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 私は、そんな数日前のことを思い出し、娘あかりの様子を改めて見る。

 結局娘は、「数日、考えさせて下さい」と総理大臣に伝え、この日の会談は終了した。


「……本気か?」

「なにがです?」


「なにがって……」


 またすっとぼけてやがる……。

 総理大臣一行が帰り、ようやく二人きりになったところで。私はそのように娘に聞いていたのだ。

 考えさせて貰いたい、ったって。役人全員返したんじゃあ~、こっちがじり貧でおしまいではないか?


 『役人全員を返す』ってことはつまり、そういうこった。



 まあ、すっとぼけるならすっとぼけるで構わんさ。しかし、こちらはこちらで抵抗くらい勝手にやらせて貰う。

 悪いがな。


「──で、一体どうする気なんだ?」


 私は暫し考え込みながら窓辺に行き、外を眺め。総理大臣一行が車に乗り込む様子をぼんやりと遠目に見つめ。次に娘を横目に見て、そう聞いたのだ。


 要するにだ、この件を『どう交わし、避ける気だ?』って意味で、私しゃ聞いた訳だ。

 表情も、私にしちゃあ~珍しいほどに険しく、な。


「はい。実は何も、考えておりません」

「か……え?」


 ……こりゃ驚いたな。

 娘と付き合い始めて、たかが数年であるが。こんなにもアッサリと、『何も考えていない』などと言われたのは、初めてかもしれん。

 役人全員を返すにしろ、後に何かしら腹案なりの考えがあってのことだ、とばかりに思ってはいたのだが……。


 しかしこの娘の今の表情を見る限り、偽りは、残念ながらなさそうだから今は笑えん。


「ちょっ! ちょっと待て!! 少なくともいま、返しまっちゃ~こちらが困るだろう?

違うか? 《運営自体》もだし、〝国民〟だって困るだろうし」

「ですね」


「では、断るのか? 断るんだろ??」 


 断るも何も、そもそも問題の焦点は、『どう断るか』なのだ。

しかし先ほどからこの娘と話していると、ついつい不安になってしまうのだ。それでなくても数日前の件だってある。

 それで、そんな当たり前なことを改めて聞いてしまった訳なのだが。


 しかしその娘からの返答は、そんな私の予想を遥か見事に超えてくれるモノだった。


「実は、もうそろそろ大統領は辞めにしょうかな……って、思ってたんですよ」

「……ハぃ?」


「軍事力で勝てる相手ではありませんし。それに、ここの〝国民〟の意識も変わり始めました」

「……はぃ?」


 これには流石の私も思わず頭を抱え、吐息をつく始末だったが。しかしその理由の元となる話を聞けば、何のことは無い。


 実は、数日前のネットでの件だけではなかった。

 吉宗バリの目安箱に投函されていた一通の手紙もまた、その元となる要因の一つである。



『大統領様、初めまして。私くしは幸先市の梅と申します。


  ──中略──


初めは、私も、あなたのことが正直信じられませんでした。

理想ばかりで、本当にそれが実現出来るのか、って……。

だけどあなたは、私財を投げうってまで、私たち老人の生活を救済してくれました。

本当に感謝しております。

いつまでもこれが続くのならば、と。夢にも思って日々生活して居る次第です。

しかしそれも、私財を以て行う限り、いつかは限界があるのではありませんか?

私たち老人の願いは、働きたくともなかなか働けずに居る私たち老人に、僅かながらの労働と賃金。そして、将来いつしかやがては誰にでも訪れる病気・療養生活に対し、皆が悩み苦しまずに済む心安らかな生活環境なのです。

