新世界移住計画
その日の仕事を終えてベッドでごろごろしている時の事だった。
「っ!?」
意識が遠のいていく。
それも急速に。
眠気とかそういうものではなく、何かに引き込まれるような感覚だった。
強いて言うならSDに引き込まれるような感覚……
「………………」
気が付けば見覚えのない空間。
見覚えはなくとも感覚的に覚えている記憶領域という空間に引きずり込まれたのだと理解して、俺は深々と溜め息をついた。
理屈は分からなくともこのような悪戯をしそうな人物には心当たりがある。
というかありすぎる。
「やっほ~憧護くん♪」
「やっほー……」
げんなりとしながら返事をする俺。
表向きには死亡して、実際のところは意識体となって集合的無意識のどこかを彷徨っているはずの枝宮なるだった。
「あらあら元気ないわねぇ」
しかも枝宮さんのおまけ付きだ。
母娘揃って俺を強制的に引きずり込んだらしい。
「どーも。突然ドロップアウトしていたんで鬼軍曹がおかんむりでしたよ、枝宮さん」
とりあえず第一声は皮肉ることにした。
「いやーん。理花ちゃんに必要なデータはちゃんと残していってあげたのに~♪ そんなに怒ってた?」
「まあ、あの人は貪欲ですからね」
「言えてる~。でもあれ以上はサービスしてあげないわよ~。だって理花ちゃんに必要なことはちゃんと協力してあげたもの。あとは自分で何とかしてもらわないとね~」
「それは同感ですけど、一体何しに来たんですか?」
「遊びに来た~」
「右に同じ~」
「………………」
仲の良すぎるこの母娘をどうしてくれようと考えるまで三秒ほど要した。
とりあえず盛大な溜め息だけついておく。
「俺はとても疲れてるから大人しく眠らせて欲しいんですけど」
「眠りたいならいつでも永眠してあげるわよ~」
「ママ特製のプログラムでね~」
「やめーっ!!」
マジでやらかしそうなので勘弁して下さい。
意識体だけ肉体から切り離して俺の身体はお陀仏、なんていう未来予想図が簡単に頭の中に描かれたので叫んでおいた。
勘弁して。マジで。
「っていうかマジでそういうお誘いなんだけどね」
なるが爆弾発言をかましてくれた。
「なぬ……?」
「うふふ~。まあ説明は後でしてあげるからちょっとついてきてくれない?」
「ええと……?」
「いいからいいから~」
枝宮さんとなるに両手を引かれながらついていく俺。
なんっていうか、逆らえない。
まあ危害を加えるわけでもなさそうだし、それに再会が嬉しくない訳でもないからまあいいかと思いながらついていくのだった。
ついて行って、びっくりした。
「な、なんじゃこりゃーっ!?」
そこにあったのは村のような場所だった。
日本によくあるような土地や町の風景ではなく、緑豊か自然満載ののどかな風景。
強いて言うなら北海道の山深い場所にみたいな、そんな感じだった。
田んぼと畑、そして大きな木がぽつぽつと立っていて、どこか懐かしいような不思議な気分にさせられる。
「えっへん。製作あたし、調整ママ。どうよこの『隠世』は!」
「か、かくりよ……?」
胸を張るなるに対して首をかしげる俺。
なんかもう、色々と対応に困るんですけど。
「集合無意識の閑散領域に作らせてもらった、いわば私たちの為の場所、ってところね。意識体になったとはいえいろんな人の意識をさまよう訳にもいかないし、本拠地って必要でしょう?」
「あはは、まあ必要、ですね……」
「ちなみにこの場所はなるちゃんがいろんな人の記憶を渡り歩いてデータ収集してくれたから具現化出来たものなのよ」
「なるほど……」
なるが他の人の記憶を渡り歩いていたのはそういう意図があったのか。
あれ?
だったら記憶略奪は一体何のために行っていたんだ?
「本当の目的はデータ収集で、略奪はカモフラージュって言ったら納得する?」
「……ちょー納得した」
つーかカモフラージュで人様の記憶奪ってんじゃねえよと言いたくなる。
「で、どう?」
枝宮さんがわくわくした表情で訊いてくる。
「どうって言われても……」
「私たちの新世界の居心地はどうって訊いてるんだけど?」
「まあ、悪くないんじゃないですか? のどかな風景とか結構癒されると思うし」
「でしょでしょ~。だったら憧護くんも隠世の住人登録しようよ~」
「って、登録がいるんかいっ!?」
「ん、いらないけど。単なる言葉のあや」
「………………」
つーかここの住人になるってことはつまり死ぬってことだよな。
少なくとも俺の身体は死ぬし、社会的にも死ぬ。
さすがに頷けないぞそれは。
「まあ現世よりはいろいろ不便かもしれないけどね。娯楽もないし」
「つーか現世言うな。マジでここがあの世みたいに思えてくる」
「ま、似たようなものだからいいんじゃない?」
「だったらよけいに頷けねえよ」
「えー。結ちゃんはあっさり了承してくれたんだけどな~」
「なぬっ!?」
つーか俺のいない間に何人の彼女口説いてんだよ!
