時間が掛かるほど離れている。そして跳躍前のオルトロスは、光に近い速度まで加速していた。

 そんな状況下では、通信など行えるはずがない。

 ここで、ジーン・オルファンの『予言者』や『未来人』と言った二つ名が真実味を帯びてくる。

 韋駄天を包囲しつつあった船舶が反転し距離を取り始めた。

 その動きから、コサカ女史は状況を判断する。

 距離は十分あるが、戦艦オルトロスは天道中継点を砲の射程に収めている。そして、オルトロスはジーンを帝国の重要人物として名指しした。

 この天道中継点の総意であっても、相手は戦艦だ。現状でジーンを押さえる事は難しい。そして、総意としてジーンを押さえるのであれば、コサカ女史にも事前に情報が上がってきたはずだ。

 つまり、中継点の有力者、その一部が暴走した。それが、この一件だろう。

 今回の横槍で、ジーンの捕獲が不可能と判断し、手遅れになる前に事態の収拾へと入ったのだ。

「大佐、しかも『鬼札』ジーンと名持ちとはね……あのオルトロスで、ガトー閣下のアスタロスと一戦、交える気?」

 女史の問いに、ジーンは苦笑する。つまり、一戦交える気は無い。そう言いたいのだろう。

「こちら高速貨物船『韋駄天』……爆発事故により、波止場から慌てて逃げ出したところだ。次の接岸場所を指定して欲しい」

 以後、そっとしておいてくれるなら、先程の事は事故で口裏を合わせてやる。ジーンは言外に、黒幕へ向かって、そう言っているわけである。

 たっぷり一分に及ぶ沈黙。

『こちら、中継点管制局。次の接岸場所を選定中です。しばらく、お待ちください』

 帝国がジーンの護衛に戦艦を差し向けた手前、もう手出しはできない。口裏を合わせてくれるというのであれば、尻尾を振り従うしか無いわけだ。

「帝国……クルフスとの戦争に勝つかもね」

 総合的な技術力では帝国が勝っているが、国力ではクルフスが圧倒的に上なのだ。故に、コサカ女史も帝国の敗北を予想していた。

 ジーンと接触を取ったのは、帝国の技術や情報を、できるだけ引き出したかったからだ。

 だが、このジーン……『鬼札』の二つ名の通り、帝国の鬼札になるかも知れない。

 あのガトーは、これから銀河が騒がしくなる、そう言っていた。

 確かに騒がしくなるだろう。

 その鍵となるのは、あのガトーと、そして、ここにいるジーンだ。

 ガトーは何か思惑があってサイレンの技術を、様々な国にバラ撒いている。

 そのガトーに、欲していたディアス・ネットワークとスターネットの情報を気前よく与えたのがジーンだ。

 ジーンは帝国の思惑で動いている。

 つまり、帝国にとって、ガトーは目障りな存在ではないと言う事だろうか?

 もしくは、既に始末する算段をつけ、その段取りどおりに事が進んでいるかだ。

 ただ、コサカ女史としては、それは無いと思っている。自分のクローン……歳の離れた双子の妹の所在を教えてくれたのがジーンなのだ。

 ガトーが死ねば、自分の妹であるアスタロス副長、シモサカ・アオエも命を落とすだろう。

 そこまで、このジーン・オルファンは悪党ではない。そう信じているのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