フィアー属性ばっかり
「ただいま」
「……別に待っていないけれどね」
西織さんの反応は冷たかった。
その冷たさも鬼軍曹の極冷気に較べれば冷蔵庫の涼風程度のレベルだが。
人間、ある程度強烈なモノに晒されると同じ属性でもレベルが低いものに対しては耐性ができるらしい。
それを喜んでいいのかどうかは微妙なところではあるのだが。
「それで、犯人の情報を得るにあたっての報酬というか交換条件なんだが、俺があんたの復讐に協力するっていうのはどうだろう?」
「協力って、どういう意味よ? あなたに一体何ができるっていうの?」
西織さんが不審度百パーセントの視線を俺に向けてくる。
信用ないなぁ。
「具体的にはその男の精神を殺すことが出来る」
「……嘘」
「嘘じゃないさ。俺は異常なほどに適性の高いSDだからな。たとえば精神世界であるこの場所でもこんなものを作り出すことが出来る」
そう言って俺はハンドガンを具現化させた。
先ほど鬼軍曹が手にしていたデザートイーグルだ。
あの人はとにかく大口径が大好きらしい。
「ちょっと痛いかもしれないが我慢してくれよ」
俺はその銃口を近くにある岩に向けて引き金を引いた。
バン、という爆音とともに岩の一部が砕け散る。
「っ!」
西織さんが頭を押さえて蹲った。
記憶の一部を破壊したのだから意識体が痛覚を訴えるのは当然のことだった。
たとえ岩のひとかけらであっても、それは西織さんの記憶であることに違いはないのだから。
本当はこんな乱暴な手段を取りたくはないのだが、しかし口で説明するよりも実際に体験してもらった方が手間も省けるし信憑性も増す。
西織さんのダメージを最小限にして理解を最大限にするにはこれが最善だと俺は判断したのだ。
「大丈夫か?」
「……ええ。少し頭が痛かっただけ。今のは何?」
「あんたの記憶を少しだけ破壊したのさ。効果は見ての通り」
「………………」
「心配しなくとも大事な記憶じゃない。大事な記憶っていうのはもっと思い入れのある形をしているからな。ただの岩なら日常の一場面程度のものだと思う。悪いとは思っているが、これで理解は出来ただろう?」
「何を?」
「つまり、記憶領域の一部を破壊しただけでそのダメージだ。こいつを意識体に直接ぶち込んだらどうなるか、考えるまでもないだろう?」
「っ!」
西織さんが今までで一番真剣な表情でデザートイーグルを見ている。
「本当に、殺せるの?」
「ああ。上司の了承も取ってきたし、少なくとも実行にあたっての問題は解決済みだ」
「でも、わたしがそれを確認できる手段がないわね……」
よほど目の前でぶち殺して欲しいのか、西織さんは残念そうに呟いた。
「……あんたが犯人を捕まえるまで頑張って生きていてくれたら、この記憶領域に連れてくるぞ。目の前で殺してやるよ」
「………………」
しかし西織さんはそれでも満足していないようで、
「ちょっと訊きたいんだけど」
「何だ?」
「その銃って、わたしが撃っても大丈夫なの?」
「………………」
つまり自分の手でぶち殺したいと、そう仰いますか。
女の復讐心は恐ろしい。
まあ、直接この手で都賀峰をぶっ殺した俺が言っていい台詞じゃないのかもしれないが。
「大丈夫だと言いたいところだが、試してみないと分からないな」
ほれ、と銃を西織さんに渡してみる。
「……重たいのね。実物じゃないはずなのに」
「まあ重量もイメージが上乗せされているからな」
本体よりも鬼軍曹の重圧的な意味で。
「自分の記憶をある程度犠牲にしてもいいなら撃ってみるといい」
「あなたで試したら駄目なの?」
「いいわけあるかっ!」
さらりと恐ろしいことを言ってんじゃねえよ!
「まああの男の精神をこの手でぶち殺せるなら多少の記憶破壊は妥協しましょうか」
やれやれと肩を竦めながら岩に銃口を向ける西織さん。
マジ怖ぇ!
どうして俺の周りにいる女性はフィアー属性ばっかりなんだ?
……あ、もちろん結は除外するけど。
「んー……えいっ!」
パン!
