にょ?
俺はなるに連れられるまま、結の記憶領域へとたどり着いた。
結はいつも通り巨木によりかかってうとうとしている。
大抵はうとうとしているか本を読んでいるかだ。
「結」
「んにゅ……」
結は目を擦りながら俺を見上げた。
「あれ? しょーごくん? どーしてここにいるにょ?」
「……寝惚けてるなぁ」
「んみゅ。まって、すぐおきりゅ……」
「………………」
すぐに目覚めてくれるかどうか怪しい呂律だ。
こしこしと目元を擦りながら、んーっと背伸びをする。
どうやらこれが結のお目覚め動作らしい。
「可愛いわね」
背後にいたなるが微笑ましそうにそれを見ている。
「だろう?」
結が可愛いのは当たり前なのでえっへんと胸を張って答えておく。
「いや、憧護くんののろけはどうでもいいから」
「………………」
のろけ言うな。
「おはよう、憧護くん。目、さめたよ」
今度はぱっちり目が開いている。
「おはよう、結。今日はちょっと予定外だけどな、以前言っていた記憶を消してくれる人物を連れてきた」
「後ろの人?」
結がなるに気付いて視線を向ける。
「はいはーい。記憶略奪者の枝宮なるでーす。よろしくね、結ちゃん♪」
ひらひらと手を振るなるはこの上なく軽いノリだ。
これから記憶を奪う奴の態度としてはいかがなものかと思わなくもないのだが、まあこっちはお願いする立場なのでその程度のことで目くじらを立てるのはやめておこう。
「よろしく」
「じゃあさっそく記憶を消しちゃおうかな♪」
なるは結の頭を撫でながら言った。
「お願いします」
ぺこりと頭を下げる結。
「あ、そうだ。報酬についてなんだけど」
なるが思い出したように振り返る。
「……待て。聞いてないぞ」
報酬を求められること自体初耳だ。
いやまあ、俺に出来ることなら何でもするけど、出来ればもう少し早い段階で切り出して貰いたかったというか……。
「報酬は憧護くんと結ちゃんと両方から貰うからね~。だったら二人がいるこのタイミングが一番いいじゃない」
「む……」
結からも貰うつもりなのか。それは場合によっては拒否するぞ。
「別に何かを奪うわけじゃないからそんなに怖い顔しないでよ」
「むむ……」
こ、怖い顔なんて別にしてない、と思う。
「憧護くん。眉間の皺、伸ばして伸ばして」
「あう」
結にまでダメ押しをされては黙らざるを得ない。
怖い顔……なのかなぁ。
しょんぼり。
「ええと、枝宮さん? 具体的には何を支払えばいいのか教えてもらいたいんだけど」
結がなるに質問する。
「なるでいいよ、結ちゃん」
「じゃあ、なるちゃんで」
「オッケー」
……というか外見年齢こそ今は子供になっているが、結はお前より年上なんだぞ。
むしろお前がさんづけしろ。
……と言いたいのだが、実際のところビジュアルで印象が決まるので今の段階でそれを言っても空しいだけかもしれない。
それになるがそういう類のことを気にするとも思えないし。
「なるちゃんから貰うのは『関係性』というか『許可』かな」
「関係性もしくは許可? 何に対する?」
よく分からないという風に首を傾げる結。
俺にもよく分からない。
「憧護くんとの関係性。それに対する許可」
「ごめん、もうすこし噛み砕いて説明して」
「噛み砕いて言うと、憧護くんが浮気するのを許してね、みたいな♪」
「へ?」
「なんだとーっ!?」
結はきょとんとなり、俺は叫んだ。
浮気なんてしないぞ俺はーっ!
「ええと、つまり浮気相手はなるちゃん?」
「その通り。憧護くんと結ちゃんの関係性。相思相愛の二人にちょっとだけ割り込ませて貰おうかなって。色々あって憧護くんのこと気に入っちゃったからさ。奪うつもりはないけど二股ぐらいはかけさせようかな~って」
「かけるかーっ! 俺は結一筋だ!」
「あ、ちなみに憧護くんから貰う報酬は、あたしが憧護くんにアタックしても文句を言わせないっていう強制浮気命令だから♪」
「んなっ!?」
なんて酷い報酬だ!
強制的に浮気野郎にされてしまうなんてあんまりだ!
俺は結一筋でいたいのにっ!
「………………」
結は何やら考え込んでいる。
っていうか否定してーっ!
記憶消去も大事だけどこれからのことも大事なんだぞ!
公認浮気なんていう泥沼未来図なんて絶対嫌だぞ俺はーっ!
「んー、やっぱり浮気はよくないと思うの」
「っ!」
そして結は俺の希望通りの返事をしてくれた。
それでこそ結だ!
俺たちはお互いに一途でぴゅあーな関係なんだぜ!
なるの入り込む余地なんてないんだからな!
しかし……
「だから、浮気じゃなくて妾ってのはどうかなあ?」
「ぶはっ!」
噴いた。
何も飲んでいないのに噴いた。
っていうか今とんでもないこと言わなかったか!?
