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最後の言葉

作者: 黒澤雪路

人は感情をリセットする為に涙を流す。

悔しかった思いも、悲しかった思いも、嬉しかった思いも、本質だけ残して余分なものを涙として流すのだ

だから、私は泣きたくなかった。

泣いて、あなたを思い出にするのが嫌だった。

なのに、あなたは私を泣かそうとする。

どんなに抗ってもダメだと、そう言うように。




「きみはいつも我慢するからな。ぼくの前でくらい泣いてもいいのに」



口癖のようにそう言うあなたの優しさが、いつもくすぐったかった。



「次はどこに行こうか?あ、この前話してた雑貨屋さん行く?きみの好きそうなアクセサリーがウィンドウに飾られてたんだ」



小さな話でも覚えててくれて、私の好みも把握してる。

それだけ考えてくれてる事が嬉しくて、そんなにもあなたの中に私が居ることが、私の心を満たしてくれる。




「最近さ、家の近所の猫が可愛くてね。なんだかきみに似てるからついつい構っちゃうんだ」



楽しそうに話すあなたが、本当に好きだと思った。

嬉しそうに携帯で猫の写メを見せてくれるのが、なんだか可愛らしくて、思わず頭をくしゃくしゃと撫で回した。



「機嫌いいね。そんなに猫が可愛いい?」



意地悪そうに笑う。優しいだけじゃないあなた。



「ごめんごめん。きみが可愛いことするからさ、ついつい構いたくなるんだよ」



よくそんなに甘い言葉を出せるものだと感心する。

感心するのにそんな余裕がなくなるくらい、自分の顔があつい。

こうなると、なんだか負けた気がして悔しい。



こうやってずっとあなたと2人で他愛のない話をして、時々くすぐったくなるようなしあわせを浴びながら、手を繋いで行くのだ思った。




「仕事でさ…」



そう言って黙り込んだあなた。

言葉を探すように、私を傷付けない言葉を探して、黙って、口を開こうとして、また黙る。



「海外に行く事が決まったんだ。大きなプロジェクトで、これが成功するまで戻れない。今までみたいに連絡も取れないし、きみにも会えない。」



下を向いて、顔を上げて、決意したように話し出したあなたを私はなんだか遠い人のように思えていた。

付いてきて欲しいと言ってくれないの?そう思っても口が開かない。




「きみを縛ることはしたくない。自由なきみが好きだから。ぼくに付いてきて、それが正解なのかも不正解なのかもわからない。それに、治安が悪くて連れて行くには、ぼくが不安になる。だから連れていけない。でも、待ってなくていい。ぼくが居なくなって、きみを支える人が現れたら、その人に……」



言い切ることも出来ずに、苦しそうに顔を歪めたあなたを見るのがつらくなって、私は、あなたから離れる決意をした。

ずっと甘えてきたから、あなたが言えない言葉を私が代わりに言うわ。



「 」







寒い冬は隣にあったはずのあなたのぬくもりを思い出して辛かった。

暖かい春は桜が咲き始めたよと話してくれるあなたの声がなくて、気付けば散った桜並木を歩いて涙が出た。

暑い夏は熱にうなされ、夜中目が覚めた時、隣にあなたが居ないことに慣れない自分と夏の暑さに嫌気がさした。

涼しい秋はあなたが好きだと言った公園で、今年も真っ赤なもみじが寂しい世界に色を付けた。



同じように季節を追い掛けて、あなたがいた頃をなぞるように年を重ねた。

周りには綺麗になったね。と、言われた。

あなたが知らない私がいる。

寂しさばかりだった心はあなたが居ないことに慣れてきた。

だから、涙を流すのは嫌なのに。

私はあの時のまま、心も体も時間が止まって、あなたが帰ってきた時、1番に見付けられるようにと、そうする事で私の心を保とうとしていたのに。

あなたがいた頃を思い出す度、どうしようもなく涙が溢れて止まらなかった。


それもいつしか涙が溢れなくなった時、私は諦めたのかもしれない。

このまま、時を止めたところで、あなたは喜ばない。

そう思うようになった。

少しは大人になれたのかな。



何度も季節が巡って、またあなたが居なくなった冬が来た。

今年もあなたからの便りはない。

勝手に待っているだけだから、当たり前なのだけど。

時々、向こうで、もう結婚をして、子供がいるのではないかと思う時がある。

そうだとしても、私には知るすべがない。

事実を知るのが怖くて、1度も連絡を取れない私は、本当に臆病者だ。



あなたが可愛がっていた猫に子供ができていた。

可愛かったが、下手に構うと嫌われそうで遠くからそっと写真を撮った。




「あれ、あの猫親になったのか。先越されちゃったなあ」




時が止まったかと思った。

きっと幻聴だと思った。

だって、あなたがいる。

ずっとずっと待っていたあなたがいる。



「おかえりって言ってくれないの?それとも、もうきみを構う資格、ぼくにはないかな」



少し困ったような顔をして笑うあなたが、本当にここに居るのだと思うと、それまでしばらく溢れてこなかったものが流れた。



「泣くほど困らせちゃったかな」



違う、嬉しいの。と声にならない。

声にならない代わりに体が動いた。

体当りに近いくらい、力いっぱい抱き着いた。



「あぁ、きみのことずっとこうしたかった。実は結構怖かったんだよ。きみに忘れられてるんじゃないかって。でも、良かった。待っててくれてありがとう」



同じように涙を流して、2人で笑った。

こんな日がいつかまたやってくると信じて良かった。

また、あなたの隣に居られるのが、どれほど嬉しいか。



「ねえ、もう一度言って。あの時の最後の言葉でぼくは頑張れたんだ」




少し意地悪そうに笑うあなた。

あぁ、かわらない。だから私はあなたの事が







「愛してる」









短いお話です。

彼女のお話。

次は彼のお話が書けたらいいなと。


初めまして。

少しずつ、少しずつ、

たくさんのお話が書けるように頑張ります。


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