「やっほ~、憧護く~ん」
そしてタイミングを計ったように出てくる結。
「……何故いるんだ」
「なるちゃんが引っ張り出してくれたんだよ~」
「出すなっ!」
思わずなるに怒鳴りつけるのだが。
「憧護くん、なるちゃんを怒っちゃダメ」
「うぐ」
何故浮気相手(一方的)を庇う!?
「わたしは納得してここにいるんだから、怒るならわたしにして」
「あう……」
そんな言われ方をして怒鳴りつけられる奴がいたらそいつは男じゃない。
というか彼氏失格だ。
「説明してくれるか?」
「うん!」
俺は結を抱き上げながらなる達といっしょに散歩を楽しんだ。
「でね、憧護くんの為にもわたしはこっちにいたほうがいいんだって」
「ふーん……」
結から説明されたのは、俺が懸念していたことそのままだった。
つまり、枝宮さんとなるがいなくなったことで俺に狙いが集中するかもしれないこと。
そしてその為に結が人質になるかもしれないということ。
だからこそ如月結には表向き死んでもらって、こっちの世界で暮らしてもらうのが一番いいということ。
「っていうか半分は建前なんだけどね~」
そしてなるが台無しな感じにぶっちゃけてくれた。
「……残りの半分は?」
何となく予想は出来ているのだが、訊かずにはいられなかった。
「結ちゃんがこっちに来てくれれば憧護くんも釣れるかな~って思って」
「俺は魚かっ!」
「浮気相手を射んとせばまず本命を射よって奴だよ♪」
「諺で妙な言い回しをするな! せめてルビと本文を逆転しろ!」
「あはは」
と、俺達が言い合いをしていたら、結がクスクスと笑っていた。
「結?」
「あ、ごめんごめん。憧護くんとなるちゃんってとっても仲がいいんだな~って思って」
「誤解だ」
「その通りよ」
「………………」
「………………」
バチバチと火花を散らせる俺となる。
その様子がまたツボに嵌ったらしく、結はクスクスと笑う。
笑い上戸になってしまったのかもしれない。
「結ちゃんが目覚めるぐらいまでは私もあっちにいるつもりだったんだけど、なるちゃんの誘拐でそうも言ってられなくなっちゃったからね~。こっちはアフターケアみたいなものかな」
枝宮さんが補足説明をしてくれた。
「……結の身体はまだ死んでないですよね?」
「もちろんよ。結ちゃんの了承だけじゃなくて憧護くんの了承も必要になるだろうから。今は単に体験コースというか、ツアーというか、そんな感じね」
「そうですか……」
そのことだけはほっとした。
いくら死ぬわけではないと言っても、知らない間に結の身体を死亡させられては黙っていられなかった。
「で、結は本当にそれでいいのか? 了承すれば、もう二度とあっちに戻れないかもしれないんだぞ」
「んー。別にいいんじゃないかな」
「あっさりしすぎだーっ!」
「あはは、ごめんごめん。でもわたしは何年も植物状態が続いたわけだし、あっちの世界に関われないっていう意味ではあんまり変わらないんじゃないかなーって思って」
「う……それはまあそうだけど」
そういう問題でもないような気がするんだけどなぁ。
「終わりじゃなければどこで生きていても同じだよ。元気ではしゃげるこの世界なら、わたしは楽しく生きていける気がする」
「本当に、それでいいのか?」
確かに、結の身体に危険が迫っているのは確かだし、それに対する備えも不十分だ。
更に言えば枝宮さんがいなくなってしまった以上、SDSアクセスによる魂の活性化が本当に成功するのかどうか分からない。
仮に成功したとしてもずっと眠りっぱなしだった結が社会復帰をするにはかなりの時間をリハビリ等で費やさなければならないだろう。
ならばあらゆる制限を超えたこの隠世で過ごすというのはそこまで悪い選択肢ではないのかもしれない。
「うん。ここがいい。なるちゃんとも仲良くやれそうだし」
「………………」
浮気相手と仲良くされるというのも複雑なんだけどなぁ。
「そうそう。ここなら治外法権アンチ法律! 浮気なんて公認なんだよ~」
「やかましいっ!」
腕に擦り寄ってくるなるを引き剥がそうとするのだが、なかなか強力にしがみつかれていて失敗した。
む、胸が……。
ぽにょぽにょとした柔らかいものが……
「あー、なるちゃんずるい。わたしも憧護くんにくっつくもん!」
すりすり。
「………………」
悲しいかな。
幼女状態の結は悲しいほどにぺったんこなのだった。
「……憧護くん。今なにか酷いこと考えてない?」
「……か、考えてないぞ」
鋭い。
でも口には出せないなぁ。
悲しいほどにちっ●いになって絶望しているなんて。
「憧護くん。浮気はいいけどあくまで本命はわたしだってこと忘れちゃ駄目だよ。胸のボリュームが足りなくても」
「ぐは……」
み、見抜かれてます。
も、もちろんち●ぱいでも結が一番ですよ。
ほ、本当ですよ。
マジですよ。
なると結が仲良くしている間に枝宮さんのところへ移動した。
今後、結がこっちに移住(?)することになったとして、本当に危険はないのかどうか、そのあたりの確認をするためだ。
「少なくともこの領域に攻撃者が来ない限りは安全よね。でもSDSの開発目的そのものを誤魔化し続けたから、簡単には辿り着けないと思うわ。辿り着けたとしてもここを見つけるまでにはかなりの難関が待ち受けてるし」
「そうなんですか?」
「防衛システムばっちりよん」
「え、えぐそうですね」
「失礼な。精々理花ちゃんの半分程度のレベルよ~」
「怖っ!」
鬼軍曹を基準にした時点で超怖い!
