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──ダン!
「独立なんて、馬鹿げてる!
そもそも今までの生活に不満がある奴なんて、そう居なかった筈だ!!」
「それは、我が早見沢〝国民〟の世論を、聞いた上での発言なのでしょうか?」
「そうではありませんが、結果は見えてます!」
そう言い切る男の発言に、娘はやや困惑めいた表情を浮かべていた。
「……超能力者でもあるまいし。そんなこと、一応でも聞いて見ないと分からないでしょうに?」
「分かります!」
我が娘に先程から掴み掛からんばかりに吠えているこの男、某新聞社に十五年勤める三十八歳独身。身長172。只今、恋人募集中。
……なのだそうだ。
『国民の声を幅広く聞く』ことを宣言した為か、朝から暇無くこのペースで非難殺到だ。
どうやらうちの娘は、国民達から歓迎されていないらしい。
まあ……そりゃ、仕方ないが。
「兎に角、うちが仕入れた情報によれば。自衛隊は既に戦闘準備に入ったそうです!
個別的自衛権の発動ですよ。しかも国連決議まで取り付けたとか。どうするんです!?」
『ダンダン★』と男は憤慨気味に机を叩き続け。それに対し、娘あかりはその机が壊れるんじゃなかろうか?とばかりに心配気に机の方を一度見、それから男をしげしげと見上げ、実に簡単にこう口を切った。
「……どう、したら良いと思う?」
「こちらが聞いてるんです!!」
あー、その気持ちはよくわかる。
「まぁまあー、余りそう~興奮しなさんな」
「……そう言う、アンタは?」
「わたくし? 私は“この子”の、父親ですよ」
ちゃぁあ~んと、《早見沢国家》放送でも紹介して貰ったっていうのに。報道関係者からすらも、全く覚えてられてないなんて……。私しゃつくづく、影の薄い男である。
「おや、って……アンタがこの娘の親ぁあ──!?」
するとこの男、失礼にも指を『びっ☆』と差してきた。
「一体、あなたはこの子に。どういう躾の仕方をしてきたんですかあッ!」
「しつけ、って……」
そんなことをわざわざ他人にご披露するほど、大した躾なんぞやってこなかったが?
「いやぁ~まぁあー普通にね。国民思いな〝独裁者になるように〟、とだけ……」
「ど? 独裁者って……。アンタねぇーッ!!」
「はい?」
「先ほどからアナタは、何かとうるさい人ですねぇー。そんなにも言うのなら、世論を取れば良いでしょうに?」
そう言うと娘は、何か『面白いものを思い付いた♪』って顔を嬉しそうにする。
「……そ・う・だ。ここは民主国家らしく。アナタと私とで、大統領選をやって見る、というのは如何でしょう?」
「大統領選? ふ……まあ、良いでしょう。結果は見えていますがね!」
そんな訳で、大統領選なんぞという面倒なことをやる羽目になっちまった。
ちゃんと公職選挙法に則った選挙管理委員も発足し、公平公正に行われることとなる。
今日は、選挙前の討論会がテレビで生中継されるそうだ。
司会は、田原坂惣一郎。
パネラーは、宮沢哲哉ほか数名である。
「つまりアナタのマニフェストは、『元の状態に戻す』ただそれだけのことなのですかぁ?」
「当たり前だ! その為に大統領選なんて、アンタの馬鹿げた提案に乗っかったんだからな。
そういうお前のマニフェストはなんだ? 言ってみろよ!」
「そうですね……まずは福利厚生を、今まで以上に充実させてみようかと思います。
子育て支援は勿論。老後の年金保証も、皆が老後の心配などせずとも暮らせるような新たな仕組みとしての抜本的制度改革を行う、と……まあ最初はこんな所からですかねぇ?」
「ふ、福利厚生……? 何だよ。つまりはただの、〝ばらまき政策〟かぁ~??
で、財源はどうすんだ? 言うだけなら、誰でも言えるぞ! まさに今の政治ショーとまるで同じだな♪
わっはっは!」
「財源? それならばここにありますよ」
そういうと、娘は私の通帳をぴらりん♪と開いて見せた。
「6000億。中長期的な財源を含んだ問題は、今後の改革の中で随時、解決してゆくにしても。短期的なものとしては、ここ位の規模の街なら十分な金額でしょう?」
「6、って……」
余りの金額の大きさに、男は勿論、司会者もパネラーすらも唖然とする中。私は、「ぁあ~…」と頭を抱え込んだ。
これで、老後の不自由ない生活は消え去ったな、と。
そんなこんなで投票が終わり。結果、娘の圧勝となったのである。
まあ~……世論なんてもんは、こんなもんさ。
──ダン!
「ふざけんな! あんな馬鹿げた約束で国民を騙して、票数を稼いで、良いと思ってんのか!」
「心配はありませんよ。あのような選挙用の公約など、昨今では公然と普通に行われていることですから」
『身も蓋もない』とは、まさにこのコトって気がするなぁ……。
娘の態度も、実にケロリとしたものだ。
「結局あんたは、国民を金で買い、騙したんだ!」
「騙したかどうかは、今後の行動を見てからにして貰いたいものですね。それに……少なくとも、国民の〝税金を元手としたもの〟よりかは幾らかマシではないか、と私には思えますが?」
〝私財を使って〟、っていうのも。どうかとは思うがねぇ~?
「……いずれにせよ、私はアナタに勝ちました。“世論”も今は、《私にある》と言えるのではありませんか?」
娘のその言葉に、流石の新聞男もグッと言葉を呑み込む。
確かに、手段は兎も角として。この部分では、娘に幾分かの分があるように思えるからなぁ。
まあ……とても100%正しいとは、私にゃどうにも思えんがね?
そんな訳で早速、三日後には子育て支援は開始され。一人頭、三万円が支給されることになる。
但し、年収800万円を超える人は〝対象外〟とされた。
この程度の規模の市なら、高所得者の把握も簡単だから、それほど問題にはならなかったのだ。
更に、低所得老人には〝日本国〟の基礎年金に加え、『早見沢年金』なるモンが加算された。
これにより、月額六万円程度だった年金がナント十二万円にまで倍増し。介護保険も早見沢国内では〝全額免除〟となったのである。
……七十歳過ぎで、しかし月額六万円では満足な生活が出来ず。シルバーのアルバイトを余儀無くされていた老人等も、これにより安寧な老後の暮らしを送れるようになったのだ。そうなりゃ、始めは不満爆発だった国民世論も、早見沢大統領支持万歳に転じたのは言うまでもない。
民衆を抱き込みたければ、甘い汁を吸わせろ、だ。
まことこの世は、オットロシ! の限りだぜ。