大統領様。

あなた様がもし、日本国の国政選挙に立候補なさって下さるのであれば。私は喜んで投票させて頂きます。

今のようなままで、この早見沢国家が未来永劫存続することは、恐らく難しいことでしょう。

最悪、無理をなさり悲劇的な事態が起こらなければと、日々心配している次第です。

ですから、無理はもうなさらず。私たちのことは気になさらないで、無理だと判断なさった時点でいつでも辞退なさって下さい。

これまで日々の生活に追われ、ろくろく考えずに過ごして参りましたが……。

私達自身の問題は、私達自身の意識で解決して行ける。

この国には、それを可能にする政治制度が《既にある》、いえ……『あった』のですから……。

 ──以下略──』



 ……要するに、あれだ。

 意地悪な捉え方をすれば、だ。単に、ありがとう、って感謝の意味にも取れりゃあーするものの。いいからいつまでもバカなことはやってないで、痛い目に遭う前に、サッサと辞めんかい! ともとれるのだが……。

 娘はこの手紙に、痛く感動しているようだった。


 それまで、感情なんてあんのかぁ? ってなくらい思わずには居られないほど、普段から冷静な娘あかりの奴が、こうも眩しいくらいに嬉しそうな満面の笑みを見せている。

 それをこうやって隣で見せられちまっちゃあ~よぅ~……流石の私だって、そりゃまぁなんだ。折れもするさ。


「じゃ……辞めるのかぁ? 本気なんだな?」


 正直な気持ち、残念でならないが……。

 それならばそれで、構やしないさ。

 6000億……全額はもはや無かろうが、それだけの資産がありゃ。この後の人生、少なくとも金に困るこたぁ~無かろうからなぁ♪

 はっはっはっ!


「はい。資金もそろそろ、『底を尽きてきた』ことですし♪」

「――って……ぉ、おい!!」


 半ば泣き出しそうになる私を傍に……娘が言うには、だ。

 全額、福祉施設建設に当ててしまったらしいんだな、これが。

 この早見沢国家内に全部で十軒。総数三千人は楽に収容出来る豪華な老人福祉施設なんだってよ。まぁあ~そんなモン造りゃあ~よ……懐が寒くもなろうさ……トホホ。


 そんな訳で、今時、屋敷も担保に持ってかれちまったもんだから。夕陽に向かい、唯一残された資産である最新鋭自衛隊戦車〝猫まんま〟に首輪とヒモを取り付けて、娘と二人で引き(自動センサーで娘の手首にはめてあるリングに反応してついて来るらしい)ながらトボトボ、キャラキャラと歩いていた。


 途中、どこのカップルが捨てたとも知れん僅か一センチばかりの焼き芋の尻尾を。あかりが、二つ拾い、一つをこの私にニコリとしながら手渡してくる。

 そしてもう一つを自分で、なんとも旨そうに嬉しそうにパクリと頬張り食べてやがる(良い子は真似しちゃいけませんよ?)。

 

 それを見て、娘あかりらしからぬ最近の行動の意味がようやく分かった気がしたさ。



 ……考えてみりゃ、まぁなんだ。

 この子が生まれたのは、たかが三年前じゃねぇーか。


 幾ら知識は普通の大人以上でも、感情は……そりゃあ~子供そのものだろうよ。

 知識は埋められても、感情ってーか、心ばかりは作れんかったモンでな。私も知らん間に、その感情ってモンが、いつの間にか育っちまって。感情が理性すらも瞬間、凌駕したのかも知れん……。

 でなけりゃ、いくら国民の意識が娘の理想目標に達したからといって。こんな普段から計算高い小生意気な娘が、大統領職ばかりではなく。家財産までも無くすような後先も考えんバカな真似はせんだろうぜ。


 私だって、精神的に大人になる時には。感情任せで律しない、そんな間違いは、よくやったもんだ。

 それに……この子はこの子なりで、考え、答えを導き出したのだろうよ?



『──私達自身の問題は、私達自身で解決して行ける。

この国には、それを可能にする政治制度が既にある、いえ……『あった』のですから……』



 ──なんか妙に、あの手紙のその部分だけ、アクセントを付け話していたからなぁ……。

 今更だが、この前のネット会談を見て。余程、納得がいったんじゃなかろうか?


