12・ジーン・オルファン その2
唐突にアスタロス船体が振動する。ただし、ほんの数秒だけだ。
何だろう?
そう思い、ナルミは天井を見上げる。
だが、たったそれだけの事で、隣のイリヤには何が起こったのか理解できたようだ。
「ユーリ……あの貨物船、壊したわね?」
『はい。動力炉を暴走させて自爆させました』
スピーカー越しのユーリの返事を聞き、イリヤは大きく溜め息を吐いた。
「砲撃で沈めたかった……」
『無駄弾は撃つなとの船長から、お達しです』
砲撃と言われ、ナルミはアスタロスの船首から飛び出す、大口径の大砲を思い出した。
「砲撃って、船の先から飛びだしてる大砲?」
「それは船首光子砲……アスタロスの最大砲。まだ、試射でしか撃った事無い……」
思わず問うたナルミに、イリヤが答えてくれる。つまり、イリヤは船首光子砲を撃ちたかったのだろう。
だが、光子砲とは何だろうか?
光子とは光の粒子を指す言葉である。と言う事は、大口径のレーザー砲なのだろうか?
『三百メートル級の貨物船相手にはオーバー・キルも良いところです』
「じゃあ電加砲による砲撃」
電加砲は何となくだがナルミにも理解できた。電磁投射砲の類だろう。
『同じくオーバー・キルです』
『こんな人目に付くところ、かつ戦闘を必要としない状況下で、手の内なんか晒すわけにはいかんよ』
ユーリとイリヤの遣り取りは、船長の介入で終結した。
イリヤは船長に逆らえないのだろう。何か言いたげだが、何も言えずにいる。
だが、ナルミには船長とイリヤの関係より気になる事があった。
「光子砲って、レーザー砲ですか?」
レーザー砲とは、極めて高い指向性を持つ、高エネルギーの光を照射する砲である。そして光子とは光の粒子を指している。
つまり、レーザー砲の独自呼称なのかと思ったのだ。
レーザーは高い指向性故に、真空の宇宙空間なら、ほとんど拡散減衰することなく、文字通りの光速で遙か彼方の対象を照らす事ができる。
レーザー『砲』とまで呼ばれるクラスになると、照らされた対象は、瞬時に数千度まで加熱される……つまり、長距離を精密射撃できるエネルギー兵器というわけだ。
「圧縮光子……物質化するまで圧縮された光を撃ち出す砲で、威力はレーザー砲の比じゃないわよ?」
光を物質化するまで圧縮する……そんな事が人間の科学で可能だとは知らなかった。
いや、光の粒子……光子を制御する技術は既にある。その技術によってレーザー光線の威力は宇宙暦初期と比べロスが大幅に減り、エネルギー効率が数十倍にまで向上しているのだ。
その光子制御の技術を用いれば、光を物質化するまで圧縮することも可能らしい。だが、ディアスでは実用化には漕ぎ着けられていない。
いずれにせよ、この船に使われている技術は、ナルミが住んでいた天道中継点を大きく上回っている。
「船長やアナタ達って、一体、何者なの?」
「宇宙海賊……親父殿が、そう名乗ったはず」
海賊という事は、どこかの国に属している、そういうわけでもないだろう。
『国を亡くし、寄る辺も無くした悲しい孤児……それが俺たちだよ』
「あたし達には、親父殿がいる」
スピーカー越しの船長の言葉。それに対しイリヤが答える……迷いのない言葉だった。
その一言で、イリヤが船長に絶対の信頼を寄せている、それだけは理解できた。
『勘弁してくれよ……』
露骨に嫌そうは気配を臭わせる船長の言葉。それを聞きつつナルミは考える。
イリヤはアスタロスの砲術長と名乗った。
アスタロスは全長一千メートルを超える大きな船だ。いや、船ではなく戦闘艦である。それもディアスでは数えるほどしかない超大型艦。
そんな艦の砲術長を任されるほどの者が、只者であるはずがない。
そのイリヤが絶対の信頼を寄せる船長とは何者なのだろう?