「愛人っていうのはやっぱり浮気っぽいし、妾っていうのが一番公認っていうかそんな感じかなーって思って」
「なるほどね。それならもっとマイルドな表現があるわよ、結ちゃん」
そして悪ノリするなる。
やめろー。
そのネタで盛り上がるなーっ!
「へえ、どんなどんな?」
しかし明るく楽しく盛り上がる少女二人。
「ザ・側室!」
「おーっ! なんだか王族っぽいー!」
ぱちぱちぱちと拍手をする結。
……勘弁してくれ。
俺は王族じゃないし王様でもないぞ。
「じゃあなるちゃんは側室だね。わたしがええと、正室でいいのかな?」
「王妃って言い方もあるけどね~」
「王妃! なんかカッコいい!」
「だから俺は王様じゃねえよっ!」
「んふふ~。王様になれるかもよ?」
「……どういうことだ?」
「えっへっへ。まだひみちゅ!」
いたずらっぽく人差し指を立てて笑うなる。
ひみちゅ、じゃねえよっ!
「じゃあ側室でいいから許可してくれる?」
「いいよ~。憧護くんを好きな人がいてくれるのは嬉しいしね」
「うわ。嫉妬の欠片もない~。ぴゅあだ! 憧護くんにはもったいないぐらいどぴゅあだっ!」
「やかましいっ!」
俺だって結一筋のぴゅあなんだぞ!
とまあ、こんな感じで交渉が成立してしまうのだった。
酷い報酬だが、しかし結が認めてしまった以上俺に拒否権はない。
何故なら俺は間違いなく結の尻に敷かれてしまっているからだ。
俺自身が自発的になるを好きになる必要はなく、あくまでもなるが俺を振り向かせる努力を続けるという方向性で固まってしまえば、俺から何かを言う事は出来ない。
あくまで俺次第なのだから。
俺が結一筋を心掛ければなんの問題もない。
というか、肉体をなくしてしまって意識体のみになったなるは、これから記憶域でしか存在できなくなってしまっているのだから、その行動は著しく制限される。
「じゃあ始めますか」
軽い調子でなるが立ち上がり、その場で両手を広げる。
「………………」
俺と結はその様子をじっと見守る。
記憶検索を行っているようだ。
そのまま十分ほど様子を窺っていると、
「あ、これかな? やたらと背が高くて顔が良くて性格が悪そうな男が出てきてるんだけど。言ってることもなんか安っぽいし」
記憶映像を見ることが出来るのか、なるがそんな事を言った。
「あー、それだそれだ。間違いない」
「んー、わたしはまだ思い出してないから憧護くんの判断に任せるよ~」
「そっか。多分これだと思うよ。この男に関する記憶を消せばいいわけね」
「頼む」
「らじゃ~♪」
記憶を操作する、というとんでもないことをしている真っ最中なのに、なるの調子は軽いままだ。
まあ、らしいと言えばらしいのだが。
消される側としては複雑な気分になったりは……
「なるちゃんすごいね~」
「………………」
していないようだ。
俺の周りにいる女の子はきっと精神が鋼鉄製に違いない。
「終わったよ~。これで結ちゃんがその男を思い出すことは無いね」
「マジか……」
あっさり過ぎる。
もう少しこう、鬩ぎ合いとかシリアスな過程とかあってもいいと思うんだが。
たとえば結自身に喪失感とか虚無感が生じたり。
あう、いや、まあ、都賀峰のことで結がそんな風になるのはまったく歓迎していないのだが、それにしたってこのあっさりっぷりは……
「ありがと、なるちゃん」
何を忘れたのかもきっと認識していない結は、なるにお礼を言う。
「どういたしまして。これで側室になれるなら安いものよん」
「………………」
側室いらねー。
マジいらねー。
「踏み倒したらぶち殺すからね、憧護くん♪」
「ぐあ……」
どのようにしてぶち殺すのかが想像出来てしまい恐ろしい。
意識体のみの存在になったなるならば、俺の身体ではなく意識を殺しにくるに違いない。
しかも精神ダメージ方面で半殺しなのだ。
ギリギリまで痛め付けた挙げ句に回復させてまた痛め付けるつもりなのだ。
そして最後には側室認定させるに違いない。
怖い怖いマジ怖い。
とまあ、こんな感じでなるの救出が成功したり、俺を悩ませていた出来事が解決したり、新たなる悩み事というか問題が勃発したりと、いろいろと忙しい一日が終了したのだった。
側室認定に関しては、もう少し猶予をもらいたいところだ。
というか結ちゃんってばもう少し怒るとか嫉妬するとかしてくれてもいいのに、などと理不尽な気持ちになったりもしたり。
でも怒ったらかなり怖そうだからある意味では助かっていると思わなくもなかったり。
複雑極まりない問題を残しつつ、とりあえず身体に戻る俺だった。