 そんな娘あかりの最新鋭自衛隊戦車〝猫まんま〟を背にした横顔が、今は妙に子供っぽく可愛くも。一人の自立した大人の女性として、私には見え思えてしまうのだから、不思議なものである。


 そこで私は、あかりに改まったような顔をしてこう聞いてみるコトにした。


「なあ、あかり」

「はい?」


「独裁者だからこそ出来る〝理想的な国家運営〟ってのは一体、どういったモンだと思ったんだぁ?」


 私は、単純に、確認する意味であかりにそう聞いたのだ。


「……」

 あかりは、暫く押し黙したあと。私のこの問いに対し、何かを深く考え思い振り返るように、こう告げた。


「理想的な国家運営なんていうと、実に聞こえはいいですが。一部のごく限られた、実に民意を反映しない……反映できてもいない、少数の人だけが考え出した答えなどは、結局。

《人や物事の”多様性を無視したシロモノに過ぎない”》、のだと……気づかされました」

「……」


 ……そこに気付いたのか。

 そいつは、上出来かもなぁ?


「……それで?」

 だって、他にもあんだろう? めちゃめちゃ言いた気だ。


「それで、これは人に限ったことではないのでしょうが。良くも悪くも、色々と横にも縦にも振れるのが、大きな意味での《人や物事》……なのだとすれば。

誕生たさせた時の理想は、いくら正しくとも……その時代時代の人が求める理想は、その時代の変化の度に変わって行くのが、ごく自然なことだと……私には、思えます」

「それから?」


「短期的に問題の見え隠れする、議会制民主主義ではありますが。問題は問題として、別途考えて貰うにしろ。独裁国家では不可能に近い、多様性をとり入れるコトを可能にした現行上もっとも進んだシステムだと、言えるのではないでしょうか? 

あとはそこに足りないもの。新たな、より良いシステム作りを皆と共に考え切磋琢磨に続けてゆく──。

そのことが何よりも、肝心だと、私なりに感じ思いました」

「……そか」


 皆と共に切磋琢磨に、より良い環境作りを整え新たなシステム作りを構築……それは良いさ。

 既にお前が、それを実践してやって見せてくれたんだ。

それも見事なほどになぁ……。


 ふむ……ここらで一つ、試してみるか?


 さぁあかり、お前はこれに、なんと答えてくれる?



「しかし、その多様性は同時に。多様な問題も引き起こし、分かり難くするし。何よりも、対応が困難になるケースも多分にある、と私しゃ考えるが?

多少の生産管理も同時に認める、共産主義的体制に近ければ。そうした困難をある程度は抑制出来る、って利点もあるんじゃあ~ないのかぁ??

勿論、生産力を抑制するってことは、市場自体も抑制しちまう訳だから。競争原理が失われる、って意味にもなる訳だが……。例えばよ。利点欠点を補うって形で、共産民主的体制、なんて新しい発想はどうだい?

流石にそりゃ、無理があるかね?」


 私はあかりの答えを真剣な眼差しで待つ。

 きっと、これには悩む筈だ……。しかし、


「はい。一時期的な理想追従ならば、それも可能でしょう。

しかし、生産管理をやるということは。それは一種の、公務員化ですから。次第に一部が、流動性を失い始め。非生産的・非効率的保守思想が蔓延し出し、次第に腐敗を招く恐れもあることは。歴史的統計から見て、予測出来る事実だと推測するのが一般的見地ではないかと思えます」

「……利権絡みの、新たなる格差か?」


「はい」


 ……なるほどなぁ。それじゃ元も子もない、よな?

 分かったよ。オレの負けだ……。


「しかも中長期的、永続的な理想の継続は。”上流層に流動性の少ない傾向を多分にみせる”、独裁国家や共産主義支配体制では、難しいのではないしょうか?

