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瑚島憧護の囚人生活  作者: 水月さなぎ
Evolution of soul
26/31

浮気じゃないぞー

 どれぐらい歩いただろう。

 何時間も歩いたことは確かだが、それがどれぐらいの時間になったのかは把握できていない。

「見つけた」

 なるは砂漠に倒れていた。

 そこがなるの記憶域なのか、それとも集合的無意識の何処なのかは分からない。

 そこになるがいるという事だけが事実であり、それだけで十分なのだ。

「おい、起きろ」

「うー、あと一時間」

「寝過ぎだボケ!」

 軽く蹴飛ばす。

 女の子相手になんてことしやがるという批難は無視。

 人が何時間も探し求めたのにそんなことを言う奴は一回ぐらい蹴られても文句を言う権利はない。

 それにダメージが残るような蹴り方はしていないからノープロブレムだ。

「あ、おはよう憧護くん」

 なるの方は蹴られたことなどまるで気にしていないらしく、あっけらかんとした反応だった。

「大丈夫か?」

「その様子だとあたしの状況は知ってるみたいだね」

「まあな。一応助けに来たつもりだ」

「そう。ありがとうと言っておくわ」

「礼を言われるようなことじゃないさ。俺は俺の為になるを助けに来たんだから」

「じゃあご苦労、苦しゅうないと言っておくわ」

「……それはそれで複雑だなぁ」

 しかしどこまでもふてぶてしい反応はある意味で安心できる。

 まだまだ元気だという証拠だ。

「その様子だと答えは出たみたいね」

「まあな」

「どうするの?」

「記憶を消してもらう。これが結と俺が出した結論だ」

「……そっか。ちょっと予想外だけど、それもまあアリなのかな」

「俺は結構悩んだんだけどな。結の方があっけらかんとしたものでさ。忘れたくても忘れられない人もいるんだから忘れられる自分は恵まれてるんだとさ」

「なるほど。結ちゃんは強い子ね」

「ああ。俺なんか足元に及ばないぐらいにな」

「まあ憧護くんと結ちゃんは強さのベクトルが違うだけだと思うけどね」

「………………」

 なるはゆっくりと立ち上がって自分の状態を確認している。

「うーん。思ったよりよくないなぁ」

「そうなのか? どこに連れて行かれたか分かれば救出部隊を突入させられるんだが」

「いや、身体の方があんまり無事じゃないみたい」

「なんだと?」

「どうやら相当に無茶な投薬が行われてるわね。こりゃあ身体の方は諦めた方がいいかな」

「おい……」

「いや、真面目な話。日常生活を送れないぐらいにはボロボロにされてるわ。SDSの根幹は精神、意識体にあるのに、あいつら身体の方を解析しているからね。ここで死んでも構わないぐらいの投薬と機械実験が繰り返されている。今の状態で余命一か月ってところかな」

「……マジかよ」

「こんな無茶をした以上、時間は限られているって自覚してるんでしょ。あたしが死ぬまでに取れるだけのデータを取るつもりだね。あたしは早々にこっちへ避難してきたから意識体が解析されることは免れたけど」

 自分の生き死にに対してそこまで冷静に、他人事のように語るなるは異常だと思った。 

「ちょっと、誤解してるわよ」

「何がだ?」

「あたしが自分の命を軽々しく扱ってる、とか思ってるでしょ」

「………………」

 図星だが見抜かれているとは思わなかった。

「ま、いいけどね。否定するのも面倒臭いし」

「いや、そこは否定しろ」

「あたしと憧護くんでは命に対する認識が違うだけよ」

「どういう意味だ?」

「うーん、口では説明しづらいなぁ」

「………………」

 なるはうーん、と腕組みをしながら考える。

「憧護くんにとって『生きている』ことと『死んでいる』ことはどういう事だと思う?」

「どういうことって……」

「生きていることは心臓が動いていること。死んでいることは肉体の生命活動が停止していること、って感じかな?」

「まあ、そうだな。っていうかそれ以外の認識って何かあるのか? オカルト的な意味以外で」

「……うん。オカルト的な意味では色々あるわよね」

「オカルトかよ……」

「正確には科学の領域なんだけど、原理を理解していない人にとってはオカルトと大差ないかな。だからこれから話すことはオカルト話として聞いてもらえればいいよ」

「ふーん」

 まあ、話すというのなら聞くことにしよう。

「あたしにとって『生きている』ことは自分がここにいること。そして『死んでいる』ということはあたしが終わってしまうこと。それらは肉体の生命活動とは関係ないんだよね」

