第二章 殺し屋の雑談
オフィスの鍵は既に開いていた。
「やあ」
がちゃりとドアを開けると、二人の男がHLuKiを出迎えた。
「よお、HLuKi」
「おはようございます。HLuKiさん」
「おはようGolGor。neut」
四つあるデスクの内、手前の二脚にそれぞれ腰を下ろす二人にHLuKiは挨拶を返す。
手前右側のデスクに大きな身体を据えているのは、GolGorと呼ばれたアフリカ系アメリカ人の男だ。年齢は三十代半ばくらい。
頭髪は短い金髪の角刈りで、全身、特に肩周りや腕の筋肉がアームレスリング選手のように肥大している。その盛り上がった黒い肌を隠すのは、どこのとも知れぬロックバンドのロゴが入った騒がしいTシャツたった一枚。
下は青いジーンズを穿いていて、左手の薬指には結婚指輪が嵌められている。
GolGorに向かい合うようにして座るもう一人は、黒い髪をマッシュボブにした二十代前半くらいの男だ。
会社員と言われれば信じるし、大学生と言われてもなるほどそうか、と納得してしまうような若く折り目正しい雰囲気を持っている。細い青の縦ストライプのシャツにベージュのチノパンツという服装が、余計にその印象を助長しているようだ。
HLuKiは左側奥のデスクへ回って黒いブリーフケースを置きながら、neutと呼んだ男に話しかける。
「neut、この前君が観たがってたジャパニメーションなんだけどね。知り合いに頼んだら、特典付き? のDVDが手に入りそうなんだ」
「ほ、ホントですかHLuKiさん!」
neutは鋭敏に話に食いつく。
「うん。たしか『ひなたぼっこ姫』だったよね」
「はい、はい! それです、間違いありません」
興奮を抑えられないといった調子でneutは椅子から立ち上がった。
代わりにHLuKiが席に付く。
「特典って、『ひなたぼっこポストカード』ですよね? 原作のイラストレーターが描き下ろした、限定ポストカード!」
「え?」
HLuKiがおかしな反応を見せた。
「ポストカード………?」
眉を顰め、怪訝な声を漏らす。
「……え。な、なんですか……?」
不穏な空気を感じ取ったneutは、脚でガタンと椅子を鳴らした。嫌な静寂が朝の小さなオフィスを包み込む。やがて、
「………残念だけど、」
囁くように、そして言いにくそうに、HLuKiは口を開いた。neutは思わず固唾を呑んで──、
「ひなたぼっこでもポストカードでもなくて、『ヒロトの雨降りシール』って聞いてるんだけど………」
「なんてこった畜生………っ」
その場に崩れ落ちた。
「ちょっ……neut? どうしたのさ」
「………」
「neut?」
心配して、HLuKiが丸まったneutの背中に寄ろうとすると、
「………Hinata-bokko……。俺のHinata-bokkoが………」
「…………」
「…………」
取り残された二人。特にGolGorは、引き気味に口元を引き攣らせて蹲るneutの背中を見守る。
たっぷり一分も掛けて絶望に打ち拉がれてから、neutは頭を抱えながらよろよろと立ち上がった。そのままおとなしく席へと戻る。
「………だ、大丈夫かい?」
「……………ハイ、HLuKiさん……」
HLuKiが声をかけたが、neutの声色は芳しくなかった。
「……しかし、わかんねえなあ」
neutが落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって、GolGorは掌を下顎の角に置いて嘆息した。
「どうして、たかだかアニメーションがどうとかでそんなに泣いたり笑ったりできるんだよ?」
GolGorの小馬鹿にするような大げさなジェスチャーに、
「ただのアニメーションじゃないです、ジャパニメーションはクオリティがアメリカのとは段違いなんですよ!」
〝天国から地獄〟から立ち直ったneutは一転、声高に反論する。