勿論、民主主義体制であったとしても、この問題は付き纏う訳ではありますが。《自浄能力》がある分だけ、まだ『マシ』かと思えます。

そうした”世襲的格差”は、人の不満を助長させますし……格差は、人と人の心の間に見えない壁を作り出します」


 見えない……壁か。

 確かに、そうかもな?


「もちろん、一部の者だけが得る、強権的理想の追従で良いのであれば構いませんが……。

しかし父様は、そのような理想をお求めではなかったのでしょう?」

「まぁな~」


 それも、そうだわ。


「で……つまり?」

「つまり……そこが独裁者国家。または共産主義支配体制の限界、なのではないかと思います」


「……。なるほどね」

 確かに《理想的》といったところで。所詮、そんなもんは人それぞれの主観に過ぎないさ。

 立場が変われば、考え方も見え方も変わるのが『人間』ってもんだ。

 だからこそ、難しい。


「その多様性を出来るだけすくい取ろう、と考え作り出されたシステムが。そもそも、民主主義なんだよな?」

「……そうですね」


 それでもやはり、ここで付け加えて置きたいのは、だ。


 全ては、『有無相生』それは良くも悪くも、ってコトだろう。

民主主義政治には、良い面もありゃ。問題となる面もある。その認識は、常に持ってなきゃならない。


 例えばよ、

「……本当に、うめーな」


 ちょっと前なら見向きもせなんだろう、なんとも味気もなさそうな、焼き芋の尻尾。それが『旨い』なんて、今じゃ感じてる。


 人間の感覚なんてモンは、結局、こんないい加減なモンだ。


 人なんてもんはなぁ……。

 美味いモンには、じき慣れる。不味いモンにも、じき慣れる。


 贅沢に慣れりゃ、幾らでも贅沢に慣れる。貧乏も慣れりゃ、貧乏にも普通に慣れちまう。ただただついつい、周りと比較するもんだから、どうしたって不満が出ちまうだけのコトさ。


 不満みんなで担いで煽って、衆ぐう政治が生まれちまっちゃー、しょうがない?

 とは言え、不満出さなきゃ、政治なんて変わりゃあ~しない。

てな訳で、不満言って誰かが何とかしてくれりゃあ~自分楽して、得てして、そりゃそれなりで~儲けモン?

 言わなきゃ言わないで、人徳得てして~それなりに儲けモン?


 あらあら、そのうちモラルハザードで困ったもんだ、とくらぁ~。


 他の奴と比べたって、しょう~がない?

 だからって比べず、不満感じず、自己改善すらせず。それで他の奴に不満や文句言われていりゃあ~結局は一緒で、迷惑モン?

 しかも、頼られたことやらなきゃ嫌われモン?


 何だぁ? 結局は、『どうやったって一緒かよ!』なんていうのは、理屈じゃみんな分かってんのになぁ……人間、誰しもやっちまう。

 だってそれがなきゃ、動かねぇ~奴らっていうのが、世の中にゃワタシを含めてごまんと居るんだからしゃ~ないのさ。


 人間だもの?

 そりゃあ、そうだ。


 まさにその人間っていうのは、時に間違う生き物だからなぁ。人の数なんか半端ないんだから、ある意味じゃどっかで誰かが常に間違えているんだよ、きっと。


 毎分毎秒に一度ペースくらいでな。


 だから結局よ、誰かがその警鐘を鳴らし、動かねぇーケツを叩かなきゃなんねーし。風や動力が無きゃ、船だって動かせやしねぇーのは道理なんだ。


 ……ってな、訳でだ。どうせ『やる』んだったら、こちらから『やってやるさ』、くらいの意気込みでやった方がマシってなモンだよなぁ~?


「なあ、あかり」

「はい、父様」


「せっかく豪華な福祉施設作ってやっても。その維持管理費用が日本国政府からおりなきゃ、意味無いんじゃないのかぁ?」

「……そうですね」


「じゃ一丁、行ってみるかい?」



 《何処へ》って?

 ──そりゃあ~勿論、東京へさ!



 ◇ ◇ ◇



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