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虚空の支配者  作者: あさま勲


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10・船内にて

 アスタロスの船内は、呆れるほど広かった。それ故、船内には通路だけではなく弾丸リニアのトンネルまで張り巡らせてあった。このトンネル内を電磁力でカプセルが駆け抜けるのだ。

 巨大な船、その内部を迅速に移動する為の設備である。

 このカプセルを使って、ナルミは格納庫から医務室まで移動したのだ。

 ナルミの健康診断自体は、すぐに終わった。口内の唾液と剥離した粘膜を採取されただけだ。後は検査結果を待つだけである。

 その際、着替えもさせられた。今のナルミの格好は、先程、見かけた少女達と同じ服装だ。

 身体に合わせて瞬時に編み上がる黒いボディスーツの上に、黄色い緩衝ベストを身につけ、ナルミは船内を見回した。

 ボディスーツも緩衝ベストも、見た目に反して結構、重い。とは言え、ナルミが着ていたスペース・ジャケットと同じぐらいだろうか。

 このボディスーツは極めて丈夫で、音速の三倍に達するライフル弾でも貫通できない上、並の刃物も通さないのだとか。

 もっとも、衝撃は通すので、撃たれたり斬られたりしたら無事じゃ済まないそうである。そして、このボディスーツに専用のヘルメットを被れば、ボディスーツと一体化し、そのまま宇宙服になるとの事だ。ちなみに緩衝ベストにも低いなりに防弾効果はあるらしい。

 つまり、アスタロスの乗員達は、簡易宇宙服を普段着にしている……そう言う事だ。

 緩衝ベストは、戦闘時に船が揺れ、壁に叩き付けられたりした際の衝撃緩和が目的である。今は身につけていないが、戦闘時は、ヘッドギアも付けるのだそうだ。

「一人で船内回ると、迷子になるわよ?」

 イリヤの感情のこもらない声に、ナルミは足を止めた。

「この船って、何人が乗ってるの?」

『百十人……あなたを入れて百十一人ですね。貨物船の乗員達には退船を願い、現在、準備中です。彼らも含めると、更に十二人増えますね』

 応えたのは、ユーリと呼ばれていた中性的な声である。

 願った……と丁寧な言い回しをしたものの、実際は強制退船である。だが、格納庫での遣り取りから察し、命までは取っていないとナルミは楽観していた。

「あなたがユーリね。ねえ、あなたってAIなの?」

 ナルミにとって、この船の全てが珍しかった。

 それにユーリ。

 何処にも姿が見えないのに、まるでナルミの近くにいるかのように話しかけてきた。人間には、こんな事は難しい。それに、この中性的な合成音声からも人間とは思いにくい。

『私はAIではなく機械知性です。電脳内に発生した存在であり自己を認識しています。お国によっては、私のような存在をAEと呼ぶようですね。船長より、ユーリの名を頂いております』

「最初の宇宙飛行士。ユーリ・ガガーリンから、親父殿は名前を持ってきたみたい」

 ユーリの言葉をイリヤが補足する。

 初めて宇宙へと上がった人間、ソビエト連邦の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリン。その名前はナルミも知っていた。

 彼が人類で初めて宇宙へと到達した西暦一九六一年。それがナルミの属するディアス多星系連邦とクルフス星間共和国が使う共通宇宙暦の元年となっている。

 皇帝を頂点とする帝国スメラが使う星暦。これも西暦一九六一年が元年となっているが、宇宙暦より半年ほど暦が進んでいた。

 宇宙暦も星暦も、自分たちが完全に地球圏から完全に独立した段階で閏年を数えるのを止めた為、このようなズレが生じたわけである。

 そしてユーリは機械知性……AEと名乗った。

 AIは所詮はプログラムである。プログラムである以上、プログラムされた範囲内でしか動けない。

 だが、人間の脳を機械的に模倣したニューロ・コンピューターは、人間同様、情報の並列処理が可能である。人間同様、直感が可能なコンピューター、それがニューロ・コンピューターである。

