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瑚島憧護の囚人生活  作者: 水月さなぎ
The New World
29/31

鬼軍曹も色々大変らしい


 事件から一週間。

 なんというか、めまぐるしい一週間ではあった。

 まずは枝宮なるの死体が発見されたり。

 続いて枝宮月陽が死亡したり。

 そのお陰でSDS関連の開発が滞ってしまうかと思いきや、枝宮さんが予め鬼軍曹に送信していたデータが研究の完成データだったり。

 夢の中に潜入して忘却記憶や隠蔽記憶を回収してくるという今までのやり方ならば、枝宮さんがいなくても問題はないし、SDSそのものの研究は他の人間も行っているので今後は遅々ながらも進んでいくことだろう。

 鬼軍曹が力を入れていた犯罪関連のSDS活用については枝宮さんの残してくれたデータでほぼ問題解決だ。

 第一にSDにおける精神汚染に関する意識ブロックプログラム。

 これにより、犯罪者の意識に潜って必要な記憶を回収したところで精神が汚染されることはなくなる。

 覚醒の際に記憶を選択消去することができるこの意識ブロックプログラムにより、特殊公安部所属のSDは大いに胸を撫で下ろすこととなる。

 日々壊されていく同僚を見なくて済むようになったことはめでたいことなのだが、鬼軍曹はやはり 鬼軍曹であり、そのプログラムの使用許可を俺には出してくれなかった。

「お前には必要ないだろうが」

「………………」

 とのこと。

 必要ですよ。

 マジ必要ですよ。

 汚染されづらいというだけであってストレスがないわけじゃないんですよ。

 っていうか差別ですよね、それ。

 ……などという内容の苦情を堂々とぶちまける度胸はもちろんない。

 小心者なのだ。

「頭が痛いことが続くな……」

 執務室でこめかみを押さえる鬼軍曹に対して俺が言えることは何もない。

 というか下手に刺激して八つ当たりでもされたらたまったものではない。

「八つ当たりをしたい気分だ。手頃な屑も傍にいることだしな」

「ひい!」

 思わず壁際まで後ずさる。

 マジで勘弁して下さい。

「あの……」

「なんだ?」

「枝宮さんってやっぱり死んだんですよね……?」

「ああ。十中八九自殺だろうがな」

「………………」

 怖々と質問すると、割とあっさり教えてくれた。

 枝宮さんが死んだと聞かされたのは三日前のことで、自殺だと聞かされたのは今だ。

 鬼軍曹に必要なデータを残していったことといい、突然死というよりは予め死ぬことが判っていた、つまりは自殺ということになるのだが、それでもショックは大きかった。

 どうやっても自分から死ぬような人には見えなかったからだ。

 娘の後追いで自殺、などというシチュエーションがこの上なく似合わないというのはやはり失礼だろうか。

「しかもふざけた遺書まで残してくれたしな」

「ええと、内容を聞いても?」

「……言いたくない。見せてやるから勝手に読め」

「うわっ!」

 白いカードを投げ渡される。

 手裏剣のように投げつけるのはやめて欲しい。

 マジで危険物だから。

「っていうか、これが『遺書』?」

 手の中に収まったのはメッセージカードだった。

 プレゼントとかでよく使われるアレだ。

 しかも可愛らしいキャラクターもの。

 これが……遺書……?

 たしかにふざけた遺書ではあるが、枝宮さんのことだからカードだけではなく内容もふざけたものであるに違いない。

 などという心配を抱えながら読んでみると、

『やっほ~。SDSの研究が一段落付いたからそろそろ逝くね~。理花ちゃんに必要な研究データは予め完成させてあるからあとは頑張ってちょーだい。天国? のなるちゃんが寂しがっているだろうから早めに合流してくま~す♪ あ、そうそう。憧護くんにもよろぴっくん!』