「つまり、お前の肉体が生命活動を停止したとしても、お前自身が消えなければそれは『死』んだことにはならないってことか?」

「正解」

「幽霊にでもなるつもりかよ」

「近いね。半分正解」

「半分?」

「そう、半分。意識体が生き残ればあたしは生きていると言えるんだよ。肉体がズタボロにされている今だって、あたしの意識はこうして元気一杯でしょ?」

「まあ、そうかもしれないけどさ。でもその意識体が元気でいられるのは肉体が生命活動を維持しているからじゃないのか? 肉体が死を迎えればこっちの意識体にも影響があると思うんだが」

「あるよ。今のままじゃあたしは確実に死ぬ」

「………………」

 結局肉体という枷に縛られていることは変わらないらしい。

 身体が死ねば意識も死ぬ。

 枝宮なるという個人も終わりを迎える。

「と、まあこれが今までの限界だったんだけどね」

「ん?」

「憧護くん、ママから何か預かってない?」

「あ」

 そういえば預かっているものがあるのを思い出した。

「この中にプログラムを仕込んであるって言ってたけど」

 そう言って俺は腕のリンカーをなるに差し出す。

「ほほう。ちょっと待ってね」

 なるは俺のリンカーに触れるなり何やら解析を始めてしまっているようだ。

「ふむふむ、なーる。ママとしても一か八かの賭けなわけねぇ。テストもしていないプログラムだから不安も多いけど、贅沢言ってられる状況でもないしなぁ。仕方ないか」

 勝手に納得して勝手に頷いている。

「おい、訳が分かんねえぞ」

「うん。こっちの話」

「………………」

 プログラムだけ届けさせてあとは放置プレイかよ。

 ふざけんな。

「心配しなくても結ちゃんの記憶は回収してあげるわよ~」

「いや、それも大事だがそういう問題でもなくてだな……」

「まあこのプログラムの実行が成功すればの話だけどね」

「は?」

「いやあ、どうせ放っておいてもあたしは死ぬんだし、他に選択肢がないってゆーか。ママのプログラムもまだ完璧じゃないけどこの際仕方ないかな~って」

「いや、だから何の話をしているんだ?」

「SDSの最終目標の話だよ」

「意味が分からん」

「あのね、憧護くん。SDS、ストレージダイブシステムっていう人間の意識体を切り離すシステムが、本当に夢の中の記憶を探したり操作したりする為に生まれたと思ってるの?」

「ち、違うのかよ……」

 夢の中に潜入する技術。

 平和的な意味では忘却記憶の回収。

 物騒な意味合いではなるの行動による記憶の改竄・略奪。

 それを元にした人間の意識を洗脳する技術の確立。

 俺が推測する限りではこのあたりが限界だ。

「まあ過程でそうなるのは間違いないんだけどね。だけど最終地点はもっとずっと遠い場所にあるんだよ」

「最終地点……?」

「そう。そもそもSDSそのものがそこに至るために作られたってこと。あたしも開発当初から協力しているけど、なかなか目指す場所は遠くてね」

「待て。開発当初から協力していたってことは……」

「あはは。その通り。あたしが他人の記憶領域を荒らし回っているのもSDS開発に必要だからだよ。ママに協力しているの。表向きは娘の悪戯ってことになってるし、ちょっとした母娘の勝負だったり確執だったりを演出しているけどね。あたしとママはばっちり仲良しだし、これからも水面下で協力態勢バッチリなのよ」

