弱った胃袋に優しい雑炊
「どうも……今戻りました……」
意識が戻ってすぐに目にしたのは、ナースの姿ではなく何故か鬼軍曹の姿だった。
もしかして付いていてくれたのだろうか、とちょっぴり感動っぽいものに浸りかけたところ、
「もうすぐ目覚めそうだという報告を受けたからな。惚けていないでさっさと報告しろ」
「………………」
ああ、これでこそ鬼軍曹ですね。
いやほんと、優しい鬼軍曹なんて夢のまた夢の理想郷の更に向こうですよ。
っていうか存在しないに違いない。
世界辞書にだって載っていないはずだ。
「ぐぼへあっ!?」
などということを考えていると、腹部にチョップを喰らわされた。
「げはっ! ぐはっ! な、何するんですかっ!?」
「失礼なことを考えていただろう?」
「………………」
この人の第六感ってもう少し鈍くてもいいと思う。
「……俺、どれぐらい潜ってました?」
「ざっと三日ほどだな」
「三日……」
どうりで身体の方はそこまでなまっていない。
いや、なまっていることに違いはないのだが、それでも動かすのに不都合は感じない。
リハビリが必要なレベルには至っていないことにほっとした。
「すみません。なるの救出は多分失敗です」
言っておくべき事からまずは言わなければ。
「多分、とはどういうことだ?」
「身体の方が死んでいる、ということです」
「………………」
身体が死んだらそれでお終い、というのが普通の認識なのだが、さすがは枝宮さんと長い付き合いであり、SDSに対しての理解も深いだけあって、鬼軍曹は続きを促してくる。
「なるの話によると、捕まえた奴らはデータを取ることだけが目的だったらしく、なるの身体への負担は度外視して色々な処置をしたそうです。結果として、助け出されたとしても長くはない状態だと言っていました。そして枝宮さんが持たせてくれたプログラムを介して、意識体だけは自由に動けるようになった、と、まあそんなところです」
我ながら要領を得ない説明だが、俺自身も詳しく把握しているわけではないのでこれが限界だ。
「つまり、今の枝宮なるは幽霊のような状態だということか?」
「ええと、俺もそう思ったんですが、正確には違うらしく、そもそものSDS開発目的がそっちだったというか……」
「……肉体からの独立、ということか」
「ええ、まあ」
さすがに鬼軍曹は理解が早い。
脳細胞一つ一つの構造が違うのではないかと思えてくる。
いま呟いた一言だけではなく、鬼軍曹の脳内ではめまぐるしい理論が展開しているはずだ。
「……ふん。多少荒療治ではあっても月陽たちの目的達成に貢献してしまったというわけだな。誘拐した奴らも馬鹿なことをしたものだ」
「ですね……」
「まあいい。しかし枝宮なるが意識体のみの存在になったのなら接触が難しくなるな。如月結の件も残っていることだし、お前にとっても面倒なことになったということだ」
「あ、いえ。その件はもう解決しました」
「何?」
「だから、潜ったついでに結の記憶領域まで引っ張られて、そのまま記憶消去を行いました。ですから結の問題に関してはほぼ解決しています」
「……つまり、無断でやらかしたと?」
「ぎく」
「いい度胸をしているな」
「あわわわ……」
成り行き上そうなっただけで独断専行のつもりはなかったんですよう! とか、そもそも結の記憶消去に関しては特殊公安部には関係ないじゃないですか、そりゃあ相談に乗って貰ったことは感謝していますけどそこまでぶち切れられる覚えもないというかなんというかいやもうほんとすんません勘弁して下さいっていうか制裁だけはマジ許してください……!
みたいな台詞を脳内で駆け巡らせながら、俺はだらだらと脂汗を流していた。
じゃきんっ!
「ぎゃーっ!」
額に突きつけられたのはデザートイーグル。
大口径でぶちぬかれるーっ!
「………………」
「………………」
死ぬ!?
俺ってばここで死んじゃう!?
と、遺言とか末期の叫びとかを何にしようか必死で考えていると、ようやく凶悪な冷たさが額から離れてくれた。
「まあ、殺すほどの不手際でもないな」
「ど、どうも……」
殺すほどの不手際だったら撃たれていたのだろうか。
というか台詞に全く躊躇いがないのが恐ろしい。
さすがは戦場帰りの鬼軍曹。
……もしかして戦場での階級も『軍曹』だったのだろうか。
いや、傭兵だったのかな?
いやいや、それでも『鬼軍曹』とか『軍曹殿』とか呼ばれていたんじゃないだろうか。
「詳しいことは月陽にでも問い詰めるさ。とりあえずはご苦労だった。今日は休みにしてやるから部屋に戻っていろ」
「い、いえっさー……」
現在は午後二時。
三日間のSDというハードミッションを経た後も、半日少ししか休みをもらえないらしい。
さすが鬼軍曹。
ウルトラスパルタっぷりでは他の追随を許さない。
とりあえずは栄養補給をすべく食堂へと向かうのだった。
「おや、ずっと眠りっぱなしって聞いていたけど目覚めたんだね、瑚島っち」
毎日お世話になっている食堂のおばちゃんが声をかけてくれた。
「どうも。空腹なんで何か食べに来たんですけど」
「ずっと寝ていたんだから病人食のほうがいいかい?」
「……そうですね。本音を言えばトンカツとか食べたいんですけど、さすがに戻しそうなんでおかゆでお願いします」
「いい心がけだね。じゃあやわらか雑炊にしようか。具と出汁をおいしくしてあげるよ」
「ありがとうございます」
おばちゃんが作ってくれた特製雑炊はすごく美味しかった。
食べやすいように細かく刻まれ、圧力鍋で柔らかく仕上げられた肉類はとても美味しく、さらには 出汁にも色々なものが含まれているらしく、絶妙だった。
弱った胃袋であってもおかわりをしたくなるぐらいの絶品だ。
「おかわり……したいけどさすがに無理か……」
特製雑炊なだけに必要分だけしか作ってくれていないだろうし、そもそも弱った胃袋でそこまで食べるなと怒られてしまいそうだ。
機会があればまた作ってもらいたいなと思いながらも、俺は食器をおばちゃんに返却するのだった。
「ごちそうさま。すっげーうまかった」
「あたしが作ったんだから当たり前じゃないか」
「違いない」
それから部屋に戻って休息。
事件も一段落したことだし、結の記憶についても解決したことだし、なんだかエンディングっぽい気分になってしまっているが、もちろん問題が全て解決したわけではない。
「まあ、今はいいや……」
とにかく疲れた。
寝よう。
というわけで俺は眠りに就くのだった。