「………………」

 よ、読むんじゃなかった……。

 こんな遺書をプレゼントされた鬼軍曹の気持ちが分かりたくもないのに分かってしまう。

 というか同情してしまう。

 あの鬼軍曹に同情してしまうってどんだけだよまったく……。

 俺は鬼軍曹にカードを返した。

「……心中お察しいたします」

「ふん」

 言わずにはいられなかった。

 まあなるの状況を鑑みるに、あの人も後追い自殺というよりは意識体としてどこかの領域に存在しているのだろうけれど。

 自殺というよりは次へのステップと言った方が正しいだろう。

「……その顔、何か知っていそうだな」

「とんでもない。ただの犬である自分が公安部長殿よりも多くの情報を握っているなんて有り得ないでしょう」

 しれっと嘘をついてみた。

 お仕置きは恐ろしいが、それでも言えないことというのは存在するし、あくまでも推測でしかない。

「まあいい。考えようによってはここで月陽が退場したのは都合が良いとも言えるしな」

「そうなんですか?」

 考えようによってはとんでもなく冷酷な台詞なのだが、鬼軍曹にはよく似合っているのでまあいいのかもしれない。

「軍部が介入しかけていたからな。月陽が生きていたら強制的に洗脳分野の研究をさせられかねない。あいつの好みではないからな。それに私の好みでもない」

「はあ……」

 力ずくで従わせるのはオッケーでも魂の尊厳を奪って洗脳するのは良しとしないって意味かな。

 まあある意味尊敬できる矜持の持ち主ではあるのだけれど。

「お前たちの場合は力ずくではなく罪に対する罰だということを忘れるな」

「いえっさー……」

 だから何で考えていることが筒抜けになるのだろう。

 マジ怖い。

「とりあえず俺としては服役期間中は文句言わずに働きますけどね……あんまり物騒な実験には付き合えませんけど」

「軍部の方からはお前を寄越せと言われているがな」

「げ」

「枝宮なるが死亡した以上、適性数値千八百の突然変異を是非とも研究したいそうだ。今までは月陽が独占していたからあいつらも口を出せなかったようだがな」

「うげえ……」

 あのセクハラ天才さんってば俺の知らないところでもの凄い防波堤になってくれていたんだなぁ。

 今度会ったらお礼を言っておこう。

 死んだ人に思うことではないかもしれないが、俺は枝宮さんともう一度会えるだろうという確信がある。

「私が庇える間は庇ってやるが、如月結についてまでは面倒を見きれないからな」

「う」

 言われて思い至る。

 誰かが強引に俺を手に入れようとするならば、結を人質にするのが一番効率的なのだということを。

「それは、マズいですね」

「マズいことには変わりないが、生憎と動けない人間にかまうほど特殊公安部の人員は豊富じゃない」

「それは分かってます」

 しかし問題が解決していないことに変わりはない。

「結をこちらに移すことは可能ですか?」

 外にいる以上、どうやったって護りきれるものではない。

 ならばせめて近くで護ってやりたいのだが。

「可能だがあまり意味はないぞ」

「意味はないって……」

「お前の傍に如月結を置いたところでお前自身に戦闘能力がなければ状況は何一つ変わらないだろうが」

「あ……」

 そうだった。

 俺はあくまでSD適性数値が高いだけのごく普通の人間でしかないのだ。

 特殊公安部に在籍してはいるものの、その手の戦闘訓練は一切受けていない。

 職業軍人に攻め込まれた場合は対処できない。

「それに生命維持は出来ても突発的な異変には対処できない。日常の安全を考慮するなら今まで通りに病院へ置いておくのが無難だろう」

「まあ、そりゃそうなんですけどね……」

 意識不明状態が長く続いて、そのまま安定しているとは言え、やはりいつ何が起こるか分からない。

 いざというときに医者が傍にいるのといないのとでは大きな違いがあるだろう。

「うーん。何かいい方法考えないとなあ……」

「その辺りは任せる。どうせ私には関係ない」

「………………」

 まあそりゃそうなんだけどさ。

 今更鬼軍曹の冷酷さに腹立たしい気持ちになったりはしないし、鬼軍曹は鬼軍曹で色々と厄介な事情を抱えていて大変だろうということも理解しているのだが、それでも複雑な気分になるのは止められない。


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