「………………」

「あ、コレ内緒にしてね。憧護くんだから教えてあげたんだし」

「軽々しく教えるなよそんなこと」

「あはは。何でだろうね。憧護くんを前にするとどうにも口が軽くなっちゃうみたい」

「あ?」

「なんでだろうな~」

「俺が知るかそんなこと」

「つれないな~」

 むーっと頬を膨らませるなるに対して、俺は無反応を貫く。

 なるは受け取ったプログラムを解析しながら立ち上がる。

「うん。よし。じゃあやってみるか」

「やるって、なにを?」

「そりゃあプログラムの実行に決まってるじゃない」

「いきなりかよ……」

「別に待ったところで結果が変わる訳じゃないしね。実行するだけなんだから」

「それもそうか」

「それから、最初に謝っとく」

「ん?」

「失敗したらごめんね」

「ごめんって、何が?」

「だから、もしもこれからやる事に失敗したらあたしは死んじゃうから、結ちゃんの記憶を奪ったりは出来なくなるんだよね。だから先に謝っとく。成功率は五分五分だから」

「ちょっと待て」

「ん?」

 そんな危ないことをそんな軽いノリでやろうとしないでほしい。

 シリアス風味というかそういう感じのモノがかなり台無しになっている気がする。

「そんな分の悪い賭けにあっさり出ようとするな」

 もう少し方法を検討したり、他のやり方を探したりとか、考えようとしないのは何故なのか。

 やはりなるは自分の扱いについてものすごく問題があるような気がする。

 しかしなるはあっけらかんとしたもので、堂々と胸を張って反論してくる。

「仕方ないでしょ。どのみち放っておいてもあたしは死ぬんだから。だったら分が悪かろうと成功率が低かろうと、やるしかないのよ」

「う……いや、監禁場所さえ分かれば救出部隊を向かわせられるだろうし、病院に搬送すれば治療だって出来るだろ」

「無理。あたしの身体には爆弾がセットされてる」

「何だって!?」

「拉致した奴らは相当に切羽詰まってるわね。取れるだけデータを取ったらあたしの身体ごと証拠隠滅して退却予定らしいわよ」

「何て奴らだ……」

 いくら貴重なデータを取るための実験体とは言え、十代の女の子相手にするようなことではない。

 俺の中でどす黒い感情が増幅していく。

 なるを拉致していいように利用している奴らを皆殺しにしたい、という気持ちが膨らんでいく。

 もちろん実行に移せるような立場でもないし、現実問題そんなことは出来ないのだが、それでも込み上げていく怒りだけは止められない。

「………………」

 なるはそんな俺を見て苦笑した。

 呆れられているのかもしれない。

「なんだかなぁ。憧護くんってさ、どうにも真っ直ぐすぎるよね」

「は……?」

「いや、普通さ。結ちゃんのことがあるからって、こんなところまで助けに来てくれたりしないし、それに他人が多少投げやりな態度を取ったところでそこまで本気で心配したりしないよ」