「ジャパニメーションは絵とかストーリーとか、とにかく深みが違うんですって。GolGorさん、台湾の九份を舞台にした女の子のサクセスストーリー映画とか観たことないでしょう?」
「ジョウヘン? いや、確かにないがよ……」
たじろぐGolGorに、HLuKiは斜向かいの席から静かに頷いて、
「そのジャパニメーションの製作会社は日本を代表する凄いところなんだよ。そこだけに限らず、ジャパニメーションが高く評価されるのは画の描き込みの繊細さとかテーマの重さ、深さだね」
「よくわかんねえな」
「つまりジャパニメーションはアメリカの一般的なアニメーションと違って、決して子供向けに限らないってこと」
「そういうことです!」
neutが興奮気味に叫んだ。
「そうだGolGorさん、今度一緒に『ひなたぼっこ姫』観ましょうよ! 数話ならネットで観られますから!」
「……日本では一応、違法なんだけどね」
HLuKiは苦笑する。
「いいよ俺は。お前みたいなオタクにはなりたくねえ」
「なんてこと言うんですGolGorさん! 大丈夫、最近のネット社会はオタクに優しいですから!」
「いや、ネット社会がオタクに優しいのは当然だろ。俺はオタクにだなあ」
「とにかく、今度時間が空いたときに観せてあげますよ! 『ひなたぼっこ姫』珠玉の第九話『木漏れ日』!」
「いや、せめて一話から見せろよ──」
がちゃり。
そこで、小さなオフィスのドアノブが捻られた。
「おはよう皆。なんだか騒がしいな」
ドアを開いた男が声をかける。
「おう、遅かったな」
「やあ」
「あ、おはようございますStar Mさん」
オフィスに入ってきたのはヒスパニック系の男だった。
明るい茶髪をオシャレに跳ね上げた、流れるような髪からはふわりとジャスミンの香りが漂う。HLuKiやGolGorと同じくらいの高身長だが、二人に比べてシルエットは細い。
落ち着いた紺の半袖ポロシャツは銀ボタンを胸元まで開き、その下にクロムグリーンのジーンズを緩くベルトで締めている。
後ろ手にドアを閉めるのと反対側の手に握られているのは、赤、緑、黄の彩りが目立つロゴマーク入りのタンブラーだ。
「その手の容器はなんだ?」
GolGorは派手な彩色のタンブラーを目敏く指差した。Star Mは待ってましたと言わんばかりに顔をにやけさせて、
「いやあ、最近NYから本場のコーヒー店が来たって聞いたからさ。ダウンタウンに寄って買ってきたんだ」
「そいつは朝からご苦労様だな」
GolGorが背もたれをギシッと軋ませた。
「フランチャイジーなんだけど、本店の店主がブラジル出身らしくてさ。結構本格的なんだ」
「ハンバーガーがか?」
「コーヒーが」
GolGorがいかにも意地悪そうに茶々を入れた。
「そういえば広告でそんなのを見たな。確か、「BRAZ」だっけ?」
顎に手を当てて、HLuKiが尋ねた。Star Mは自分の席に向かいながら頷き、
「そうそう、その店」
まだ中身の入ったタンブラーをデスクに置き、ブランドもののバッグをデスク脇にかける。
「それにしても随分遅かったんですね」
「オープンが……一昨日くらいだったかな? だったから、朝から結構混んでて大変だったんだ。久しぶりに行列に並んだよ」
「ちょうど出勤の時間帯だし、それは仕方ないね」
だるそうに肩を回すStar MにHLuKiは苦笑した。Star Mは格好をつけるようにポロシャツの襟を仰々しく正して、席に座った。
「うちがタイムレコーダーを導入してなくてホントによかった」
「それには同意だ」
GolGorが快活に笑った。
「んじゃ、そろそろ……」
「あ、そうだ」
場を取り纏めようとしたGolGorの声を、Star Mが遮った。
「そこの店先の看板に書いてあったんだけどさ。NYの本店だと、定休日の日曜の午後には店主がカポエイラ教室をやってるらしいんだ」
