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瑚島憧護の囚人生活  作者: 水月さなぎ
Evolution of soul
24/31

覚悟に対する釘

 枝宮なるが拉致された。

 各国の軍事関係者と日本のエージェントが鬩ぎ合っていたある種のバランスが崩れたことになる。

 日本のエージェントが仕事をしてくれなかったことで枝宮さんが少々おかんむり状態になっているが、しかし分かりやすく表に出すほどこの人も可愛げのある性格をしていない。

 あくまで冷静に、冷徹に対処するだろう。

「で、どこの国がやらかしたんですか?」

 護衛の網を潜り抜けて宝物をゲットしたのは一体どこの国なのか。

 少なくとも枝宮なるが必要になる俺にとっては静観するという選択肢はない。

「厳密に言うなら『国』ではなく『組織』だな」

 不快指数をさらに引き上げながら口にするのは鬼軍曹だった。

「組織っていうと、どこかの宗教団体ですか?」

「だったらまだマシだったんだがな」

「………………」

 夢の中に潜ることができる、という一種の魔法じみた効果を持つSDSには、妙なシンパが存在している。

 SDSによって救われる何かに縋っているのか、SDSそのものを信仰している団体がそれなりの数で存在しているのだ。

 まあ気持ちは分からなくもないが、だったら宗教じみたことで信仰するよりも、開発者方面で頑張ればよいものを、と思わなくもない。

「拉致したのは多国籍マフィアだ」

「……そりゃまた厄介な。どの国が絡んできてもおかしくないですね」

「頭の痛いことに、その通りだ」

 やれやれと再びため息をつく鬼軍曹。

 どの国の、どんな人物が、どれだけ集まっているか。

 下手に介入すると国際問題に発展しかねないという、厄介極まりない案件だった。

「分からないのは目的だ」

「そうなのよねぇ」

「え? なるの潜入能力、もしくは改ざん能力じゃないんですか?」

「それはそうなんだろうけど、でもなるちゃんの能力を解析するつもりなら、それなりの財力と設備、そして後ろ盾が必要になるわ。でも今回動いた多国籍マフィア、ええと、名前はキャリバーだったかしら。その組織に長期間なるちゃんを解析する力があるとも思えないのよね」

「利用された、と考えるのはどうですか?」

「利用?」

「つまり、今までは色々な国がせめぎ合っていて、一種の膠着状態だったんですよね。なるを手に入れたい奴らにとってはこのまま進展しないよりは、多少実入りが少なくなったとしても、変化を望んだってことじゃないですか」