半分程度でも怖っ!
「だから大丈夫よ、そんなに心配しなくても」
「まあ、それならいいんですけど」
「結ちゃんが承諾したっていうことは、憧護くんもこっちに来るんでしょう?」
「……まあ、すぐには来ませんけど」
「そうなの?」
「せめて服役中は鬼軍曹のために働かないと、あの人に対して申し訳ないですからね」
「律儀ねぇ」
「……というか途中で逃げ出したらここまで追いかけられそうな予感がしますし」
「うふふ、理花ちゃんならそれも有り得るかもねぇ」
「マジで有り得そうだから怖いんですってば」
たとえ身体が死んでいたとしても、意識体の状態のままこき使われそうだ。
そんなことになるぐらいなら最低限の責任を果たしてからこっちに来た方がマシだ。
「じゃあ結ちゃんには処置をしておくわね」
「……はい」
死ぬ訳ではないと分かっていても結の身体を殺されることはやはり複雑な心境にさせられた。
「ここはね、私となるちゃんだけじゃなくて、世界に絶望した人たちの居場所になる予定なのよね~。さすがに私たちだけじゃ寂しいでしょうし」
「え……?」
枝宮さんが話しているのは恐らくこの隠世の最終目的なのだろう。
世界は場所だけでは成り立たない。
人がいて初めて完成するのだ。
「夢を通してこの世界の存在を教えるの。もちろん誰彼構わずって訳じゃないわよ。世界に絶望している人たち、自殺を考えているようなそんな人達にね、次の居場所を与えてあげたいのよ。あの世界に絶望しても、この世界がある。そして望めばそこに行けるんだって」
「うわ……つまり自殺志願者に夢を通して身体が死亡するプログラムをばらまくつもりですか?」
「そゆこと~。まあどうせ死ぬつもりなら構わないかなって思って」
「………………」
構うよ。
構うけど、これは俺が口出しできる問題ではなさそうだな。
「飛び降りとか薬とか苦しまずにぽっくり出来る分幸せじゃない?」
「ぽっくり言わないで下さい」
悲壮感が台無しになるから。
「そんな感じでこの世界は徐々に人口を増やす予定でーす」
「ははは……」
もう何を言っていいのかも分からない。
ある一面を見れば自殺者の救済になるだろうし、ある一面を見れば大量殺人の布告にも見える。
いや、自殺扇動の方が的確かな。
命の尊さや重さについては人殺しの俺に口出しする権利はないので黙っておく。
「まあ、頑張って下さい」
新しい世界が出来ていく、というのはそれなりに心躍る。
その過程を見てみたいという気持ちも存在した。
何よりも枝宮月陽がSDSを開発した目的がここにあるのなら、それに深く携わり、それに助けられた人間としては見届けたいとも思うのだ。
「頑張るわよもちろん」
むん、と拳を握る枝宮さん。
やる気に充ち満ち溢れている。
「俺も、全部落ち着いたら合流しますから」
「まあ合流は当分先だとしても、こうやって私たちが引き込めばいつでも遊びに来られるから」
「やめてください」
「結ちゃんもいるのに? 私たちがいないと会えないわよ~」
「脅迫!?」
「駆け引きと言ってちょうだい」
「うぐ……」
脅迫だ。
というか間違いなく脅迫だろうこれは。
とまあそんな感じの事があって、俺と結はその後の人生のようなものを大きく変えられるのだった。