「へえ。それは興味深いね」
「はあ? コーヒー店でカポエイラって……」
二人がそれぞれの反応を見せるなか、
「カポエーラ?」
neutが首を捻った。
「カポエーラってなんです?」
「なんだ、お前知らないのか」
GolGorが驚きの声を上げた。ふうん、とおもしろそうに身を乗り出してStar Mは顎を触る。
「え、皆さん知ってるんですか?」
neutの問い掛けに、三人の殺し屋は首を縦に振った。
「もしかして、僕かなり常識外れだったりします?」
「うーん。そういう訳じゃないけど」
代表してHLuKiが教鞭を執る。
「カポエイラっていうのは、ブラジルの国技なんだよ」
「? ブラジルの国技ってサッカーじゃないんですか?」
「確かにそっちのほうが有名なんだけど」
HLuKiは一拍置いて、
「カポエイラは昔、ブラジルに連れて来られた奴隷が手枷を付けたまま実践できる護身術として生まれたって言われててね。政府に禁止された時代もあったんだけど、やがてそれが国内に広まって国技になったんだ」
「はあ。護身術……ですか。つまり、CQCみたいなもの?」
「うーん」
HLuKiは当惑顔で唸った。
「あれは軍隊式だから、かなり違うね」
「CQCなら昔、知り合いの軍人に教わったぜ」
「そんな殺し屋はお前だけだよ」
得意顔のGolGorを横目に、Star Mは呆れ顔を見せた。
HLuKiは取り成し顔で二人を宥めようとするneutに、
「カポエイラは格闘技とダンスが合わさったみたいな不思議なスポーツでね。絶えずぐるぐる動いてたり、試合中に周りが伝統楽器を鳴らしてたり、手を地面につけながら蹴りを放ったり、他の格闘技にはないような特徴がいっぱいあるんだよ」
「へえー………」
納得したようなしていないような、寧ろ謎を深めたような顔で、neutはHLuKiの解説に小さく何度も頷いた。
するとHLuKiの説明を聞いて思い出したように、
「ダンス……ダンスね。タンゴならやったことあるんだけどな」
「そいつはブラジルじゃなくてアルゼンチンだろうが」
GolGorが鋭く突っ込んだ。
「どっちかと言えば、Star Mはタンゴよりもフラメンコって感じだね」
HLuKiは軽く笑うと、そこで首を傾げた。
「……で、カポエイラがなんだっけ?」
「おいおい。……要は、「BRAZ」の本店の店主が休みの日にはカポエイラの先生に早変わりするって話」
タンブラーに残ったコーヒーを啜りながら、Star Mは答えた。
「なんか、そこまで大げさにブラジル感を出されると……ただブラジルっぽいことをやってるだけの〝擬き〟に思えてくるな」
GolGorの率直な嫌味に、
「その店主はブラジル系二世らしいから、ある意味擬きといえば擬きかもな」
名残惜しそうにコーヒーを空にしたStar Mが真面目に返した。
「そういえば」
何気なく。
ぽつりとneutが零した。
「最近多いですよね。ブラジルからの移民」
「そうなの?」
今度は逆に、HLuKiが尋ねる。
「はい。ニュースで言ってました」
「そりゃ、ブラジルの経済成長が低迷中だからだな」
neutの向かいで、GolGorが補足した。
「レアルのインフレは進んでるのに産業技術が思ったように向上しない、政府は不安定な景気を回復するための金融政策に追われて、一番大事な石油採掘、鉱業やら重工業に満足に力を入れられない」
ニュースの解説者のような口調で簡潔に、GolGorは一国の内情を語る。
「一昨年はどうだったか知らねえが、去年はBRICsの中でのGDP増加率が一番下だったらしい」
「さすがは我らが社会学者金髪ゴリラ」
GolGorの隣でStar Mが拍手を送った。GolGorはそれにまともに取り合わず、
「それで、だ。こっちの大統領はメキシコとの国境付近に集まってくる移民希望のガキ共を全面的に受け入れる体勢なんだが、その中には身元も不確かな大人が交じってたりするんだよ」
