空気の読める賢いわんわん
泥沼のような記憶領域から桧木の意識体を強制的に拉致して、今度は西織さんの記憶領域へと移動する。
リンカー同士を特殊なコードで接続することにより、領域間の移動が可能になる。
まあなるは別の方法であちこちへの移動を行っているようだが、今回それはおいておこう。
そもそも俺が考えるようなことでもない。
海の領域を越えて、再び西織さんの所へ。
「やっほ~」
「っ!?」
桧木の首根っこを掴んでやってきた俺にビックリする西織さん。
まあ、普通はビックリするわなぁ。
「約束通り連れてきたぜ」
「――っ! ――っ!!」
桧木が暴れているが、もちろん拘束は外れない。
具現化した手錠で両手両脚を拘束して、更にはそれらを三つ目の手錠で強制接続させているのだ。
今の桧木は強制的な海老反り体勢状態になっている。
その上で喋れないように猿轡を咥えさせているのだから、これはもう本人の人格とか人権とかを完全に無視した処置だろう。
本来ならばそこまでする必要はなかったのだが、桧木を拉致しに行った際に色々と不快な発言を繰り返され、更には『日本語は通じている筈なのに会話が成立しない』という意志疎通不可能な状態になっていたので、喋らせることすら許しがたい気分になってこのような有様にしたのだ。
ストーカーの台詞っていうのは耳にするだけで不快感ゲージがハイペースで蓄積されていく。
猿轡が一番いい。
つーか一生喋んな。
「瑚島くん」
西織さんはブルブルと震えながら俺に近づいてきた。
何やら湧き上がる感情を抑えている様子。
もしかしなくとも海老反り拘束&猿轡という扱いは不味かったのではなかろうか。
やり過ぎだと怒られたらちょっと気まずい。
しかし、それは無用な心配だった。
「ぐっじょぶだわっ!!」
「そ、そう?」
親指をグッと立てて、自殺して死にかけているとは思えないほどいい表情だった。
輝く笑顔というのはこういうものを言うのだろう、と実感してしまうぐらい、それはいい笑顔だった。
「あはははは! いいザマだわ! あはははは!」
げし、げし、げし、げしいっ!
と、海老反り状態の桧木を蹴りつける西織さん。
うわぁ。表情が、表情がうっとりしてますよこの人。
恍惚の表情で蹴りまくってますよ西織さん。
色々と鬱憤がたまってたんだろうなぁ、と理解の余地はあるのかもしれないが、実のところ、隠れSもしくは真性ドSという可能性も否定できないのが怖い。
「――っ! ――っ!!」
呪い殺しそうな眼で俺や西織さんを睨みつけている桧木。
しかし身動き一つ取れない状況では何も出来ないし、口を塞がれた状況では何も言えない。
いたぶられ放題嬲られ放題だ。
一時間ほど虐待……じゃなくて報復行為をしていた西織さんだったが、少しは気が済んだらしくすっきりとした表情になっていた。
「ふぃ~。すっきりした♪」
爽やかな汗とかかいちゃってます。
やってることは全然爽やかじゃないのに。
表情と汗はすっごく爽やか。
気分爽快ナチュラルハイ、みたいな。
「それはよかった……」
「さてと。じゃあそろそろ殺そうか」
「そうだな……」
怖いなぁ。
口調がまるで変わらないのが怖いなぁ。
俺はデザートイーグルを具現化して渡してやる。
西織さんは嬉々としてそれを受け取った。
「あ、瑚島くん。ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
ここに来て銃の使い方が分からないとかは勘弁して貰いたい。
そもそも本物の銃ではないのだから引き金を引けば弾は出る。
細かい扱いや構造を気にする必要はないのだ。
「桧木の猿轡、外してくれないかな?」
「へ?」
もしかして恨み言を聞いてやるつもりなのか?