 搭載されたAIは、ニューロ・コンピューターの高い柔軟性故に思考ルーチンを環境に合わせ独自に最適化してゆく。つまり、状況に合わせ自身を構築するプログラムを常に書き換えてゆくわけだ。その過程で、AIが自我に目覚め、AEへと進化する事が希にある事をナルミは知識として持っていた。

 だから、このユーリは、その希な一例なのだろう。

「ユーリに聞きたい。親父殿の言ってた銀河征服……アナタは知ってた?」

『ノーコメントです』

 イリヤの言葉に、ユーリが即答する。

 知らないではなくノーコメントという返事……つまり、ユーリは知っているわけだ。

「この船で、親父殿が、その話をしてそうな相手となると、大佐殿ぐらいかな……」

 諦め半分なイリヤの呟きに、大佐殿の口が堅いという事をナルミは察した。

「残念ながら、私は知らんよ?」

 唐突な声に、ナルミは驚いて振り返る。

 ……全く気配を感じなかったが、振り返ると初老の男が、すぐ後ろに立っていた。

「大佐殿……悪趣味」

 どこか不貞腐れたようにイリヤが呟く。

 イリヤ自身は驚いてないようだが、気配に気づいていたのだろうか?

「こうも簡単に後ろを取られるようでは、閣下の隣には立てませんよ?」

 どこか楽しげな大佐殿の言葉に、イリヤも気配に気づけてなかったのだ、とナルミは察した。

「あの、あたしは……」

「ナルミユウさんですね。私はジンナイと申します。過去に海兵隊の教官などもやってましたね」

「三等大佐で、この船の海兵隊連中は、大佐殿と副長にはアタマが上がらないのよ」

 自己紹介しようとするナルミに、大佐殿……ジンナイは名乗り、それをイリヤが捕捉する。三等とは言え、ジンナイは大佐なのだ。となると、船長は何者なのだろう?

 このジンナイの言う閣下……恐らく船長の事だ。ナルミは、そう直感する。

「今、全然、気配を感じなかったけど……」

「気配を消して近づきましたからね」

 事も無げにジンナイは言う。

「元海兵隊で白兵戦のプロフェッショナル。それに新古流って名前の古式武術を修めてて師範の肩書きまで持ってる……海兵隊の筋肉ダルマ連中とは別次元の化け物よ?」

「ボルトあたりを相手に素手で殴り合ったら、普通に負けますよ……」

 やれやれとでも言いたげに、ジンナイは言う。

 ボルト……地平線公園にも現れた、あの傷面の大男だ。身長二メートルを超える巨体に筋肉質の身体。体重も、このジンナイの三倍に迫るだろう。

 確かに素手ではジンナイはボルトに勝てない。だが、身に纏わせている『凄味』とでも言おうか。それは、あのボルトに負けていなかった。

 一見、優しそうだが、先程見かけたボルト同様、怖い人だ。ナルミはジンナイの事を、そう感じた。

「閣下から、これを渡してくれと。数時間以内に、このアスタロスは空間跳躍に移行します……だから、自分の時間を知っておく必要があると」

 そう言って、ジンナイは懐中時計を差し出す。一見、気持ち大きめの懐中時計にしか見えない。そして裏側にはアスタロスの紋章……髑髏を抱いた女神の姿が浮き彫りになっていた。

「時計の針が示してるのは単なる船内時間……時計を強く握ってみて?」

 そうイリヤに言われ、ナルミは時計を強く握ってみる。

 懐中時計の文字盤の上に、平面画像が空間投影される……ナルミの年齢と、産まれてから今まで過ごしてきた歳月が秒単位で画像には表示されていた。

「これって、あたしの個人時間?」

 個人時間とは、文字通り個人の過ごした時間である。

 亜光速航行から空間跳躍へと移行する関係上、恒星船乗りは必ず静止時間との乖離に巻き込まれる。

 光速不変の法則……どのような移動速度で観測しても、光の速度は秒速にして約三十万キロである。

 静止した状態で光の速度を計測しようとも、高速の五十パーセントで飛行する宇宙船の中から、後ろから追い越してゆく光の速度を計測しようとも、やはり光の速さは秒速三十万キロなのだ。

