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虚空の支配者  作者: あさま勲


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15・空間跳躍

 天道中継点から離れつつあるアスタロスには、中継点で起こった騒ぎを知る術は無い。

 現在、船内では空間跳躍へ向けての準備が進められていた。

 空間跳躍突入のため、船を亜光速まで加速させる必要があるが、その際、アスタロスの重力制御でも抑えきれないほどの加速Gが掛かるためである。

 その対策に、船内の備品や調度品、その固定作業が必要となる。

「毎度、思うんだが、最初から固定しとけば手間も省けて良いんじゃないか?」

 船長室で備品の固定作業をする若い娘達を眺めつつ船長は呟く。

 娘達は全員、黒いボディスーツに黄色い緩衝ベスト、その上から白いエプロンを着けていた。

 アスタロス船内で備品や調度品が固定されていないのは船長室だけである。付け加えるなら、あえて備品や調度品を固定していないのは、船長の意志ではない。

 船長自身としては、他同様、最初から固定してしまって構わない。そう考えているのである。

「人手は余ってるんだし、仕事ぐらい回してよ。別に雲の上の、お偉いさんを気取りたいワケじゃ無いんでしょ閣下?」

 船長の言葉に、大柄な女性……厨房長が言う。

 二十代後半ぐらいに見える大柄な女傑で、アスタロス乗員の胃袋を預かる立場にある。

「あたしゃ、サイレン崩壊の際は、階級は大佐だった……佐官に閣下は不要だよ」

 船長の言葉に厨房長は笑う。

「特務大佐なんて、閣下のためだけの階級まで作ったんだ。単なる降格じゃないって事は馬鹿でも気づくわよ?」

 派閥争いに負け降格……その際、特務大佐という階級まで降格された。表向きには、そういう事になっている。

 ……特務大佐。

 サイレンにおける序列としては一等大佐の上に位置し、佐官の最上位となる。船長のためだけに作られた階級であり、サイレンには船長一人しか特務大佐は存在しない。

 そのためか特務大佐の階級章はない。船内の役職に就く者達で階級章を付けない唯一の人物、それが船長である。

 厨房長は、エプロンに隠れてはいるが階級章は付けていた。階級章が示すのは三等大尉である。

 元は主計課だったが、敗走時に逃げ遅れた非戦闘員の纏め役を買って出たところから、そのまま代表となったクチだった。

 アスタロスに回収されるまで、難民や敗残兵を乗せた輸送艦、その厨房を取り仕切っていた事から、アスタロスの厨房長に抜擢された。料理の腕は悪くないが、元々からして料理人ではない。

「備品や調度品の固定も、別に自分でやっちまって構わないんだがね……」

 そもそもからして、船長室も宇宙戦艦の一室である。重力制御が切れ無重力状態になった際の事も考慮されており、室内に浮遊物が出ない配慮がされている。故に、備品の固定も、さして手間ではない。

「閣下は船の掃除係じゃない。船の長……船長なのよ。ふんぞり返ってれば良いの」

「雲の上の、お偉いさんを気取りたいわけじゃ無いんだけどな……」

「同じ船の下、同じ釜のメシを食う、お偉いさんね……跳躍を終えて手が空いたら、厨房まで来て?」

 厨房長の言葉に、船長は溜め息を吐く。

「了解」

 上の空で返事を返しつつ、船長は現状を考える。

 先程、コサカ女史か手配した食料を回収した。

 レーダーに探知されないよう、潜宙核機雷から核弾頭を取り除き、その代わりに食料入りのコンテナを詰め込んであった。潜宙技術解析用の資料として、以前、提供した物が、そのまま転用されていた。

 つまり、光やレーダー波を屈折させ探知を困難にする潜宙技術は獲得できた……その表明だと船長は認識している。

 近々、ディアス多星系連邦も帝国スメラに準ずる恒星船の造船技術を獲得するだろう。

 ディアスは連邦外の国々とも、活発に交易をしている。それ故、ディアスの持つ技術は、放って置いても拡散するが、問題は技術を買ったコサカ女史が、それを連邦内に広めるかどうか? と言う点にある。

