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瑚島憧護の囚人生活  作者: 水月さなぎ
Answer in there
23/31

枝宮なる誘拐事件

 という訳で俺は病院へと向かうのだった。

 というかもう死んでるんじゃないだろうかと薄情なことを思ったりもしたのだが、まあ鬼軍曹の命令でもあるし、一応は向かってみようということだ。

 地下鉄に揺られてすぐに到着。

「結の病室が後回しっていうのが複雑だよなぁ」

 これから死んでいく人に対して言う台詞ではないが、しかし俺はきちんと西織さんの未練や望みを叶えてやったのでこれ以上何か思うこともないのだった。

 強いて言うならぶち殺せて良かったね、という程度だな。

 受付で手続きを済ませて西織さんのいるICUへと向かう。

 知り合いでもないし不審者感バリバリなのだが、鬼軍曹の名前を出した瞬間、すぐにお通ししてもらえた。

 そりゃもうすぐに。

 怪しむのあの字も感じられないぐらいスムーズな流れでしたよ。

 カーテンのみで仕切られているICUには他の患者もいたのだが、俺は西織さんのいるカーテンだけをすぐにめくった。

 呼吸器を当てられて眠っている西織さん。

 心臓の鼓動は弱まっている……

「って、あれ?」

 死までのカウントダウンの筈が、心電図の感覚が回復していないかオイ?

 俺は訝しげに医師を振り返るのだが、医師の方も首を傾げていた。

「実は三十分ほど前から呼吸と心音が安定してきまして……こちらとしても原因が分からないのですが、どうやら回復に向かっているようなのです」

「………………」

 自殺しようとしてあの世行きカウントダウンじゃなかったのかよっ!?

 俺は突っ込みたい気持ちで西織さんの寝顔を睨みつける。

 未練が無くなって、さあやっと逝けるとかのたまっておきながら、ここで回復とかアリか!?

 アリなのか!?

 いやナシだろ!

 それはいくらなんでも都合が良すぎるだろ!

 と、怒鳴りたい気持ちが山々なのだが、ここには他の危篤患者も眠っているので迂闊なことは出来ない。

 怒鳴り声で状態悪化とかされてしまっては取り返しがつかない。

「んへへ……」

「………………」

 呼吸器ごしからくぐもった笑い声が聞こえてくる。

 んへへって何だーっ!

「……出ていこうかな」

 最期を看取ってやれとの命令だったが、この調子だと回復してしまいそうだ。

 となると看取ってやる必要もないので、俺としては残り時間を結と過ごしたい。

「よし。出ていこう」

 シリアス感悲壮感まったくゼロの脱力感五百ぐらいになったところで、俺は椅子から立ち上がろうとした。

「げ……」

 しかし最悪……もとい絶妙のタイミングで俺の腕が掴まれてしまう。

「ちょっとちょっと……看取ってくれるんじゃなかったの? 途中で帰るなんて酷いじゃない」

 いつの間にか意識を取り戻していた西織さんがくぐもった声でそう言った。

「……じゃあ看取ってやるからさっさと逝ってくれ」

 と、非道な台詞を返す俺。

 我ながら酷い。

「あー……なんか元気になってきちゃったみたい」

「マジか……」

 あの世行きまで秒読みカウントダウンじゃなかったのかよ。

 つーか死にかけてたくせに元気すぎるだろこの人。

「多分、アレのせいで精神がハイになっちゃったんだね。死ぬような気分でもなくなったというか、スッキリした、みたいな?」

「あはははは……」

 ぶち殺してスッキリしたから生き返りましたって……割と洒落にならないと思う。

「信じられん……」

 そして可哀想な医師は震えながら奇跡……? を目の当たりにしていた。

 まあ、そりゃ震えるわな。

 死にかけがいきなり元気になってりゃ。

 回復の兆しが少し前から見えていたとは言え、まさかここまで元気よく喋れるとは思っていなかっただろうし。

 現代医学では解析不明な現象に対して奇跡と言って感動するか、それとも怪奇現象と判断して恐怖するかは人それぞれだと思うけど。

 この医師はどうやら後者のタイプらしい。

「………………」

 まあ、俺には原因の予測がつくけどね。

 そして改めてここに来て良かったとも思った。

 希望に縋るような細い糸が、ぐっと太くなったのだから。

 SDSを介した魂の活性化。

 それによる肉体の賦活化。

 奇しくも、枝宮さんの理論がここに確立されたわけだ。

 そしてそれは結についても同じことが言えるのだ。

 いつか、目覚める。

 それを信じられる。

 西織縁の奇跡に立ち合うことによって、俺は希望を抱くことが出来たのだ。

「改めてお礼を言っておくわね、瑚島くん。本当にありがとう。さっきのこともそうだけど、私がこうやって生き延びられたのも、きっと貴方のおかげよね」

「俺はただのきっかけだけどね。詳しい方法は企業秘密。まあ一つ言えることは、これはあくまでも結果論ってことだな。俺はあんたを助けるつもりはなかったし、ここにも看取るつもりでやってきたんだ。だからあんたが復活したのはかなり予想外。ま、めでたいことだとは思うけどね」