 つまり、高速に近づけば近づくほど時の流れが遅くなる……亜光速で移動中の当人にとっては僅かな時間であっても、故郷では長い時間が経っていた。などという事もあるわけだ。

 亀を助け、竜宮城で数日を過ごし故郷へと帰った浦島太郎。だが故郷では、ずいぶん長い年月が過ぎていた……浦島太郎の御伽噺に似ている事から、亜光速に伴う静止時間との乖離はウラシマ効果などと呼ばれていた。

 そして、船乗り達は自分に過ごした正しい時間を知るために、自分だけの時を刻む個人時計という物を携帯しているのだ。

 故に、多くの船乗りにとって、個人時計とは重要な物である。神聖視している船乗りすら居た。

「天道中継点に問い合わせたら、ナルミ嬢の生誕時間は教えて貰えましたのでね……それを元に、あなたの個人時間を設定しました」

 ジンナイの説明を、ナルミは満足に聞いていなかった。

 個人時計を持つという事は、船乗りへの第一歩である。少なくとも、ナルミは、そう考えていた。

 だから、自分の時を刻む時計、それに見入っていたのだ。



 格納庫でカンオケへと向かってゆく男達をハミルトンは見張る。

 カンオケとは、脱出カプセルの隠語である。回収が見込めなければ、これが文字通り棺桶となるのだ。

 視界に捉えた男が臆したかのように足を止めた。その態度に妙な違和感を感じ、ハミルトンは男へ注意を向ける。

 次の瞬間、男から自分の眉間に向かって光の礫が飛来してくるのを感じた。発砲の兆候であり、正確に眉間を狙っていた。

 だが、何処を狙っているか判れば、避けるも受けるも思いのままだ。

 だから、金髪の優男、ことハミルトンは、銃弾を掌で受け止めた。

 手袋に仕込まれた流体金属が硬化し、着弾の衝撃を掌全体へと分散させる。銃弾が潰れ掌に張り付いたという事は、対人殺傷力を重視した軟弾頭だろう。

 着弾と同時に潰れて広がり、人体に大穴を穿つ銃弾である。剥き身の所に食らったら、直撃でなくとも致命傷になりかねない危険な弾頭だ。だが、弾頭そのものの貫通力は低い。

 掌に張り付いた弾頭を、発砲した男に見せつけるように剥がす。

「あんまり、おイタが過ぎると、このカンオケを本物の棺桶に変えるぞ?」

 溜め息混じりに言うが、そこまでする気は無い。ただの脅しである。

 エドガー・ハミルトン……元サイレン宇宙軍、海兵隊の一等大尉であり、現アスタロス海兵隊の『一応』隊長である。

 ……未だ海兵隊の実権は副長が握っているため、隊長というのは名ばかりで実質的には副隊長なのだ。

 ハミルトンの言葉に、発砲した男は蒼白になって銃を捨てた。

 ハッタリに騙されてくれたが、良い腕してやがる……

 表情には出さないが、ハミルトンは男の腕を賞賛していた。

 手に銃を持たない状況からの抜き撃ちだったからこそ、兆候が読めたようなものだ。銃を構えた状況からの発砲だったら兆候は読めなかった。

 反動の大きな44マグナム……その反動を抜き撃ちで押さえ込むための重心移動から兆候を見抜いたのだ。これが反動の小さな22口径だったら、恐らく兆候を見抜けず眉間を撃ち抜かれていただろう。

「化け物かよ……」

 ……俺なんて、まだ序の口だよ?