 立場的に、女史は技術の拡散に慎重な態度を取るだろう。

 が、技術を売ったのはコサカ女史だけではない。

 ミカサやカーフェンの祖国、アマツとアイゼルにも技術を売った。無論、他の国にも、である。

 サイレンの残党を身内に取り込んだ国も多数ある。当然、サイレンの技術も入手したはずだ。

 だが、技術を得た国々は慎重だった。クルフスに睨まれるのを恐れているのか、なかなか行動を起こさない。

 クルフス星間共和国に対抗できうる国力、それを持つ国が、ディアス多星系連邦と帝国スメラ以外に存在し得ない事と、この二国ですら、クルフス相手に、正面切って事を構えられるだけの力を持たないためである。

 現状では、船長の考える銀河征服には長大な時間が掛かる。これでは話にならない。

 だからこそ、更なる一手が必要になる。

 そのため、ディアス・ネットワークやスターネットなど、超光速通信網の現状を把握する必要があったのだ。

 一筋縄では行かないと思ったが、ジーン・オルファンの資料提供によりスターネットの分布は、ほぼ把握できた。

 後は、然るべき場所で行動を起こせば、自分が考える銀河征服は劇的に進む……そこまで考え、船長は溜め息を吐いた。

 室内で作業に当たる少女達を見回す。

 行動を起こせば、彼女たちも巻き込んでしまうのだ。だから、躊躇している。

 船長室の備品の固定も終了した。

 そもそも固定作業など、船長が一人でやっても五分かからないのだ。三人がかりで作業に当たれば二分もかからない。

「これ、鉢に植え替えたんだ……」

 固定作業を終えた少女の一人が呟く。

「拙かったか?」

「いえ、次の跳躍準備で、鉢に移し替えようと……」

 別段、自分で植え替えがしたかったワケでも無さそうで、船長は内心、安堵する。

「そうだ閣下、ウチの娘達だけど、服が欲しいって言ってるんだけど、次の寄港時に手配してくれないかしら?」

 厨房長の言葉に、船長は首を傾げる。

 上げられてくる報告から察し、服は足りているはずだ。

 特殊繊維で編み上げられるボディスーツは滅多な事で破損しない上、その下に付けている下着ぐらいなら、船内で生産できる。

 船内の水耕農場で綿花や麻を小規模ながら栽培して繊維を作っているのだ。シーツや下着、タオルぐらいなら、消費は補えているはずである。

「服が足りてないって報告は入ってないぞ?」

「服は足りてても、お洒落が足りない……察してあげなさい。化粧品なんかも、自分たちで自作とか、みんな涙ぐましい努力をしてるのよ?」

 アスタロス乗員の過半数が女性で、さらに、その大部分が二十歳前後の若い娘達だ。その事実に思い至り、船長は大きく溜め息を吐く。

「船を降りれば、こんな不自由な環境からも開放されただろうに」

「キヌカ中佐が面倒見てくれたとは思いますがね……アタシは、残りたかった」

 厨房長の言葉に、船長は、やれやれと溜め息を吐く。厨房長に付いてくる形で、少女達も船に残ったのだ。

 ちなみにキヌカ中佐は、アスタロスが海賊船になる前、戦艦イシュタルだった頃の副長である。女性だった事もあり、船長はおキヌさんと呼んでいた。

「残った結果が、この船の飯炊きだ……愛想が尽きたら、降りてくれて構わんよ。おキヌさんとは、天道中継点経由で連絡が取れる状態だ」

 戦艦イシュタル副長。キヌカ一等中佐が、アスタロスに収容されていた非戦闘員含む乗員の大部分を引き受けるべく艦を降りたのだ。

 艦のナンバーツーが降りるならばと、非戦闘員含め五百人もの乗員が降りた。だが、まだ百人以上も残っている。

 残ってしまった以上、彼らに対し責任が生じる。おかげで、準備は整ったが銀河征服の為の手段、その実行を躊躇しているのだ。

「サイレン随一の名将。『百戦無敗』の艦隊司令が何を企んでいるか……アタシはそれを知りたいんだ。それに以前のままじゃ、閣下とこうやって話すらできなかった」

「別に俺は無敗じゃないぞ。それに企んでいるのは、ロクでもない事だ」

 厨房長の言葉に、船長はぼやく。

 圧倒的戦力差があっても惨敗だけはしない。戦った以上、敵艦隊に必ず痛手を与えている。だから負けではない……指揮下の将兵達は、そう言って士気を保っていた。それ故の『百戦無敗』である。