ナルミは、そんな疑問を抱く。
鉢を持って船長室へと戻ると、船長は空間投影した文字列を眺めていた。何もない空間に映像を投影……空気分子を発光させ、画面として用いるのである。
副長の側からは、反転した文字列が流れて行くのが見えた。
結構な速度で文字が流れていく事からも速読だろう。副長も同じ事はできる。どうやらディアス・ネットワークの詳細情報のようである。
船長は、副長を一瞥すると、文字列を消した。
「鉢は、花瓶のあった場所に戻しますね?」
「ああ、目に付くところに緑があった方が落ち着く」
そういうと、船長は大あくびをする。
「先程の映像……ディアス・ネットワークの情報ですね?」
「ああ。でもサイレン再興なんて考えてないぞ?」
その気があれば、船長は既に行動を起こしているはずだ。サイレンが分裂し、もう客観時間で十年以上が経過している。
戦争の勝者たるクルフスの軍門に降った者達もいれば、それを良しとせず帝国スメラやディアス多星系連邦の軍門に降った者もいる。無論、未だ打倒クルフスやサイレン再興を掲げている者達もいるが、脱落者により段階的に数を減らしている。
つまり、招集できるサイレンの残党は、時が経つにつれ減っていくのだ。
だが、船長が号令を発すれば、今でもかなりの数が集まるはずだ。
ディアス・ネットワークの情報は、秘密裏にサイレン残党に招集を掛ける、その為の手段なのかも知れない。
そこまで考え、副長は先程の船長との会話と矛盾する事に思い至る。
「船長の考える『銀河征服』その計画を教えては頂けませんか?」
副長の言葉に船長は笑う。
「教えない」
船長の言葉に、副長は内心、溜め息を吐く。
仮に船長が『銀河征服』を実行に移した場合、早々に有象無象の部下の一人に格下げされるのだ。だから、教える必要は無い……そういう事だと理解したのだ。
「では、船長が天道中継点で何をやっていたのかも、教えて頂けませんね……」
「港をブラブラ羽根伸ばして、ついでにコサカ女史の仲介で、ジーン・オルファンって怪しい男とメールで遣り取りしてた」
諦め半分の問いに、船長は答えてくれた。
「ジーン・オルファン?」
「コサカ女史によれば帝国人の船乗りで、『予言者』なんて二つ名で呼んでるそうな。そのジーンの情報で、あの貨物船を襲撃したわけだ。あと、クルフスの出先機関に属していた時期もあったとか……」
貨物船襲撃。貴金属を運搬中とあったが、積まれていた荷は麻薬だった。
「つまり、船長は、そのジーン・オルファンに騙されたと?」
胡散臭さは感じていたようだが、船長はジーンの話に乗った。
海賊波止場に隔離されていた点からも、標的となる連中が、まともな船乗りではない事は事情に疎い副長ですら推察できた。
にも関わらず、である。
「いや、騙されてやったんだよ……アイツは俺に、この近辺の宙域を掃除させたいんだろう。だから乗ってやるさ」
かなり胡散臭い情報である。そんな情報に船長が乗ったという事は、貨物船以外で重要な情報をジーン経由で得ていたのだろう。それが、ジーン・オルファンに対する借りになっているのだ。
そうであれば……
「先程のディアス・ネットワークの情報は、ジーン・オルファンから得た物ですね?」
副長の言葉に、船長は楽しげに笑った。
「ああ。他にスターネットの情報も提供を受けた……どうもジーンは、俺が何を企んでいるのか知ってるみたいだな。コサカ女史は、ジーンと俺は面識があるのでは? ……なんて言ってたが、帝国に行った事はあるが帝国人の知り合いは、ほとんどいないぞ?」
船長はクルフスとの戦争中、サイレンの代表として講和調停を頼みに帝国スメラを訪れている。
……そう、サイレンの、つまり一国の代表である。
その代表に応対する帝国人も、帝国スメラの高官だろう。そんな人物がディアスの天道中継点に居るとは思えない。
「船長には、心当たりは無いわけですね?」
その問いに、船長は、はぐらかすかのように笑う。
