マーメイド
夢ってトンチンカンですよね
『セイレーン』『ローレライ』『マーメイド』
唄で人を魅了し、寄ってきた舟を沈めると伝えられる人魚。
自分もきっとその魔法にかかってしまったのだろう。
どこからか聞こえてくる唄にそっと耳を傾け、聴き入っていた。
あろうことか顔も姿も見たことのないその声の主に、すっかり恋をしてしまっていた。
きっと自分も言い伝え通り魔法にかかってしまったのだ。
ー
変な夢を見た。
見たこともない海辺でとても綺麗な歌声をただ聴いていた。それだけ。
夢は大抵は忘れてしまうもの。
でもはっきりと頭の中に残っている。
あの人の歌声が。
ぼーっと空を眺める。またあの人の声が聴けないものかと思うものの所詮、夢で聴いただけであって現実で聞こえるわけがない。
そんな事分かっているけど、どうも気になってしまう。食べ物も口に通らない。
はぁっと大きな溜め息を吐く。
これは所謂恋煩いってやつだ。
変なものに恋をしてしまったなぁ。夢に恋をするなんて。
きっと他の人に話したら笑われてしまうだろう。
ー
「マーメイドって知ってるかい?」
魔女は問いかけた。
「ローレライ、セイレーン、人魚。地域によって様々な呼び方で伝えられている。」
「人を魅了しては沈めてしまう恐ろしい化け物さ。」
違う。そんなことない。
きっと彼女たちにも理由があるんだろう。
まるでマーメイドを理性なく暴れる化け物みたいな言い方をするな。
「可哀想に。君もマーメイドの呪いにかかってしまったんだ。」
ー
夢を見た。最悪な気分だ。
どんな夢だったかは覚えてない。だけど心の奥底がもやもやした。
辺りは暗い。まだ夜中。
瞼を閉じるものの眠れない。
もやもやした気持ちが眠りを妨げているようだ。
ー♪♪♪♪♪
不意に歌声が聞こえてくる。
どこから聞こえてきているのかわからない。その歌声には聞き覚えがあった。
夢で聴いた、あの歌声だ。
それを聴いた途端ぼんやりしていた脳は覚醒する。
(一目見てみたい。この歌声の主を。)
歌声に誘われるまま、家を飛び出し走り出す。
どこから聞こえているのかわからない。まるで霧の中に飛び込むような感覚だ。
それでも構わない。君に会えるなら。
ー幻想の丘ー
「今晩は。こんな時間に何か御用?」
風の妖精が話しかけてくる。
「探している人がいるの。」
そう答えると風の妖精はくるくると舞って目の前に降りてきて、聞いた。
「そう。どんな人を探しているの?」
「わからない。顔も姿も見たことがないんだ。」
「不思議なことを言うのね。それじゃあ探しようがないじゃない。」
「声。綺麗な歌声が聞こえるの。その声の主を探してるんだ。」
そう答えると風の妖精たちはふわふわと集まって、なにやら話し始めた。
そして再びこちらを見て言った。
「ここら辺には唄を歌うような人はいないわ。踊りなら好きなんだけど。」
そっか…と肩を落とすと風の妖精は申し訳なさそうに言った。
「お役に立てなくてごめんなさい。光の魔女なら何か知っているかしら。」
「魔女…」
魔女。何故かその言葉に嫌悪感を覚える。
すると、それを察したのか風の妖精は言った。
「闇の魔女はずる賢くて悪い人だわ。でも光の魔女はとっても優しいの。きっと貴方の道標となるわ。」
風の妖精はその小さい手をこちらに差し出し言った。
「光の国まで案内致しますね。」
ー光の国ー
風の妖精に手を引かれ、辿り着いた場所は夜なのに明るい。そんな街だった。
「ここは光の国。あそこに見える家に光の魔女がいるはずだわ。」
そう言って風の妖精が指差した先、かなり遠くに古臭い家が見えた。
「人探し頑張って頂戴。」
風の妖精はそう言いながら小さく手を振り去って行った。
取り残された自分はさっきまで暗い闇の中とはうって変わって明るくなった環境の差に目眩を覚え、ふらふらしていた。
眩しくて目を開ける事ができない。