「つまり、後ろ盾や援助はなるちゃんを狙っている各国がしてくれるってこと?」

 枝宮さんが険しい表情で考え込む。

 俺の話にそれなりの説得力を感じているのだろう。

「あり得る話だな。奴らもいい加減痺れを切らせたわけだ。となると、攻め込むのも難しいか」

「難しいですか?」

「一つの組織ならばそこを潰せば問題はない。だが複数が結託しているとなると、拠点をいくつも移動される恐れがある。それをいちいち潰していたらきりがない」

「うわあ……」

 その通りだった。

「……生きたまま取り戻すのは難しいかもね」

「………………」

 枝宮さんが非情ともとれる言葉を口にする。

「難しいって……」

 顔色一つ変えずにそんなことを言う枝宮さんが恐ろしかった。

 仲のいい母娘のはずなのに。

「助けないんですか?」

「助けられるならそうするけどね。でも難しいわよ。理花ちゃんも今回は動けないだろうし」

「動けないって……」

「特殊公安部長の立場として、記憶略奪者を助ける理由はない、ということだ」

「………………」

「表向きではないとしても、なるちゃんは違法潜入者っていう立場だからね。捕まえる為ならまだしも、助ける為の戦力は回せないってことよ」

「……それで、いいんですか?」

「いいも何も、仕方のないことでしょう。なるちゃんもその程度の事は覚悟していたはずだし」

「………………」

 覚悟していた。

 それは、正論なのだろう。

 奪う者は、同時に奪われる覚悟もしなければならない。

 そして枝宮なるはその覚悟をしていた。

 覚悟に殉じる意思がある。

 そういうことなのだろう。

「さてと、じゃあ私は家に帰るわ」

「護衛をつけるか?」

「ん、いらない。なるちゃんを押さえている以上、他の連中も下手な真似は出来ないでしょ」

「そうか」

「ええ。悪いけど憧護くんのモニターはほかの人に代わってくれる? やる事が出来たから」

「……分かった」

 枝宮さんはそのまま席を立って部屋を出る。

「………………」

 俺は枝宮さんのそんな背中を見送ることしかできなかった。

 そんな俺を鬼軍曹がじっと見ている。

 探るように、見透かすように、じっと見ている。

「何か言いたそうだな」

「……別に」

「お前の怒りは正しい」

「………………」

「少なくとも、正常な人間が持つ真っ当な感情だ」

「……人殺し相手によくもまあ、正常な人間だなんて言えますね」

 珍しく慰められていると分かってしまって、俺は皮肉で返してしまう。

 素直に受け止めるには覚悟を試される言葉だったから。

「人を殺せば異常者か?」

「………………」

「私だって少なくない人数を殺してきている。お前が異常者ならば私は狂人だと言われてもおかしくないな」

「……日本の警察は簡単に撃てないって聞いてますけど」

「この仕事についてからは殺していない」

「……? じゃあどこで……」

「戦場だ」

「………………」

 今、さらりと爆弾発言をされた気がする。

「沖浦家のしきたりのようなものでな。一人前になる前に戦場で暴れて生き残ることが出来たら認められる」

「……怖い家っすね」

「私はこの環境で育っているから普通だと感じてしまうが、やはり異常なのだろうな」

「………………」

 成程。そういう環境で育てばこういう鬼軍曹が出来上がるのか。

 納得納得。

「撃ち殺されたいのか?」

「ぶるぶる」

 どうして考えていることがバレたのだろう。

 この人マジ怖い。

「命の価値も、罪の意味も、国や立場が違えば変わってくる。一つの価値観で物事を測ろうとするな」

「……それは枝宮さんについても同じだって言いたいんですか?」

 娘を見殺しにしようとしている枝宮さんを責める気持ちは間違っていると、そう言いたいのだろうか。

 お互いにこうなることを覚悟していたのだから、部外者が憤っていいことじゃない、と。

「少なくとも本人を責めるべきではないし、こちらが余計な行動でかき回すべきではない」

「………………」

「月陽は娘を見殺しにしたいとは思っていない。あいつはあいつなりの方法で枝宮なるを助けようとしている。その結果枝宮なるの命が失われたとしても、月陽は後悔しないだろうさ」

「……?」

 鬼軍曹の言葉はいまいち分からない。

 俺の頭が悪いというのもあるかもしれないが、わざと分かりづらく表現されている気がする。

 枝宮さんなりの方法、か。

 それがどんな方法なのかは分からないけれど、信じてみるのも悪くない。

「じゃあ、俺も俺なりの方法でなるを助けてみようと思います」

「潜るつもりか?」

「ええ。なるの能力が狙いなら、解析の為にも間違いなく潜らせているはずですからね。探せば見つかる筈です。接触が出来れば居場所も特定出来る。その後のことは仕事をしなかったエージェント連中に任せますよ」

「意識の海に潜るつもりなら長期戦を覚悟しておくんだな」

「まあ、覚悟してます」

「準備が整うまで待っていろ」

「準備?」

 このままベッドに横になってヘッドホン装着、じゃないのか?

「長期戦になると言っただろう?」

「………………」

 にやり、と笑っている鬼軍曹がマジ恐怖。

 あれは俺をいたぶって楽しむときの顔だ。

 逃げたいなぁ。

 でも逃げたら後でもっと酷い目に遭うんだろうなぁ。

「植物状態同然の介護が出来るように手配してやる。栄養点滴から下の世話まで完璧に整えてやるから安心しろ」

「ぎゃあああああーーっ!」

 栄養点滴ならまだしも下の世話ってっ!

 マジ勘弁いやああああーーっ!

「なんなら私が尿瓶でやってやろうか?」

「ごめんなさいすみませんマジ勘弁してください土下座しますから!」

「くっくっくっ。そこまで取り乱したお前の姿は面白いな」

「俺は面白くないっす」

 楽しそうに笑っている鬼軍曹の表情は大変ほがらかで、美人さんだから目の保養にはなるのだが、しかし言っている言葉の内容がちっともほがらかではないのでギャップで打ちのめされている。

「病院に移したほうが万全だろうが、お前まで狙われる危険もゼロではないからな。特殊公安部の施設内でどうにかするしかないだろう」

「俺も狙われるって、何でですか? なるが狙われるのは記憶略奪や改竄の特殊能力があるからでしょう?」

「馬鹿者。お前だって十分特殊能力じみているだろうが。適性数値千八百というのは数字的に十分化け物だ。奴らがSDSの何を探りたいのかがまだはっきりしない以上、お前だって獲物になりかねん」

「うげ……」

 俺のはただの突然変異だと思うんだけどなぁ。

「それにお前は一人の人間を廃人に追いやっただろう? これは暗殺を希望する奴らにしてみれば喉から手が出るほど欲しい能力だろう」

「いや、それは別に俺じゃなくても……」

「ああ、適性を持つ人材なら誰でもかまわないな」

「ですよね」

「だからとりあえずお前でも構わないわけだ」

「………………」

「どうせ実験するなら成功率の高い材料を使いたいというのが人情だろう」

「……実験に人情って言葉を適用しないでもらいたいんですが」

「正規のSDにはそれなりの警護がついているが、お前を無防備なまま病院に放り込んだらどうなるか考えるまでもないだろう」

「……ライオンに生肉を放り込むようなものですかね」

 正規のSDは貴重な人材なため、それぞれにSPがついている、とは聞いている。

 ちなみに俺は特殊公安部にほぼ監禁状態なので警護どころか監視されている状態なのだが。

「まあ言いたいことは理解しました。準備できるまでは大人しくしていますので、出来たら呼んでもらえますか?」

「ああ。枝宮なるを見つけるまで戻らせるつもりはないからな。せめて今のうちに休んでおけ」

「………………」

 確かに見つけるまで戻るつもりはないけれど。

 自分で覚悟を決めているのに、鬼軍曹に改めて釘を刺されるとびくびくぐさぐさ決意が揺らぎそうになるのは何故なんだろう。

 やっぱり恐怖が刺激されるのか?


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