「……なるほど」
HLuKiが真剣な面持ちで顎を摩った。
「ファベーラ出身でさえなけりゃ、ブラジルからの移民ってのはメキシコよりかはいくらか信用できるからな。近年大量に入ってきてるのは、どうもそんなところらしいぜ」
「相変わらず詳しいですね」
一通りの講説を聞いて、neutは目を丸くした。
「……GolGorさんって基本なんでも知ってるイメージがありますよね。経済とか法律とか、車……あとは格闘技?」
neutの褒め言葉にGolGorは止せ止せ、と肩を竦めて、
「経済も法律も政治も、所詮は独学だからな。本職には到底及ばねえよ」
「でも、難しい専門書みたいなのよく読んでるじゃないですか。もうGolGorさんは殺し屋兼社会学者ですよ!」
「……まあ、学者なんて半分自称みたいなところもあるが………。めんどくせえし、もうそれでいいや」
「投げ遣りだな」
怠そうにあくびを漏らすGolGorの横顔を、HLuKiが笑い飛ばした。
「それよりか、格闘技に関しちゃ俺よりもHLuKiのほうが詳しくねえか?」
「え、僕?」
GolGorの一声に、neutとStar Mの顔がHLuKiへと向けられる。
「確かに。さっきもカポエイラの解説がすらすら出てきてたし……HLuKiって、実は隠れ格闘技マニア?」
「それ隠す必要あるかな?」
「さあ」
Star Mは適当な調子で嘯いた。
「HLuKiさんは、なにか格闘技やってるんでしたっけ?」
「いや。いくつか興味を持ったのはあったんだけど、結局なにもやってないね」
残念だけど、とHLuKiは一言挟んだ。その物言いを聞いたGolGorは、
「やりたいんなら、適当になんかやればいいじゃねえか」
実に単純なアドバイスを送ったが、
「僕の場合、ずっと日本にいるわけじゃないからね。定期的な練習に、毎回参加するってわけにはいかなくなる」
「べつに無理して毎回行かなくてもいいだろうに」
GolGorの指摘に、HLuKiは首を横に振った。
「駄目だよ。自ら師事してそこの流儀を教えてもらうんだから、そんな社交クラブみたいな気軽さで休んだりしちゃ失礼じゃないか」
HLuKiの言葉に、三人のアメリカ人は一様に騒ついた。驚嘆の色がそれぞれの顔に張り付く。
「日本人っていうのは、とことん律儀で生真面目だな」
三人の心中を代弁するようにStar MはHLuKiの対面で渋い顔を見せた。
「日本人は到底スラムじゃ生きていけないだろう」
「他国に移住してスラム街で暮らす人もいるそうだから、全員がとは言わないけどね」
HLuKiはStar Mの軽口にも律儀に言葉を返す。先刻受付の女性と交わした雑談の内容を思い出しながら、
「でも律儀って言うより、日本人は神経質なのかも。実際、特に武芸に通じる人は何よりまず礼節を重んじるし………あ、そうだ」
「? どうしたHLuKi」
「格闘技で思い出したんだけどさ。僕じゃなくて、うちの姪がテコンドーを習ってたんだよ」
「ほう」
HLuKiが不意に繰り出した姪の話題に、GolGorは目を光らせた。ぐいっと身を乗り出して全身を耳にする。
「あの、テコンドーって……」
おずおずと発言したneutに、
「韓国の格闘技。日本の空手から発生した格闘技で、カポエイラとは全然違うんだけどこっちも蹴り技が有名なんだよ」
予め予想していたように周到に、HLuKiは的確な答えを返した。
「アメリカにも進出してるんだよ? 間違って〝KARATE〟って看板を出してる所もあるらしいけど」
「そ、そうなんですか……」
萎縮してneutは笑ったが、
「悪いが、テコンドー? は俺も聞いたことねえな」
「左に同じく」
「え、そうなの?」
HLuKiの予想を裏切って、思わぬところから疑問の声が上がった。
「あ、今度はHLuKiさんが少数派ですね」