と、銃声が鳴り響いた。
岩の穴が二つに増えた。
「撃てたわね」
「撃てたな」
「これでわたしにもあの男をぶち殺せることが確認できたわ」
「そうだな」
せめて『殺せる』あたりにしてくれないかなぁ。
『ぶち殺せる』だと猟奇性が増しそうな気がする。
「分かったわ。情報を渡しましょう」
「助かる」
デザートイーグルを取り戻した俺はさっそく詳しい情報を聞き出すのだった。
そして必要な情報をゲットした俺は、再び西織さんに別れを告げる。
「じゃあさっさと捕まえて連れてくるからそれまで頑張って生き延びろよ」
ICUで風前の灯火な命に対する物言いではないが、しかし他にどんな言い方をすればいいのかも分からない。
悲壮な感じになるのは嫌だし、同情するのも筋違いだ。
「ええ。意地でも生き延びて見せるわ。あの男をぶち殺すまで死んでたまるものですか」
「………………」
そう思うんなら自殺なんかせずに生きてる内にぶち殺せばいいのに……と思わなくもなかったのだが、現実の肉体ではそう簡単にいかないのだろう。
男女の身体能力差は時に絶望的だ。
犯人が肉体派なら尚更である。
その点、意識体での接触ならば身体能力値は関係ないのでそのあたりの自由度は高まる。
意志の強さが全てを決定する記憶域ならば、西織さんのような憎悪と復讐心の塊はかなり強い力を持つことが出来る。
その執念があれば肉体に影響が出てきて延命してもおかしくない。
「じゃあな。クローズド!」
そして俺は再び現実世界に戻るのだった。
俺のSDは枝宮さんと鬼軍曹にモニタリングされていたので西織さんから得た情報を改めて説明する必要はない。
しかし状況を整理するためにも今一度情報をまとめておこう。
犯人の名前は桧木一清・三十八歳。
某テレビ局のプロデューサーだ。
西織さんは脚本家であり、仕事で桧木と関わったらしい。
それ以来食事に誘われたり、プレゼントを押しつけられたり、無言電話を繰り返されたり後を付け回されたり、脅迫をされたり、暴行をされたりと、とにかくストーカー被害に遭っていたという。
手紙や録音機器などの証拠品も自宅の部屋にあるらしく、これらを用いれば桧木の逮捕は簡単だろう。
今までは被害者が泣き寝入りをしていたため犯人を捕まえるどころかその正体を探ることも出来なかったが、今回は堂々と逮捕することが出来る。
「なるべく急いでくださいね。西織さんの身体がいつまで保つか分からないんで」
俺はビクビクしながら鬼軍曹にそう言ってみた。
迂闊なことを言うと暴力で返ってくるので正直なところあまり会話をしたくないのだが、しかし今回は約束があるのでそういうわけにもいかない。
一発ぐらいは蹴られる覚悟でお願いしなければ。
「………………」
鬼軍曹は携帯電話を弄っていた。
……聞いてねえのかよっ!
ちゃんちゃらちゃらららっちゃんっちゃん♪
ちゃんちゃらちゃらららっちゃんっちゃん♪
鬼軍曹が持っている携帯電話から着信音が鳴り響いた。
……笑点?
笑点のテーマがメール着信音!?
どんだけ渋いんだよ!!
しかも操作する指の動きがぱねえしっ!
女子高生の打鍵並の速度だよ!?
歳の割にすげえっ!
「ぐはっ!」
靴を投げつけられた。
歳の割に……という部分が駄目だったらしい。
読心術遣い怖い!
「別に読心術って訳じゃなくて、憧護くんが思っていることを顔に出しすぎているだけだと思うんだけどねぇ」
「大きなお世話っす!」
枝宮さんにまで読まれてるし!
口に出していないのに顔に出してるのかよ!?
「おい、屑」
「……なんでしょう?」
屑って言わないで欲しいなぁ。
「さっそくもう一仕事だ」
「はい……?」
「先ほど部下が桧木を確保した。気絶させてリンカーを装着させた上で拘束中だ」
「………………」
仕事が早すぎませんかね?
「元々犯人のあたりは付けていたんだ。証拠がないから捕まえられなかっただけで。お前のお陰で証拠品の在処は判明したことだし、後から提出すれば問題はないだろう。私の権限で拘束を命令した。逮捕はその後だな」
「………………」
職権乱用!!
誰だこんな人に国家権力を与えたのは!!
「まあ、精神を殺された後ならば廃人化して病院送りだろうがな」
「………………」
怖い。
逆らおうという気すら微塵も起きないレベルで恐怖が増してくる。
「早く潜って殺してこい。ストーカー案件なんざさっさと終わらせて帰りたいんだよ私は」
「い、いえっさぁ」
なんて私的過ぎる理由! なんて突っ込みは入れませんよもちろん。
ええ、ええ、喜んで従いますとも。
俺の身の安全の為にも。
もとい精神衛生上の為にも。
「それじゃあ本日三度目のSDいってら~♪」
モニターする気満々の枝宮さんだった。
桧木の意識体がぶっ殺される際のデータを集める気満々だ。
SDの潜入記録は予めモニターしていないと残すことが出来ない。
ここしばらくは枝宮さんが特殊公安部に缶詰状態になりそうだなぁと溜め息をつくのだった。