しばらくして目が慣れてきて、瞼を開き周りを見渡す。
辺りを光の妖精たちが慌ただしく舞っている。
「そんなに慌ててどうしたの?」
光の妖精に尋ねる。
「あぁ、大変だ。光の魔女が倒れてしまったの。」
光の妖精は困ったように言った。
「それは大変だ。ちょうど光の魔女に用があったというのに。」
「そうだ、貴方。聖なる洞窟に行って薬草を採ってきて下さらない?私たちは夜が苦手なの。」
名案といったように光の妖精が言う。
断る理由もないので「良いよ。」と言うと光の妖精は安心したような表情を見せた。
「ありがとう。助かるわ。」
そして、続けて言った。
「聖なる洞窟の外にはお化けが出るという噂なの。気をつけて頂戴ね。」
ー聖なる洞窟ー
光の妖精に貰った地図を元に聖なる洞窟へと辿り着く。
中は暗いが、辺り一面に散らばる砂利がところどろ青白く発光しているため見えない程ではない。
周りを見渡すと視界にひときわ明るく発光する何かが見えた。
そちらを見ると、とても綺麗な葉が地面から伸びていた。
それが薬草だということはすぐにわかった。
案外すぐに見つかったことを嬉しく思いつつ、薬草のある方へ足をのばす。
あと少しで薬草に手が届きそうだったところで突然、地面が大きく揺れた。
何かに体を突き飛ばされ尻餅をつき、「いたた」と顔を上げると目の前にはとても大きな石の固まりが佇んでいた。ゴーレムだ。
いきなり現れたゴーレムに呆然としていると、地響きのようなうなり声が発せられた。
「汝、此処ニ何ノ用ダ?」
そうか。ゴーレムは『番人』を表す。きっとこの薬草を守っているんだ。
怖いけどここで怖じ気づく訳にはいかない。
「薬草を採りに来た。」
真っ直ぐとゴーレムを見据えて言う。
ゴーレムもまた、真っ直ぐとこちらを見てきた。
「我ガ怖クナイノカ?」
意外な質問に肩透かしをくらう。そして、少しでも怖いと思ってしまった自分を恥じた。
「誰か待ってるの?」
ゴーレムに向かって言う。
ゴーレムはゆっくりと、その大きな頭を縦に動かした。
「我ハ、我ヲ創リシ者ヲ待ッテイル。我ハ何故創ラレタノカ、誰ニ創ラレタノカ、知リタイ。」
「そっか。こっちはその逆だよ。」
「逆?」と不思議そうに言うゴーレムの隣に座り、続ける。
「何故探しているのか、誰を探しているのか、自分でも分からないんだ。途方もない話だろう?」
「ソウカ…デハ我ト同ジダナ。会エル宛ガナイ。」
ゴーレムは少し寂しそうに言った。そして、唐突に手を差し伸べて来た。
その手の中には薬草があった。
「えっ…これ、守っているんでしょう?」
驚いて聞き返す。
「汝ハコレヲ探シテ此処ニ来タノダロウ?コレガ汝ノ道標トナルナラ我ハ汝ニコレヲ渡ソウ。」
ゴーレムはそう答えた。
「ありがとう。自分の探している人も、君みたいに待っていてくれるなら嬉しいな。」
ぼんやりと歌声の主の事を考える。
自分のことを待っている。そんな訳がないな。
そう思い、苦笑する。
「君がその待っている人と会えるのを願うよ。」
そう言ってゴーレムに手を振り、洞窟を後にした。
ー常闇の平原ー
光の国へと向かう道はとても暗かった。
通る人たちに不安を与えるような、そんな暗闇。
一刻も早くこの暗闇から抜け出そうと足を早める。
「やぁ。」
不意に声がかけられる。嫌悪感を覚える声。
振り返ると、そこには真っ黒な服で身を包んだ老人がいた。
闇の魔女だ。
声かけに答えず、そのまま歩みを進める。
「随分嫌われているようだね。」
闇の魔女は続ける。
「呆れたものだ。君はまだ探しているのかい?」
「探しているよ。」
「何故探しているのかい?」
闇の魔女の言葉を聞き、考えてみる。
(自分はどうして探しているんだろう?)
脳裏に浮かび上がった疑問に即答する。
「会いたいからだよ。」
答えなんて単純だ。
今も頭に焼き付いているあの人の歌声。
(君はいったいどこにいるの?)