「べ、別に心配している訳じゃないさ……」

「そうだね。どっちかっていうと怒ってる感じかな」

「む」

「でも相手に対して本気で怒るのって、結局のところ本気で心配しているからなんだよねぇ」

「うぐ」

 むしろ今、今怒りたい。

 照れ隠し的に怒りたい。

 だがここで癇癪を起こしたらなるの思うつぼだという予感がある。

 というか確信している。

 だから取りあえず我慢する。

「ありがとね。ちょっと嬉しいよ」

「か、勘違いするなよ。あくまで結の為なんだからな。なるが死んだら結の記憶を消せなくなるから困るだけなんだからな」

「……なんて分かりやすいツンデレっぷり」

「ツンデレ言うなっ!」

 ああ駄目だ。

 この状況では何を言っても搦め取られる。

 何かを言えばそれだけドツボに嵌る。

「ぐう」

 とても悔しいが、黙る以外の選択肢は存在しないようだ。

 そんな俺になるは気持ちのいい笑みを向けてきた。

「大丈夫だよ。あたしは生きるためにこのプログラムを使うんだから」

「でも、成功率は高くないんだろう?」

「ん。でもそれってあくまで数値の問題じゃない」

「数字は現実的だぞ」

「うん。でもあたしは今の状況でこのプログラムを託してきたママを信じる」

「………………」

「そして憧護くんが傍にいるからね。意地でも成功させてみせるよ」

「……なんで俺が傍にいると意地でも成功させるんだ?」

「近くに見栄を張りたい人がいると俄然張り切りたくなるじゃない」

「なぜ俺が見栄を張られなくちゃならないんだ……」

「あはは。そのあたりは宿題にしておくから自分で考えてね」

「嫌な宿題だな……」

 突然、抱きつかれてしまう。

「?」

 訳が分からず抱き留めるのだが、なるは俺の胸に顔を埋めたまま黙っている。

「ちょっとだけ、このままでいさせて」

「……俺は浮気をするような甲斐性はないんだがなぁ」

 と言いつつも、なるにとっては必要なことだからこうしているのだろうとも思ったので、そのまま頭に手を載せてやる。

 浮気をするつもりはなくとも、頼ってきた相手に出来る限りのことはしてやりたいとも思うのだ。

「……状況が落ち着いたら誘惑してみようかなぁ。憧護くんってなんだかかなりあたしの内面にクリーンヒットなんだよね、さっきから」

「勘弁してくれ……」

「考えておいてね~」

「考えるかっ!」

 と、俺が怒鳴った瞬間、なるの身体が光った。

 恐らく正体不明のプログラムを実行したのだろう。

 どういう効果があるかは分からないが、今のなるにとっては他に選択肢がないようだ。

「………………」

 俺に抱きついてきたのが支えて欲しいという意味ならば、今だけはなるを全力で支えよう。

「う……く……」

 なるの身体が震える。

 苦しそうに呻きながら、俺の服をぎゅっと握り締めている。

 縋るように。

 繋ぎ止めるように。

「なるっ!」

 一瞬、視界がおかしくなったのかと思った。

 なるの身体が明滅しているのだ。

 ゆらいで、ぶれて、まるでここから消えてしまいそうな……

 そしてなるはそれに必死で抗っているように見える。

 成功率。

 その言葉が脳裏に甦る。

 きっとなるは必死で戦っている。

 繋ぎ止めようとしている。

 自分自身を。

 そして俺も、彼女にここにいて欲しいと願う。

「なるっ!」

 浮気じゃないからなっ! とここにはいない結に言い訳しながら、なるの身体を強く抱き締める。

 この強さが、なるを繋ぎ止める手助けとなるように。

「う……あ……!」

 なるも俺に抱きついてくる。

 ここにいたいと願うように。


 そんな時間がどれぐらい続いたのか。

 ほんの数分だったような気もするし、数時間だったような気もする。

 主観的には永遠とも思えた鬩ぎ合いを乗り越えて、なるは俺の腕の中で大きく息を吐いていた。

「はふ~……。しんどかったぁ」

「……なんっつーか、緊張感台無しだな。落ち着いたんなら離れてくれないか?」

 抱きつかれたままだったので、俺はなるから手を離してそう言う。

「憧護くん冷たいー。こういう時は頑張った女の子相手に『よくやったな』って抱き締めて頭を撫でてくれるのが王道でしょ~」

 ぷくっと頬を膨らませるなるはまるで子供のようで、いつもの怪しげな雰囲気は皆無だった。

 もちろんそんなギャップに萌えたりはしないのだが、それでも意外な一面だとは思った。

「へいへーい。よくやったよくやった」

 一割ぐらいはリクエストに応えてやろうと思い、左手をなるの肩に置いたまま、右手で適当に頭を撫でてやる。

そりゃもう適当に。

 ペットの身体を撫でるよりも適当な感じで。

「む、ムカつく……!」

 なるにはかなり不評だったが。

 それでも元気になってくれたのだからまあノープロブレムということにしておこう。

「ま、落ち着いたようで何よりだ」

「うん。憧護くんのお陰だね」

「なるが自分で頑張ったんだろ」

「いやいや、成功率は五分五分だったからあとはあたし次第だったんだよね」

「だったらやっぱりなるの頑張りじゃねえか」

「頑張る動機が憧護くんだったから」

「なんで!?」

「無事に乗り越えたら結ちゃんと憧護くんを取り合うぞー! みたいな未来予想図で乗り越えたから」

「なんて迷惑な!」

 とんでもないことを画策していたらしい。

 支えようと抱き締めていたのを後悔してしまいそうだ。

「……で、結局さっきのは何だったんだ?」

 敢えてプログラムの正体は訊かなかったのだが、成功したのならばと問いかけてみる。

「ええとね、SDSの最終段階実行プログラムっていうか、そんな感じ」

「訳わかんねー」

「簡単に言うと、あたしの身体は死んじゃったけど、ここにあるあたしの意識体は死なないってことだよ」

「は……?」

 あまりにもとんでもないことをあっけらかんと言われたので、思わず三秒ほどフリーズしてしまった。

 身体は死んだ……?

 それってもう死んだって意味じゃないのか?

 いや、でも意識体であるなるはこうしてぴんぴんしているわけで……

「ええと……」

 身体は死んで意識体は生き残って……つまり連動して死ぬことは無くなったわけで……でも意識体だけ元気でも戻る身体が無くなったっていうのは大問題なんじゃ……

 ぐるぐると思考回路がオーバーヒートしそうになったところで、なるがぽんぽんと頭を叩いてきた。

 ちなみにまったく冷却はされていない。

「これがSDSの本当の目的。ゴール地点一歩手前、かな」

「本当の目的? 身体を殺して意識体だけを生き残らせることがか?」

「正確には、肉体という殻を脱して、生命体としての新しい一歩を踏み出すこと、かな」

「………………」

「SDSは本来、人間の意識体がどれだけ肉体の支配から逃れられるかっていうのがそもそもの開発目的なんだよね」

「初耳だ」

「そりゃあ初めて教えて上げることだからね」

「………………」

「老衰・病気・事故・暴力。肉体に縛られている以上、人間はあっさりと死んでしまう。だったら肉体に縛られない、つまりは魂のみで人間は生きられるのか。ママとあたしはそれを確かめたかった」