neutが弾んだ声を出した。
neutとHLuKiの向かいでは、GolGorとStar Mが首を傾げる。
「Star Mはそうだとしても……ビルドアップ大好きのGolGorも知らないの?」
僅かに狼狽を見せるHLuKiにGolGorは頷いて、
「ああ。Techcondoh……ってのは聞いたことねえ。俺が知ってる韓国の格闘技は、Taekwon-Doっていうヤツだけだ」
「………英語だとそう発音するんだね。大丈夫、僕と君が想像してるのは完全に同じものだよ」
大真面目に些細な議論をするGolGorに、HLuKiは口の端を引いて目を伏せて、困ったように笑った。
「なんだ。なら普通に知ってるぞ」
項垂れたHLuKiを見て、GolGorはふんぞり返って腕組みした。その隣でStar Mはデスクに頬杖を付いて、
「俺は本当に知らなかったけどな。……でも例の姪御は、なんでそんなの習い出したんだ? わざわざ韓国のをやらなくたって、日本にも格闘技はいくらでもあるだろ?」
「ああ。日本は武道の国だからな。そんじょそこらの国より格闘技の数は豊富なはずだ」
GolGorが持ち前の知識でStar Mの疑問に同調した。
「きっかけは……たしか中学一年生の頃だよ。テレビでテコンドーの国際試合を見たらしくてね。わがままなんて殆ど言わないのに、そのときばかりはやりたいって聞かなくて」
「テコンドーって国際試合もあるのか」
「まず主要団体が国際テコンドー連盟とか世界テコンドー連盟って名前だからな」
GolGorは割り込むように答えると、にやりと口の端を歪めて、
「しかしなんだ、HLuKiは例の姪御の話をするときは本当に嬉しそうだな」
「え、そうかい?」
HLuKiの無自覚な返答に、
「とぼけたって無駄だぜ。お前は何の話をするときよりも、例の姪御の話をするときのほうがずっと生き生きとしてるんだから。なあ?」
GolGorが問い掛けを振ると、Star Mとneutは揃って頷いた。
「確かに、それは自明だな」
「議論の余地もありませんね」
「……そんなに違う?」
Star Mは鼻で笑うと、
「そりゃあもう! どんなバカップルでも、あそこまではいかないだろうよ」
「そ、そんなに!」
驚愕を露わにするHLuKi。
「た……確かにあの子のことは大事に思ってるけど、でもそういうのじゃないよ? 恋愛感情なんて不適切なものは抱いてない、僕は保護者の立場として思いやりを持って接しているだけで………」
あからさまにふためくHLuKiを、Star MとGolGorはにやにやと眺める。
「いや、まあ今のは……多少言い過ぎですけど」
思い悩むHLuKiに届いたかは知れないが、neutは密かにフォローを入れた。
「だけど、あれだな。やっぱりお前は」
Star Mの呟きに応じて、
「ああ。HLuKiは姪っ子好き過ぎだな」
「いやあ、今日はいいものが見られたな」
「全くだ。HLuKiのあんな姿が見られるなんて、今日はついてるぜ」
デスクに突っ伏すHLuKiを他所に、Star MとGolGorは実に愉快そうに笑っていた。
「ニースコンプレックスのHLuKiは、姪っ子のために殺し屋をやってるんだもんなー」
「ニースコンプレックスのHLuKiはこっちで色んな料理を覚えて、家で姪っ子に振る舞ってるんだよなー」
「ぐっ………」
的確に傷を抉られるHLuKiが、顔をデスクに乗せたまま呻いた。
「日本の家では、HLuKiはどんな叔父なんだろうな?」
「可愛い姪っ子に、親馬鹿満々で接してるんじゃねえか?」
「もう、やめてくれってば」
顔を上げたHLuKiは、此処ぞとばかりに反論に打って出る。
「あの子は確かに可愛いし優しくてこの上なくいい子だけれど、僕は親馬鹿なんかじゃない!」
「………HLuKi、説得するって単語は勉強し忘れたのか?」
