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第十章 殺し屋の終業

 日も暮れたサクラメント駅前の街並みは、華やかな電飾が道往く人々を惹きつけている。上空から見下ろせば、黄金のタワーブリッジが水面(みなも)に映って夜の世界を煌びやかに装飾しているのが印象的だろう。

 同時に、緑の都会サクラメント市の夜半(よわ)はメトロポリスと呼ばれるNY(ニューヨーク)やワシントンD.C.のそれに比べてずっと穏やかなことがよくわかる。

 闇夜は必要以上に照らされず、電飾は星の光が地上に降るのを無理に妨げない。

 そんな優しい夜のサクラメント市の駅前を、人知れず三人の殺し屋が歩いていた。



「ああースッキリした! あの手紙を読んだときのあいつらの顔、盗撮してやりたかったぜ」

「あんまり証拠が残るようなこと企むなよ」

 金髪のアフリカ系の男が快活そうに笑うのを、茶髪のヒスパニック系の男が(たしな)める。アフリカ系の男は豪快に腕を振りながら、

「わあってるよ。お、そうだ。一件落着したことだし、一緒に飯でも食いに行くか?」

「俺は構わないけど」

 ヒスパニック系の男はそう返答したが、

「ごめん。これからすぐに、日本に帰らなきゃならないんだ」

 二人と一緒に歩いていたアジア系の黒髪の男が、申し訳なさそうな顔をした。

「もしかして……例の姪っ子か?」

「うん。明後日は授業参観の日だから、絶対に行ってあげたいんだ。終わったらまたすぐこっちに戻るから、ちゃんと報告書は手伝うし、荷物もアパートに置いたままになるけどね」

「………なあ。いま、パスポートとかサイフは持ってんのか?」

「え? あ、ああ。一応持ってはいるけど……」

「んじゃ、報告書やら事後処理は俺らに任せろ! 早く空港に行って来い」

 アフリカ系の男は、いかにも人がよさそうに笑ってみせた。

「え、でも……悪いよ。僕も一緒に」

「いいっていいって! おまえも早く、愛しの姪っ子に会いたいんだろ?」

 バシバシ、とアフリカ系の男がアジア系の男の背中を強めに叩いて、最後にどん、と押してやった。アジア系の男は本気で痛がった。

「いっつ………あ、ありがとう! じゃあ、すぐに行ってくる!」

 アジア系の男はまるで少年のように同僚たちに手を振ると、走ってサクラメントの夜に消えていった。



 * * * * *



「あ、もしもし。昋詩(かざし)ちゃん?」

『叔父さん! どうしたの?』

「今から急いで帰国するから、連絡入れとこうと思ってね」

『きゅ、急だなあ。……わかった。じゃあ、こっちに着いたらまた連絡入れてね』

「うん、忘れずに電話かけるよ。……あ、そうそう、一つ朗報があるんだけど」

『え、なになに?』

「家に着いたら、カリフォルニア特産のオレンジでおいしいリゾット作ってあげるね!」

『ちょ、ちょっとその雰囲気はデンジャラスな香りが……』

「はは、大丈夫だよ。地元の農家さんに教えてもらった折り紙付きの一品だから」

『ほんと? ……じゃあ食べたい! すぐ帰ってきてねー!』

「はーい。じゃあね」

『ばいばーい!』



 * * * * *



「……なあおまえ、ルシファー効果って知ってるか」

 アジア系の男の背中を見送ったアフリカ系の男が、ヒスパニック系の男に語りかけた。

「? なんだ、突然」

「いや、大した話じゃないんだがな」

 アジア系の男が走り去ったほうから背を向けて、ヒスパニック系の男へと振り向きつつ、

「心理学の世界じゃあよ、どんな平和な生活をしてる一般人も、特殊な環境下に置かれれば皆悪魔(ルシファー)になる、っつうのが通説なんだ。有名な実証実験もある」

 目の前の男がなぜ唐突にそんな話題を繰り出したのかはさておき、ヒスパニック系の男はひとまず、ああ、と頷く。

「用語は知らなかったが、経験したことは何度もあったな。あれをそう呼ぶのか」

 その返答を聞いて、アフリカ系の男は物憂げに夜空を見上げた。

「……あいつは稀有な存在だ。人を殺す人種の中で、最も理性的でまともだと言われる殺し屋の中でも、奴は別格だ」

 そうだな、とヒスパニック系の男は返した。それから、

「でも、奴は裁判官や軍人には向いていない」

 夜空を眺めたまま、アフリカ系の男はそう呟いた。

「そうか?」

「だってそうだろ」

 アフリカ系の男は駅前の電飾に照らされながら分厚い腕を組んで、

「自ら手を下すわけでもないのに、誰かを殺すことだけは決める。人を人と思わず、キャベツの中に入れたトマトをぶち抜くみたいに敵兵をできるだけ多く殺す」

 どうだ、向いてないだろ、とアフリカ系の男は目で語った。

「なるほど。それは確かに……」

「……やっぱ、あいつには向かねえよな」

 二人はそれぞれに、それぞれの思いで苦笑する。

 アフリカ系の男は思考を切り替えるようにパン、と拳を打ち合わせて、

「おっし、それじゃ明日あいつが安心して帰ってこられるように、今頃家でスヤスヤ寝てる後輩も呼び出して、今から報告書作成といくか!」

 同僚の返事も聞かないまま、アフリカ系の男はアジア系の男が去った方向から(きびす)を返す。

 サクラメントの夜の秋風は、一段と冬の訪れを身近に感じさせる。

 二人の長身な殺し屋の姿は穏やかな夜の街中の雑踏に溶け込んで、やがて消えていった。


 肌を撫でた心地よい風が、誰かの低い呟きを、どこかへと運んだ。

HLuKi(ハルキ)って男は、安易な堕天使(ルシファ)に囚われなかった異端の天使(エンジェ)だ」

 こんにちは。

 桜雫あもる です。


 今作は『優しい殺し屋』シリーズの一編として「殺し屋の日常」を(えが)くために作った物語です。

 が、なんと今回はマイナビさんと提携して開催している「お仕事小説コン」に是非「殺し屋」という職業で参加したい! との思いから、図らずも〆切という悪魔が誕生してしまったのです。


 この後書きを書いているのも、実は〆切から二十分ほど過ぎた頃です。

 うまい具合にちゃんと参加登録ができてたらなあ、と願うばかりです。


 最後の方なんかはもうホントに焦り過ぎて、事実関係がかなりハチャメチャになっている気がします。

 一応「推理」なんてカテゴリに設定してるのにね。

 笑っちゃって構いません。

 この作品は今後、自分にとって「どれだけ凝ろうと計画的に書け」という訓示を与えてくれる忘れられない一作になるでしょう(泣)


 これからは(今までもですが)色々と予定が立て込んで忙しくなりますので、また更新が遅れがちになると思います。

 何卒温かい目で見守ってくださいますよう。

 ここで筆を置きます。


 (編集部に)届け! この想い……!



 ご一読ありがとうございました。

桜雫あもる

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