「魂……?」

「まあ今は意識体って呼び方をしているけどさ。でも肉体から離れた自分っていうのはもう幽霊とか魂とかと変わらないでしょ」

「それはそうだが……」

 だが幽霊とか魂っていうとどうしても『死』のイメージが付きまとって精神衛生上はあんまりよろしくない表現のような気がする。

「だから意識体って呼んでるんだけどね」

「……納得」

 精神体と呼んでもいいぐらいだ。

「つまりは『不老不死』みたいなのを求めていたのか? 肉体の寿命や脆さに縛られないっていうか……」

「んー。近いけどちょっと違うかな」

「近いのか」

「ええとね、多分、この意識体にも寿命はあると思う。現にいまのあたしは肉体年齢そのままの意識体になっているしね。このまま年月を重ねれば歳を取っていくだろうし、いつかは消えると思う」

「………………」

「だから不老不死とかじゃなくて、生物として一歩を踏み出した状態っていうのかな。そんな感じ。肉体という枷から解き放たれた意識体。まあ一か八かだったんだけど成功して良かった良かった」

「うん。まあ、よく分からんけど良かったんならそれでいい」

「ん。じゃあ早速戻ろうか」

「戻るって、どこに?」

「だから、結ちゃんのところ」

「む」

「記憶、消したいんでしょ」

「まあ、そうだが」

「どうしたの?」

「いや、展開が早過ぎてちょっと戸惑っているというか……」

「そう? 仕事はさくさくっと終わらせるのがあたしの基本スタンスなんだけど」

「それはそうだが、もう少し自分のこととか、顧みなくていいのかなぁと」

「ああ、身体のこと?」

「まあ、そうだな」

「大丈夫大丈夫。今はこっちが本体なんだから気にしなくてオッケー」

「そういうものか……」

「死体だけでも回収してあげようとかそういう気遣いはいらないからね」

「まあ、楽でいいけど」

 むしろ気遣いが迷惑だと言わんばかりの態度に圧倒される。

 本体(?)はこうして元気なんだし、このまま進めてもいいのかもしれない。

「じゃあ帰ろうか」

「そうだな。まあどうやって帰ればいいのかというのが問題だが」

「そうなの? 来た道を辿ればいいだけじゃない」

 あっさりと言ってくれるのだが、そもそもリンカーが導いてくれたので俺自身はどうやってここまできたのかというのがまるで分からない。

 まさかあらゆる記憶が集う海でマーキングを残していくわけにも行かないし。

「んふふ。じゃああたしが案内してあげましょう。とりあえず結ちゃんのところでいいよね?」

「いや、その前に俺の身体に戻って報告をしないと」

「じゃあ放っておけば戻れるんじゃない? 制限時間がすぎれば」

「いや、今回はそのリミッターを解除しているらしい。鬼軍曹いわく、お前を見つけるまで戻ってくるなとのことだったからな」

「鬼軍曹! それって沖浦さんのことだよね!? あっはっは! 憧護くんいい度胸してるねえ!」

 鬼軍曹という単語に大ウケしたらしく、なるはその場でけたけたと笑っている。

 というか俺の度胸に対して笑っているのかもしれない。

「なるだって無事だったことを枝宮さんに報告したりしなくていいのかよ」

「あ、忘れてた」

「………………」

 忘れんなそんな大事なこと!

「ま、細かいことはあとでいいかな~。とりあえず結ちゃんのところ行こうよ~。急ぐ必要はないかもしれないけど、早めに済ませたからって問題がある仕事でもないでしょ? せっかく無制限ダイブしてるんだから一気に終わらせちゃおうよ」

「む……それもそうか」

 急ぐ必要がないからといって早めに済ませることに異論があるわけではない。

 なるのことも思ったより早く見つけられたし、残り時間を結の為に使ったところで文句は言われまい。

 ……多分。

「じゃあこっちこっち」

 なるは俺の手を握って引っ張っていく。

 道に迷うことはなく、真っ直ぐに目的地へと到着してくれそうだ。

「手を握らなくてもついていけばいいから離して貰いたいんだが」

「却下」

「………………」

 主導権が完全に奪われてる。

 まあ、逆らってもいいことなさそうだし、従っておくか。

 浮気じゃない。

 浮気じゃないぞ。


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