「………とても現役の諜報する殺し屋とは思えない言動だな」
HLuKiの反論に近い何かは、二人を呆れさせるに止まった。
「? なんだよ二人とも。僕、なにか変なこと言った?」
「……いや。お前がいいならそれでいい」
GolGorは敢えてそれ以上は追及せず、顔の前で手を振った。
「よくわからないけど……でも、それを言い出したらGolGorだってそんな図体のくせして赤ちゃん大好きじゃないか」
「はあ?」
今度はGolGorが頓狂な声を上げた。
「だって、最近は口を開けば〝ジュニアが、ジュニアが〟ってうるさいじゃないか」
「馬鹿、赤ん坊なら誰でもいいわけじゃねえよ。自分の子だから可愛いんだ」
「そんなもんかな」
「お、最近はもう照れずに言えるようになったな」
「うっせえ。Star M、お前も親父になればわかる。子供ってのは偉大だ」
「俺はたぶん、結婚とかしない」
なにか嫌な思い出でもあるのか、Star Mは顔を歪めて棄却した。
「なら養子でもいい。育てろ! ちょうどHLuKiがよく通ってる施設があるだろう」
「やなこった……」
「まあ落ち着きなよGolGor」
「いやよくない。……あのな、HLuKI。お前は他所の姪を可愛いと思うか? 自分とは縁も所縁もないどこかの姪を、お前は大事にしたいと思うか? ん?」
「いやいやいや、それとこれとは全く別だよ」
「いいや違わねえ」
GolGorはまるで酒が入ったかのようにしつこく二人に絡む。そこで、
「……あの、」
今まで会話に入っていけなかったneutが、控えめに声を発した。
「ん、どうした?」
GolGorの猛攻から逃れたいというのもあって、Star Mは発言を拾う。neutは静かに、
「……皆さん。うちがタイムレコーダーだけじゃなくて、上司の目と減給制も導入してなくて本当によかったですね」
「……? おい、何が言いたい」
GolGorの粗暴な問いかけに、neutは自分の手首に巻いた灰色の腕時計を見ながら答えた。
「雑談で就労時間を一時間近く潰す社員を、普通の会社は容認してくれませんよ」
「………、あっ」
GolGorの間の抜けた声がやけによく聞こえた。
壁に掛かった時計が、いま存在意義を問われていた。
有名な話だとは思うのですが、一応念の為。
ジ○リ作品『千と千○の神隠し』の舞台の元になったのは、九份ではありません(と公式に否定されています)。
あと、Star Mの口調が『優しい殺し屋の不貞な事情』に出てきたとき(例のヒスパニック系)とは違ってほんの少し、ほんの少しだけ穏やかになっています!
あの時はまだキャラ設定まで詳細に決まってなかったのでいわゆる「アメリカン」なイメージに沿って書いていたのですが、設定画を描いてみると思ったよりも落ち着いた感じになってしまいまして……。
キャラの整合を頑張ったつもりですが、筆者としては違和感が拭えません。
とりあえず、同一人物ということでご容赦ください。
本文中の「全身を耳にして」という表現は、英語のイディオム「be all ears(全身が耳になる=一心に耳を傾ける)」からです。
他にも幾つか英語的な表現が出てくるので、お気付きになった方は「あ! これ進○ゼミでやったところだ!」という心持ちでドヤ顔をしていただければ幸いです。
因みにGolGorとStar Mの話し方が特徴的なのは、本人達の性格に合わせて、という理由だけでなく、GolGorは黒人英語、Star Mはヒスパニック系の英語を話しているから……という裏設定? も持ち併せています。
一口に「英語」といっても、国や人種によって様々な変化がありますので。そんな柔軟性も、英語が世界に広まった理由の一つかもしれませんネ(ゴメンナサイ知ったかぶりです)。
遅い投稿となって申し訳ありません。
それでは引き続き、『優しい殺し屋の不順な事情』をお楽しみください。