「帝国のお偉方の何人かと対面したが、最終的に俺と交渉したのは、オルミヤ少佐だ。たかが少佐とは舐められたモンだ……と思ったが、他のお偉方と違い冷静に状況を把握していて只者じゃなかった。帝国人は情報に疎い田舎者……その認識を改めさせられたよ」感心したように船長は笑い、そして言葉を続ける。「クルフスに口実を与える事になるから、講和仲介もサイレン残党の受け入れもできないと言われたよ。クルフスの目的が帝国だって事は、しっかり知ってたわけだ」
船長が帝国に出向いたのは、客観時間で四半世紀以上も前の出来事だ。
だが、今の帝国は、サイレン残党を一部受け入れている。来るクルフスとの戦争に備え、戦力を増強したいのだろう。
「帝国は、クルフスに勝てますか?」
心情的に、副長は帝国に勝って貰いたい。
「順当に行けば、まず負けるな。地力が違いすぎる。サイレンが粘れたのは死守すべき母星を持たず、拠点を頻繁に変える事ができたからだ。惑星屋の保護という国是に反する手前、帝国にはできんよ……」
何より、クルフスは対サイレン戦では本腰を入れていなかった。それ故、サイレンは長きに渡って持ちこたえる事ができた。クルフスは、その後に控える帝国スメラとの戦争を見越し、十分な力を温存していたのだ。
共和国を名乗っている物の、クルフス星間共和国は侵略者の国だ。
周辺の国々を飲み込む事で拡大を続ける巨大な怪物である。
対し帝国は惑星屋……惑星開拓者の国だ。
惑星を開拓する者達を支援し保護する事で、その版図を拡大してきた。だから、帝国は支配宙域の惑星を見捨てる事ができない。
そして、その惑星屋の保護が帝国を疲弊させている。民間主導の無計画とも言える惑星改造、それに伴う版図の拡大が大きな負担となって重くのし掛かっているのだ。
船長が、かつて下した帝国評を副長も聞いていた。張りぼての巨龍である。広すぎる支配宙域を守りきれる力を、帝国は持っていないのだ。
帝国は広すぎる支配域を行き交うために、空間跳躍技術を始め恒星船の技術に磨きを掛けた。その要となるのは、小型かつ大出力のエネルギー源である。
そして、それは、そのまま軍事に転用できる。
そのため帝国は、支配域の広さのみならず軍事技術においてもクルフスを凌駕している。が、それだけではクルフスの国力差から来る物量には勝てない。
開戦直後は帝国優勢でも、遠からず息切れを起こし帝国は劣勢となる。
船長は、何れ起こる帝国スメラとクルフスの戦争を、そう語っていた。
滅ぼされはしないだろうが、クルフスに敗北した事で帝国は徐々に崩壊してゆく。
サイレン随一と言われた名将。『百戦無敗』の異名を持つ艦隊司令だった男の予想だ。その名将が、更なる情報を得ても覆さなかったのだ……まず正しいだろう。
副長は溜め息を吐く。
「勝てない……ではなく負ける、ですか」
つまり、将来、三大国家の一角が崩れるわけだ。
その時、銀河がどう変わるのか?
副長には、全く予想も付かない。
「あのオルミヤは、勝てないまでも負けない自信はある……そう言ってたがね。帝国は広いから、切り札の一つや二つ隠してるかもな」
つまり、船長も帝国スメラの手の内を読めているわけではない。そう言う事だと副長は理解する。
そして船長と交渉したオルミヤ少佐。そのオルミヤの名には憶えがあった。
「オルミヤというと、スメラ皇室の分家であるオルミヤ大公爵の一族ですか?」
サイレンは帝国スメラから派生した国家である。
スメラ皇室と血筋の近かった大公爵の叔父を担ぎ上げ、スメラから逃げ出すように新たなる国家を立ち上げた。それがサイレンの興りだ。
サイレンにもオルミヤの名を継ぐ者もいるし、船長もガトーという姓ではあるがオルミヤの一族の流れを汲んでいる。
「ああ。現大公爵の友人で懐刀。オルミヤ・ジン……トボけてはいたが、あれは紛れもないオルミヤだ。……とにかく食えない男だった」
ジーン・オルファン。オルミヤ・ジン。この二つの名前が副長には引っかかる。
「オルミヤ・ジン……ジン・オルミヤ。ジーン・オルファン?」
副長の言葉に、船長は感心したように笑う。
「確証はないが、俺は同一人物だと思ってる。クローンだとしても、似すぎているからな。コサカ女史に見せて貰ったジーンの写真……アレは俺と交渉したオルミヤ少佐と同じだった。だとすれば、サイレン・クルフス戦争に、あのオルミヤ・ジンが一枚噛んでるかもな」