「閣下の口にした『銀河征服』……征服の暁には、どうするつもりなの?」

「銀河帝国皇帝を名乗り、銀河全域から美女を集め酒池肉林の快楽の限りを尽くす」

 やる気のない船長の言葉に、厨房長は吹き出したようだ。そもそもからして、船長としても、そんな事は考えていない。それを、厨房長をはじめ、乗員達は皆、知っているのだ。

「美女を集め酒池肉林ってだけなら、今でもできるんじゃない?」

 どこか楽しげに厨房長は問う。

 船長だが、女性に対する欲求は、あまりないのだ。少なくとも船内の女性に手を出してはいない。副長を筆頭に、船には美女が幾人もいるのに、である。

 船長室の掃除やベッドメイクは、厨房長の管轄下にある少女達が行っている。ベッドに誰かを連れ込んだのであれば、その痕跡に当然、気づくだろう。

 お喋りな少女達だ。すぐに噂話として拡散され、厨房長の耳にも入る。

 だが、そのような噂は立っていない。当たり前だ。船長は何もしていないのだから。

『船長。あと十五分で亜光速推進を開始します。五分以内に船橋まで、お戻りください』

 副長からの呼び出しに、船長は安堵の息を吐く。正直なところ、銀河征服に向けての詳しい話は、したくないのだ。

「忘れてるかも知れないが、あたしゃ妻子持ちだ」

 正しくは『妻子持ちだった』である。だが、そこまで説明せずとも、知っているはずだ。

「知ってるわよ。だから、あたし達は安心して船に残れたの」

 楽しげに厨房長は言うと、出て行こうとする船長に向かって敬礼した。

「厨房長が船長室まで出張ってくるなんて珍しいとは思ったが……探りを入れに来たわけか」

 ぼやくように呟くと、船長は足早に船橋へと向かうのだった。



 船長が船橋へ戻ってきた事を気配から察し、ナルミは船長席からどこうとする。

「そのまま船長席で構わんよ……そう言えば、前に食事したのは何時だ?」

 ナルミに視線を向けた船長が、心配そうに問うてくる。

「船長から貰ったタイ焼きが最後……」

 あれ以降、十時間ほど飲まず食わずだ。

 緊張のあまり意識していなかったが、自覚した途端、音を立ててお腹が鳴った。

「跳躍を終えたら、すぐ飯食わせてやるよ」

 そう言いつつ、船長はどこからともなく板チョコを取り出し、ナルミに手渡した。とりあえず、これで我慢してくれと言う事らしい。

 副長がコップに入ったお茶を差し出してくれた。

 一口、口に含む……よく冷えた麦茶だった。

 気が付いたら、無我夢中でチョコレートを食べ終えていた。

「船内。問題ないな?」

 副長の問いに、膨大な文字列がモニター上を流れてゆく。ナルミは速読ができるので、それが船内の状況確認であると理解できた。どうやら問題はないらしい。

 亜光速推進開始まで、あと五分。その五分がナルミには長く感じられた。

「亜光速推進を、これより開始する。総員、加速Gに備えよ」

 船長の言葉と同時に、正面から抑え付けられるような感覚……加速Gが掛かる。

 目の前には二つの時計があるが、内一つの時計の時間が、徐々に早く時を刻み始める。それと同時に、正面モニターには、星が集まり虹の七色が入り交じった不思議な光景を造り出していた。

「スターボウ……」

 思わずナルミは呟く。

 光に近い速さで航行しているのに、後ろから来る星の光に追い抜かれる……その状況が、スターボウを船乗り達に見せるわけだ。

 そのまま、アスタロスは徐々に速度を上げてゆく。客観時間を表示する時計の進みからしか、ナルミには、それを察する事はできないが。

 そして三十分後。不規則に虹の七色が入り交じっていたスターボウが、規則的な虹の配列へと変わる。

 円形の虹。そう思った途端、中央に黒点が現れ、瞬く間に広がりスターボウを飲み込んでしまう。

 同時に衝撃。

『着宙を確認。座標算出……予定どおり着宙できました。目的地の『忘れられた中継点』まで、三天文単位です』

 天文単位とは地球と太陽の平均距離を基準とした単位で、およそ一億五千万キロに相当する。

 ユーリの報告に、ナルミは正面モニターへと視線を向ける。

 亜光速推進を始める前とは異なった星空が、そこには広がっていた。

 ジンナイから渡された時計を取り出す。そして強く握ってデータを投影した。

 時計から平面映像が飛びだし、そこにナルミの個人時間と客観時間が表示される。

 それによれば、一週間弱のズレが生じていた。

 ウラシマ効果により、一週間ほどナルミの時間が飛んだわけである。

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