鬼軍曹と親バカと謎アイテム
潜入準備が整い、介護支度が万全に整えられたSDS室ではナースが待機していた。
どこから引っ張ってきたのだろうと思わなくもないが、まあ美人だから良しとしよう。
「死なない程度に面倒を見てやってくれ。死にかける程度は構わん」
「了解しました」
「待って待って了解しないでください。死にかけるのは勘弁してください」
ナースは即答で応じていた。
それがまた怖い。
さすがは鬼軍曹の手配したナースだ。
「中に潜れば何があるか分からん。くれぐれも気をつけろよ」
ベッドに横になった俺に対して、鬼軍曹が声をかけてくる。
「心配してくれてるんですか?」
「まだまだ利用価値があるからな。死なれると損失が大きい」
「………………」
もう少しぐらい人間味を感じさせる言葉をかけてくれても罰は当たらないと思うんだけどなぁ。
鬼だから無理かな?
「それからこいつを装着していろ」
そして銀色のリングを渡された。
「リンカー……に似てますけど、少し違いますね。何ですか、これ」
「さあな。月陽に渡すよう頼まれただけだ。恐らくは枝宮なるに関するアイテムだろう」
「アイテム、ね」
救出に必要なアイテムということだろうか。
あの人にも母親らしいところがあるのかもしれない。
まあ、目的が同じなのだから協力するのはいいんだけど。
あの人もまさかこの状況でおれのモニターを優先するとも思えないし。
……多分。
「じゃあ行ってきます」
「ああ」
鬼軍曹とナースに見送られながら、俺は意識の海へと潜るのだった。
「……さすがに広いというか、果てが無いな」
ここは特定の誰かが有する意識の中ではない。
無限領域、とでも言うべきか。
あらゆる意識が集合する地点。
集合的無意識とも言うべき場所だ。
個人の経験を越えた先天的な無意識領域であり、全ての人間の無意識はこの領域に繋がっている、というのがどこぞの心理学者の提唱した中心概念らしいのだが、奇しくもSDS開発と実践によってそれが証明されたわけだ。
ここには人類ん十億の無意識が集まっている。
その中からなるの意識を探し出すのだから、それはもう恐ろしく長い時間が掛かりそうである。
しかし居場所の分からないなるを見つけるには他に手段がなく、無駄になるかもしれない可能性が高くともこの方法しか選べなかった。
「ま、何か方法はあるはずなんだよな」
なるはこの領域から特定対象へと侵入していたはずなのだ。
リンカーを特定出来ない状況で他者の意識へと潜るならこの方法しかない。
何かあるはずだ。
この領域を漂いながらその方法を見つけるのが近道だろうな。
「……といっても、どうやればいいのやら」
まあうろついて少し調べてみるか。
と、辺りを調べようとしたところで、
『やっほー、憧護くん。もう中にいる?』
「っ!?」
いきなり枝宮さんの声が聞こえてきた。
「え、枝宮さん!? どこにいるんですか!?」
『研究室よ~。ちなみにこうやって憧護くんにアクセスしているのは理花ちゃんに頼んでおいたアイテム効果よ』
「……アレですか」
直前に渡されたリンカーもどきのことを思い出した。
『アレよん』
「………………」
『そのアイテムならなるちゃんに渡してあるリンカーに感応できる筈だから、その気になればきちんとなるちゃんのところまで案内してもらえるわよ』
「マジっすか」
『マジですよ』
「どうやればいいんですか?」
『なるちゃんの可愛い顔を思い浮かべてちょうだい』
「………………」
『ちょっと、何でそこで黙り込むのよ』
「いや、親バカだなあと思って」
『可愛いじゃない。私に似て!』
「………………」
成程。
親バカじゃなくて自分褒めなんだな。
納得納得。
『……馬鹿にしてるでしょ?』
「とんでもない」
このまま言い合いに突入すると不毛なことになりそうだったので早々に捜索を開始することにした。
「お……」
明確なものではないけれど、なんとなく反応があった……ような気がした。
反応があった方に向かっていくと、ほんの少しずつ強くなっていく気がする。
『手掛かりを見つけたみたいね』
「どうなるかは分からないですけどね。違う反応かもしれないですし」
『早く見つけないと憧護くんの身体ががりっがりになっちゃうわよ~』
「怖いこと言わないでくださいよっ!」
『理花ちゃんのことだから生命維持はしてくれても身体機能の維持まではしてくれないだろうからね。一ヶ月も寝たきりだったらまともに身体を動かすこともできないわよ。動かす度に筋肉がバリバリいっちゃうかもね~』
「ひいーっ!」
『しかもなるちゃんを見つけられないまま出戻ってもまた強制的に潜らされるだろうしねぇ』
「怖い怖い怖い!」
『だから頑張って見つけてね~』
「脅迫するか励ますかどっちかにしてくださいよ!」
『飴と鞭って効果的らしいわよ』
「いらねーっ!」
本気でいらねーっ!
「……でもまあ安心しましたよ」
『何が?』
「助けるつもりはあるんだなって」
最悪の場合は見捨てるつもりだろうと思ってしまったので、少しだけ罪悪感が込み上げてくる。
『そりゃあ可愛い娘だからね。出来る限りのことはしてあげたいじゃない』
「……ですね」
『それでもなるちゃんが生きて戻る可能性は低いと思うけどね』
「枝宮さん、それは……」
『ああ、勘違いしないで。見捨てるって意味じゃないから。私には私の考えが色々あってね。憧護くんに渡したアレには一つプログラムが仕込んであるのよ』
「どんなプログラムですか?」
『秘密。なるちゃんに会ったら渡してあげて。あの子ならきっと使いこなせるはずだから』
「はあ……まあ構いませんけど」
『よろしくね~』
枝宮さんからの通信はそこで切れた。
「よろしくって言われてもなぁ」
とりあえず反応があった方を探してみるか。
混沌とした意識の海を渡りながら、俺は細い糸を辿るようになるを探し続けた。
時折誰かの強い感情に晒されながらも、なんとか躱しつつ目的地に向かう。
空間は海だったり、山だったり、谷だったり、宇宙だったりした。
移動する度に景色が変わり、それぞれの領域で色々な感情をぶつけられた。
「ここに全人類の無意識が終結しているっていうんだから、SDSも怖い技術だよな」
素人考えだが、この空間を自由自在に操作できれば全人類の意識改革すら可能になるんじゃないだろうか。
まさか~、と笑い飛ばしたいところだが、俺程度が想像できることなど、あの天才は鼻歌混じりに実行してしまいそうだという確信がある。
「余計なことは考えないようにしよう」
考えなければ怖くない。
考えれば怖くなる。
ならば考えるな。
目的だけに邁進しろ。
自分にそう言い聞かせながら、俺は更に足を進めた。