 男の言葉に、ハミルトンは内心呟く。

 自分を超える技量を持つ者なら、このアスタロスに何人も居るのだ。大佐殿ことジンナイやハミルトンの師匠なら、小口径弾でも簡単に兆候を見抜いただろう。

 その二人の事を考え、ハミルトンは溜め息をつく。

 余裕を装ってはいるが、今のは一歩間違ったら命を落としていた。そうなったら、この男達は皆殺しだろう。

 それを理解した上で、あえて撃ってきた。つまり、自分たちの今後を楽観していないのだ。

 ディアス多星系連邦に所属する天道中継点は、犯罪者には重罰を以て対処していた。

 密閉環境である宇宙都市故に、犯罪者や危険人物を収容できる場所も限られている。だから、死刑も頻繁に行われているのだ。

 ……流石に極刑はないと思うがね。

 ハミルトンは声を出さずに呟く。

 天道中継点は、クルフス星間共和国に近い宇宙都市であり、クルフスの船も頻繁に訪れる。だから、祖国への強制送還と言った形で落ち着くだろう。

 ……つまり、それが死ぬほど嫌なのか。

 そう、ハミルトンは一人、納得する。

「さて、放り出すから全員、カンオケに入ってくれ。二十四時間以内に巡視船に回収して貰えるから、カンオケが本物の棺桶になる心配は無い」

 他の海兵隊員達に銃で脅され、貨物船の乗員達は、嫌々カンオケへと入っていった。

 貨物船から回収したカンオケこと脱出カプセルは、直系一メートル半ほどの球体で一人用だ。内側には緩衝材が貼られており、空気や水の浄化装置と保存食の収納スペースがある。が、保存食は既に食べ尽くされており、パッケージの残骸が残されているだけだ。

「カプセル……気密と空気の浄化装置は一応、大丈夫ですが、連中、何考えて非常食を食っちまったんでしょうか?」

「何にも考えてないんだろうよ……」

 部下のぼやきに、ハミルトンは、そう答えつつ溜め息をつく。

 恒星船乗りであるにも関わらず、彼らの規律は驚くほど乱れていた。そして船の状態も、お世辞にも良いとは言えない。

 ナノマシンによる補修が常時行われている推進系や機関部は問題なかったが、ナノマシンが使えない居住区画の痛み具合は酷かった。空調のメンテも最低限の事しかやってないのだ。

 居住区画にナノマシンが使えない理由は、その活動に必要なエネルギー供給が問題になってくるためだ。

 ナノマシンの活動には、外部からのエネルギー供給が不可欠で、この供給されるエネルギーが生物には有害なのだ。強いエネルギーであるが故に放射線同様、生物の細胞を破壊してしまう。

 そして細胞を破壊しない程度のエネルギー供給では、ナノマシンは満足な活動ができない……ナノマシンと生物は、相性が良くないのだ。

「船のメンテもナノマシンにオンブ抱っこ。何のために、こんなに人を乗せる必要があるんだか……」

「陸での情報集めと、休養として羽を伸ばす……その為で、別にメンテや操船は関係ないみたいだぞ?」

 クルフスの船は自動化が進み、人の手は、ほとんど必要としない。数人いれば操船は事が足りる。このアスタロスも、その気になれば無人で戦闘までこなせるのだ。

 自動化の進んだ昨今、貨物船の乗員は非常時の対応が主な役目なのだ。

 先程の尋問で多少なりと情報を引き出したが、連中はクルフスの逃亡兵、その寄せ集めらしい。モラルも糞もないロクでもない連中だった。

 漂流者が作った宇宙都市を乗っ取り、そこをアジトとしている軍人崩れのマフィア……別の情報提供者から得ていた情報の裏付けも取れた。

 ……こりゃ、久しぶりに戦えるかね。

 そう思い、ハミルトンは笑う。

 実戦から遠ざかり、体は鈍りきってる。だから、戦いに飢えていたのだ。

 この船の元軍人達は有事の軍人だった。戦いの中に身を置いていたため、理性のタガが外れ気味な者が多い。

 それはハミルトン自身も、例外ではないのだ。

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