俺としてはこいつが喋る言葉をもう聞きたくない気分なのだが、しかし西織さんが望むのなら叶えなければならない。
俺は仕方なく猿轡を外してやった。
「こ、このクソアマ……ふごっ!?」
猿轡を外された瞬間、怒り心頭で文句を言おうとした桧木は、それを許されることなく口腔内に銃口をねじ込まれた。
「むっ! ふぐっ!?」
口は利けるようになっても動けるようになった訳ではない。
桧木の表情が恐怖で歪む。
「んふ。一度やってみたかったのよねぇ、これ」
「………………」
いい表情だなぁ、西織さん。
一度やってみたかった、か。
人間の口の中に銃をねじ込んで引き金を引くことが、『一度やってみたかった』ことか。
病んでるなぁ。
その為にわざわざ猿轡を外させたというのも怖い話だ。
「じゃあぶち殺しましょうか♪」
「っ!」
恐怖の表情を十分に堪能したあと、西織さんは躊躇いなく引き金を引いた。
50口径デザートイーグルが容赦なく火を噴く。
「――っ!!」
桧木の頭部が弾けた。
「うげ……」
しかもそれだけでは飽きたらず、腕、腹、足と次々に銃弾を撃ち込んでいく。
九発の銃弾を撃ち終えた西織さんは、
「はふぅ~。すっきりした♪」
元気溌剌気分爽快スマイル全開な表情で俺にデザートイーグルを返却してくれた。
眼下には意識体とはいえ、肉片と化した桧木の姿がある。
「これでこいつの身体は一生植物状態なのよね?」
期待に満ちた声で質問するのは勘弁してくれないかなぁ。
怖いよこの人。
「まあ……ね……」
精神が死んだのだから目覚める訳もない。
「そっかそっか。あ~すっきりした♪」
「……それはなによりだな」
つやつやてかてかのお肌になっています。
まるでエステのスペシャル美肌コースを受けた直後の如く綺麗な肌つやになっていますよ西織さん。
「これで思い残すことはないわ~」
「そう……」
これだけやって思い残すことがあったらその方が問題だよマジで。
「うん。これでやっと安心して逝ける」
「………………」
態度は明るくとも待っている未来は真っ黒だなぁ。
まあ元々死んでいてもおかしくない状態だし、手遅れ気味な身体で無理矢理命を繋いでいたんだからこの結果は当然というか必然なのだが。
「ありがとね、瑚島くん」
「いや、こっちも情報を提供して貰ったんだから礼を言われる程の事じゃない」
「そうね。でも嬉しかったから」
「桧木をぶち殺せたことが?」
「桧木をぶち殺せたことが」
「………………」
どういたしましてと言いづらいなぁ。
「わたしはこれでこの世界から退場するけど、瑚島くんはまだやりたいことがあるんでしょう?」
「やりたい事というよりは、やり残した事……かな」
「ふうん」
「まあ、やらなければならない事とも言う」
「色々重たいものを背負ってますなあ、青年」
「まあな」
「では天国の空から高みの見物をしてあげましょう」
「やめろ」
見世物じゃない。
あと天国とか信じてないし。
成仏しろと言ってやりたいところだが、成仏の先を信じていないので言えない。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ」
「せっかくだから看取ってくれればいいのに」
「冗談じゃねえ。これ以上重たそうなものを背負いたくねえよ」
「それもそっか。じゃあバイバイ、瑚島くん」
「じゃあな」
こうして、俺と西織さんはあっさりと別れるのだった。
「おかえり~」
「ども」
「ご苦労」
「………………」
対照的な二人だった。
SD終了後、ヘッドホンを外して一息吐いた俺にかけられたひとことがそれだ。
「桧木はこのまま病院へ搬送される。裁判は出来んだろうからそのままだろうな」
「うわあ……大丈夫なんですか?」
鬼軍曹の台詞に気まずくなってしまう俺。
そういう条件だったから仕方がなかったとは言え、正式な逮捕状も出ていない相手をいきなり拘束してSDSを介して精神を殺したのだ。
バレたらただでは済まないのは俺でも分かる。
「問題ない。今回桧木を確保したのは私の部下だ。後始末をしくじるような育て方はしていない」
「………………」
怖い台詞だなぁ。
特に『後始末』って部分が。
「じゃあ俺はそろそろ戻ってもいいっすか?」
「いや。外出許可を出してやるから病院へ向かえ」
やっと仕事が終わったかと思ったらまた新しい仕事ですか。
正直少しぐらい休ませて貰いたいというのが本音なのだが、しかし言える立場でもない。
犬だし。
わんわん。
「病院って、結のところですか?」
「同じ病院だが病室は違う。時間があれば如月結の病室に寄っても構わん」
「?」
「ここまで関わったのだから最後ぐらいは看取ってやれと言っているんだ」
「………………」
つまり、未練なく成仏してくれるはずの西織さんのところへ向かえということらしい。
ここまで関わったのだから……か。
確かに関わりすぎなぐらいだけどな。
「別に俺じゃなくとも家族が看取ってくれるんじゃ?」
SDを介して関わったとはいえ、病院側や家族にしてみれば見知らぬ男だ。
そんな奴に最後のアレに立ち合って貰いたいとは思わないだろう。
「西織縁の家族はすでに他界している。彼女の最期を看取る人間はいないだろう」
「………………」
「だからお前ぐらいは行ってやれ」
「……分かりました」
案外優しいところがあるんだなぁとか思ってみたのだが、もちろん口には出さない。
ツンデられるぐらいならまだしもデザートイーグルを抜かれて引き金を引かれそうな気がしたからだ。
瑚島憧護は空気を読める賢い犬です。