雑念を振り払うように再び歩き出す。
闇の魔女はもう話しかけてくることもついてくることもなかった。
ー光の国ー
光の国にたどり着く。
常闇の平原の暗闇からいきなり明るい場所に来たため、目が開かない。
目が慣れるまで時間がかかった。ようやく目が開けるようになったところで声がかけられる。
「待っていたわ。薬草は採れたかしら?」
光の妖精だ。
「無事採って来れたよ。」
その言葉を聞いて光の妖精は安心したような表情を浮かべた。
「そう…良かったわ。お化けは大丈夫だった?」
そして再び心配そうな表情を浮かべる。
それに対してこう答える。
「お化けなんていないよ。」
それから光の妖精は「お薬を作らなくちゃ。」と慌ただしく去っていった。
自分も、光の魔女の家へと歩き出す。
ー
「それで、貴方は私の所へと来たということですね。」
光の魔女に話をすると光の魔女は立ち上がり、一冊の本を持ってきた。
「貴方の探し人は『マーメイド』なのでは?」
「マーメイド?」
光の魔女は本を広げ、指をさす。上半身は人間、下半身は魚。そんな絵が描かれている。
「見てのとおり、マーメイドは『人魚』。地図を貸して下さい。」
光の魔女は地図に円を描く。
「ここには古くから人魚が現れるという言い伝えがあるのです。ここに行けば貴方の探し人と会えるかもしれません。」
「ただし」と光の魔女は続ける。
「ここへ行くには『迷いの森』という場所を通らなくてはいけません。そこはとても危険な場所です。」
光の魔女は真っ直ぐとこちらを見て、言った。
「行くにはそれなりの覚悟が必要です。」
それに対して答える。
「彼女に会えるなら、どこへだって行きます。」
光の魔女は止めなかった。
「薬草の件はありがとうございました。くれぐれもお気をつけて。」
ー迷いの森ー
森の中は霧がかっていて周りが見えない
まるで時が止まっているのではないか。そんな錯覚を覚えるような静寂の中、自分の足音だけが鳴り響く。
どこも同じような景色で、ずっと同じ場所を歩いているのではないか、段々とそう思えてくる。
不意に鬱蒼とした森の中に少しだけ光が差し込んでいるのに気がついた。
朝が近いのだろう。
そう思うと気持ちが焦った。
朝になればあの人に会えなくなる。
何故かそう思った。
ー♪♪♪♪♪
唐突に耳に届く歌声。
それは間違いなくあの人のものだった。
(どこから聞こえる?)
耳を凝らし探してみる。
しかしいくら声が聞こえる方へ歩いても、一向に声は近づいてこない。
そこで気づいた。錯覚ではない。自分は実際同じ所を歩き続けている、と。
後ろを振り返る。
視界は真っ白で何も分からない。
もはや帰ることも出来ないだろう。
そう考えると少しだけ怖くなった。
唐突にお腹がなる。今になってお腹がすいていたことに気がついたのだ。
このまま迷い続けて、会えないまま死んでしまうのではないか。
そんな不安に駆られる。
『何故探しているのかい?』
闇の魔女の言葉を思い出す。
そうだ。自分はこの声の主に会うためにここまで来たんだ。
覚悟があって来たはずだ。
今更怖じ気づいてなんていられない。
ー♪♪♪♪♪
決意に応じたかのように、ぼんやりとしていたあの人の声が明瞭としたものになってくる。
歌声に導かれるように歩き出す。
不思議と不安はなかった。
そして、真っ白な視界に一筋の光がさしこむ。
飛び込むようにそちらへ行くと、突然視界が開けた。
足下には白銀色の砂が散りばめられていて、一歩、一歩と歩みを進めるとサクサクと音をたてた。
ー♪♪♪♪♪
声はすぐそこにある。
顔を上げると、エメラルド色の海の真ん中、そこには一つの影があった。
ー
「あ…っ」
伸ばした掌は空を切った。
そして、悟る。全ては夢だったと。
あと少しで会うことが出来たのに。悔しかった。
足下を見る。決して歩くことの出来ない足。
歩いた感覚はもう残っていない。
変な夢だった。
ー♪♪♪♪♪
夢で聴いた唄を歌う。夢のことははっきりと覚えていた。
まだ諦めのつかない気分で歌う。
不意に視線を感じ、そちらを向く。
そこには一人の少年がいた。
そして、彼はふわりと笑顔を見せて言った。
「やっと見つけた。」
どうも、麗琶です!
今回はファンタジー×恋愛ということで書いてみました。
夢はトンチンカンなことばかりです。
有り得ないことをやってしまうのが夢ですね。
こんな変な話に付き合って読んでくれた方に感謝です!
ありがとうございました!