クローン人間は歳の離れた一卵性双生児だ。故に育つ環境は遺伝子提供者と異なっており、それが性格のみならず容姿にも反映される。
事実、副長と、その遺伝子提供者であるコサカ女史とは、容姿はよく似ているが、それでも同じではない。
生き物は環境に身体を最適化させるのだ。いかに同じ遺伝子を持つクローン人間とは言え、全く同じ外見になるなど、意図しなければ起こりえないわけだ。
先程の言葉に、副長は思わず船長の顔を見る。
サイレン・クルフス戦争は、クルフス星間共和国がサイレンを帝国スメラと誤認した事から始まった。
その後、クルフスは間違いに気づいたようだが、サイレンをスメラ侵攻の足がかりにするべく戦争は続行された。
クルフスはサイレンの技術力を取り込む事で、その後に控えた帝国との戦争を有利に進めたかったのだろう。
所詮サイレンは単星系国家。百に迫る星系から成り立つクルフスには勝てない。そしてクルフスは、無傷でサイレンを手に入れたかったようだ。
だから脅しのつもりで亜光速ミサイルを一発、サイレン本星へと向けて放った。
初弾は迎撃させる前提で、降伏しなければ飽和攻撃を仕掛けると脅しを掛けるつもりだったのだろう。
限りなく光に近い速さで標的を破壊する亜光速ミサイル。飛翔体の持つ運動エネルギーは、速度が増すにつれ大きくなり、光速に達した段階で、そのエネルギーは無限大となる。
クルフスの放った亜光速ミサイルの速度は光速の九十パーセント程だったが、地球型惑星を打ち砕くには十分すぎる威力があった。
光速の九十パーセントで飛翔する亜光速ミサイルは、斥候が確認した瞬間にサイレン防衛艦隊の中を通過して行った。
亜光速ミサイルと、その標的を確認できてはいたが、防衛艦隊には亜光速ミサイルを止める術は無かった。
超光速粒子たるタキオンを用いた通信技術。それがあれば、本星へ迎撃の指示も出せたのだろう。だが、サイレンには超光速通信技術が無く、本星へ迎撃の指示が出せなかったのだ。
結果、サイレン本星は亜光速ミサイルにより爆散。
サイレン側の戦争目的が防衛から復讐となり、そして戦争は泥沼化した。
船長も、かつてはタカ派の急先鋒だった……本星爆散で妻子を亡くしたのだ。
副長は大きく溜め息を吐く。
「そこまで読めているのに、何故ジーンの思惑から外れるのですか?」
ジーンに近づくだけなら、積み荷である麻薬の取引で接近できたはずだ。だが、あえて船長はジーンの取り引きから逸脱した。
「コサカ女史によれば、ジーンは完全に個人の運送屋。麻薬を売買できるような組織との繋がりは、まず無いそうだ。そしてジーン・オルファン……オルミヤ・ジンは、俺を知ってると確信している。今後の俺の行動も、ジーンは先読みしてるだろうよ……だが、俺はジーンを読み切れない」
コサカ女史は、ジーン・オルファンを『予言者』と呼んでいる……そう船長は言った。それを船長も信じたのかも知れない。
今回の一件。『銀河征服』の為のお膳立てだろう。取引を御破算にするところまでジーンの予定どおり。そう船長は読んでいるのだ。
故にジーン・オルファンを知るために、思惑どおり踊ってやる……そう言う事だろう。
そしてジーン・オルファンの目的とは……船長すら読み切れないでいる。
「思惑どおりに動く……ジーン・オルファンに近づくためでしょうが、組織に属さず縛られないジーンには、容易に近づけないのでは?」
副長は問う。
事実、船長は中継点ではジーン・オルファンとは対面していない。恐らく避けられているのだ。
「望みどおり踊ってやれば会ってくれる……俺の勘だ」
船長は理解している。ならば副長としても言う事はない。
「会って、どうする気ですか?」
副長の問いに、船長は、たっぷり十秒ほどの沈黙を置いて答える。
「あの戦争を仕組んだ真意を問い……そして殺す」
サイレン・クルフス戦争を仕組んだのがジーンであれば真意はある程度、推察できる。
サイレンを帝国スメラの防波堤として利用したのだろう。
あの戦争のおかげで、帝国はクルフスの脅威を知る事ができ時間を稼げたのだ。
もしそうであれば、船長はジーン・オルファンを生かしては置かないだろう。
ならば、自分は何をするべきか?
副長は、それを考える。




