瑚島憧護のお仕事
「あら、憧護くんいらっしゃい」
軽い挨拶で出迎えてくれたのは特殊公安部長沖浦理花……ではなかった。
あの鬼軍曹殿は本日不在らしい。
どうせどこぞのお偉いさんにでも呼び出されたのだろう。
「こんにちは、枝宮さん」
俺を出迎えてくれたのは枝宮月陽。
特殊公安部の技術顧問であり、なんとSDSの開発者様だった。
もうすぐアラフォーにさしかかる年齢だというのに、その美貌は衰えるところを知らない。
警察組織に似つかわしくない胸元を思いっきり開いた服からは、男である以上なんとも抗いがたい色気がばんばんと湧出している。
それこそRPGにおけるフィールドモンスターのごとく。
しかもその上に白衣を着ているものだから色んな意味で刺激的……げふんげふん。
もちろん顔立ちも美人だ。
ウェーブのかかった栗色の髪は綺麗なツヤを保っており、ほのかにいい匂いを俺の嗅覚へとプレゼントしてくれる。
まじまじとその顔を見ても二十代後半から三十代前半にしか見えないのが恐ろしい。
本当はアラフォーカウントダウンの癖に。
「……今何か失礼なこと考えてなかった?」
「気のせい気のせいきっと被害妄想っす」
「その物言いこそがかなり失礼なんだけど?」
「あわわわ……」
どうして俺ってばこうも失言を爆弾投下してしまうのだろう。駄目だと分かっていても考える前に口走ってしまっているから手遅れなんだよなあ。
この困ったお口だけでも何とかしたいものだが、今のところ解決策は思いつきません。
「まあいいわ。それではお仕事しましょうか」
「うっす」
オフィスチェアから立ち上がった枝宮さんはSDS室へと移動した。どうやら今回は枝宮さんがモニタリングを担当するらしい。
枝宮さんが特殊公安部の技術顧問なんていう仕事を引き受けたのは俺という存在がいるからだというのを鬼軍曹から聞いたことがある。
適性数値千八百というチート存在にはSDS開発者として興味津々の垂涎ものらしい。
目の前で舌なめずりをされたのも一度や二度ではない。
あれは人間を見る眼ではなく実験動物を観察する眼だ。
SDS室にはベッドが置いてある。
もちろん個人が使用するような家具的ベッドではなく、モニター用の各種装置がずらりと配備された味気ないベッドだ。
これがあるからこそますます実験体扱いの気分になってしまうのだ。
俺が潜入した後もモニタリング要員が中の様子を監視している。
表向きは俺が必要な情報を見逃したとしても後から検討できるようにということだが、裏側の事情は潜入中に妙な真似をしないかという監視だろう。
犯罪者は所詮犯罪者であり、必要な情報を隠蔽する疑いを常に持たれているのだ。
要するに首輪だな。
まったくもって不愉快な境遇だが、文句を言える立場でもない。
懲役期間が終わるまで俺は犬の立場なのだ。
飼い主に従う以外の選択肢など、初めからありはしない。
「じゃあ憧護くんそこに横たわって頂戴」
「へいへい」
黙ってベッドに横たわる。
そして枝宮さん自らの手でSD用のヘッドホンをかけて貰う。
ヘミシンクという音響効果を利用した特殊な音を流す装置、ということらしいが、正直そのあたりのことはよく分からない。
心が落ち着く音楽が流れてくるな~と思う程度だ。
「それぐらい自分で出来ますけど」
必要以上に枝宮さんの顔が近づいてきたので牽制をかけておく。うっかりしているとそのまま悪戯をされてしまいそうだ。
「んふふ。お姉さんのサービスよん」
妖しく口元を吊り上げる枝宮さんはこれ以上ないくらい魅力的なのだが……
「……いくらなんでもお姉さんは図々し……げふうっ!」
殴られた。
鳩尾を思いっきり殴られた。
「ぐはっ……げふっ……!」
たまらず身体をくの字にして咳き込む。
ヘッドホンが外れて頭ではなく首にかかってしまう。
ずれたヘッドホンの位置を優しい手つきで直しながら、手つきしか優しくない枝宮さんは絶対零度の微笑みをたたえながら俺に問いかける。
「何か言ったかしら?」
「……ナニモイッテナイデスヨオネエサマ」
うっかりおばさんと言いかけたのだが、俺もまだ殺されたくないので自粛。
女性に対して年齢の話題は体重の話題並にタブーらしい。
くわばらくわばら。
「それじゃあ本日のSDを始めましょうか」
「らじゃーっす」
「……ところで憧護くん」
「なんっすか?」
枝宮さんは操作パネルを弄りながら俺へと振り返る。
「略がSDじゃなくてSMっだったら素敵だと思わない??」
「知りませんよそんなことっ!」
「ちなみに憧護くんはSとMどっち? 私の予想だとMっぽいんだけど」
「ノーコメントですっ!」
舌なめずりしながら問いかけるのはやめて欲しい。
「あはは。じゃあ頑張ってね。ぽちっとな♪」
ヘッドホンから音楽が流れてくる。
記憶域へと誘う不思議な音。
俺の意識は徐々に深い場所へと追いやられていく。
「あ、ちなみに今回の潜入対象は、ただの変態さんよ。路上でいきなり女性を押し倒して靴や靴下、それにストッキングを強奪していったんですって。あはは、フェチって怖いわね~。一体何に使うつもりなのかしら~♪」
「っ!!」
俺の意識が引き返せないところまで潜ったところで枝宮さんが爆弾投下をかましてくれやがった。
「そして今回の探索記憶はそれらの隠し場所。捕まえたのはいいけど、証拠物品が足りないらしくてね。頑張って見つけて頂戴♪」
「――っ!!」
嫌だああぁぁぁぁぁ――っ!!
俺が拒絶の叫びを上げる前に、意識が深い闇へと引きずり込まれていく。
殺人犯の意識に潜り込むのはいい加減慣れてきたけれど、だからといって変態の意識に潜り込むのには慣れたくない。
というかそんなものを俺に探させるなーっ!