「偶然って都合が良いのね」

「それは同感」

 ご都合主義とも言うが。

「まあこの調子なら順調に回復へと向かうだろうよ。よかったな」

「ええ。せっかく生き延びたんですもの。精々楽しむことにするわ」

 そんな感じの言葉を交わしてから、俺はようやく解放された。

 ゾンビ……ではなく復活の西織さんの病室を出て、今度は結の病室へと向かう。


 リンカーを接続して、それからちょこっとだけのつもりでSDを開始する。

 色々あって疲れてしまったので結の声が聞きたかったのだ。

 結はいつも通り木陰で読書をしていた。

 しかし俺が来ると本を閉じて話を聞いてくれる。

 相変わらず健気で可愛い奴だ。

 抱き締めたくなってくる。

 というかもう抱き締めてるけど。

 膝の上にちょこんと座らせて。

 あー、癒される。

「憧護くん、今日はどうしたの?」

 特に会話をするわけでもなく、膝の上に載せてひたすらにすりすりしている俺に怪訝そうな顔を向けてくる結。

「んー。ちょっと結成分が足りないかなって思って」

「成分って……」

 栄養剤じゃないんだけど、と結が呆れる。

 俺にとっては何よりもの栄養剤なんだけどな。

「色々大変だったんだよ。鬼軍曹にしばかれたり、枝宮さんにつつかれたり、厄介な仕事を押しつけられた上に予想外の結末にびっくりしたり……」

「よく分からないけど大変だったってことは伝わってきたよ」

 よしよし、と俺の頭を撫でてくれる結。

 小さな手のひらにまた癒される。

 俺もうロリコンでもいい。

 ……いや、よくないか。

 どうせならおっぱいはもう少し成長してほしいし。

「ありがと、結。ひとつ相談があるんだけど、聞いてくれるか?」

「なんでも聞くよ」

 返事はあっさりとしたものだった。

 何でもとか軽々しく言うのは危険だが、しかし俺が相手だからまあいいか。

「実は結の記憶についてなんだけど」

「うん?」

「まだ思い出していないだけで、結には多分、かなり嫌な記憶があるはずだ」

「あるの?」

「ある」

 結はきょとんとしている。

 まあ無理もない。

 まだ『知らない』ことなのだから。

 だけど知らない状態でも、知る権利はあると思うから。

 そして決断して貰う必要があるから。

「都賀峰?」

 俺は都賀峰のことを包み隠さず結に話した。

 都賀峰が結に言い寄っていたことも。

 そして俺が都賀峰に殺されかけて、結が庇ってくれたこと。

 更には俺が都賀峰を殺したことも。

「………………」

 結はじっと俺を見つめている。

 俺が都賀峰を殺したと知ったあとも、責めることはしなかった。

 ただ、じっと見つめている。

「俺にとっても、結にとっても、ロクな記憶じゃない。だから、忘れられるなら忘れたいって思うし、忘れて貰いたいとも思う」

「憧護くんは私に忘れて欲しいんだね?」

「……ああ。結は忘れたくないか?」

「んー。正直なところよく分からないんだよね。だってその記憶はまだ取り戻してないから。事実だけ言われてもあんまり実感が湧かないっていうか、そんな感じかな」

「……だよなぁ」

 それもその通りだ。

「でも憧護くんが忘れて欲しいって言うんなら、私は忘れてもいいかな」

「え?」

「え? じゃないでしょ。忘れて欲しいなら忘れてあげるって言ってるの」

「い、いいのか……?」

 あまりにもあっけらかんとした反応に、俺の方が拍子抜けになってしまう。

 もっといろいろな葛藤とか、憤りとか、もっと直接的な怒りとかをぶつけられると思っていただけに、これはこれでちょっと怖い。

「まあ王道ストーリー的にはよくないんだろうけど」

「なんだよ王道ストーリーって……」

「セオリー、みたいな?」

「定番ってやつか」

「そうそう。つまりセオリー、定番、定石に乗っ取った場合、ここは『自分の罪から逃げるべきじゃない』とか『忘れればいいってものじゃない』とか『痛みを乗り越えてこそ本当に強くなれる』とか、そんな事を言うべきなんだろうけど」

「ありがちだなぁ……」

 大変感動的な台詞として使われるはずなのに、こうやって並べられるとなんとも安っぽく聞こえてしまうのが複雑なところだ。

「でもまあ、アレだしね」

「アレって?」

「正しいことを選べばいいってものじゃないと思うし。それに嫌なことはやっぱり忘れたいでしょ。その方が幸せだし。覚えてても辛いだけの記憶なんて、忘れられるなら忘れた方がいいんだよ。忘れたくても忘れられない人なんて世の中には沢山いるはずなんだから、忘れられるときは遠慮なくスッキリバッチリ忘れちゃおうよ」

「あははは……」

 前向きなのか投げやりなのか判断に迷ってしまう。

 だけど確かに結の言う通りだった。

「じゃあ忘れちまうか?」

「忘れちゃおう忘れちゃおう。どうせまだ思い出してないことだし、忘れたとしても未練なんてないしね~」

「あっはっはっは」

 あっさりすぎる。

 拍子抜けしてしまうぐらいだが、しかし案外こんなものかもしれない。

 それが結の気遣いなのか、それともある種の強さなのか、俺には判断つかないけれど。

 だけど、幸せになろうという意志がそこにはあった。

 幸せになりたいという願いが、そこにはあった。

 だから幸せになろう。

 俺も、結も。

 幸せになってみせるよ。


 とまあそんな感じで結があっさり了承してくれたので、俺としてはなるからの連絡か接触を待つことになった。

 なったのだが……

「不味いことになったぞ」

 特殊公安部に戻ってきた俺を出迎えてくれたのは頭痛がすると言いたげにこめかみを押さえる鬼軍曹と、

「困ったわねえ……」

 深々と溜め息をつく枝宮さんだった。

 二人がこんな顔をするのはとても珍しい。

 つまりそれだけのことが起こったということだろう。

「何があったんですか?」

 嫌な予感がして俺は二人に問いかける。

「なるちゃんが拉致されちゃった……」

 返ってきたのは、最悪の答えだった。


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