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瑚島憧護の囚人生活  作者: 水月さなぎ
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初恋の思い出

 深い、深い場所にまで引きずり込まれる。

 光と闇の空間を何度か経由して、ようやく目的地に誘導されていく。

 靴や靴下、そしてストッキングを専門に狙う変態さんの夢の中、つまりは記憶域にご到着。

 一名様ご案内~ってか。

 案内されたくねえし!

「……来たくなかったなぁ」

 がっくりと肩を落としながら呟く俺。

 いやいや、拒否権がないのは分かってるんだけどさ。

 所詮は飼い犬ですから。


 変態さんの夢は変態に相応しい有様だった。 

 辺り一帯は博物館のような有様で、ガラスケースの中にはありとあらゆる下半身装着グッズが飾られていた。

 具体的には靴とか靴下とかストッキングとか。

 ぱんつが無かったのは唯一の救いなのかもしれない。

 片方ずつ飾られているハイヒール。

 ストッキングで結び吊されたブーツ。

 マネキンの顔面に被せられたストッキング。

 宝箱のようなガラスケースに収められた靴下。

 ありとあらゆる変態性がこの博物館には詰め込まれていた。

「……来たくなかったなぁ」

 というか見たくなかったこんなもの。

 大体、靴や靴下やストッキングを回収して何が楽しいんだ?

 女性の下着、つまり使用済みぱんつやブラジャーを購入してハアハアする変態さんの気持ちはまあ、理屈では分からなくもない。

 共感したいとは微塵も思わないけれど。

 それからエロ行為の際における服は全部脱がせて、靴下や靴だけ履かせたりするマニアの気持ちもまあ、分からなくはない。

 更には裸なのにハイヒールでぐりぐりと踏みつけて、そのうえ鞭を振るわれるのがたまらないと感じてしまう気持ちもまあ、辛うじて分からなくもない。

 ……って、ここまで説明すると俺が変態みたいじゃないか。

 断じて違う。

 理屈として、そういう人種が存在するという事実を認識しているだけだ。

 俺自身には間違ってもそんな性癖はない。

 ……ないんだってば!


 話がずれてしまったが、要するにそれを装着している女性とセットで興奮するというのならまだしも、パーツ単品で興奮するというのは理解不能だということだ。

 何が楽しいのか、どうして興奮出来るのかさっぱり分からない。

 というか分かりたくもない。

 こいつを理解してしまったら人間としての何かが終わってしまう気がする。

「で、コレクションの隠し場所だっけ……?」

 隠すも何もこいつの夢の中はコレクションを晒しまくっているじゃないか。

 現実世界の隠し場所は不明だが、それにしたって内面でここまで露骨にならなくてもいいじゃないかと溜め息をつきたくなってくる。

「はあ……」

 我慢できなくなって溜め息をついてしまった。

「ここから『箱』を探さないといけないわけか」

 忘却記憶や隠蔽記憶は、夢の中で『箱』となって現れる。

 アトラクタの箱という名前が付けられているらしい。

 どうしてアトラクタなんていう名称が付けられているのかは俺にも不明だ。

 言葉の意味自体は確か、『ある力学系がそこに向かって時間発展をする集合のこと』だった気がする。

 それらの意味がどうして忘却記憶や隠蔽記憶を指し示すのか、やっぱり俺には分からない。その辺りは名付け親である枝宮さんに聞いてみるしかない。

 しかし以前枝宮さんにSDSについてある疑問を投げかけたところ、意味不明な専門用語の羅列を一時間にも亘って並べ続けられたため、俺はそれ以来彼女へのSDS系質問を自らに固く禁じている。

 理解不能な用語を延々と続けられる上に、耐えきれなくなって船を漕ぎ始めたら強制セクハラを敢行されるのだからたまらない。

「……ろくでもねえ」

 今まで行ったSDの中でも最悪に近いモチベーションで行った箱探索は、割とあっさりと完了した。

 箱そのものはすぐに見つかったのだ。

 どこに隠されていたかと言えば、博物館のトイレだった。

 女子トイレの蓋が閉まった便座の上に鎮座していやがったのだ。

 こんな場所に置かれている箱の記憶なんてろくなものじゃないに決まっている。

 こいつの中身がもしも『ピュアな初恋の思い出』とかだったら色々な意味で立ち直れない。

 だって初恋の思い出が便座の上って……終わり過ぎてるだろ。

 まあこいつが目的の箱かどうかはまだ分からないんだけどな。

 ただの忘却記憶である可能性もある。

 忘却記憶も隠蔽記憶も、アトラクタの箱としての外観は全く同じなので区別が出来ない。

 確かめるには箱を開くしかない。


 アトラクタの箱の外観は、木製オルゴールだった。

 彫刻は特に施されていない。

 木で組み上げたシンプルな正方形構造。

 蓋を開くと仕掛けられたオルゴールの音色と共に、対象者の記憶が流れ込んでくる。


 変態さん、靴&靴下&ストッキングフェチの記憶が俺の中に流れ込んでくる。


 最悪の予想通り、それは変態さんの初恋の思い出だった。


『うふふ。キミ、わたしのことが好きなんでしょ? だったらクツをなめるぐらい出来るわよね?』

 ほらほら、と靴を差し出してくる少女がいた。

 容姿は整っているのだが、その瞳の中にある凶悪な嗜虐の光がすべてを台無しにしている。

 自分に好意を抱いている男の子をいたぶるのが楽しくて仕方がないらしい。

 少年は言われたとおりに舐める。

 ぺろぺろと。

 犬のように。

『あははは! 本当になめたのね! 信じられないわ。いくらなんでも本当になめる!? うわ、きったなーい! このクツはもういらないわ。キミにあげる。せいぜい思い出の品として大切にしなさい』

 最後に少女は少年の顔面をぐりぐりと踏みつけてから靴を両方とも脱いで立ち去って行った。

 少年はそんな目に遭わされても残された靴を大切に拾い上げて、そして再び舐め始めるのだった。



「………………」

 見たくなかったこんな記憶!

 つーか最悪な初恋だなオイ!

 どんよりと沈む気持ちで箱の蓋を閉じる。

 必要な記憶ではない。それに変態さんの原点であるこの記憶が忘却の産物であってたまるものか。

 元の位置へと戻して俺は女子トイレを出るのだった。


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