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瑚島憧護の囚人生活  作者: 水月さなぎ
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都賀峰隼人殺人事件

 如月結は二年前、交通事故に遭った。

 俺の目の前で結の華奢な身体が宙を舞って、アスファルトへと叩きつけられたあの時の記憶は二年が経過した今でも鮮明に残っている。

 そして結を轢いた車はそのまま逃げた。

 つまり轢き逃げだ。

 白のハイエースを運転していた大学生の男を、俺はよく知っていた。

 俺の目の前で。

 俺に見せ付けるように。

 あの男は結を轢き殺そうとしたのだ。


 幸いというべきか、結は一命を取り留めた。

 しかし意識不明の重体であり、この先目覚めるかどうか分からないという診断が下された。

 眠り続ける結を見て、俺は一つの決意を固めた。


 結を殺そうとした男。

 都賀峰隼人つがみねはやとをこの手で殺すことを。


 当時はまだ高校生だった結は、その整った容姿も相俟って非常にモテた。

 同じ学校の生徒も、違う学校の生徒も、彼女を知る大学生すらも次々と告白してくるほどに。

 容姿はとても整っているけれど、絶世の美女かといえばそこまでのレベルではないと俺は思っているのだが、それでも彼女のモテ具合は異常だった。

 モテ系フェモロンでも常時噴出しているのではないかという俺の疑問に、結は頬を膨らませて違うわよと抗議した。

 それを見て、何となく分かったような気がしたのだ。

 如月結という少女の魅力。

 それは全てにおいて男を惹きつける可愛らしさが内包されていることだと。

 容姿はもちろんのこと、喋り方や性格、仕草など、その全てに惹きつけられる何かがある。

 しかも本人はそれを計算ではなく天然でやっている。

 だからこそ彼女は多くの男を惹きつけるのだろう。

 そんな彼女がどうして俺なんかを選んだのかは未だに謎だが、それでも俺は彼女に告白された時は即答でオーケーした。

 俺自身も如月結という可憐な少女に惹かれた男の一人なのだから。

 数多の告白を断り続けた最上の華である如月結が男と付き合い始めた噂はすぐに学校中へと流れた。

 俺は男子生徒の嫉妬と羨望を一心に受けることとなり、本気で呪われそうな呪詛を吐かれたことも一度や二度ではない。

 その度にへこたれそうになったところを結は絶妙なタイミングで慰めてくれたのだ。

 俺は結が好きだったし、彼女も俺を好いてくれた。

 あの頃が一番幸せで、きっとこの先も忘れることのない大切な思い出だ。


 その嫉妬が殺意へと変わるまでは。


 結が俺と付き合い始めた後も、変わらず彼女に付きまとう大学生がいた。

 そいつの名前は都賀峰隼人。

 俺達が通う高校のすぐ近くにある大学の二回生だった。

 ストーカーもかくやというその行動力に俺も結も辟易とさせられていて、害虫を見るような視線を都賀峰に向ける結に対して、

「この俺と付き合うことこそが結の幸せなんだ。分かったらとっととそんなクズとは別れろ」

 だの、

「まだ分からないのか。お前はどこまで愚かな女なんだ」

 だの、まあ自分勝手としか思えない言葉を撒き散らす、まさしく害虫のような男だった。

 日本語が通じていないのではないかと首を傾げる俺達に、都賀峰は強硬手段に出てしまったのだ。

 帰り道。

 仲の良い恋人らしく手を繋いで歩いていた俺達の前に現れたのは、都賀峰が運転する白のハイエース。

 俺と結の両方を轢き殺そうとしたのだろうが、しかし俺よりも早く気付いた結が俺から手を離してそのまま突き飛ばしてしまう。

 庇う、というほど明確な行動ではなかった。

 ただ、護りたいという意志だけは伝わった。

 僅かに離れた二人の距離は、その後の明暗をこれ以上ないぐらいに分けることとなった。

 俺の身体すれすれに近づいたハイエース。

 俺の身体と車体が擦れる感覚と、結の華奢な身体が弾き飛ばされるのは同時だった。


 手に入らないのなら俺もろともぶっ殺そうという魂胆は、しかしどちらにしても失敗した。

 結は意識不明の重体になったものの一命を取り留めたし、俺も軽傷で済んでいる。

 しかしそんな事をされて、大切な恋人を殺されかけて黙っていられるほど俺も大人ではなかった。

 轢き逃げした都賀峰はよっぽど馬鹿だったのか、あっさりと自分のマンションへと帰宅していた。

 親が金持ちなのでかなり高級なマンションに住んでいたが、しかしセキュリティはかなり甘く、殺意に満ちた俺が侵入するには十分だった。

 エントランスホールを抜けて都賀峰の部屋へと押し入り、そこで隠し持っていた包丁で滅多刺しにしてやった。

 結の苦しみと、俺の悔しさと、あらゆる感情をひと刺しに込めて、何度も何度も刺した。

 死んだと気付くまで三十分ほどかかり、そこでようやく我に返った俺はそのままマンションを出て警察に出頭した。


 ――というのが俺と結のエピソードだ。

 都賀峰が救いようのない馬鹿だったというのは疑いようもない事実だが、しかしあの程度の馬鹿から結を護りきれなかった自分自身が許せない。

 逆に護られたことも、その後悔に拍車をかけている。


「さて、と」

 だけど、護られるだけで終わらせない。

 俺が絶対に取り戻してみせる。

 その決意とともにヘッドホンを装着する。

 結いの左手に添えられたリンカーをそっと撫でてから、俺は潜入を開始した。



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